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ソレデモシタイ


 お堀の水が溢れそうで心配になるほどの大雨が降っていた。雨にけぶるバロン城は風情があって美しい。
 風流な気持ちに浸っていたら、慌ただしく王の間から塔へ移動しようとしていた人影が私を見留めて立ち止まる。
「マコト!?」
 雨避けのフードを被ったローザだった。
「お邪魔してます」
「邪魔ではないけれど、なぜ堀に浸かっているの? 風邪を引くわよ」
 私は水属性のモンスターなので水に浸かってても風邪を引くことはないと思う。それに……。
「水の中にいれば追っ手を撒けるかなと思って」
 私がこうやって水の中でプカプカしていたらルビカンテさんは近寄るのも難しくなるのだ。
 ローザはずぶ濡れになりながら私を心配そうに眺めていた。
「喧嘩でもしたの?」
「……」
 このまま立ち話をしてたらローザの方こそ風邪を引いてしまう。そんなことになったら私はセシルやセオドアやカインさんに殺されるかもしれない。
 仕方ないので水から出て、ローザを王妃の部屋まで送ることにした。

 いつの間にかルビカンテさんの中では「月の帰還クリア=子作り開始!」となっていたようで、その剣幕に私は腰が引けている。
 ゼロムスマインドを封じるために魔力を手放した時も、炎を抑えないと触れることもできなくなって物凄く激怒された。
 そして炎を克服するためにルゲイエさんの研究室で生きたまま改造された。まあそれ自体は痛くも怖くもなかったのだけれど。
 すべては彼が私に触れるため。触れるのみならず、その……なんというか……そういうことをするため。追いつめられた気分になる私が悪いのだろうか?
「でも彼は十四年も待ったのでしょう? 切羽詰まってしまう気持ちも分からなくはないわ」
「うぅ……」
 ゴルベーザさんにも私が悪いと言われたけれど、同性であるローザにまで同意されるとかなり堪える。
 そして彼女は私が子供を作るのに大賛成らしかった。
「セオドアに弟か妹ができたら、同じくらいの歳になるのね」
「え!? ローザ、もしかして二人目が……」
「まだできてないけど」
「あ、そ、そうですか」
「でも頑張るわ」
 頑張るのはどちらかというとセシルじゃないだろうか。

 やっぱり既に一人産んでいるローザは強い。でも私は、まだ覚悟が決まらない。
「もう充分に蜜月を味わったでしょう。そろそろ家族が増える喜びを味わってもいい頃よ、マコトもね」
 ……蜜月なんて味わった記憶がない。ついこの間やっと月の帰還が終わってゴルベーザさんも青き星で暮らせるようになって。
 彼は十四年も待ったのかもしれないけれど、私にとっては待ち時間なんかじゃなかった。やっと戦いの心配をせずに将来と向き合えると思ったほどなのに。
 順番があべこべになって、ただ単純にルビカンテさんが好きだという私の心が蔑ろにされている気がして……悲しくなるんだ。
 聡いローザは私の消沈っぷりを見て何か察したようだった。
「もしかして、まだ許してない、の……?」
「……」
 火属性を吸収できるようになってすぐに押し倒され、私は……、そのままテレポで逃げてしまった。

 仕方ない子供を見るようにローザはため息を吐いた。
「私だったら、セシルに避けられるのは悲しいわ。魅力を感じてもらえないのか、愛されてないんじゃないかと思ってしまう」
「そんなこと……!」
「心の繋がりと同じくらい、体の繋がりも大切よ。好きな人の腕に抱かれるのはこのうえなく幸せだもの。怖いことじゃないのよ」
 見透かす言葉がぐさりと刺さる。そう、私は怖いんだ。誰かと体の関係を持てば自分が暴かれてしまう気がして。
 過ごした年月で言えば私はとっくに子供ではないのに、魔物になってから時間の流れが狂っているのか、するのが怖いなんて今さら誰にも言えない。
 そんな私にローザは優しく微笑み、そっと何かを差し出した。
「これをあげるわ」
「フライパン」
「取っ手で突き刺すように殴るのも効果的よ」
 鈍器が刺突武器にまさかの大変身。いや、まず鈍器でもなかった。
「抵抗する力があれば対等になれるでしょう。ちゃんと話しなさい。嫌なんじゃなく、ただ怖いんだって」
「でも今更そんなこと言うのは身勝手だと思……」
「あなたを勝手だと思うかどうか、ルビカンテにしか分からないわよ?」
 ぐうの音も出なかった。ローザは厳しくて、とても優しい。だから私は少しだけ勇気が出た。

