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緊迫


 今、私のてのひらには水のクリスタルがある。手に入れてみると呆気ないものだ。まあ苦労して持ってきてくれたのはセシルだけど。
 そのセシルはと言えば王への反抗的な態度を咎められて僻地へ送られることが決まったところだ。今頃は城下で旅の支度を整えていると思う。
「今後はどういう展開になるんだったかな」
 彼がパラディンになるまでにもいろいろあったはずだけれどあまりよく覚えていない。一人で頭を捻る私を見兼ねたのか、横からカイナッツォさんが口を挟む。
「追い出すついでにボムの指輪を持たせてミストに送り込んだが、それでよかったか?」
「ミストってどこでしたっけ」
「召喚士が隠れ住んでる村だ。あいつらは厄介だからな。こっちの動きを悟られる前に潰しといた方がいい」
 魔道士の村ミシディアのように、村人全員が召喚士ってことだろうか? それは確かに厄介極まりない。「ゴルベーザにクリスタルを渡すな」と召喚士が束になって刃向かってきたら、こっちもセシルの動向に構っていられなくなるだろう。
 潰すということは死人が出るということだ。もちろん仲間キャラにだって死傷者が出ていたくらいだから“ゴルベーザ”の行為で誰も死なないなんて思ってはいない。
 でもちょっとだけ、心が痛む。

 これからセシルはミストの村に向かう。そこで村を滅ぼすとして……。
「ボムの指輪というのは何ですか?」
「ルゲイエの作った魔道具だ。村に着いたら大量のボムを召喚するように仕掛けてある」
 心配しなくてもセシルは死なないようになっている、とカイナッツォさんは残虐に笑う。一応召喚者という扱いになるからボムたちはセシルに危害を加えないらしい。
 確かにそんなようなイベントがあった気もする。自分が運んできたアイテムのせいで村が焼き払われて、そうだ、セシルはそこで完全にバロンと訣別するんだ。
「あ、ミストの村って、召喚士の仲間が増えるところですよ。リディアっていう女の子」
「はあ!?」
「お母さんが死んじゃって泣いてるところをセシルとカインが保護するんです」
 思い出してきた。そこでカインとはぐれてからはリディアを連れてバロンと戦うための味方を探しに行くんだ。どこかの国に。……どこかは忘れたけど。

 イベントを時系列順に覚えていないのが困る。先回りしてセシルのフォローをしたいのに展開が読めなくて行き当たりばったりに対処するはめになっている。
 前にバルバリシアさんが「後手に回るふりをして」と言ってたけれど、ふりじゃなく普通に後手に回っている気がした。
 リディアが加わってからのシナリオを思い出そうとしたのだけれど、不意に気づく。さっきからカイナッツォさんがなぜかあらぬ方を向いて固まっている。
「どうしました?」
「……あのな。言いにくいんだが」
「はい」
「保護も何も、指輪が発動したら村人は全員死ぬぜ。間違いなく皆殺しにできるようにしてあるからな」
「えっ」
 セシルがミストに到着したら村ひとつ消し飛ばすほどの大火事が発生する。リディアが生き残ることは絶対にないとカイナッツォさんは断言した。
 ……リディアなしで……いや、ダメだ。彼女はラストバトルに加わるメンバー。対ゼムスの貴重な戦力なのだから、なんとしても助けなくてはいけない。

 幸いにもカイナッツォさんが幻獣討伐を命じてくれているので、セシルとカインが村に到着するまで少し猶予がある。その間に対策を考えよう。
「先回りしてそいつを逃がした方がいいんじゃねえの?」
 私たちがリディアを保護する……ミストが炎上した段階ではリディアにとってセシルは親の仇だから仲間に引き入れるのは簡単だろう。その後で事情を打ち明けて、セシルの助けになってもらう?
 いや、待てよ。ラストバトルでのリディアは小さな子供じゃなくて大人の女性になっていた。
「ダメです。リディアはセシルと一緒に旅をする過程で幻獣の町みたいなところへ行って、パワーアップして帰ってくるんです」
「なんだよ、どっちみち幻獣が関わってくんのか?」
 幻獣と聞いてカイナッツォさんがすごく嫌そうな顔をする。それもそのはずだ。幻獣が厄介だからミストを潰す算段を立てたのに、召喚士を助けるためにあれこれしなきゃいけないなんて理不尽だと思う。
「まあ召喚士が一人だけなら大した脅威になりませんよ。こっちにも黒竜がいますし」
 言うや否や魔方陣が敷かれ、呼んだ? という顔で黒竜が出てきた。残念ながら今は呼んでないです。でもじゃれついてくるのでつい撫でてしまう。

