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捜索懐柔


 セリナという娘についてゴルベーザ様に聞かされた時、特に好感も嫌悪も抱かなかった。魔法陣から現れた異界の存在、私にとってはただそれたけの存在だった。
 ゴルベーザ様が娘を何に利用するのかも興味はなく、あの黒いドラゴンのように、彼に侍るしもべの一つだろうと納得して終わり。
 性は女だというものの、魔物でないのなら私の配下にもならない。つまるところ私とは何の関わりも持つ必要のない存在だと思っていた。
 けれど……。
「セリナが消えた」
 そう告げたゴルベーザ様の声は硬く、不安定に鼓膜を揺らした。まるで娘の喪失を恐れているかのように。そのことに少しばかり衝撃を受ける。
 たかが人間の小娘程度にそれほどの価値があると思えない。ましてセリナは戦いの心得さえ持たない無力な村娘だったと聞く。どこかに紛れて野垂れ死んだとて後悔などあるものか?
 いずれにせよ、私に思考する権限はない。ゴルベーザ様がその喪失を嘆き、再び手に入れることを求めるならば、私はセリナを見つけ出して連れ戻さなければならない。

 メーガスを通じて配下の魔物どもにセリナを捜索させるも、姿を見かけたという情報すら得られなかった。
 魔力を持たない人間がそう簡単に塔の外に出られるはずがない。トラップのある下層部に迷い込んでいるとしたら厄介なこと。
 一度見かけたけれど、ひ弱そうな娘だった。不用意に歩き回って罠にかかれば瞬く間に死んでしまうだろう。
 早く見つけなくてはいけない。焦れるほど早く時間が過ぎる。微かにでも魔力を持った人間ならば気配を手繰ることができるのに、彼女の存在感はあまりにも希薄だった。
 ゴルベーザ様に引き合わされた顔を思い浮かべようにも、記憶はすでに靄がかって面影さえ曖昧になっている。
 印象に残っていないのよ。目を背けた瞬間に掻き消えそうなほど、私の興味をそそらない相手だった。

 蹲るセリナを見つけたのは、探し始めてからどれくらい経った時だったか。
 予想した場所とはあまりにも掛け離れたところに彼女はいた。塔内に精神を張り巡らすのに疲れ、休息をとりに戻った私の部屋に。
 怪我をしたのか、彼女はぴくりとも動かず丸まっている。そんな姿を見て冷や汗が背を伝った。
「セリナ」
 呼びかけても返事はない。慌てて近寄り彼女の体を揺さぶる。魔物とは一線を画する温かさと柔らかさが不安を煽った。
「セリナ! 目を覚ましなさい! 何があったの!?」
 外傷は見当たらない。なぜ倒れているのか見当もつかない。焦りが募る。私の支配するこの場所でゴルベーザ様が大切なものをなくされるなど、あってはならないこと。
 幸いにもセリナは程なく目を開けて、けだるげに体を起こすと徐に伸びをした。

「んぁ……。あ、バルバリシア様だ。迎えにきてくれたの? ありがとー」
 定まらない視線を私のまわりでふらふらさせながら、彼女はだらしなく笑った。
「……お、お前、まさか眠っていたの?」
「ごめんなさい。部屋への帰り道が分からなくて……動き回ると余計に迷いそうだったし」
 彼女を害することはゴルベーザ様に禁じられている。それでも命令を理解できないような下等な魔物もいないわけではない。
 ある程度の安全が保証されているとはいえ、こんな魔物の巣窟で、人間のくせに、なんて無防備なのよ。しかもよりによって私の部屋で眠りこけているなんて信じられない。
 愕然とする私には気づいていないらしく、セリナはまたしても大きな欠伸をして目尻に涙を浮かべている。
 僅かばかりの警戒心も抱かないその姿に、たとえば馬鹿がつくほど生真面目なルビカンテなら侮られたと怒るでしょう。
 でも私は……私には、一息で己を殺せる魔物を目の前にして一切の緊張を見せない彼女の姿が、私には。
「は〜、見つけてもらえなかったらどうしようかと思った。バルバリシア様が来てくれてよかったー」
 なぜかひどく魅力的に見えた。

「……ねえ、その、バルバリシア様っていうのは、何なの?」
 セリナはゴルベーザ様ですら呼び捨てにしている礼儀知らずで、忠誠心だけが取り柄のスカルミリョーネはそのことに憤っているらしい。
 不敬な娘が、なぜ私をそんな風に呼ぶのか。そこには畏敬も尊敬も感じない。ただ滑るように自然に呼ぶ。不快じゃないけれど、戸惑うわ。
「なんでっても、バルバリシア様はバルバリシア様だから……綺麗で高貴だから? なんか、どうしても様がついちゃうんだけど、えーと、嫌だった?」
 僅かに首を傾けてセリナが尋ねた。少しの不安と期待が交じった視線。背筋を得体の知れない感覚が走る。
「もう一度、呼んでみなさい」
「バルバリシア様」
 なんの気負いもなく繰り返される言葉は甘い。
「……セリナ、もう少しここで眠るといいわ。私が見ていてあげるから」
「いいの? じゃあ、分かった」
 素直に頷き、再びころりと寝転がると、数秒も経たぬ間にまた眠りに落ちる。人間の飼う家畜だってもう少し警戒というものを知っているでしょう。
「無防備すぎるわよ」
 人間のくせに、魔物に対してそんなに心を開かれたら、どうしていいか分からない。
 触れるだけで壊してしまえそうな脆い命が自ら手の内に転がり込んできて、頼りない笑顔を向けてくるなんて。
 ……私はセリナに嫌悪も好感も抱かなかった。ただ、彼女に興味がわいたのよ。




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