×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
衝突翻弄


 南方のエブラーナ王国を攻略するにあたってバロンの兵力を駆り出せるのか。カイナッツォの答えは、否だった。
「クリスタルがあるわけでもねぇしな。わざわざ理由作って攻撃すんのは面倒だ」
「お前が王に成り代わって一言命じれば済むのではないか」
「王の命令だけで戦争はできねーんだよ。ゴルベーザ様も、飛空艇を動かす資金を出してる貴族どもまでは操れねぇだろ」
「なるほど」
 よく分からないが、とにかく難しいということは分かった。人間とは複雑なものだな。
 エブラーナはバブイルの裾野から海岸に向けて広がる国家だ。クリスタルを有してはいないが、いずれ我が勢力と敵対する可能性は高い。
 闇のクリスタルを探索するついでに私が滅ぼしてしまうのがいいだろう。

 そんな話をしている時だった。前方より突進してくる人影に気づく。正面衝突を避けて身を翻した私の横を風のように通りすぎ、数歩先で立ち止まり、振り返る。
 私の顔を見て慌てて駆け寄ってきたセリナは、いつになく必死な表情だった。
「ルビカンテ、救援要請!」
 今度は本物の風が吹く。セリナの髪が舞い、後ろにあらわれた影はバルバリシアだ。セリナの喉から引き絞るような悲鳴が漏れた。
「ひいいい」
「ちょっとセリナ、その反応は何なのよ」
「だってええ……ル、ルビカンテ……」
 涙目で助けを求めるように私を見上げてくる。彼女はバルバリシアに懐いていたはずだが、魔物相手にも平然としているセリナがこの怯え様とは……。
 そしてカイナッツォがさりげなく距離をとって愉快そうに眺めているのが気に入らない。奴め、傍観者に徹するつもりだな。

「どうして逃げるのよ、セリナ。私は何もしてないでしょう」
「してる、もう充分してるよ!」
「いいから来なさい!」
 逃げようともがくセリナをバルバリシアが正面から抱きかかえて拘束し、そしてセリナの尻を揉んだ。いや、揉みしだいた。
「みぎゃあああああ!」
「ああ……柔らかい……」
 ……呆気にとられてしまった。何をやってるんだ一体。止め……た方が、いいのだろうな、セリナの悲鳴を聞く限りでは間違いなく嫌がっている。
「バルバリシア、無理強いはよくないぞ」
「だってセリナったら承諾しないんですもの」
「するわけないじゃんっ」
「スカルミリョーネには触らせたくせに!」
「触らせたんじゃなくて当たっただけだってば!」
 もはや両者ともに涙目だった。
 それにしてもスカルミリョーネ、お前まで何をしている? 揉んだのか。触れたのか、偶然当たったのか。

「ルビカンテでもカイナッツォでもいいから助けてよおお!」
 再びの悲鳴。見ればいつの間にやらセリナの向きが変わり、今度は後ろから抱きすくめられていた。バルバリシアの手が彼女の服の下で蠢き、腹を撫で回しながら徐々に上がっていく。
 いや、それはさすがにまずいだろう。しかし助けると言ってもどうやって? 思わずカイナッツォの方を見たが、笑い転げていて助ける様子はない。私がやるしかなさそうだ。
 セリナの貧弱さを考えると、炎をぶつけてもバルバリシアと共倒れになってしまうだろう。あいつだけを退かせなくてはならない。となれば……仕方がないな。
「バルバリシア」
「何よ、邪魔をしな……ななななな何すんのよ!!」
 激しい動揺とともにバルバリシアが飛び退いた。解放されたセリナが急いで私の後ろに隠れる。
 怯えきったセリナがマントにしがみつくので慌てて炎の温度を下げた。あまり急な行動は控えて欲しいものだ。

 一方で、唐突に尻を撫でられたバルバリシアは髪を振り乱して激怒している。
「ど、ど、どういうつもり? いきなり気持ちの悪い真似しないでよ!」
「お前がセリナにしたことを真似たまで。自分がされて嫌なことをするんじゃない」
「私はセリナにならどこを触られても平気よ! だからセリナ、触らせなさい」
「えええええどんな理屈ー!?」
 やれやれ、手のつけようがないな。前からそういう気質ではあったが、セリナが来てから暴走癖が加速したのではないか。
 彼女がもっと力を持って、自分で抵抗してくれれば私が煩わされることなどないのだが……。
 細い肩を引き寄せて、そのままセリナを巻き込みテレポを唱える。バルバリシアの憤る声を掻き消して空間がねじれた。

