接触変化
毒に侵されようと腐臭に嗅覚が麻痺しようとお構いなく、セリナはスカルミリョーネを追いかける。逃げられれば追いたくなるのが動物の本能というもので、スカルミリョーネの半端な態度にも問題はあるだろう。
スカルミリョーネにとっては、ゴルベーザ様の命があるから強く拒絶できないだけだと言いたいところだろうが……セリナもそれは心得ているようだった。
命じられたがゆえに嫌々と付き合っているなら、彼女はそこまで熱心にならないだろう。やはりスカルミリョーネ本人の心に隙があるのだ。
その懐に入り込む余地があるる。ならば何としてでも入ってやろうと思う気持ちは分かる。
魔物ばかりのゾットに転がり込んできた人間が、魔物を恐れなかった。その時点でもう、決まってしまったのかもしれない。
とはいえ、セリナが諦めないのならば対策は必要だ。なんといってもアンデッドの親玉たるスカルミリョーネは人間に害を為す瘴気を纏っているのだから。
包帯でも巻けばどうかと提案したのはバルバリシアだった。毒を漏らさぬよう入念に巻きつければセリナを傷つけずに済むのではないかと。
バルバリシアはセリナがスカルミリョーネに、というか他の者に近寄ると腹を立てるくせに、突然まともなことを提案するので驚いてしまった。
追い続けるのがセリナの意思ならば不満がっても無意味だ。むしろ彼女が傷つかないよう計らってやるのが第一だろう。そこに気づいたのかもしれない。
あるいは、逃げられなくなればスカルミリョーネを追うことも減ると考えたのかもしれない。
どういう意図かは知らないがバルバリシアが自分以外の者について思いを巡らせ、気遣っている。それは良いことなのだろう。
何にせよ私にとって所詮は他人事だ……と、今この時まであまり深く考えていなかった。
……すまん、スカルミリョーネ。バルバリシアの不可解な態度をもう少し気にしてみるべきだった。残念だが、もう私には止められない。
「ちょっと、動くんじゃないわよ! 巻けないでしょう?」
「ま……待て……首が……絞まっ、」
「毒も臭気も感じなくなるほどみっちり包帯まみれにしてやるわ! これでセリナの安全が確保されるならば!!」
セリナの安全以前にスカルミリョーネの危険が確保されているようだが。
死臭を封じるためとは言えど、そこまで強く締めつける必要はあるのだろうか。スカルミリョーネは包帯に巻かれてもうすぐ全身が白く染まりそうだ。
そういえば異界のアンデッドに似たような姿の魔物がいたな……あれは何と言う名前だったか……。
「う、ぐ……フシュルルル……」
「おや、まだ隙間があるようね。水をかけて縫い目を収縮させなければいけないわ!」
呼吸もできなくなるぞ。むしろそれが目的か。まったく、いくら気に入らないからといて何度殺せば気が済むんだ。
しかしスカルミリョーネも同じ四天王を名乗る身だ。私が下手に手助けをしては彼のプライドを傷つけてしまうだろう。死にゆく仲間を見守っているしかないというのもなかなか辛い。
「覆いつくしてやるわ! 全身、隈なく! 指一本とてあの肌に触れさせるものか!!」
それはもう包帯を巻いたスカルミリョーネというより、ただの包帯の塊になりつつあった。
果たしてこれを見てセリナは何と言うだろう。スカルミリョーネだと認識できるだろうか。……先程から声も聞こえなくなってきたが、そもそもまだ生きているのか。
包帯でも何でも、防御を厚くして瘴気を封じる。聞いた当初はバルバリシアには珍しく公平で良い案だと思ったのだがな。
やはりセリナが誰かを追うのが気に入らないだけらしい。蓋を開けてみればスカルミリョーネへの気遣いではなくただの八つ当たりだった。
「ふぅ……、ざっとこんなものかしら!」
「見事に本体が見えないな」
生きているか、スカルミリョーネ。呼吸音すら聞こえない。
「あとは殺菌消毒よ。さあルビカンテ、焼きなさい!」
……。どうしようか? 私が従っても立ち去ってもスカルミリョーネは死ぬだろう。ついでに言えば、ここでバルバリシアに抗い戦ってみても私の炎でスカルミリョーネは死ぬだろう。
どれを選んでも結果が同じならばいっそ放って帰ろうか。
と思ったのだが、来客だ。
「バルバリシア様……」
「ひっ」
扉の陰から幽鬼のような顔をしたセリナが現れた。バルバリシアにも一応の後ろめたさがあったのか、暗い声に青ざめて振り返る。
いいタイミングで来てくれたものだ。とりあえず死は免れたな、スカルミリョーネ。手遅れでないことを願おう。
