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家具調達


 衝動に駆られるがまま魔法陣を敷いたものの、召喚された彼女をどこに留め置くべきか。少し考えて、やはりセリナを呼び出した部屋を与えることにした。
 まさか私の部屋を共有するわけにもいくまい。ほぼ不在とはいえ四天王の部屋を貸すのも不満の声があがりそうだ。ならば空いている場所を使えばいい。
 ここを自室にするようにと言えば彼女は喜んだ様子を見せた。私も微笑ましく感じたのだが、改めて部屋を見回すとセリナの顔は若干引き攣った。
「自費で揃えろとか言わないよね。言っとくけど私、お金持ってないよ」
「何の話だ?」
「この部屋、何もないんですけど」
 そう言われて私も視線を走らせる。見渡す限りの壁と床……確かに何も無いな。召喚魔法を行うために片づけたのだから当たり前だ。

 ここで生活を送るならば、それなりの道具がいる。尤もな懸念だ。しかし必要なものとは何だろう? 私はこのゾットの塔でなに不自由なく暮らしている。彼女も同じようにできるはずだが。
 確か先程セリナは掃除洗濯食事の用意、などと言っていたな。掃除ならパープルババロアを放しておけばよい。洗濯や食事は私のついでに済ませる。
 改まってセリナのために用意すべきものが何なのか、私には思いつかない。
「必要な物があるのか?」
「えーっと、まず不要なものすら一切ないし……、とりあえずベッドが欲しい」
 そうか。年端もいかぬ娘を床で寝かせてはいけないな。用意してやると言うのは簡単だが、私は人の住む町に近づきたくない。かといって他の者を使いにやるのも時間がかかる。
 費用を渡してセリナに自分で買いに行かせるのは……いや、駄目だ。帰って来なかったらどうするのだ。
「私の寝台をやろう。大きすぎて困ることもあるまい」
「え、でもゴルベーザの寝るとこは? 代わりのベッドあるの?」
「無くとも寝られる」
「じゃあ却下。うーん、どうしよう。この床じゃ上着敷いて布団代わりってわけにもいかないよね」
「だから私の寝台を、」
 ここに置けばそれで済むだろうと、僅かに苛立ちつつ言おうとしたが、セリナの溜め息に遮られた。
 何が不満だと問えば「配下が主君のものを奪うのはダメ」だと怒られる。……配下が主君の意見を却下するのはいいのだろうか。

 誰かに提案をするのも、それをすげなく却下されるのも私にはあり得ぬことだ。今のは叱り飛ばすべき場面だった気がする。しかしもう遅い。
 今後は毅然とした態度を心がけねばならんな。
「では、お前のために新しい寝台を買ってやる。しかしすぐには無理だ。今夜はどうする?」
「ベッドってそんなポンと買えるんだ。なんか代わりになる物があったらいいんだけど。一回ゴルベーザの部屋行きたい」
 唐突に言われて思わず身構えてしまった。私の部屋だと……。私の寝台を使うことは断っておいて、何故そんなところへ行く必要があるのだ。
「何も無さすぎて、何が必要なのか思いつかないんだよね。ゴルベーザの部屋を参考にしちゃダメ?」
 そうか、私の部屋にあるものを新たにもう一つずつ買い揃えればいいというわけだな。……しかし、私的な空間に他人を招き入れるのは初めてだ。妙に腰が引けてしまう。
「……分かった。こちらへ来い」
 あまり参考になるとは思えないが、互いに良い案もないのだから試してみるしかないだろう。
 素直に駆け寄ってきたセリナを連れ、自室へと転移する。懐に入られることに多少の戸惑いはあったが、不快には感じなかった。

 見慣れた風景に見慣れぬ人間が立っているのは奇妙なものだ。セリナは私の自室を無遠慮に観察している。
 今更だが、見られて困るようなものはなかっただろうかと冷や汗が背中を伝う。
「へぇー、なんか意外と普通」
「そう、なのか?」
 普通の基準が分からぬ。必要な物は一通り揃っており、不要な物はまったく存在しない。まあ普通と言えば普通かもしれないな。
 セリナの部屋も同じように整えれば良いのか。しかしこれを彼女の部屋とするには多大な違和感がある。本人の発する空気と違いすぎるせいだろうか。
「実用的ではあるんだけどー、ちょっと殺風景っていうか、つまんない部屋だよね」
「つまらないだと? 面白くする必要もあるまい」
「……フッ、そーだね」
 何故だ。理由は分からぬが今とてつもなく見下されたような気がする。ならどうすれば面白いと言うんだ。珍奇な物を置けとでも?
 エブラーナ辺りならば珍しい家具や土産物があるだろうか。別に面白い部屋にしようとは思わぬが、一応検討はしておくか。

