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混乱


 焼け落ちたミストの村で出会ったマコトだかゴルベーザだかいう男に連れて来られたのは、見知らぬ部屋の中だった。
 どの程度の距離を移動したのかは分からないが、村からここまであの男の転移魔法で一飛びだった。ミシディアの長老ですらあんな馬鹿げた魔力を持っているとは思えない。
 尋常ならざる魔道士は「ちょっと安静にしててくださいね」と言って部屋を出ていった。……厳つい顔と気安い言動が合わなくて不気味だ。
 窓から外を見下ろせば、この部屋はかなり高い位置にあると分かる。塔の形状をしているようだが建物の下に地面が見えない。まるで海の真ん中に建っているようだ。
 世界地図を思い描くが、こんな場所がどこにあっただろうか?

 しばらく物思いに耽っていると、いきなり至近距離に何者かの気配を感じて身構える。何もなかった空間に恰幅のいい女が突如として現れた。
「あんたは……」
 見覚えがある。確かバロンの白魔道士団に属する兵士だ。いつだったかローザと話しているのを見かけた。
「マグと申します、竜騎士団隊長カイン殿。あなたが仲間になってくれるなんて心強いですね」
「仲間?」
「あら、違うんですか。これは早とちりを。失礼しました」
 朗らかに笑い、マグという白魔道士は俺に向かって回復魔法を唱えた。身を包むあたたかな光に思わず目を瞠る。
 それは死に瀕した者さえ救い出す高位の白魔法だ。魔道士団随一の使い手であるローザでさえ未だ習得に到っていない。
 ボムの爆発とタイタンの攻撃で負った傷は瞬く間に完治した。なぜ彼女がこんな魔法を使えるんだ? よく考えれば先ほども転移魔法で部屋に現れたように思える。
 一介の白魔道士が、なぜ……。
「お仕事があるので私はこれで。カイン隊長、ごゆっくり」
「……どうも」
 何なんだ一体、わけが分からん。まさか、ここはバロンなのか?

 もう一度窓の外を見下ろしてみるが、やはり眼下に広がっているのは海だ。バロンの塔から見える堀ではあり得ない。
 迂闊について来てしまったことを悔やんでいたら今度は部屋の扉がすごい音を立てて開いた。
「食事をお持ちした!!」
 また見知った顔だ。無駄な大音声をあげて食事を持ってきたのはバロン竜騎士団所属の女騎士、さっきの魔道士の妹だったか。俺の部下ではないが名前は知っている。
「ドグ殿」
「作ったのは我々ではなくマコト様なので安心するがいい!」
「そうだそうだ! カンシャカンゲキするがいい!」
 横にくっついている子供は見たことがない。顔立ちが似ているのでおそらくこれも妹だろう。
 ドグは食事の乗ったトレイを叩きつけるようにテーブルに乗せ、さりげなくつまみ食いしようとしている妹の首根っこを掴まえると子猫のようにぶら下げた。
「傷が癒えたとはいえすぐに動き回るのは良くない。まずは食事をして充分に休まれるがよかろう」
「そうだ。わたしからむしりとった、そのプリンも、とくとあじわうがいい……」
「未練がましいぞ、ラグ。マコト様はまた作ると仰ったではないか」
「あたらしいプリンをつくってもそのプリンは二度とかえらない……」
 姉の手にぶら下げられたまま、ラグとかいう娘は悲しそうにデザートを眺めている。どうやら彼女のものだった食事が俺に回されたようだ。
「……俺は病み上がりであまり食えん。よかったら持って行ってくれ」
「ほ、ほんとうか!? きさま! いいヤツだな!」
 喜びのあまり姉の手から強引に逃れてその場でくるくると回ると、ラグはプリンを両手に捧げ持って部屋から走り去っていった。

 妹の後ろ姿を呆然と見送ってから、ドグは慌てて頭を下げた。
「く、食い意地の張った妹で申し訳ない。あんなところばかり姉者に似てしまって」
「べつに構わん」
 その困り顔に妙な親近感がわいてしまう。彼女に限らず竜騎士はなぜか苦労性の者が多い。あまり嬉しくない共通点だが。
「ドグ殿、ここは一体どこなんだ?」
「これはゾットの塔。マコト様およびゴルベーザ様の居城であり、我が麗しの主君バルバリシア様がお守りする場所だ!」
 分からん。聞き覚えのない名を挙げて“主君”と呼ばわる彼女に違和感を抱きつつ、まずはミストでも謎だったことを聞いてみる。
「その、マコト様およびゴルベーザ様ってのは何なんだ?」
 名乗る時どちらにするか迷っていたことからおそらく同一人物だ。甲冑を来ている時はゴルベーザ、とかよく分からないことも言っていた。通り名のようなものか?
 しかしドグの答えもいまひとつ要領を得なかった。
「ゴルベーザ様とは肉体の持ち主の名前、そしてマコト様は今その肉体を仮宿としておられる方の名前だ」
 誰かもうちょっと話の通じるヤツを連れてきてくれないだろうか。

 一向に解明されない謎に頭痛を覚える俺を見て、何を勘違いしたのかドグは「早く食事を摂った方がよろしい!」と叫んだ。
 違う。腹が減ってるんじゃないんだ。むしろ混乱で食事どころじゃない。
「私は他にも任務があるので失礼する。ゆっくり休まれよ!」
 またそれか。休めと言われても、こんな状況でどうやって休めというんだ。
 陛下の愚行を止めるため、一刻も早くセシルと合流して共に各国の協力を求めに行かなければならないのに。それに……ローザのことが心配だ。
 入ってきた時と同じくらい凄まじい音を立ててドアを開け、ドグも部屋を出ていった。静けさが耳に痛い。
「……本当に、何なんだ……」
「お困りのようですなカイン殿」
 もう勘弁してくれ、驚き疲れてきたぞと思いつつ声につられて背後を振り返ると、案の定そこには見知った顔がいた。しかし……。
「ベイガン!?」
 陛下の隣で俺とセシルを見送ったはずの近衛兵長が立っていた。

