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迷子模索


 昨夜のうちにゴルベーザか誰かが運んでくれたらしいベッド代わりのソファに腰かけて考え事をする。
 ちなみに小さなテーブルも持ってきてくれてたので、さっきはここで初めての朝食としてサンドイッチを食べた。とてもおいしかったです。
 朝食もゴルベーザが用意してくれたんだけど、自分で料理してるのかな。せっかく召喚されたんだからそれくらい私にやらせてほしいのに。
 今朝はもう済ませたからって断られちゃったけど、私が二人分のごはんを作れば一緒に食べることもできるはずだ。よし、後でキッチンを探しに行こう。
 というか、昨夜ゴルベーザはどこで寝たのかなぁ。まさか私に気を使って「出かける」って言っただけだったりして。だとしたら申し訳ないことしちゃった。
 私の生活雑貨を新しく買わなきゃいけないくらいだから、ここにはゴルベーザの部屋以外に人間の生活できる空間はないんだと思う。
 まだオープニング前だからカインもいない。ルゲイエ博士みたいな人間っぽいキャラはどうしてるんだろう、もうバブイルの塔にいるのかな?
 紹介の場を設けてくれなかったから、ここには誰が住んでてどんな風に生活してるのかまったく不明なのが気になった。

 昨夜はゴルベーザの部屋で寝て、目が覚めたら自分の部屋への帰り道が分からなくて困り果てた。そりゃそうだよね、昨日は転移魔法で連れていかれたんだもん。
 迷いつつなんとか戻ってこられたけど、この建物は予想外に広くて入り組んだ迷路みたいな構造だってことが分かった。
 たぶんもう一回ゴルベーザの部屋に行くのは無理だと思う。早急に自室近辺の地理を把握した方がいいみたい。むしろマップが欲しい。
 私はこれからここで暮らして、そいでもってゴルベーザのしもべになるっていうのに、分からないことが多すぎる。
 さしあたって確認しておかなきゃいけないこと。ゴルベーザの仲間、つまり私以外の配下について。
「最初が土、順番に水、風、火」
 ローブを着たアンデッドがスカルミリョーネ、青いカメがカイナッツォ、綺麗なお姉さんがバルバリシア様で、赤いマントのルビカンテ。うん、覚えてる。
 ゴルベーザ四天王。あの人たち……人(?)たちも、やっぱりここに住んでるのかな。一応同僚になったわけだし、顔合わせはしておきたい。
 そして顔を合わせる前に、心の準備をしておかないといけないんだよ。

「スカルミリョーネ、カイナッツォ、バルバリシア様、ルビカンテ」
 口に出して言ってみたものの、気恥ずかしい。だってゲームキャラ、それもモンスターの名前だよ。ゲーム好きな友達とならたまには話題になるかもしれないけど、ちょっとマイナーだよね。
 すでにゴルベーザは名前を呼んじゃってるけど、冷静に考えるとなんか微妙な気分。すごーく微妙な気分だ。
「……はぁ」
 ため息ついて深呼吸。この恥ずかしさは、たぶん“うわー、ゲームのキャラクターに話しかけちゃってるよ私”って気持ちが含まれてるんじゃないかな。
「スカルミリョーネ、カイナッツォ、バルバリシア様、ルビカンテ」
 馴染みのない響きと言いにくさもあって舌を噛みそう。ちゃんと口に覚えさせとかなくちゃ。
「スカルミリョーネ……」
 でもやっぱり恥ずかしいなぁ。ゲームの登場人物と会話するっていう非現実的なことを、現実に行う違和感。今は現実なんだもんね、仕方ない。
「カイナッツォ」
「何だよいきなり」
「うわああっ」
 急に返事があったもんだから驚いてひっくり返った。慌てて振り向いた先には青いカメ。ええっとこれはええっと。
「カイナッツォだ!」
「だから何なんだっての」
 あ、指差しちゃった。まあいいや、モンスター相手だし。大体いきなりなのはそっちだよ。
 ドアは開かなかったのにどうしていきなり後ろにいるのかな。部屋の中に転移してきたってこと? プライバシーの侵害です!

