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理性崩壊


 抑えても私の全身から立ち上る殺気に明らかな警戒心を見せつつ、下手に動く勇気もないのかスカルミリョーネは硬直していた。
 自分の立場を不自由だと感じたのは初めてだわ。これまではただひたすらにゴルベーザ様の命を受け、従うことに何の疑いもなく日々を過ごしていたのに。
 私は今、こいつを殺してやりたい。しかしそれはできない。そんな命令は受けていないのだ。この男もまたゴルベーザ様の配下である以上、個人的な欲求で殺戮することは許されない。
 今までは不自由などなかった。殺したいと思うほどの興味さえ、こいつらに抱きはしなかったから。なのに今は……ああ、なんと忌々しい!

「スカルミリョーネ。セリナに……密着……したという件について、詳しく聞かせなさい」
 一瞬は怪訝そうにしたものの、すぐに思い当たることがあったらしくスカルミリョーネは頷いた。そして事も無げに言い放つ。
「……外を見せてやった時のことか」
「それでなぜ触れる必要があるのよ」
「外壁に放り出せばよかったのか? テレポをするのに抱え上げただけだ」
 そう……セリナは確かに、塔の外へ出たがっていたわね。けれどなぜスカルミリョーネが彼女に応えてやるの?
 優しさであるはずがない。無駄に生真面目なルビカンテならまだしも、この男。人間の小娘がゴルベーザ様のお気に召したのを疎み、セリナを追い出したがっていたくせに。
 今になって、なぜ急に、なぜ……。
「関わりたくなかったのでしょう」
「それは今も同じだ。しかしセリナには己の立場を分からせたかったのでな」
「気安く名前を呼ぶんじゃないわよ」
 スカルミリョーネが欝陶しげに溜息をつくので、また腹が立つ。

 セリナの声が脳裏に蘇る。『密着した時に』『密着……』『ガスを』一体どれほど近くに寄ったのか。私だってまだろくに触ったことがないのに!
「必要以上にセリナに近づかないで。お前だってゴルベーザ様に、セリナを傷つけるなと言われたでしょう」
 毒に蝕まれるほど近くに寄るなど許し難いことだわ。
「薬なら渡した。傷つけてはいない」
「始めから近づくなと言っているのよ」
「あちらが寄ってくるのだから仕方がなかろう」
「それはお前がセリナを避けているからよ!」
「……矛盾しているだろう。ならば私に一体どうしろと言うんだ」
 自分でも分かってるわよ。支離滅裂なことを言ってるって! だけど腹が立つのだもの。
 セリナに明確な拒絶を示しているのはスカルミリョーネだけで、だからあの娘はこいつを追いかけたがる。
 スカルミリョーネは、別に彼女の気を引くためにわざと逃げ回っているわけではない……そうとは分かっていても、怒りが抑えられないのよ!

「避けるなら徹底的に避ければいい。どうして外を見せてやったり、薬を渡したりするのよ」
 そんなことをしたらセリナが誤解するかもしれない。こいつが優しさゆえに彼女を連れ出したのではないか、距離を縮める余地があるのではないかと。
 関わりたくないのなら一歩も近づけなければいいのよ。
「ただの……気まぐれだ。それに尻の感触がよかったからな」
「……」
「……」
「は?」
 尻。尻って何だったかしら。胴の後肢の付け根、肛門付近の肉付きの豊かな部分。臀部。
 セリナの肩や腕、頬。柔らかくて温かかった。それよりもなお柔らかなもの。
「人間の体とは柔らかくていいものだな。やはりアンデッドたちの餌に適している。あれらは魔物の肉が食えんからな……、あの小娘も非常食程度には」
 セリナの尻。尻の感触が、よかったから、触れるのも悪くはないと。こ、この変態があああっ!!
「……質問しておいて、聞いているのか、バルバリシア?」
「セリナを連れて行った場所に案内しなさい」
「何のために」
「私もセリナと同じ景色が見たいのよ」
 理性を総動員させて冷静を装う。スカルミリョーネは疑わしげな表情を浮かべつつも転移魔法を唱えた。気配が消えた先へ追いかけてゆく。
 塔の外では、障壁の向こうで荒々しく風が渦巻いていた。
 殺してやる殺してやる殺してやる。セリナの尻に触れたその場所から突き落としてやるわ。二度とその感触を味わわせるものか。




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