 魔道の心得など持たないはずの彼まで転移魔法を使うというのか。いよいよもってバロンはおかしなことになっているようだ。
 しかし彼がここにいるならば、もしかするとこの状況自体が陛下の謀なのか? 俺たちの離反がバレているのだとしたらセシルが危ない。
 無意識に愛槍を握ろうとしていた。それを笑って制し、ベイガンは思いも寄らぬことを言ってきた。
「カイン殿にとって竜騎士の誇りとは何でしょう?」
「は? 何をいきなり……」
 弱きを助く慈悲の心と、邪悪を挫く無私の勇気。陛下の前で誓った言葉が頭に浮かぶ。だが今や陛下御自身がその言葉を違えている。
 竜騎士として、俺の誇りは正義のために戦うことだ。ベイガンはまるで心の内を見透かすような目をして俺を見ている。
「教え込まれた言葉は竜騎士の真なる願いではないでしょう」
「何が言いたい」
「竜に見捨てられた竜騎士団」
「……!」
 くちさがない連中の好む陰口だ。しかしその言葉は確かに竜騎士の心を抉る。
 飛空艇の開発が進むごとに制御が難しいドラゴンを操る竜騎士団は力を失った。竜を友とし、天駆ける騎士。在りし日の姿はない。今のバロンにはドラゴンがいないのだ。
「力無き者は誇りも抱き得ない。竜騎士の名誉と栄光はどこに消えたのでしょうな」
 王命を受けて空を行く親友の背中を見送り、俺は、ずっとーーずっと。
 俺たち竜騎士が誇りを胸に戦場に立ち、真の力を発揮できる機会はない。永遠に。

 テーブルに置かれていた茶器を手に、優雅な所作で茶を淹れながらベイガンは言う。
「私は人の身を捨てて魔物になったのですよ」
「……何を言ってるんだ?」
「少々お待ちください」
 茶器からそっと手を離し、ベイガンの気配が歪む。瞬きをする間もなくその姿は変貌した。
 部屋の中を冷気が満たす。彼の全身は鱗に覆われ、知性的な瞳が冷酷な蛇眼へと変わり果てる。そこに立っているのは蛇に似た一体のモンスターだ。
「な……」
 何が起きているのかと口に出しかけて、思い出したのはミストでの光景だった。
 あいつらは召喚士の死体をおぞましいアンデッドモンスターに作り変えていた。しかしそれは死者の望みでもあると。
 マコトと名乗ったあの男は「生きている人間と同じだ」と、そう言ったのだ。
「……自ら望んで、魔物に変えてもらった、と言うのか……?」
 次の瞬間ベイガンは人間に戻り、ご明察ですと微笑んだ。今しがたの光景は夢だったのかと疑ってしまいたくなる。

 なにやら目眩がしてきた。ベイガンが魔物……、ではあのメーガス姉妹もそうなのか? ミストの召喚士たちのように魔物として生まれ変わった?
 ならば陛下は。近頃の陛下から発せられるあの異様な気配は、魔物の……。
「陛下も、魔物になったのか」
 その問いには答えずベイガンは淹れたての茶を差し出してくる。冷静さを取り戻すためにありがたく頂いた。
 濃い赤褐色の液体はコクが強い。セシルならすぐにもミルクを入れたがるだろう。
「人と魔と、何が違うのでしょうな」
 そんなものは簡単だ。正義の在り方が違う。それだけだ。つまるところ……大した違いなんてない。
「ドラゴンは魔物です」
「確かにな」
「あなた方はそれをよく知っておられるはず」
 時としてドラゴンは人間に対して暴虐を振るう。だがそれは互いに生きていくための、生物としての自然な闘争に過ぎない。どんなモンスターでも同じだ。
 軍として力を失うまで俺たちはうまく釣り合いをとって魔物と共存してきた。だが飛空艇技術が進歩したお陰で、バロンにおけるドラゴンは単なる“空の害獣”に過ぎなくなった。

 俺にとって竜騎士の誇りとは何だ? 魔物であるドラゴンの力を借り、守ろうとしたものは、得ようとしたものは、何だったのか?
 亡き父の跡を継いで俺が竜騎士になった日、ローザは花が綻ぶような微笑みを見せて祝福をくれた。あの可憐な笑顔が俺に向けられるなら何だってできると思っていた。
「……若き日の陛下は強かった。それだけで命運を懸けても構わぬと思えるほどに。だが彼の正義など、到底及ばぬ強大な力があった。誇りとしていたものが奪い去られた時に、私はあまりにも無力でした」
「あんたも……、奪われたのか?」
「そしてより強い力を求めたのです。もう誰にも、二度と奪わせはしませんよ」
 何よりも欲したものが、何よりも守りたかったものが、より強き者の手で呆気なく奪われる。俺の力が足りなかったばかりに。
「セシル殿と協力し、バロン王を弑して、それでどうするおつもりですか?」
「俺は……」
「本当の望みとは何でしょう?」
 暴虐に走るバロンを止めることか。危険の只中にあるローザを助けることか。それとも竜騎士の名誉を回復させることか。
 ……あるいは、望みを叶えるだけの力を……、
「見せかけの正しさに惑わず、己の望みに忠実でありなさい、カイン殿」
 願いを、心を、圧し殺すことなく。己が望んだものを勝ち取るための力を、得ることか。




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