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刹那の邂逅


 バロン城での顛末を報告すると、ゴルベーザ様は特に怒りを発するでもなく淡白に頷いた。
「カイナッツォまでも倒すとは。パラディンになり、ますます腕を上げたようだな」
 というかいくら四天王といえども聖剣に加えて賢者と魔道士二人が相手では分が悪すぎるだけだ、と思わなくもないのだが。
 ゴルベーザ様は勝利に拘りがないようだ。特にクリスタルが懸かっていない戦いでは、部下が倒されても大して被害がないので心を動かさない。陣取りゲームで遊んでいるつもりなのだろうな。

「残るトロイアのクリスタルですが、セシルに取って来させてはいかがでしょうか? ミシディアでのクリスタル強奪にも成功したのだからうまくやってくれるでしょう」
『おい、クレア!』
 セシルを危険に追いやることか、それとも自分以外に殺される可能性のある場所へ送り込むことか、どっちに怒っているのかは分からないがカインは反対らしい。しかしゴルベーザ様は俺の提案に興味を持った。
「どういうことだ?」
「こちらにはローザがいます。返してほしくばクリスタルと引換えに……と」
「なるほど、それはよい。奴を始末するのもその時というわけだな」
 たぶんゴルベーザ様が自らセシルと対峙するのが、最も安全かつ確実だろうと思われた。何かあっても、彼は他人に守られることを嫌がらないので俺も動きやすい。
「では、その旨セシルに伝えて参りましょう」
「カイン……」
 魔封じの鎖に吊り下げられたローザが切なげに俺の方を見ていた。
「……想いの強さが問われるところだな」
 罪なき人々からクリスタルを奪うのは嫌だと国に刃向かったセシルが、ローザを守るためにどんな選択をするか見物だ。

 王となったカイナッツォが倒されたのでバロンにはいられなくなったが、飛空艇はゴルベーザ様が持ち帰っている。しかし城の上空に辿り着くと見知らぬ飛空艇が離陸したところだった。
「新型の飛空艇か。どう思う?」
『……何も言うことはない』
 すべての技師には軍船の開発が命じられていたが、シド技師は軍事力を持つ飛空艇を嫌い断固拒否していた。しかし牢獄から弟子に命じて秘密裏に製作していたのだろう。
 ゴルベーザ様に隠れてそんなことが可能なのか? ……できるだろうな。場所も金もちゃんと用意されていたのだから。
「あれが竜騎士団を食い潰して作り上げたものだとしても、何も感じないのか?」
『竜騎士団が衰退したのは時代が変わったからだ。飛空艇部隊のせいではない』
「それはそうかもしれない。単にドラゴンの維持費があの船の製作費に変わり、竜騎士団の竜舎を潰して船を隠していたというだけのことだよな。もちろん彼らは悪くない」
 吐き捨てた言葉にカインが困惑しているのを感じて苦笑する。少し私情が入りすぎたな。
「気にしないでくれ。湯水のように金を使える空軍への僻みだよ」
 あの船を作るのに陸海軍はどれほど割りを食ったのかと想像すると苛々しただけだ。親から受け継いだレザーメイルを修復しながら愛用している貧乏貴族の同僚と、砲弾一つにも馬鹿みたいな資金を要求してくる飛空艇部隊の連中を引き比べると。
「黒竜、行くぞ」
『クレア……伝令だろう? 墜落させるなよ』
「分かってますよ」
 町の上空じゃなきゃ危なかったけどな。

 黒竜に乗って赤い翼から新型飛空艇のもとへ飛んでゆく。ファブールの時とは違う御一行が甲板で出迎えてくれた。彼らもローザの安否を気にしているはずだから、いきなり攻撃を受けることはないだろう。
 そういえばダムシアンのギルバート王子は結局死んだのだろうか? ファブールでは、まだ生きていた気がするけれど。まあいい、とりあえずあっちに飛び移るとしよう。
「カイン……」
「お主、どういうつもりじゃ! ゴルベーザなんぞに操られおってからに!」
「相変わらず山猿みたいに喧しい爺だ」
「な、なに!?」
 食って掛かるシドを制し、セシルはじっと俺を観察している。親友であるセシルはもちろんシド技師もカインとは長い付き合いだ。あまり長居すると正体がバレそうだな。
「ローザは無事なのか?」
「フッ、やはり心配か。ならば今からトロイアに行け。土のクリスタルと交換で彼女の身柄を引き渡す」
「何だって?」
「卑怯な手を!」
 セシルの背後に控えていた賢者が杖を構えると、空で待っていた黒竜がやってきて俺を守るように威嚇のブレスを放った。
 甲板が割れる。シド技師の慌てる顔が愉快だった。いいぞもっとやれ、この税金の塊をぶち壊してしまえ。ただし、墜落しない程度に。

 彼らにとって重要なのはクリスタルを守ることでありゴルベーザ様を倒すこと。ここで俺と戦っても情報を失って損をするだけだ。さすがにセシルは弁えているが、どうも年寄り二人は頭に血がのぼりやすくて頂けない。
 その点、ファブールのモンク僧は静かに怒りを抑えているだけ立派だ。
「クリスタルを手に入れたら、また連絡に来る……。ローザの身を案ずるなら急げよ。いつまでも無事でいると思うな」
「貴様……!」
 必死になってもらわなければ困るんだよ。俺は磁力の洞窟を探索するなんて御免だからな。
 不機嫌な黒竜の首筋を撫でて宥め、立ち去ろうとする俺の背中にセシルの声がかけられる。
「カイン! 目を覚ましてくれ! お前はこんなことをする男では……」
「俺がなぜこんなことをするのか、分かるかセシル?」
 目を覚ませ、か。彼はそこにカインの意思が存在するかもしれないとは少しも考えないのだな。
 ローザを手に入れるためなら手を汚してもいい、何を捨てても手に入れたいものがある、だからここにいるのかもしれない。そんな可能性は、あり得ないことか?
「下僕のごとき“親友”がお望みか。見下すのも大概にしろ。俺にも望みがあり、心がある。そしてそれは貴様とは相容れんのだ」
「カイン……」
「俺を羨ましいと言えるほど、お前は何かを為したのか?」

 苦い表情を浮かべたセシルに、カインがため息を吐きたい気分でいるのを感じた。吐き出せない辛さはよく分かるので代わりに俺が息を吐いておく。
『……クレア、さっさと帰るぞ。長く敵地に留まっては黒竜にストレスを与えてしまう』
 彼らしい言い分に思わず笑ってしまった。はからずもそれはセシルたちの目に嘲笑のごとく映り、カインが本気で敵対する腹積もりなのだと悟った彼らは黙り込んだ。
 あとは振り返らず黒竜に乗ってその場を去る。赤い翼を駆り、彼らの船が見えなくなると気分も晴れた。
 ついでだから塔へ帰る前に一度うちに寄って行こうかな。バロンの竜騎士カインだった頃は制限も多かったが、ゴルベーザ様の一配下に過ぎない今はそれなりに自由が利く。
 思いのままに行動するというのは、それだけで随分と心を軽くするものだ。




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