 ペット扱いするわけじゃないけれど黒竜が甘えてくると心がとても和む。召喚魔法って素晴らしい。同時に、やっぱりミストの人たちに申し訳ないなと思う。
 何も皆殺しでなくてもいいんじゃないか。せっかくミスト殲滅作戦を立ててくれたカイナッツォさんには悪いけれど、被害はある程度までで抑えることにしよう。
 ひんやり気持ちいい黒鱗を撫でながらそんなことを考えていたら、カイナッツォさんが呆れたようにため息を吐いた。
「マコト、あんまり甘やかすなよ……子竜じゃねえんだからな、そいつ」
「え、違うんですか?」
「たぶんお前より年う」
 言いかけたところで黒竜が呪縛の冷気を放ちカイナッツォさんが凍りつく。
「こら、ダメだよ黒竜。カイナッツォさんは冷気にも弱いんだから」
「れ、冷気にもってなんだ、“にも”って!」
 爬虫類の格差的に亀よりドラゴンの方が強いのか、カイナッツォさんはなんとなく黒竜が苦手みたいだ。
 黒竜の方でも調子に乗って、ふふんと馬鹿にしたような顔でカイナッツォさんを見下ろしている。非常に子供っぽい。やっぱり子竜じゃないのかな。

 まあ、そんなことよりも。
「召喚されたボムを説得して手加減してもらえないでしょうか?」
「そりゃ無理だな。話し合う間もなく自爆しちまうだろうよ」
「!?」
 そ、そんな特攻大作戦だったのか。じゃあボムが自爆したあとの被害を食い止める方向で考えるしかない。といっても村人に回復魔法を唱えるわけにもいかないし。
「ルビカンテさんに一緒に行ってもらおうかな」
「それが妥当じゃねえか。ボムの放った火を操らせて被害を調整しろよ」
「他人の魔法を操ったりできるんですか?」
「普通は無理だが『もちろんできますよね?』つっときゃなんとかするだろ、意地で」
「……」
 否定できない。筋金入りの負けず嫌いだものね、ルビカンテさん。じゃあミストについてはルビカンテさんに頑張ってもらうことにしよう。

 で、ミストを出たセシルはどこに……この辺でヒロインが出てくるんだったかな? そろそろパーティーに加わらないと私が誘拐できないし。
「近日中に白魔道士ローザがセシルの後を追おうとするはずなので、止めずに逃がしてあげてください」
「あー、セシルの後をねえ。カインじゃなくてか?」
 なぜかやたらとニヤニヤしているカイナッツォさん。そりゃあだってセシルとローザは恋人同士だし、何もおかしくないはずだけれど。……あ、そうか。カインも含めたあの三人って微妙に三角関係だった。
 というかミストではぐれたカインは次に出てくる時もうゴルベーザの手下になってる。じゃあすぐにでも彼を勧誘しなきゃいけないじゃないか。
 それからセシルが抜けた赤い翼を掌握して、火のクリスタルを奪うためにダムシアンに攻め込む準備も進めておかないと。
 ということはそろそろ“ゴルベーザ”として表舞台に出る時期だ。ローザがバロンを出る前に、クリスタルを集めさせているのは私だと教えなくてはいけない。
 そのあとがファブールで風のクリスタル争奪戦。カインとセシルが敵対してローザを誘拐するのはこの時だ。セシルとゴルベーザの初対面でもある。
「な、なんかものすごく忙しい……!」
「そりゃ始まっちまったんだから仕方ねえだろ」
「カイナッツォさん、ダムシアンの攻撃準備とファブールへの潜入をお願いします。ミストが片付き次第、私も手伝うので」
「了解。まあ、適当にやれよ」
 気の抜けた返事が少しだけ私を冷静にする。そうだ、焦っちゃいけない。全部うまくやらなくてもいいんだ。最悪でも四天王を死すべき戦闘から逃せればいい。
 落ち着いて、気を楽にしていこう。




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