 睨みつける私の視線をまったく気にせず、カイナッツォは不躾に私を見つめてくる。
「お前がセリナってヤツか。想像以上に普通だなァ」
 褒めてるのか貶してるのかどっちだろう……。ていうかゴルベーザ、私のことをどう紹介したの。
 なんとなく“ゴルベーザ様が直々に召喚した異世界人”って感じで伝わってる気がしてとっても不安だ。ちゃんと「戦闘員じゃないよ」って言ってくれたの?
 カイナッツォは私から視線を外して、まだソファとテーブルしかない殺風景な部屋を見回した。
「ここで寝泊まりするのか」
「うん。場所も手頃だからってゴルベーザが」
「ああ、ゴルベーザ様の部屋も近いしな」
 そっか、ここからゴルベーザの部屋まで近いんだ。じゃあ今朝の私はめちゃくちゃ遠回りしちゃったんだね。
 でも安心する。とりあえず頼れるのはあの人だけだもん。っていうか他に私が頼ってよさそうな人、いるのかどうかも不明だし。
 きょろきょろ部屋を見回すカイナッツォは無表情なりにどことなく気まずそうで、私とはあまり目を合わせようとしなかった。
 いきなり人間が転がり込んできたら扱いに困るのも無理はない。ああ、あっちも戸惑ってるんだ。そう思えたら少しだけ肩の力が抜けた。

 よ、よし、とにかく四天王との初対面だ。この機会にカイナッツォの名前を呼び慣れて、他の人たちと会う前の準備運動をしておこう。
「しっかし何もねえ部屋だな。まるで倉庫だぜ」
「あ、うん。後で買いに行かせるって言ってたけど、他に人間いるのかな?」
「ゴルベーザ様しかいねえよ。人間と似たような姿したヤツにでも行かせるんだろ」
「なるほどー。ちなみにカイナッツォは人間の町には行かないの?」
 バロンの王様にも変身できるんだから町に忍び込むなんて簡単だよね。まあ四天王に買い出しはさせないだろうけど。
 人型のモンスターでなくてもカイナッツォは町に行けるんだ。外の世界がどんな感じなのか聞いてみたい。そんなささやかな願いは呆気なく砕かれた。
「用事もねえのにわざわざ行くかよ、めんどくせえ」
 そ、そうですか。このカメ、やる気ない系だな。

「あの、カイナッツォ?」
「……何だよ」
 うー、やっぱりすぐには慣れそうにないや。「スカルミリョーネ」とか「カイナッツォ」とか、今まで口に出して言う機会がなさすぎたんだもん。
 主人公クラスのキャラクターならともかく、若干マニアックなところも恥ずかしくなる原因のひとつだと思う。
「えーっと、あのね、カイナッツォ。私って、勝手に部屋の外に出てもいいのかな」
「知らんな。ゴルベーザ様が禁止だと言わなかったんならいいんじゃねえのか」
「どこに何があるか知らないと、いろいろ困るんだよ……」
 聞きたいことはたくさんあるのに、ゴルベーザは私に何も命令しないでどっか行っちゃうし。今日はこの建物の案内してほしかったのに。
 そうだ、どこ行ってるのか知らないけど「一緒に行きたい」って言えばいいんだよね。自分が付き添って監視できるなら外出を禁止するってこともないはずだ。
 なんてことを企んでたら、カイナッツォが私を凝視してた。
「な、何? 外って言っても部屋の外を探検したいだけで、べつに後ろめたいことはないよ?」
「ああ、いや。厠なら廊下に出て突き当たりにあるぜ」
「違うし! それで聞いたんじゃないから! でもありがとう」
 主にゴルベーザの部屋とキッチンの場所を知りたかっただけなのに勘違いされた。まあ有益な情報だからいいけど。

