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衣装常識


 なんとかこちらに馴染もうとしているのは理解できる。だから、すべてにおいてセリナが一方的に悪いなどとは考えていない。
 大抵の問題においてセリナの自業自得であいつが悪いのは確かだが、ごく一部の問題であいつに責任がないのもまた事実だった。
 この件に関しても、始めこそ闖入してきたセリナの方が妥協すべきだと思っていたのだが、段々どちらが悪いのか分からなくなってきた。
 いや、認めたくはないが……おそらく、ゴルベーザ様の方がやや間違いに寄っているように思える。あの方は、多少……思考が極端な一面を持っておられるのだ。
 しかし方向性を間違えながらもゴルベーザ様は真面目そのものだった。最も悪いのは、他者の混乱を面白がって煽り事態を悪化させている輩だろう。
 ゴルベーザ様やバルバリシアに意図せず疲労させられ、煽るだけ煽って始末をしないカイナッツォに振り回され、ある意味ではセリナも被害者なのかもしれない。
 ……つまり、彼女の着替えの話だ。

 使役するならば簡単な話だった。私が以前ちらりと考えたように、外部の人間の町に住まわせて必要な時に呼びつければよかった。
 だがゴルベーザ様はどうもセリナをここで生活させたいらしい。
 これまではゴルベーザ様一人だから気を揉まずとも済んでいたところへ、セリナが加わったことでバランスが崩れた。
 彼女に人間らしい生活を与えるためには必要なものが多すぎるのだ。それも、細々としたものばかりが。
 ずっと一人だったゴルベーザ様はもとより、生まれながらの魔物である我々にはセリナの望む機微に理解が及ばない。その第一が衣類なのだ。
 セリナが着たまま異世界より持ち込んだ服は、似たようなものを探そうにも素材からあまりに違いすぎて不可能だった。
 そうしてゴルベーザ様が用意したのは、御自身の身につけるものと似た全身鎧であった。当然、非力なセリナには着られない。
 次いで用意したのはバルバリシアの勧めを受けて用意した、彼女と揃いの服だった。セリナは一言「無理だ」と拒絶した。……さすがの私もそれをあいつの我儘だとは言えなかった。
 あれからゴルベーザ様はセリナに合わせて比較的軽めの鎧を探している。バルバリシアは意匠や色合いを変えた服を用意してはセリナに逃げられている。
 違う、そうじゃない、間違っているのはそこじゃない、と……なんとなしに誰も指摘できずにいるのが困ったところだ。

 セリナは新たに用意された着替えを寝台に広げ、乾いた笑みを浮かべている。
「……一応、今度は着られるものだったな」
「着るだけならね。でも水着だよねこれ。完全に水着だよ」
「トロイアの兵装だ」
 それも神官のそばに侍る上級兵士が儀礼的に装着するものだ。動きやすさと華美な見た目を追究した末の防具だが、こうして見ると露出度が高すぎる。
 そもそも戦闘など行わないのが大前提なのだから、ほぼ飾りに等しい軽鎧がセリナに相応しいといえばあながち間違ってはいない。
 人間が日常的に着用するものとしてどうかと聞かれると……困るが。
「兵装っていうか水着じゃん。服じゃないし!」
「もう諦めろ」
 気持ちは分からんでもないが、ここに辿り着くまで散々揉めたのだから諦めてほしい。じきに私まで巻き込まれそうだ。
 ゴルベーザ様に意見を求められたところで生憎と私にはセリナの好む衣装など分からん。
「だって水着なんだよ? しかも鎧だよ? つまるところビキニアーマーだよ」
「カイナッツォに選ばせるからだ」
「私が頼んだんじゃないし!」
 まあな。ゴルベーザ様は何故あんな輩の意見を真に受けるのだろうか。……あの方自身が、セリナのために四苦八苦することを喜んでいる節もある。

