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大人は判ってくれない


 月から戻って以来、マコトさんは以前にも増してバロンを訪ねてくれるようになった。きっとゴルベーザさんが帰ってきたからだ。
 父さんも伯父さんも照れくさいのか何なのか、あまり自分から会おうとしない。だからマコトさんが何かと理由をつけては彼を連れて来てくれる。
 今日も父さんの執務が終わる時間を見計らって訪ねてきた彼女は、ゴルベーザさんを父さんに押しつけると自分は城の見学をするからと退室してきた。
 ゴルベーザさんが来ると父さんは少し子供っぽくなり、見ている僕は複雑な気分だけれど、母さんはとても嬉しそうな顔をする。
 父さんには親の記憶がない。母さんと結婚して僕が生まれるまで、家族というものを知らなかった。
 だから……ゴルベーザさんが来てくれるのは、僕にとっても嬉しいことだ。

 兄弟の時間を邪魔しないようにと別行動をとっているマコトさんと、一緒に練兵場を眺めながら城壁を歩く。
 青き星の民が進化するまではと眠りについていた月の民は今、バブイルの塔に住んでいる。ゴルベーザさんも、僕の祖父上の兄だというフースーヤさんもだ。
 遠い存在だった彼らが隣人くらいにまで近づいたけれど、なかなかバブイルの塔から出てきてくれず、未だ僕らと同じではなく“月の民”という感じだ。
 マコトさんがなんとか外で過ごせるよう画策しているところらしい。僕が生きている間に二つの種族が当たり前に一緒に過ごせるようになるだろうか。
 いっそのことゴルベーザさんたちだけでもバロンに住んでくれたらいいのになと思う。そうすればもっと家族の時間が増える。それに……。
 ちらりと横顔を見つめると、マコトさんは僕の視線に気づいて首を傾げた。もっとバブイルから出てきてほしいのは、彼女についても同じなんだ。
「マコトさん、ハイウインド家で暮らしませんか?」
「……えっ?」
 何を言ってるんだという顔をしている彼女の手を取り、その目をまっすぐに見つめる。ルビカンテさんのいない今日がチャンスだと思う。

 カインさんは赤い翼の訓練で城に入り浸りだし、あまり屋敷に帰る暇がない。
 彼が修練の旅に出ている間は父さんが人をやって維持していたらしいけれど、家主であるカインさんが戻ってきてそれを断る以上は勝手なこともできない。
 ハイウインド家のお屋敷が家格のわりに小規模で質素なのは、カインさんの御父上がそうしたらしい。それでも一人で維持していくのは不可能な広さだ。
 たまに帰った屋敷は荒れていて、自分で手入れをする余力はなく、月に一度くらい何人かを雇って掃除してもらう程の放置っぷりだ。
 本当はカインさんが結婚して家族を作るのが一番いいんだけど、本人にその気がないみたいだし。
「カインさんには、一緒に暮らして面倒を見てくれる人が必要だと思います!」
 始めはカインさんの屋敷を掃除できるなんてといそいそやってきた若い女の人が、次のお仕事は他の人にと断っていくんです。
 カインさんは職務はきっちりこなすけど、身の回りのことには無頓着なんです。この間なんて一週間ずっと同じ服を着て城に来たんです。
 家の中が、かなり荒れ放題なのに、自分一人で暮らしてるんだからいいか、なんて思ってるみたいなんです!
 というようなことを切々と説いたらマコトさんは同情的な目をしてため息を吐いた。
「……先日『パープルババロアを貸してほしい』って言ってたのはそういう理由だったんですね」
「え?」
 あれ、今の話を聞いててくれただろうか。僕はモンスターの話なんてしていないんだけど、と困惑していたら、彼女はさらに驚くべきことを言った。

「うちのお掃除担当はプリンたちなので」
 モンスターが掃除できるんだ……。でもプリンなんて手も足も無いのに、一体どうやって掃除道具を使うんだろう?
「家の中を這い回らせておけばゴミや埃を食べてくれるんです」
「へえ……、いいモンスターだったんですね」
「放っとくと人間も食べますけど、言い含めておけば大丈夫ですよ」
「本当に大丈夫なんですか!?」
 今朝見た時は無事だったからカインさんが食べられたりはしていないみたいだけど、留守中に脱走して町中にモンスターが現れたりしたら……。
 だ、ダメだ。ちょっとすごく便利そうだけど家のことをモンスターに任せるなんていけないと思う。モンスターでも人型ならまだしも、プリンなんて。
 まず、それでいいと思えるカインさんの精神状態が心配だ。完全に結婚を諦めてませんか!?
「マコトさん、マコトさんが一緒に暮らして面倒を見てあげてください!」
「いやー、でもバロンに住むのはちょっと……」
「結婚してくださいというわけではないんです。お給料はもちろん父さんが出します!」
 彼女は「カインさんの面倒を見るのはいいですけど」と言いつつ首を縦には振ってくれない。その理由もまた、
「バロンに住んだら朝起きてすぐルビカンテさんと会えなくなっちゃうから嫌です」
「……」
 やっぱり、この人はちょっとルビカンテさんのことが好きすぎるな。
 じゃあルビカンテさんも一緒に住んでもらったらいいのでは。新婚夫婦のような二人が家にいたらカインさんの気が休まらないかもしれないけど。