 寝台とテーブルと椅子、極端なことを言うならこれだけあれば事足りる。他に欲しいものがあるかとセリナは周囲を見回している。
「本が多いね。調べたいことも出てくると思うし私も欲しいけど、これは急ぎじゃないからいいや」
 私に趣味と呼べるようなものは無いが、彼女にはそのうち必要になるかもしれない。余裕ができれば書棚も用意してやろう。
 次いで彼女は寝台に目もくれず、そのそばにあるワードローブに視線を向けた。
「あと洋服ダンス……ああ、着替えがない!」
 そういえばそうだ。この塔にはバルバリシアを始め人間の女と変わらぬ姿を持つ魔物も多くいるが、セリナが彼女らの衣服を借りることは不可能だった。
 そもそもセリナの身につけている服は何なのだろう。あのような形の衣類はどの国でも見たことがない。こちらの世界の服でも不満には思わないだろうか?
 何にせよ、これも購入すべきものの一つだな。思ったよりも費用が嵩む。もっと下準備をしてから呼び出すべきだったのかもしれない。

 寝台とテーブルと椅子、そして着替え。食器類は余っているが、セリナの自室に移すならば収納もいくつか必要になる。
 さしあたって買い与えるべきはそんなところか。
「キッチンとか、食べ物はちゃんとあるんだよね。ゴルベーザが住んでるんだから」
「ああ」
「明かりも……電気ついてるし」
 電気が付いているとはどういう意味だろう……?
 天井を見上げ、視線を壁から床へと這わせ、再びぐるりと部屋を見回してからセリナは私を見つめた。
「やっぱベッドかなー、今日からでもすぐに必要なのは」
「……」
 すでに私が暮らしているのだからいっそのこと「この部屋で寝起きすればいい」と喉元まで出かかった。……が、それはさすがにまずい気がする。
 いくら部下とはいえ年頃の娘、セリナも嫌がるだろう。いや、彼女が承諾すればそうするというものでもないが。
 召喚の前に思い描いたより幾分か幼いといえども、異性だ。あまり不用意に近づくのは気が引ける。第一、……同じ部屋で寝起きして、素顔を晒すのは、嫌だ。
「あのー、どうしたの?」
 急に反応しなくなった私を不審に思ってか、気付けばセリナが間近にきて顔を覗き込もうとしていた。

「寝場所のことだが」
「うわっ、うん!?」
 何故そこまで驚くのだ。まるで私が人間で言葉を発するということを忘れていたかのようだな。……まあいい。
「今夜はひとまず、この部屋で眠るがいい。どうせ私は出かける予定だ」
「あ、そうなの?」
 そんな予定はないのだが、適当に空き部屋で寝ると言ってもまた彼女に却下される気がするのだ。
「他の者に命じて必要なものを買いに行かせる。それまでは……そこのソファで代用するか」
 どうせ私は自室で寛ぐこともなく、滅多に使わぬものだ。私の寝場所を奪うのが嫌だと言うならしばらくはソファで充分だろう。
「ああ、そうだね。これくらい大きければ寝られそうだし。借りていいの?」
「良いも悪いも、私から申し出たことだ」
「う、うん」
 何を物言いたげに見ているのか。不満があるのなら口に出さなければ分からない。……と、思ったが、一つ思い当たった。
「心配せずとも、自分で運べなどとは言わぬ」
 セリナの表情が苦笑に変わった。その細腕で自室まで担いで行かねばならないとでも思ったのだろうか。
 馬鹿な娘だと思うと同時、何故か自然と笑みが浮かんでくる。そこに嘲りが含まれないことに自分で驚いていた。
「えへへ。なんか、何から何まですみません」
「気にするな」
 無意識に彼女の方へ手を伸ばそうとしていた。その動きを自覚した途端に手は止まり、自分が何をしようとしたのかはもう分からない。

 人間など滅んでしまえばいいと思っている。奴らは唾棄すべき、憎むべき存在だ。しかし私もまた人間だった。
 己の欲求に矛盾を感じ始めたのはいつからだったか。そもそもどうして人類の破滅を志すようになったのかさえ、とうに思い出せなくなっている。
 野望を果たし、この世界に蔓延る人間どもを根絶したとして、私は本当に満たされるのだろうか?
 セリナは戦士ではない。ただの無力な人間だ。どこまでこの場所に馴染めるかも分からない。とにかく、死なずにそばにいてくれればそれでよかった。
「他に、必要な物ができればすぐ言うように」
「はーい」
 良い返事だ。
 異世界の者に恨みもしがらみもありはしない。彼女はどこまでも人間らしい人間だ。それでいて、私は彼女を憎む必要がない。
 だからきっと私は、ただそこにいてほしいがためにセリナを召喚したのだろう。




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