 しかし、身につければ動けないほど重くもなく、動けば脱げて全裸になりかねないほどの露出もない。非常識ではありつつも、多少は常識の側に近づいている。
「カイナッツォの感性が今までで一番マシってのもどうかと思うなー。水着だけどさ」
「……」
 あの屑は人間の生活に詳しい。おそらくやろうと思えばセリナの“普段着”をすぐに用意できるのに、しないのだ。それがとにかく腹立たしい。
 布の面積は大問題だが、ゴルベーザ様が選ぶ鎧よりはバルバリシアの衣服の方がまだマシだろう。
 剣すら持てない人間が鉄の塊を纏って動けるはずもない。それ以前に、防具など買い与えればセリナはますます外に出たがるだろう。
 この娘が着るものに耐久性など必要ないのだ。

「そういえば……ゴルベーザ様に頂いた、あれは何処へやったんだ」
 一度も身につけることなく無理だと判断されたいくつかの鎧。廃棄はしていないらしいからセリナの部屋にでも置いてあるのだろうか。
「あの黒いミニマム甲冑セリナバージョン?」
「……ああ」
 何だそのネーミングは。誰が名づけたんだ。ルゲイエか。ゴルベーザ様ではない。絶対にない。断じて違う。そのはずだ。
「あれ、スカルミリョーネの部屋にあるよ?」
 今さら何を言うのかという顔でセリナが首を傾げた。私の方から問いかけておいてなんだが、すぐには意味が分からなかった。
「…………な、何故私の部屋に」
「始めは私の部屋に置いてたんだけど、夜中に見て怖かったから!」
 だからといって他者の部屋にゴミを……いや、ゴルベーザ様に賜った大切な鎧を勝手に置くな。
 自分の部屋になど滅多に帰らないから気づかなかった。これからは頻繁に様子を見に帰るべきだな。ゴミ捨て場……いや、その、宝物庫扱いされてはたまらん。
 ……ゴルベーザ様がご用意されたものを、おいそれと処分するわけにもいかん。私の部屋に置いて、あんなものをどうしろと言うんだ。あれで新たなアンデッドでも作ろうか。

 セリナはなかなか洗うことのできない元の世界の服、今まさに着ている“普通の服”を抱き締めるようにしてため息を吐いた。
「こういうのでいいのになぁ。ふっつうーの服で。ごく一般的な普段着でいいんだよ」
 非凡なゴルベーザ様に普通を求めても仕方のないことだ。私は……あの方のやることに異存などない。…………異存など、ない。
「ゴルベーザ様はおそらく、配下にみすぼらしい格好をさせたくないのだろう」
「えぇー、だって……いやなんでもないです」
 何なんだその目つきは。
「ゴルベーザ様の配下でありながらみすぼらしい者がいるとでも言いたげな顔だな」
「思ってない、思ってない」
「呪いの甲冑でも着せられてしまえ」
「思ってないって……、なんかリアルにありそうだからやめてよ!」

 結局トロイアの兵装をあまり開かれることのない衣装棚に仕舞い込み、セリナは不意に首を傾げた。
「っていうか私は見たことないけどゴルベーザだって鎧の下になんか着てるはずじゃないの? まさか全裸なわけないよね」
「何を馬鹿なことを……」
「いや、それでよくない? サイズが違いすぎるけど、同じもの買ってくれたらいいのに。もう男物とか気にしないよ、この際」
「……」
 言われてみれば、そうだな。ゴルベーザ様はセリナと同じ人間だ。あの方が使っている物品ならば大抵はそのままセリナにも使い回せる……はずだ。
 それともゴルベーザ様には己がセリナと同じである意識が薄いのかもしれん。だとすれば、我々はその亀裂を埋めなければいけない。
 とはいえ人間の「普通」が我等に理解できるわけがない。ましてや相手が異世界の住人ではな。
 本当は、セリナが近づこうと努力する程度に、こちらからも歩み寄らねばならないのだろう。……こいつを受け入れる気があるのならば。
「……だが、私にそれを求めるな」
「へ? なにが?」
「何でもない」
 そうしたい者だけが積極的に彼女を助ければいい。私は……ゴルベーザ様の命令でもなければ、そんなことをする気はないのだからな。




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