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邂逅


 ファブール城を攻めるモンスターが思いのほか大量になってしまった。
 みんな「是非とも攻め込んで暴れたい」「自分も」「じゃあ自分も」「僕も」「私も」と決して譲り合わなかったのだ。さすが魔物。
 ここでは破壊の限りを尽くすわけじゃないので、戦闘後にも敵戦力が残る。だからスカルミリョーネさんに来てもらってアンデッドを増やすことはできない。
 つまりここの人たちは死んだら死にっぱなしってことだ。なのであまり全力投球したくないなあとは思う。
 一応、ファブール王がさっさと女子供老人を逃がしてくれたから死傷者は僧兵だけで済むのが不幸中の幸いか。
 ついでに王様も逃げ出していた。つまりダムシアンと違って敵はすぐにも勢力を再結集し、こちらに逆襲できるということだ。
 正直言って主力を失ったファブール軍なんか大した脅威ではないけれど、引き際は見極めないと無駄な損害を被ってしまうので注意しておく。

 城壁を破壊して町を踏み越え、ただいま城門に殺到している真っ最中。
 敵の主力僧兵部隊はホブス山にて壊滅している。スカルミリョーネさんとルビカンテさんが送り込んだモンスターに取り囲まれてボコホコにされたのだ。
 ギリギリで駆けつけたセシルたちによって助けられた一人のモンク僧だけが、今クリスタルを守るためにセシルと並び戦っている。
 ダムシアン王子を含め他にも役に立っていない兵はいるけど、まともな敵はセシルとモンク僧の二人だけだ。魔物らしく一方的な虐殺になりつつある。
 私は隣に立って戦況を見守るルビカンテさんを振り返った。
「もうテレポで抜けちゃいましょうか」
「馬鹿を言うな。中に守備兵がいないとも限らないだろう? 危険だ」
 むしろ強敵が居てほしいくらいだがとぼやきながらルビカンテさんが城門を睨む。敵が弱すぎて御立腹のようだ。
 防戦どころか彼らはただ悪足掻きで死を遅らせているだけに見える。それでも今のファブールに残された戦力ではあれが限界なんだ。
 ほんのちょっとだけでも戦線を維持できてることを誉めてあげるべきだろう。

 修行中の僧兵たちが負傷し、倒れ、逃げ出して、守りきれなくなったセシルたちも城の奥へと撤退し始めた。
「ローザとリディアはどこにいるんでしょうか?」
 後ろに控えて回復魔法を飛ばしていれば、もう少し持ちこたえられたのではと思うのだけれど。
 ルビカンテさんが目を細めて城内の気配を探り、彼女たちの居場所を見つけた。
「あの白魔道士と召喚士の少女は城の奥で怪我人の回復に努めているようだ」
「ええー……」
 そもそも白魔道士が前線に出ていれば怪我人も減る。戦士と共に戦場に立ちフォローするのが役目なのに、ローザに下がってろなんて言った馬鹿は誰なんだ。
「あとファブール王はなぜ避難する時クリスタルを持ち出さなかったんでしょう」
「クリスタルは月よりもたらされた技術の結晶だ。莫大なエネルギーを秘めているから、無闇に動かすことを恐れたのではないか?」
「それであっさり奪われるんじゃ本末転倒ですね」
 狙い通り「ゴルベーザにクリスタルを渡すな」という風潮は起きているけれど、なぜ渡してはいけないのか、クリスタルが何なのか、誰も分かっていない。
 ……時間の無駄だ。
「もういいです。全戦力を投入して早くクリスタルルームまで道を作りましょう」
 ファブールの人にはこれが最後の一線だろうけど、こっちは他にもいろいろ攻めなきゃいけない場所があって忙しいんだ。構ってられない。