しかしセリナはスカルミリョーネの危機に気づいてやってきたわけではなかったようだ。
「あのさ、お腹すいたんだけど、ごはんまだ?」
「あああ!! す、すぐ持ってくるから待っていなさい! 言っておくけど忘れてたんじゃないわよ!」
「う、うん」
忘れていたのか。スカルミリョーネを排除できる喜びに気を取られて食事の用意を忘れていたんだな。
ゴルベーザ様がセリナの食事について相談を持ちかけてきた時、この役目は譲らないと息巻いていたのはバルバリシアだったはずだが。
それを忘れてスカルミリョーネにかまけているなど、本末転倒ではないか。
セリナは空腹のまま食物を探してさまよったのだろうか。ゴルベーザ様は未だ彼女に調理場を教えていない。
こうなれば迷子になりやすいセリナのため、塔の各所に転送機の対応表でも置くべきか。
私が思案に耽っていると、セリナが元はスカルミリョーネだった塊に目を向けて首を傾げた。
「なにこれ、なんでこんなとこに包帯の塊が置いてあんの?」
「……そうだろうな」
「は?」
「いや、何でもない。緩めてやってくれないか」
不思議そうな顔のまま白い塊に手をかけ、バルバリシアによって目一杯きつく巻かれた包帯を剥いでいく。ようやくスカルミリョーネらしきものが見えた時、セリナは固まった。
「…………ええええっ!? いやいやいや! ちょっ、えええ?」
言葉にならない何かを発し、慌てて残りを剥ぎ取ったセリナに、満身創痍のスカルミリョーネが震えながら万能薬を渡している。
ここで毒など浴びせようものならバルバリシアが戻ってきた瞬間せっかく助かった命が無駄になるからな。
「あ、ありがと、ってそうじゃなく! ね、ねえルビカンテ、どういう状況だったのこれ?」
「バルバリシアが……、察してくれ」
「ああー、大体分かった」
即座に察する辺り、私の知らぬ間に随分と馴染んできたようだ。もうセリナはバルバリシアの性質も正確に理解している。
一方でスカルミリョーネは、圧殺されかねない強烈な巻きつき攻撃の影響でまだ弱っていた。
「くそ……頭が……クラクラす……る……」
「だ、大丈夫? 万能薬飲む?」
「よく生きていたな、スカルミリョーネ」
「……ルビカンテ……貴様……助けようとは……思わ…………」
「わああっ、スカルミリョーネがまた死ぬー!」
いや、ただの気絶だろう。そうか、助けた方がよかったのか。申し訳ないことをした。次からは善処しよう。
馬鹿馬鹿しい騒動だったが、一つ分かったのは“包帯を巻いても毒は防げない”ということだな。
臭気も感じられないほど強く巻つければ今のようにスカルミリョーネは死ぬ。といって動ける程度にしか巻きつけなければローブ以下の遮断性しか得られまい。
「やはりスカルミリョーネが毒を抑えるよりも、セリナが防具を身につけた方が良さそうだ」
「ってもしかして、これ毒対策だったの?」
「ああ」
セリナは気まずそうに俯いた。自分が原因でスカルミリョーネが死んだと思い心苦しいのかもしれない。
心配せずとも、セリナが来る前からバルバリシアとスカルミリョーネの仲の悪さは変わらない。いや、だから安心しろというのも妙だが。
「やっぱ、毒無効のアクセサリとか買うのがいいかな?」
「そうだな。しかし人間の町でしか買えないのが難点だ」
ついでに言うとそういった防具には魔物に害を与えるものが多いので、これまでのようにバルバリシア配下の女たちに買い出しに行かせるのは難しい。
「バルバリシア様と一緒に私が直接買いに行こうかなぁ」
「それは無理だろう。火に油を注ぐことになる」
セリナがスカルミリョーネに近づくためのアイテムなど、バルバリシアが大人しく買うはずがない。
逃げれば追うのだから、バルバリシアもセリナを避けてみればいいと思うのだが……やはり教えないのが賢明だな。私も敢えて揉めごとを起こしたくはない。
どちらかといえば、セリナを悲しませないためにスカルミリョーネと仲良くする、ということを覚えてほしいものだ。
我々は四天王として等しくゴルベーザ様に忠誠を誓う仲間。セリナが現れるまでお互いに関わりを持とうとしなかったことを思えば、衝突もまた触れ合いの一つだろう。
少々遅くなりはしたが、これから歩み寄っていけばいい。
ああ、そうだ。防具についてはゴルベーザ様からセリナに買い出しを命じて頂こう。それなら付き添いが誰になろうと、バルバリシアも文句を言わないはずだ。
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