 バブイルに帰るとすぐにルビカンテさんが迎えにきて正面から抱き締められたのだけれど。
「マコト、帰っていたのか」
「あっ」
「!!」
 手に持ったままだったフライパンが、抱きついてきたルビカンテさんのお腹を殴打してしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
 うまく(?)鳩尾に入ったらしくて踞り悶絶している彼に思わず声をかける。するとルビカンテさんは、なぜか嬉しそうな顔で私を見上げてきた。
「私に不意打ちを食らわせるとは……なかなかやるな」
「わざとじゃないです」
 むしろ今のはルビカンテさんが前方不注意で自らフライパンに体当たりしただけです。
「正々堂々たる手段とは言えないが格上を相手取る時には有効だ。しかしこれで慢心せず基礎鍛練を欠かさないことも大切だぞ」
「だから攻撃じゃないですってば!」
 ルビカンテさんが油断していて私にもその気がなかったから偶然決まっただけで、本来なら私ごときが彼に不意打ちを食らわせるなんて不可能だ。

 ただいまを言う機会すら逃して私は部屋まで転移させられ、あれよあれよとベッドに押し倒されると慌ててフライパンを構えた。
 でもいざこれで殴れって言われても難しい。仕方ないのでフライパンを押しつけて彼を遠ざけようと試みる。じりじり熱されてあつい。目玉焼きが作れそうだ。
 火は吸収できるようになったけど熱に強くなったわけではないんだよね。結局、持っていられなくなってフライパンを放り投げてしまった。
「何がしたかったんだ?」
「て、抵抗のつもりだったんですが」
 まだ無理です、その気になれません、もう少し待ってください。怒られるのが怖くて押し止める言葉は出てこない。でも、言わなくても同じだった。
 無言の抵抗を続ける私に呆れてため息を吐き、ルビカンテさんは私を見下ろして言う。
「お前は『月の帰還が終わったら』と言ったじゃないか」
「終わるまで考えられないとは言ったけど、終わったらすぐ欲しいとは言ってません」
「子供が欲しいのではなかったのか? まさか私が相手では不満だと言うのではないだろうな」
 笑顔が怖い。べつに他の相手を考えてるわけじゃない。ルビカンテさん以外の誰かなんて考えられない。でもそれは、いつかそうなったらいいなという話であって。
「慌てて、その……したら、ただ子供が欲しいだけで……してるみたいじゃないですか」
「言いたいことがよく分からないんだが」
「つい先日“月の帰還”が終わったばかりなんです」
「だからこうしているんじゃないか」
 ちょっとキレかけてるルビカンテさんに怯えつつ、なけなしの勇気を振り絞る。
「私……戦いが終わるまでいろいろ気が気じゃなくて、考えなきゃいけないことも多かったし、先のことが不安で恋愛どころじゃなかったというか」
 皆が奪われるんじゃないかとか、私の役割は何かとか、ゴルベーザさんのために何をしておくべきかとか。そんなことばかり考えていた。
 戦いに備える日々を蜜月だとは思えない。月の帰還が終わったあとのことなんて、考えてる暇はなかった。

「だからその……も、もうちょっと二人でいる時間が欲しいな……なんて」
 だから、子供はもうちょっと後かなって。段々と弱気になる私の言葉に、ルビカンテさんはあっさり頷いた。
「そうか。では孕まなければいいんだな?」
「えっ」
「お前が子を成すには早いと思うなら孕まなければいい」
 孕……なければって言われても、そんなこと自分の意思でどうにかできるわけない。と思ったら魔物にはできるらしい。
 魔物はそもそも人間や動物ほど簡単には死なないので生殖に励む必要も然程ない。偶然妊娠する確率はすごく低いのだ。
 自分の種を繁栄させたくなったら番を作る。単なる性欲で行為に及ぶこともあるけど、子を成すかどうかは気分次第なのだとか。
「その気がなければ……しても妊娠しないんですか?」
「当たり前だろう。でなければ今頃は世界中にカイナッツォの子孫が溢れている」
「なるほど」
 いや待って、なるほどじゃない。今すごい爆弾発言があった。カイナッツォさん……よく留守にしてるなとは思ってたけど何をやってるんだ一体。