 エントランスを越え、二階の広間を越え、潜入していた兵士が玉座の間の鍵を開けてモンスターが流れ込む。あっという間にクリスタルルームは目の前だ。
 ルビカンテさんは人間の不甲斐なさに怒りを通り越して悲しくなっている様子だった。
「人間とは追い込まれてこそ力を発揮するものと思っていたが、私の過大評価だったらしい」
「元気を出してください。きっと地底の人はもっと強いですよ」
「そう願うよ」
 ホブス山に誘き出した主力部隊はさすがにかなり強く、アンデッド兵だけで殺しきれなかったのでルビカンテさんの配下が応援に駆けつけたのだけれど……。
 こんなことなら壊滅させず彼らに城を守らせておけばよかったなと後悔する。その方がいい勝負ができたかもしれない。
 カイナッツォさんは叩ける時に全力で叩いておいて弱者をいたぶるのが好きだし、ルビカンテさんは逆に強い敵と真っ向勝負をしたいタイプだ。
 両方の需要を満たすのはとても難しい。管理職の辛いところだと思う。
 ともかく地上はバロンを支配してるカイナッツォさんの担当なので、ルビカンテさんには地底の敵に期待してもらうとしよう。

 クリスタルルームを抉じ開けてカインさんが突入する。行方不明だった親友が、この窮地に駆けつけてくれたと思ったのだろう。セシルが喜びの声をあげた。
 一緒に戦ってくれと手を差し出すセシルにカインさんは槍を向けて答える。
「俺が戦う相手はお前だ、セシル」
「カイン!?」
「構えろ。久しぶりに一対一でやろうじゃないか……命を賭けてな」
 鎧を身につけているとは思えない素早さでセシルに飛びかかり、カインさんが槍を振るう。さすがに咄嗟の対応はできたものの困惑したセシルは反撃できない。
 竜騎士特有の超人的な跳躍力を活かせないので室内戦はカインさんに向いていない。でも今の腑抜けたセシル相手には全力を出さなくても余裕だ。
 フルフェイスの狭い視界ではカインさんのスピードについていけなかったのか、セシルが兜を脱ぎ捨てる。
「カイン、お前もゴルベーザに……!」
「無駄口を叩く余裕があるのか!」
 親友であるカインさんに暗黒剣を使うことを躊躇っているのだろうか。剣を向けられているのだから応じなければ相手にも失礼だろうに。
 もし私がシナリオ通りカインさんを操っていたらセシルはここで殺されていただろう。カインさんにシナリオを話しておいてよかった。

 まずセシルの右手を重点的に狙い、剣を弾き飛ばす。そして一切の抵抗ができなくなったセシルの胸部に石突きを叩き込んだ。
 咄嗟に飛び退いたものの肺にダメージを食らったセシルが踞って苦しげに呻いている。槍を構え直したカインさんが無造作にセシルのもとへ歩み寄った。
「今、楽にしてやろう」
 あれ? まさか本当にセシルを殺すつもりでは……いや、あれは演技だ。たぶん。
 この先の展開は話してあるし、敵対関係を保ちつつセシルにクリスタルを集めさせてゼムスのもとへ導く理由はカインさんも理解しているはず。
 ……はず、なんだけど、当事者である私でさえ「もしやカインさんは操られているのでは?」と思ってしまうほどの演技力に違和感がある。
 隠れて様子を眺めつつ私が焦っていたら、クリスタルルームに乱入者が現れた。セシルが追い込まれたのを聞きつけて助けに来たローザだ。
「カイン!」
 今にも親友に槍を突き立てようとしていたカインさんの腕に、ローザは必死の形相で取り縋る。
「ローザ……」
「カイン、目を覚まして!」
 恋人を守るため、でもローザとしてはカインさんを助けなければという気持ちもあるようだ。
 それは恋愛ではないけれど、彼女がカインさんを大切に想っているのも感じ取れる。ただそれはカインさんの欲した想いとは違っていた。

