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開幕


 ついにオープニングイベントが開始した。王命を受けたセシルが先日ミシディアを目指して旅立ったのだ。
 私は先回りして村の近くで待機している。今日にも飛空艇が到着する予定なので、セシルたちが無事にクリスタルを奪取できるよう陰ながらフォローするためだ。
 今日は後学のためと言ってベイガンさんとドグさんが一緒に来ていた。二人とも今回必要な魔法を使えるからありがたくはあるのだけれど、保護者同伴で御使いをしてるみたいでなんとなく恥ずかしい。
 水のクリスタルを奉るこのミシディアは魔道士たちの住まう村。闇雲に攻め込めば赤い翼と村の魔道士とで大規模な戦闘に発展しかねない。なんとか魔道士を無力化したいところだ。
 始めは村の住民にサイレスをかけてやろうかと思っていたのだけれど、全員にかけ終える前にエスナとのいたちごっこに陥りそうだからやめた。うまく全員が沈黙状態に陥った場合、下手するとミシディア長老がセシルと会話できなくなるのでそれもやはり困る。

 第一に攻撃魔法ではないこと。害意が強すぎれば私たちの存在に気づかれてしまう。そうなったら大混戦だ。王様に疑念を抱かせるため、クリスタルを奪うのはあくまでもセシルの役目でなくては。
 第二に魔力の消費が低いこと。村の全員を無力化するには何度も魔法を使わなければいけない。効果が高くても魔力をごっそり消費するような魔法ではダメだった。
 第三に、対処法が存在しないこと。前述のサイレスなどは魔道士も警戒している。エスナ一発で解除されるようなものでは妨害にならない。なかなか選択肢は限られる。
「村を襲撃するならば我らも配下を呼び出しましょうぞ!」
 今すぐ御命令をとはりきっているドグさんに苦笑しつつ嗜めた。
「攻撃はしません。私たちの目的はセシルのサポートなので、魔道士たちの思考の邪魔をします」
「それは……コンフュをかけるということでしょうか?」
「もっと無害な魔法です」
 魔法を使うのには集中力が必要だ。それを掻き乱してやればいい。魔道士たちの気を散らしてセシルと戦う余裕を消し去ってやる。

 空の向こうに赤い翼の姿が見えた。タイミングを間違えたらセシルにも被害が出てしまうから気をつけないと。
「リフレクをお願いします」
 ベイガンさんもドグさんも強化魔法が得意なので羨ましい。私はどうにもあれが苦手だった。炎や雷の魔法はイメージしやすいのだけれど、目に見えないバリア系はいまひとつ想像力が働かない。
 三人全員リフレクが行き渡ったところで私は白魔法サイトロを唱えた。まったく戦闘向きではない魔法の行使に二人とも不思議そうな顔をしている。
 四天王との魔法訓練、そしてルゲイエさんとの新魔法開発に励みながら、効果的な魔法の使い方をいろいろと考えておいたんだ。
 リフレクにより乱反射した魔法がミシディアの住民に襲いかかった。サイトロの発動した村人たちの動きが止まる。まるで麻痺してしまったように硬直していた。
「サイトロにこのような効果が……?」
 首を傾げるドグさんの顔に影が射し、すぐに辺り一帯が暗くなる。飛空艇部隊が上空に到着したようだ。村からの魔法攻撃がないのを確認すると赤い翼は少し離れたところに着陸した。

 この魔法なら二人とも使えるというのでありがたく力を借りることにした。三人でお互いにサイトロをぶつけ合う。傍から見るとちょっと異様な光景だと思う。
 ミシディアの魔道士たちはなすすべもなくサイトロを喰らって動きを止めていく。ドグさんが戸惑いもあらわに尋ねてくる。
「マコト様、なぜ彼らは行動不能に陥っているのでしょうか」
「これは自分にかける魔法ですけど、効果が発動すると一時的に精神が肉体から剥離されるでしょう? ほんの数秒だけど肉体が制御不能になるんですよ」
「……なるほど。本来の使い方をしているだけでしたか」
 どうやらベイガンさんはサイトロを改造した新魔法だと思っていたらしい。べつにそんなんじゃない。普通のサイトロを普通にリフレクで跳ね返してるだけだ。
 サイトロとは、肉体から分離した精神を上空に飛ばして周辺の地形を確認する魔法だ。たぶんゲーム上ではマップを開くための魔法なのだろう。従姉が使ってるのを見た記憶がないので定かではないけれど。
 この世界にはGPSどころか地図もなく、バロン以外の国では空を飛ぶ手段もない。だだっ広い大地で迷子になったら野垂れ死に一直線。だからサイトロは、町から町を旅する商人や兵士にとって重要な魔法だ。
 そして私の求める条件をすべて満たしている。

