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- ナノ -
06


 以前、俺の目の前に命懸けで子供を守ろうと立ちはだかった男がいた。
 どうせ無駄死にすることになるのは分かりきっているのに「負ける」だの「死ぬ」だのって恐怖は感じない。奴は本気で俺を殺す気だった。
 阿呆か、と思うと同時に興味もわいた。人間ってのはこんなに感情が強く豊かなもんかと。
 だったらあの赤子もきっと、右も左も分からん内に食っちまうよりも、恐怖を覚えてからの方が味わえるんじゃねえのか。
 野郎に味わわせられなかった恐怖って感情を、ガキに肩代わりさせてやればいいと、そう思っていた。
 だからってべつに見守ってやるつもりはなかったんだが、将来的には食ってやろうと思っていた娘を、何故か今は俺が面倒を見ている。

「で、何をやってんだよお前は……」
 政務を終えて部屋に帰ってみればクレアは、酒を飲んでいた。いやもう、掻っ食らってたとか言った方が相応しい雰囲気だな。
 床に直接あぐらをかいて酒瓶抱えて、女の自覚ねえのかてめえはよ。
「どっから手に入れた?」
「近衛兵長さんからの差し入れ。カイナッツォ様宛てだけど」
「俺宛てだって分かってんなら飲むなよオイ」
 にしても、ガバガバ飲んでるわりにゃしっかり喋ってんな、こいつ。何となしに下戸だと思っていたから意外だ。
「お前、酒強いのな」
「収穫終わった後は、いっつもお父さんに付き合ってたからね」
「だがこういう時は普通、お前が酔って無防備になって俺がニヤニヤできる展開になるもんだろ?」
 半ば本気で不満を垂れる。まあ酒が飲める飲めない以前にその格好が既に幻滅もんだがな。……いや、今更か。
「私はいつも無防備だよ?」
 ……ご尤も。こいつが俺に警戒心を抱いたことなんかねえな。赤子の頃から今までずっと。

 変身を解き、背負ってた甲羅も放り出してクレアの隣に座り込んだ。無防備を晒すのは落ち着かないはずなんだが、いつの間にやらこれが定着している。
 クレアは俺が自分の前で警戒を解くのを、特別扱いだと喜んでいるらしい。
 ああ、めんどくせえ。心ん中まで透けて見えたら考えなくていいはずのことまで考えちまう。
 そろそろ思考をバロン王としての政務の方へ切り替えようかと、見計らったかのように丁度そのタイミングでクレアが割り込んできた。
「はい、カイナッツォ様!」
「ああ? 何だ」
「何だじゃなくて。一応カイナッツォ様への差し入れなんだから」
 そう言いつつ差し出した手の中には、さっきまでクレアが飲んでいた酒瓶がある。瓶から直接じゃなくせめて何かに注いで飲めよ。
「チッ……半分以上なくなってんじゃねえか」
「あっ、えー全部飲むの?」
「元はと言えば俺のだろうが!」
 判断力は鈍るわ喉は焼けるわ、実際のところ酒なんてそんなに好きでもないんだが。これ以上こいつに飲ませるのが妙に癪で、さっさと飲み干しちまおうとして、
「ごふぅっ!?」
 思い切り噴いた。

 一瞬、視界が真っ赤に染まって何がなんだか分からなくなった。
 毒か? んなわけねえよな。それなら最初っから分かるはずだし毒ごときでこの俺がこんなにダメージを受けるわけがああ気持ち悪い吐きそうだやべえ。
「うわちょ、大丈夫?」
 クレアが慌ててタオルを押し当ててくるが、こっちはそれどころじゃねえ。なんだこのとんでもなく強ぇ酒は。
 なんつうもん持って来るんだベイガンの馬鹿野郎、クビにというか首だけにされてえのか。くそ、飲み込んじまった分だけ頭がくらくらしてきた。
 って待てよ、こいつはさっきから、これを平気な顔して飲んでたのか……? しかも半分以上。
「お前なんで平気なんだよ?」
「なんでだろうね」
 飲み慣れてるからじゃないかな、と。なんてこともなく呟いた。本当にたいしたことではないように。
 おいテメエ、どれだけ俺を惨めにさせれば気が済むんだ?
「カイナッツォ様、お酒弱いんだね。か、……えへへ」
 言葉を途中で飲み込んだことは誉めてやる。だがな、生憎と俺には心ん中が丸見えなんだよ。
 誰が可愛いってんだ畜生! 断じて俺が酒に弱いんじゃねえ、クレアとこの酒が規格外なだけだ!!
「禁酒法を施行する」
「えーっ、横暴! 愚王! 仕事終わりの楽しみは!?」
「るっせえ、ミルクでも飲んでろ」
「クーデター起こしてやるうう」
 勝手に起こせ。一瞬で潰してやる。

 何かにつけ無神経で心身共に強靭で、実際のところ俺もあの親父もいなくたってクレアは一人で生きていけるだろう。
 だが、こいつは今でもここにいる。出て行く気もないらしい。俺も手放す気はないが……。
「あー……頭痛ぇ……」
 やられりゃ自分で勝手に適当にやり返している。俺があの村に手を出すまでもない。
 だったら俺は何すりゃいい? こいつにしてやりてえことってのは、一体何なんだよ。守るとか大事にするとか、分かんねえよ。
「はあ、幸せ」
「俺は今ものすごく苦しんでいるわけだが」
「カイナッツォ様のそばにいられれば私は幸せ!」
 役目なんぞがなければ、やりようもあるんだがな。……だが今のところは、まだ捨てられねえ。今のところは……。
 自由になるとしたらどういう事態だ? ゴルベーザ様の目的が果たされたら、そこにクレアは生きてないだろう。
 それは困る。その前に食っちまうのも……今となっては気が進まなねえ。
「クレア、お前どうしたい」
「んー? 私は、カイナッツォ様と一緒なら何がどうでもいいよ」
 いきなり話振られてもなんも疑問抱かねえのな。複雑な阿呆だ。
 しかし、そうか。一緒なら何でもいいね。それならまあ、いいか。……俺の勝ちってことで。こいつは俺のモンだ。好きにさせてもらうとするか。




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