 何かを吹っ切るようにローザの腕を振り払い、カインさんが先程と比べ物にならない殺気を放つ。
 ふと思ったのだけれども。
 もしかしてカインさんは、私が止めに入ると思ってるから安心してーーつまり本気でーーセシルを殺そうとしているのでは?
「何を血迷っているのだ、カイン……」
 慌ててテレポしてしまった。突如として現れた私に今まで空気と化していたダムシアン王子とモンク僧が身構える。
「ゴルベーザ!」
 そうか、ダムシアン王子は爆撃のあとに私の姿を目撃していたのかな。
 憎悪を籠めて呼ばれた名にセシルが顔を上げた。銀髪に青い瞳は鏡でも覗いたかのように。
「貴様が、ゴルベーザ……!」
「セシルか」
 似てる。月のように静かな輝きを湛えたあの瞳が。彼は“ゴルベーザ”の弟なのだと、強く実感した。
 負の力に屈することを恐れて暗黒剣を極められずにいる未完成の騎士。
 暗黒の技は精神に甚大な負担を与えるという。セシルは本能的に、そこへ身を沈めたらゼムスの魔手が伸びてくることを感じ取っていたのかもしれない。
「ようやく会えたのに残念だが、お前のような半端者に構っている暇はない」
「な、何だと……?」
「己の闇に怯えているがよい、暗黒騎士よ。永久にな」
 ゴルベーザさん。あなたはもしかしたら、セシルを身代わりにしないために自分が“ゴルベーザ”になったんですか?

 呪文を唱えるとセシルを庇うべくモンク僧が走り寄ってくる。
「させるものか!」
「散れ、虫けら」
「ヤン……!」
 お望み通りセシルの代わりにモンク僧を吹き飛ばす。
 わりと本気で魔法をぶつけたつもりだったのに、壁に激突した彼はよろめきながらもまだ立ち上がろうとしている。
 勢力としてはファブールなんて敵じゃないけど、今ここにいる全員が全力で殺しに来たら私は負けるだろう。いくらゴルベーザさんが強くても中身のマコトはド素人なのだ。
 やっぱり実際に自分で戦闘をするのはちょっと怖かった。
「カイン、遊びは終わりだ。クリスタルを奪え」
「は!」
 槍をおさめてクリスタルへと足を向けたカインさんの前に、再びローザが立ちはだかる。
「お願い、やめて!」
 黙ってローザを突き飛ばすとカインさんはクリスタルを手に取った。
「カイン、あなたはそんなことをする人ではないはずよ! 自分の心を、取り戻して……!」
「……君に俺の心が分かるのか?」

 弾き飛ばされた剣を拾い、それを杖代わりに満身創痍のセシルが立ち上がる。
「分かるさ……ずっと見ていたんだから。ローザも、僕も」
「セシル……」
「カインがどんな心の持ち主か、よく分かっている。君がこんなことを望むはずがない……」
 友の裏切りに戸惑うセシルも、体を張ってカインさんの悪行を阻止しようとしているローザも。その高潔さが失われないよう足掻いてくれるくらいには。
「ゴルベーザ、よくも僕の親友を……!」
 カインさんはちゃんと二人から大切にされている。それを分かっているから憎しみに染まることもできず一人で苦しんでいた。
 今更だけど、ゴルベーザさんの優れた精神感応能力は人の心が見えすぎる。だからゼムスに目をつけられたんだろう。
 精神支配に優れているということは、他者の精神と同調しやすいってことだ。自分の中に容易く他人を受け入れてしまう。
 ある意味、ゲームのプレイヤーと同じ視点で物事を見ているようなものだ。
 こういうしがらみがあるから単純に楽しめなくてRPGは苦手なんだよね、と心の中でぼやいてみる。

「楽しい余興だったが、これまでだ」
 魔方陣を敷いて黒竜を呼び出す。その場に釘付けになり、動けなくなったローザの腕を掴んで引き寄せた。
「は、離して……!」
「ローザ!」
 呪縛を振り払おうともがきながらセシルの目が怒りに染まる。あんまり負の感情を強めると危ないですよ。
「彼女は預かっておこう。丁重に扱うので案ずるな。私を追って来るがいい、セシル。だが今のお前では、私には勝てんぞ」
「ゴルベーザ様」
 話しすぎだという顔でカインさんが口を挟んでくる。本当は「試練の山に行ってパラディンになりなさい」くらい言いたかったけどやっぱりダメですか。
「……帰るぞ。次はトロイアのクリスタルだ」
 そろそろ地底の探索も始められる。セシルにも頑張って早くストーリーを進めてほしいものだ。




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