×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
矮小蛙眼


「ルビカンテはトード使える?」
 意図のよく分からない質問をする時、セリナは何かを企んでいる。近頃そんな気がしてならない。カイナッツォやスカルミリョーネに尋ねればおそらく同意が得られるだろう。
「使えないこともないが、あまり使う機会はないな」
 私にはカエルと戦う趣味などない。相手が強者であればあるほど燃えるというもの、わざわざ弱体化するのは卑劣なやり方だ。好ましくない。
 しかし、私がトードを使えると聞くなりセリナの瞳がきらりと光った。どうせ使わないのだ、ここは「使えない」と嘘をつくべきだっただろうか。
「使ってみて!」
「セリナに?」
「自分に!」

 しばし時が止まった。ふとカエルに成り果てた自分の姿が思い浮かび、誰にともなく怒りを感じる。いくらセリナの頼みでも、そんな無防備かつ間抜けな状態を晒すのは御免だ。
「すまないが、他をあたってくれ」
「他は断られたんだもん。ゴルベーザなんて、いいって言ったくせに途中でやっぱり嫌だとか言うし!」
 私としては最初から断って欲しかったのだがな。やはりゴルベーザ様はセリナに甘すぎる。それにしても一度引き受けたものを途中で断るとは何があったのだろう。
 他というのは他の四天王のことだろうか。下層の魔物にはセリナと意思疎通できるものが少ないうえにトードのような魔法を使える魔道士も限られている。
 つまり、彼女がこの頼み事をできる相手は限られているということだ。……私に逃げ場はないと……。

 魔法を使って見せてくれというのなら応えても構わないのだが、カエルになってみせてくれとは受け入れ難い話ではないか。
「なぜ急にそんなことを言い出したんだ? 他の魔法では駄目なのか」
「トードじゃなきゃ意味ないんだよ〜」
「……もしかすると、カエルが好きなのか?」
「わりと」
 さほど熱の篭らない返答と、行動の必死さが噛み合わない。おそらくゴルベーザ様を始めとする皆に断られたことで意地になっているのだろう。
 私はとんだ貧乏籤を引いてしまったらしい。
「仕方がないな」
「やったー!」
 諸手をあげて喜ぶセリナに少しほだされながら、魔力を溜める。
 ほんの一時の辛抱だ。ここで私が頑なに拒否すれば、またゴルベーザ様のもとへ行きかねない。彼女に何度も頼まれれば断れないだろう。
 自分がカエルになるのも不快だが、ゴルベーザ様が弱体化されるのは許容できないからな。

 知ってはいるが使ったことのない呪文なので少し戸惑う。セリナはそんな私の様子を不思議そうに見つめていた。
「ゲコゲコおなき! って言わないの?」
「あれは呪文というわけではないと思う」
「えー!?」
 そんなに驚くことなのだろうか。何事か真剣に考え込む彼女をとりあえず無視しつつ、記憶を辿りながら呪文を唱える。
 するとセリナが再び口を開き、
「カ〜エ〜ル〜の〜き〜も〜ち〜」
 聞こえてきた謎の言葉に集中力が乱されて魔法は不発に終わった。魔力が霧散するのをなんとなく感じたようでセリナが不満そうに見上げてくる。
「……トードは?」
「いや、それより、何なんだ今のは」
「呪文」
 それはもっと呪文ではないと思うぞ。
 というか渋々ながらカエルになろうとしている時に、カエルの気持ちなどと言われるとすごく嫌だ。心までカエルに成り下がる気がする。

 ……もう一度はじめからやり直そう。早く終わらせたいんだ。
 どうせそうだろうとは思っていたが、やはり横から気の抜ける言葉が聞こえてくる。
「カ〜エ〜ル〜の〜き〜も〜ち〜」
「セリナ……、ゴルベーザ様の時にも同じことをしたな?」
「もちろん!」
 だから途中で嫌だと言われたのではないだろうか。慣れない魔法を使うには通常以上の集中力が必要だ。隣でそんな妙な呪文を唱えられては気が散る。
 脱力感を抑えながら魔法を発動させ、肉体が変化していくのを感じる。視線がずるずると下がっていく。軽くなった私の体をセリナの手が包み込み、そっと持ち上げた。

「毒持ってそうな色だね」
 そう言われても自分では見えないんだが。視界の端に映った前肢を見る限り、鮮やかな赤のようだ。しかしカエルになった自分の容姿などあまり詳しく知りたくない。
 彼女の指が鼻先から背筋をなぞる。感触としては悪くないが、セリナが頭を撫でられるのを嫌がる気持ちが少し分かった。
 これは完全に弱者の立場だな。敬意を持つ相手には絶対にしないことだ。
「あああ〜、かわいい! このまま飼っちゃダメ!?」
 全力で拒否したいところだがこの体では上手く首を動かすこともできず、わずかに体が揺れただけだった。
 それを見るとセリナは眉間を押さえてうずくまる。私を乗せた手がぶるぶると震えた。
 この軽さなら落ちても死にはしないだろうが、セリナの掌の端から覗き見た床は遠く、自分の存在の脆弱さに目眩がした。

 もう戻ってもいいだろうか? カエルを見て触れたのだから望みは叶っただろう。そういう想いを籠めて彼女を見つめると、一応は意思が通じたようだ。
「うぅ……戻したくないなぁ。また見せてくれる?」
 彼女の瞳は私が否と言うことを拒絶している。そもそもカエルの体では首を横に振れないのだから頷くしかないじゃないか。
 身動き取れずに困惑していると、セリナの顔が近づいてきた。視界が暗くなり、鼻先にやわらかいものが触れる。
 そして魔法が解けた。
「セリナ、一体どういうつもりで……」
「おー、戻った! アイテムいらずで便利だね。でも私って乙女なのかー」
 あれは私であって私ではない。ただのカエルだ。だから問題ない、ということにしておこう。口づけたのが鼻先とはいえ深く考えると不都合が生じる。

 元の姿に戻った私を見上げ、セリナは心なしか残念そうだった。
「一応言っておくが、次はない。今回限りだ」
「えー、じゃあいいよ。バルバリシア様に頼むから!」
「断られたのではなかったのか?」
「他の人にかけるんなら承諾してくれるかなって」
 それはつまりバルバリシアと組んで私や他の者にトードをかけるつもりだと宣言しているのか。いい笑顔で鬼のようなことを言う娘だな。
 もう普段通りの姿に戻ったはずなのに、相変わらずセリナの掌の上にいる気がするのはなぜだろうか。
 彼女は弱い。にもかかわらず、なぜか他者の抗う心を挫く能力があるのだ。これが弱者なりの“強さ”なのかもしれない。




|

back|menu|index