激突慕情
今日も今日とて塔の中をうろうろ。なんか面白いことでもないかなって思うけど、バルバリシア様がきっちりシメてるから治安も良好、そうそう変なことは起きないよね。
とりあえず四天王の誰かを見つけたら全力でその人に絡んで一緒に遊ぶ。それが私の日課になっていた。
こっちの世界の人が動きたがりなのか、この塔の住人だけがそうなのかは分かんないけど、定位置ってものがないのが困ったところだ。
ここに行ったら誰々に会える、って場所がない。スカルミリョーネとかバルバリシア様なんて、自分の部屋を使ってる形跡がまったくないし。
転移魔法があるから行動範囲は無限大。魔物はテレパシー的な能力も持ってるみたいで、お互いどこにいるかなんて知らなくても平気らしい。
だからこそ、みんなの姿を探すのがちょうどいい暇つぶしにもなってるんだけどね。
適当に居住区をぶらぶらしてたら、ダンジョン階の入口近くで言い争ってるブラックナイトとソーサルレディを見つけた。
飛び交う視線のやり取りは周りの空気をドス黒く染めるくらい険悪だ。
モンスター同士って基本的にはお互いに無関心なことが多い。魔道士と騎士、男と女、獣型と人型なんかは無関心を通り越して仲が悪い。波長が合わないんだって。
つまり、男の騎士と女の魔道士というあの二人なんかは、そりゃもうぜんっぜん気が合わない。それに加えてスカルミリョーネ配下とバルバリシア様配下もバチバチしやすいから最悪だ。
モンスターなんだし、みんな仲良く! とまでは言わないけどさ。でも上司が仲悪いからって配下まで仲違いしなくてもいいのにねー。
「今日は何で喧嘩してるの?」
「……セリナか」
ソーサルレディが振り返って呟いた。人間語がそんなに得意じゃないブラックナイトは、黙ったまま腕を組んでる。表情は不明だけどすごーく不機嫌そうだ。
「……そうだな。セリナならば公平な判断を降せるかもしれない」
なにやら視線を交わして(ブラックナイトは兜で分かんないけど)頷き合った二人が、やけに真剣な視線を私に向けてきた。
な、なんなのかな? プレッシャーがすごくてちょっと逃げ出したくなる。
ガシャンと硬い音がしてブラックナイトの手が私の肩を掴んだ。空気が重い。でも逃げられない!
挑むような目をしてソーサルレディが告げる。
「セリナは……バルバリシア様とスカルミリョーネ様、どちらが素晴らしいと思う?」
いかにも深刻な声音にぽかーんとなった。……え、なにその質問。まさかそんなことで喧嘩してたの?
「…………どちらだ」
ブラックナイトにも凄まれた。
たとえばゴルベーザなら、あのでかくて黒くてトゲトゲな見た目、分かりやすく威圧感があるよね。ブラックナイトだって体格以外は似たようなもの。ごつい鎧が怖いのは当たり前なんだ。
でもさ、レディさんは一体どうしちゃったの。今日すごい怖いんだけど。殺意みたいなものがびりびりきてる。
こっちを選ばなきゃどうなるかもちろん分かってるだろうな! ってそんな空気が両方から滲み出てて、私は一体どうすればいいんでしょう?
あなたたちは普段は優しいのに、ふとした一瞬プチッときちゃう短気な性格だから見た目だけのゴルベーザより怖いんだってば。
「どっちって、そんな、どっちも四天王なんだし、私なんかに」
選べるはずないよって言いそびれて、冷や汗が流れた。すっごい冷たい視線が注がれてる。
「我々はそのような答えを求めているのではない」
「……明確に、選べ」
曖昧で日和った返事なんか許さないぜ! って感じなのかな!?