 バブイルの主であるマコトさんがバロンに住んでくれたらきっと、ゴルベーザさんとフースーヤさんも一緒に来てくれるはずなんだ。
 そしてカインさんもちゃんとした生活を送れるようになる。これ以上のいいことがあるだろうか。
 確かにマコトさんはバブイルの人たちと離れることになるけれど、無尽蔵テレポがあるのだから物理的な距離なんて大して意味がないのだし。
 父さんのため、カインさんのため、ゴルベーザさんのためにも、彼女にバロンへ来てほしい。だからなんとしてもここで説得してしまいたい。
「マコトさん……、別の家に住んだらルビカンテさんと“待ち合わせ”できますよ?」
「!!」
 父さんと母さんもたまにやっている。政務の終了時間をわざとずらして、それぞれ違う時間に家を出て、城の外で待ち合わせ。
 ちょっと散歩をして帰ってくるだけの“デート”だ。
 無駄手間に思える不思議な行動だけど、恋人だった頃にはなかなかできなかったからと待ち合わせをする日の母さんはいつも朝から楽しそうだった。
「ま、待ち合わせデート……」
 そしてそれは案の定、マコトさんの心もくすぐったらしい。かなり心が揺れているのが分かる。
「うーん……でも私がカインさんの家で暮らすのは……、ますます恋人ができなくなってしまいそうだし」
「大丈夫ですよそんなの、」
 一緒に暮らしている女性がいない今でもずっと恋人がいないのだから同じです、と声を大にして言おうとした時、後ろからポンと肩を叩かれた。

「おい、勝手に何の話をしてるんだ」
「カインさん!」
 く、口に出して言う前でよかった……。でも彼はなんとなくお見通しだったようで、ちょっとこめかみをひくつかせながら怖い笑顔を浮かべている。
「セオドア、余計な気を回すな」
「でも……」
 僕ら以外に誰が余計な気を回してくれるっていうんだろう。カインさんがこのままなんとなく歳を取っていったら僕は嫌だな。
 そして、それを嫌だと思ってくれるのはマコトさんも同じだった。彼女は僕とカインさんを見比べるようにして呆然と呟いた。
「カインさんって、そんなにおっさんでしたっけ?」
「!!」
「セオドア君の隣に並ぶとモロに……」
 つい、慌ててカインさんから距離を取ってしまう。マコトさんに“おっさん”と言われたのはさすがにショックだったらしくカインさんは固まっている。
「せ……セオドアと比べるな。俺がいくつだと思ってるんだ」
「いや、歳の問題じゃないですよ。だってエッジさんを見てください、女の子にモテたいから今でも若々しいでしょう」
「あいつとはそれこそ一緒にされたくない」
「人の目を意識するのは大事です。カインさんだって、以前はもっと自分の身なりを気にかけてたじゃないですか」
 そうか、長いこと試練の山に一人で籠っていたせいもあるのかもしれない。極限生活を続けていたから、生きることに直結しない物事に無関心になってるんだ。

 なにも女性に愛想を振りまいて格好つけてほしいというわけじゃない。ただ、カインさんは私生活を疎かにし過ぎだと思う。……と、父さんも言っていた。
 そしてゴルベーザさんもだ。自分なんかがバロンに住み家族のような顔をすべきではない、と考えているのが透けて見える。
 僕はカインさんのこともゴルベーザさんのことも大切だ。ちゃんと自分の幸せを考えてほしい。我が儘も言ってほしい。
 ……それは少し、押しつけがましい感情だとは自分でも思うけど。マコトさんはそんな僕とカインさんを交互に見やり、小さく頷いた。
「そうですね。ちょっとの間、ハイウインド家に泊まろうかな」
「マコトさん! ありがとうございます」
「ちょ……、ちょっと待て、お前がそんなことしたら俺はルビカンテにどんな目に遭わされるか」
「話しておくので大丈夫です」
 僕が思うに、ルビカンテさんは嫉妬しないんじゃないかな。だってそんな必要もないくらいマコトさんがルビカンテさんを大好きなこと、彼も知っている。
 マコトさんはカインさんの言葉を気にせず更に続けた。
「結婚しろとか早く恋人作れとか言う気はないですけど、自暴自棄になるのはどうかと思います」
「それは……べつに自暴自棄になってはいないが、一人でいるのは俺の勝手だろう」
「いいえ、自暴自棄です。セオドア君は心配してます。私だって、あの時に洗脳しなかったのは人生を謳歌してほしかったからですよ」
 あなたを大切に思っている人のためにも、幸せにならなくていいなんて考えないでとマコトさんは言った。
「……分かった。まあ、正直言って家のことをやってくれるのは助かる。……よろしく頼む」

 斯くして、ひっそりと寂しげだったハイウインド家にカインさんのお世話をしてくれる人がやってきた。
 しかも乗り気ではないゴルベーザさんを引きずって連れてきた時にはマコトさんに心から感謝して思わず祈りを捧げてしまった。
 彼女はいつも、僕の望むことを判ってくれるから大好きだ。




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