 一瞬の間を置いて目の前に現れた重厚な扉を見つめ、セリナは目を瞬かせる。
「……お、あれ? ゴルベーザの部屋の前?」
「ここが一番安全だろう」
「ありがとう! はあ……やっぱルビカンテはいいなー」
「何だって?」
「まともだもん。すごく」
 それは誉め言葉にならない。バルバリシアと比べればスカルミリョーネやカイナッツォとてまともな部類だろう。
 いや……カイナッツォは同類か。スカルミリョーネはまともだと思っていたが、彼もセリナの尻を撫でたという話だから私の思い違いだったかもしれない。
 それにしても、なぜセリナは自分の無力さに腹が立たないのだろう。
 他者の言動になすすべなく翻弄され、助けがなければ生きられない。屈辱を感じないのか。こんな子供に自立心など求めるだけ無駄なのかもしれないが。

「君は、自分の身を守る力を得ようとは思わないのか?」
 いつまでも頼られると迷惑だと言外に含めて尋ねる。私の嫌悪感に気づいているのかいないのか、セリナは不思議そうに首を傾げた。
「力なんかいらないよ」
 以前と変わらぬ答えに苛立ちが募る。
 自分の弱さを知りながら、保護される立場だと知りながら、そこに胡座をかいている。唾棄すべき怯懦に殺意すら芽生えて彼女を見遣ると、その目は悲しげにゴルベーザ様の部屋の扉を見つめていた。
「誰かを退けられるだけの力があったら、私はきっとここにいない」
「その力があればゴルベーザ様に逆らうというのか」
「……力があったら、そうしてた……かもしれないよね。分かんないけど。だから私は戦えなくてよかった。守ってもらう立場だから、ゴルベーザの味方でいられるもん」
 その眦に悔恨を乗せて、助けてくれてありがとうと、軽やかに部屋へと駆け込んでいく。

 音も立てずに閉じられた扉を見つめて呆然と立ち尽くす私の背後に、カイナッツォが現れた。
「てめえら、いきなり逃げてんじゃねえよ。俺にとばっちりがきただろうが!」
「……それはすまなかったな」
 セリナは悔やんでいるらしい。何もできない自分に憤っているらしい。弱さに胡座をかいているわけではなかったか。なのに……無力でよかったと言うのだ。
 ここにいるために。ゴルベーザ様の味方でいるために。逆らう力が、なくてよかった、と。
 そんなことは考えてもみなかった。もしセリナが力を持っていたら、それをゴルベーザ様の役に立てるのが当然だと考えていた。
 しかし彼女は人間だ。もし戦う力と共に“人間らしい心”を持っていたなら、彼女は……ゴルベーザ様の配下では、なかったかもしれない。
 力を得て人間の性情に還り、ゴルベーザ様に立ち向かうよりも……無力さに歯噛みしながらでも傍にいたいと、そう言うのか。

 やはり彼女はよく分からない。いや、人間というものがよく分からなかった。
「なあ、カイナッツォ。お前はセリナをどう思う。ゴルベーザ様は、何故に彼女をそばに置くんだ?」
 まるで分かりきった答えのように、カイナッツォは事もなく言ってのける。
「情操教育ってヤツだろ」
「それは何だ?」
 めんどくさそうに息を吐く彼をせっついて先を促した。カイナッツォは人間の世に慣れている。彼らの考え方についても、魔物としては造詣が深い。
「人間ってのは頭でっかちだからなァ。生きるの死ぬのにいちいち意味を見つけたがる。自分より弱いヤツをそばにおいて守ってやることで、感情ってものを育むのさ」
 ではセリナは、ゴルベーザ様の心を育むために弱さを克服せずにいるのか? 並び立てば敵となるかもしれない。あの方の庇護下に留まるための弱さ。
 ……あるいは、ゴルベーザ様だけの話ではないのかもしれない。
 良い玩具を見つけただけのようにも見えるが、セリナを構うバルバリシアは今までになく楽しそうだ。
 そして私も、セリナを理解するために人間について考えることが増えている。彼女の役割を探りながら“ゴルベーザ様の心情”に思いを馳せている。
 弱さにも意味がある……もしかしたら、いずれ納得できるかもしれない。少なくとも彼女の弱さは我々の何かを育んでいるようだ。




|

back|menu|index