 ああでもトイレも部屋から近いんだ。よかったー、探してる時に迷子になったらいろいろと悲惨だもんね。
「あ、ねえカイナッツォ。お風呂もこっから近い?」
「はぁ? 風呂……ああ、風呂ねぇ。厠の隣にあったろ。俺は使わねえから確かじゃねえけどな」
 とりあえず、あることはあるんだ。お風呂のない世界じゃなくて心底よかった、これで不潔さに塗れて死ぬことはない。
 っていうかつまりゴルベーザの部屋が近いのもそのためだね? 人間しか使わない施設はまとめてあるんだ。それで私の部屋はここになったのかぁ。
「あー、じゃあさ、カイナッツォたちも自分の部屋持ってるの? 近い?」
「滅多に使わんが一応はな。同じ階層だが一旦下に降りなけりゃ渡れねえよ」
「えぇ……なんでそんなややこしい」
「いざって時はトラップに使うんだよ」
 ああそっか、ゴルベーザの家じゃなくてダンジョンなんだ、ここ。考えてみたらボスの根城だもんね。だからやたらと入り組んでたんだー。
「カイナッツォたちの部屋も知りたいな。場所教えてよ、むしろ間取り図ください!」
「……お前、魔物を目の前にして緊張感のねえヤツだなァ」
 図々しいのは承知で言ってみたら、しみじみと呆れられた。

 魔物を目の前にして……まあ、言われてみればそうなんだけどね。でも、いきなりカイナッツォが現れて驚きはしたけど怖くなんてなかった。
「だって『セリナに危害は加えないように』って言われてるでしょ? 全員に命じておくって、ゴルベーザが言ってたもん」
 だからべつにモンスター相手でも怯えることはない。巨大な人面亀、それもCGや特殊メイクや着ぐるみじゃなく本物のモンスター、不気味といえば不気味だけど。
「怖いとは思わないよ」
「ハッ、甘ぇなガキ。命じられたからって従うとは限らねえんだぜ。殺しちまっても、ゴルベーザ様には『セリナは逃げ出しました』つっときゃいいだろうよ?」
「それこそ甘いね、カイナッツォ。私みたいな無能が自力でこっから逃げ出せるわけないじゃん。すぐバレるよ!」
「……言ってて虚しくならんか?」
「ちょっと虚しい」
 残念ながら逃げたくても逃げられないのは事実だ。べつに逃げるつもりなんてないけどね。

「ていうかそもそもだけど、ここってどこなの? 普通にモンスターがいるし、バロン城じゃないよね」
「ここはゾットの塔だ。っても分かんねぇか。ま、空飛ぶ機械仕掛けの塔だ、確かにお前が逃げるのは無理だろうな」
 ゾットの塔。ローザが攫われて、トロイアで土のクリスタルを手に入れたあとカインに連れてこられるところだ。
「そっかー。じゃあ一人で地上に降りるのは難しそうだね。でも部屋の外を見て回るのは平気っぽい?」
 確かあんまり性格がよくなかったはずのカイナッツォだって襲ってこないくらいだから、塔をうろちょろしてる雑魚モンスターも大丈夫だろうし。
 できればゴルベーザに案内してもらいたかったけど、自分で見て回れるところは見て回ろうかな。
「……部屋を出たいなら止めんが、まず間違いなく迷子になるだろうな」
「ご心配なく、もう今朝すでに迷子になりました!」
「威張ってんじゃねーよ」

 鬱陶しそうにため息を吐きつつ、カイナッツォはジロッと私を睨む。……さすがにちょっとビクッてなったのは秘密。
「どうせテレポも使えねぇんだろうが。役立たずは黙って飼われてろ」
「むっ。役立たずなりにゴルベーザの役に立てそうなこと探してるんだよ。そんな言い方しなくてもいいでしょ」
「お前が何のために現れて何をするつもりでも俺は興味ねえよ。身の程を知って大人しくしとけって、ことだ」
 うんうん、危ないから変なとこ出歩いちゃダメだよ、って脳内変換しとけば優しいセリフだね。
 何のために現れて何をするつもりか、なんて、私の方こそ教えてほしいよ。ゼムスはともかく、ゴルベーザはどうして戦えもしない私を呼んだんだろう。
 その答えを知るためにも、部屋に閉じこもってなんかいられない。
 変な気恥ずかしさや違和感なんていらない。この何もない部屋も、私の色に染めてやる。とにかくそばにいるって決めたんだから、ここが私の居場所なんだ。
「ねえ、カイナッツォ」
「何だよ、セリナ」
 カイナッツォに邪険にされても私はここで頑張る! ……でもとりあえず今は、そう。
「ちなみにトイレって廊下出てどっちの突き当たり?」
「は?」
 って、笑うなこのカメ! 場所を聞いたらなんか行きたくなってきちゃったんだから仕方ないでしょ!




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