 凍りついたように固まった村人に向かって白魔道士たちが治癒魔法を唱える。が、何の効果も見込めない。
「体に害のあるものじゃないからエスナで解除することもできないし」 
「しかし効果はあまり長く持ちませぬぞ!」
 ドグさんが指し示した方に目を向ければ、我に返った村人がサイトロを唱えた術者を探し始めている。私はすかさず魔法をかけ直した。それでまた村人は動けなくなる。
 バロンの魔道士団ですら習得できるほど簡単なこの魔法、ほとんど魔力を消費しないので遠慮なく連発できた。コストパフォーマンスとしてはケアルとライブラの間くらいだろうか。
「効果が切れると精神は肉体へと帰り、視界も元に戻ります。では絶え間なくサイトロをかけ続けると、どうなってしまうでしょうか?」
 その視界は一瞬で上空へ舞い上がり、かと思えば地に落ちて、また空を飛び、また落ちて、めまぐるしく繰り返される風景の急変。
 ミシディアの人たちは今、肉体的なダメージはまったくないけれども、超高速連続フリーフォールを視点カメラで疑似体験しているような感覚に苛まれている。
 3D酔いしやすい私だったら三回目くらいで吐いてると思う。

 魔道士が一人、真っ青な顔で踞る。それを皮切りに村人たちが次々と倒れてゆく。その光景を見ながら心なしか気分の悪そうな顔でベイガンさんが呟いた。
「あれは乗り物酔い、ですな」
「ベイガンさん、乗り物弱いんですか」
 いつもなんでも平気そうな顔をしているのでなんとなく意外だ。
「ええ、飛空艇に乗せられたことがありますが、最悪でしたよ」
 船酔いするタイプらしい。とても気の毒だ。だから有能なのに赤い翼所属ではなかったのかもしれない。なおさら気の毒だ。ベイガンさんにはなるべく乗り物の不要な仕事についてもらうように考慮しておこう。
 勧誘中いきなりテレポとか何度も仕掛けて申し訳なかったなと反省する。
「視覚から得る動きと他の感覚で得た動きが一致しないと酔います。風景は激しく動き回っているのに体はじっとしている。情報の誤差に脳が混乱するんです」
 ベイガンさんは納得しているけれど、ドグさんはよく分からないという顔をしていた。こちらは酔いとは無縁らしい。
 彼女たちはゾットの塔に常駐することになるから乗り物に強くて一安心だ。たぶん移動のため飛空艇に乗る機会も多いだろうし。
 ちなみにゴルベーザさんの体質のお陰か私も乗り物酔いや3D酔いとは無縁になっていた。ありがたいことだ。

 何もしていないにもかかわらず苦しげに呻いている魔道士たちを怪訝な顔で見やり、セシルが祈りの館へと突き進んで行く。祈りの館内はサイトロの被害を受けていないけれど、この状況で激しい反抗は起きないだろう。
 あとは放っておいても大丈夫だ。でも一応はクリスタルを手にして村を出るまで見届けることにする。
 一息入れようとベイガンさんが持ってきたバスケットの中からサンドウィッチを取り出してお茶まで淹れてくれた。……なんて準備のいい人なんだ。
 さりげなく嫌いな具材を避けようとするドグさんを牽制しつつのんびりと雑談をして暇を潰す。
「マコト様、それではリフレクは何のために唱えたのですか?」
 直接サイトロを唱えてもよいのではと熱心な生徒のように尋ねるドグさんの横で、ベイガンさんは自分なりに理由を考えている様子。すごく向上心のある二人だな。
「相手は魔道士だから、シェルやリフレクで対処されないように先手を打ちました。リフレクで反射させた魔法は補助魔法で防御できなくなるんですよ」
「なるほど! それ故にわざと自らにリフレクをかけたのですね」
 このゲームにも反射魔法を使ってくる敵がいたはずだ。というかそれってドグさんたち姉妹だったような気がするけど……?
 彼女らも元は魔法に疎い人間だから、あれはゴルベーザさんに教わった技だったのかもしれないな。そう考えるとここでドグさんを連れてきてよかった。
 こんな風に魔法の新たな使い方を相談しながら模索していくのは楽しいものだ。




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