 すぐ子供ができるわけじゃないのか。まだ家庭を持つ覚悟を決めなくてもいい。それは少し、安心だ。
「納得したか?」
「はい」
「ならば続きだ」
「は……それとこれとは話が違……!」
 そのまま手際よく服を脱がされて、慌てた私は変身術を駆使して“服を着てる自分”に化けた。ルビカンテさんが脱力したようにがくりと肩を落とす。
「これまで相当我慢してきたのだがな」
「そ、それは」
「お前も少しは私に合わせるべきではないかな?」
「……ご尤も」
「ほんの十四年ほど耐えればいいだけだろう?」
 笑っているけど目が怒ってる。十四年、手を出せないというのは男の人にとってそんなに辛いんだろうか?
 でもローザの言い分からしても、性別に関係なくただ私の情が薄すぎるだけなのかもしれない。私が悪い。それを認めるとますます体が強張っていく。
 現に十四年ルビカンテさんが私に合わせてくれていたのは事実だから、折れるべきは私なんだ。
 でも……断ったら嫌われるからとか、彼が我慢してくれたのだから私も我慢しなきゃとか、そんな風に“妥協”で受け入れることだろうか、これは。

 本当はすごく怖い。行為自体も怖いけど、抵抗し続けるのも怖かった。怖がっていることを知られるのが、怖くて堪らない。
 私がどんなに臆病で意気地のないやつなのかバレたらルビカンテさんはきっと……、
「……仕方ないな」
「!」
 静かに頷いて身を引こうとする彼に思わず手を伸ばした。
 呆れられ、嫌われて、もっと勇気のある人のところへ行ってしまうんじゃないか。その恐怖は他の一切を凌駕する。
「私、大丈夫です。できます」
 だからどこへも行かないでと腕に縋る。見捨てられることを思えば抱かれるのもあまり怖くない気さえした。
「マコト、落ち着け」
 混乱する私の背中を撫でながら、囁くような声に怒りは感じられない。
「私は十四年待ったが、お前はこれから心の準備を始めるつもりだった。そういうことだろう?」
 改めてそう言われると、怖いよりも自分の不甲斐なさを感じて恥ずかしくなる。それでも頷いた私にルビカンテさんは優しく笑いかけてくれた。
「無理強いはしないと言ったはずだ。もうしばらくは待とう」

 誰がどう考えても私の惰弱さが原因なのに、それでもまだ彼は私の心が熟すのを待ってくれるという。
 氷が溶けるように答えに辿り着いた気がした。いつまで待たせて呆れさせても、彼は私を見捨てたりしない。
 ルビカンテさんは私の弱さくらいお見通しだ。それでもずっと待っていてくれる。我慢や妥協じゃなくて、この愛しさに応えたいと思えた。
 離れて耐えようとする彼の首に腕を回して引き留め、全身で縋りつく。ルビカンテさんの手が私の腰を抱こうか迷ってぎしりと固まる。
「マコト。拒絶したいのか誘ってるのか、どちらなんだ」
「……」
「いい加減にしないとさすがの私も理性が、」
 変身術をかけ直して服を消し去ると、凝視する視線を感じて頬が熱くなる。
「ちょっと怖い、けど……本当は私もしたいです。だから……」
 優しくして欲しい。そう言い終える間もなく唇を塞がれた。肌で直接触れた身体はいつもよりずっと熱く、焦がされそうで怖くなる。
 でも、分かった。好きな人の腕に抱かれるのが怖いのは、それがこのうえなく幸せだから。溢れ出した愛しさに溺れそうになるから。
 手放したくないから怖い。怖いと思えることさえ、幸せなんだ。




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