スカルミリョーネは……なんだかんだで甘やかしてくれるし、ゴルベーザへの忠誠心だって並々ならないものがあるし、ああ見えて優しいところもあるから好き。
バルバリシア様は、まっすぐ大好きって伝えてくれるし、多少無茶なお願いでも聞いてくれるし、あんなに綺麗な女のひとなのに猛々しくて強いところが好き。
褒めろって言われれば褒められる。好きなところはすんなり挙げられる。私にとってはどっちも素敵だから。でも……。
「選べって言われても困る……」
二人はじっと私の審判を待ってる。どうやっても逃げられそうにない。かといってどっちかを選んだら、選ばなかった方が暴れ出すのは目に見えてる。
もうね、自分の上司が大好きなんだよね、褒めてほしいんだよね。
ソーサルレディは日頃からバルバリシア様に心酔しまくりだし、それに比べると分かりにくいけどブラックナイトもわりとヤバイくらいスカルミリョーネのこと尊敬しまくってるよね。
私が巻き込まれてなければ微笑ましいんだけどさ。
黙り込む私に焦れたのか、ソーサルレディが拳を握り締める。
「深く考える必要はない。セリナの個人的な好みで構わないんだ。日頃どちらとの関わりが深いか、どちらの世話になっているか、存分に考慮して愛している方を選ぶのだ!」
力が入りすぎて血管が浮いてるよ。ギギッと音をさせながらブラックナイトがレディさんを睨みつけたような気がした。目なんか見えないけど。
自分がスカルミリョーネのアピールポイントをぺらぺら話せないから、いろいろと不満があるらしい。
うぅ、正直どっちでもいいっていうかどっちも同じくらいだから本当に困る。カイナッツォが一番好き、とかで逃げられないかなぁ。
「そうだ、ちなみに二人は、ゴルベーザと自分の上司どっちが好きなの?」
「バルバリシア様」
「スカルミリョーネ様」
即答した声が重なった。そ、そっかぁ。こうまで盲目的に愛されてるんだから、それはそれで素晴らしい、ことかもしれない。ゴルベーザが嫌われてるわけじゃないはずだから、大丈夫だよね?
なんかお互いがお互いの上司の名前を出したことでまた気分が盛り上がったらしくて、向き合った二人は更に険悪なムードに。
自己完結してるならもう納得しちゃおうよ。私はバルバリシア様、俺はスカルミリョーネ様、どっちも素晴らしい。それでいいじゃん。
って、うわあブラックナイトが剣を抜いちゃった。ソーサルレディも周りに火の玉を浮かべてるし……危ないから離れとこっと。
「我が敬愛するバルバリシア様の方がお前の主よりも断然優れている!」
「……笑止!」
そりゃまあ強さならバルバリシア様の方が上だよね。だけどスカルミリョーネにだって死んでも死んでも蘇るしぶとさがある。
逆に短所を言うなら、バルバリシア様は集中力なさすぎだし、スカルミリョーネは一人でのめり込みすぎだ。
結局、みんなを四天王に選んだのはゴルベーザ。お互いに弱いところを補うようにできてるんだと思うよ。剣を振るう人と魔法で支援する人と、良いパーティにはどっちも不可欠なようにさ。
……今そんなこと言っても二人とも聞いてくれないだろうけど。
「お前の主などいつもバルバリシア様に倒されているではないか!」
「暴れ馬のような、女め……」
「何だと! バルバリシア様を侮辱するな!!」
レディさんレディさん、バルバリシア様が暴れ馬みたいって何気に認めちゃってるよ。
ブラックナイトの重たそうな剣が火の玉を切り裂いてソーサルレディに迫る。その剣撃を避けるでもなく見えない魔法障壁が易々と食い止めた。
まったくの互角だ。今日の喧嘩も長引きそう。
「私はどっちも好きなのになぁ」
「セリナは誰でも好きだろう!」
ギロッと睨み据えられて心臓がはねた。誰でもなんてそんな、聖人君子じゃあるまいし。だけどちょっと図星かな。
「だからこそ、お前が選べば勝利なのだ!」
どういう理屈なんだろう。私が選んだって誰も……うーん、バルバリシア様は喜んでくれるかもしれないけど。
そんな風にまっすぐ、本心からの好意をぶつけられたら。私に足りないものってそれなのかもしれない。
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