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05


 バロン王には奥さんがいない。子供もいない。拾って育ててる孤児がいるっていうのは聞いたけど、今はもうあまり仲良くしてないみたいだ。
 好きな相手を悪く言うのもなんだけど、カイナッツォ様は本当に性格悪いし。何の下心もなく赤の他人を拾って世話してあげてるなんて信じられなかった。
 その人はどういう経緯でか暗黒騎士としてバロン王国に仕えていて、だから……手駒として使うために拾ったのかな、って最初は思ったんだけど。

 外で聞いた誉めそやされるばかりの評判とあまりにも違う、その理由は、カイナッツォ様は本物の王様じゃなかったらしい。
 ただ化けて人間のふりをしているだけ。バロン王というヒトの姿を真似て、成り代わっていたのだそうだ。
 じゃあその本物の王様というのは何処に消えちゃったんだろうと思うけど、魔物が王様なんてやってるならつまり、そういうことだよね。
「ってお前それ誰から聞いたんだよ」
「あのー、ほら、たまに部屋に来る人」
「近衛兵長か?」
「分からないけど、多分そう」
 あの人は近衛兵長だったんだ。……それってどういう地位だっけ。王宮のことなんかよく分からない。
 とりあえず、暇を持て余してる私のところにいろいろと面白い話を持ってきてくれるいい人だ。名前も知らないけれども。
 カイナッツォ様の事情も、うっすらとだけど教えてもらえた。
 この人が魔物なのはとっくに知ってるし、今更その目的が世界の破滅だなんて、知ったからどうなるものでもないけど。
「いや、わりに重大事だと思うがな」
「そうなの?」
「てめえは人間だろうが、クレア」
 そうか。いや本当にそうだろうか。今の私は人間だって言えるだろうか。
 両親とも死んで、村の人達は私がどこに行ったのかなんて知らないし、ここで魔物に飼われている私のことを認識してる人間はいない。
 誰にも見えないなら、いないのと同じだ。この部屋が私の全てで、訪れるお客さん、モンスター達だけが私を知っている。
 もう人間であることに意味はない。もう人間でいることに意義を感じない。
「上辺だけだ、そんなものは」
 不意にカイナッツォ様の雰囲気が変わった気がして首を傾げる。なんか、怒ってる?

 体勢を整えて、話を聞く態度に切り替える。
 なんだか気まずそうに私を見た後、一度ため息をついてぽそりと呟かれた言葉は、私の気のせいでなければちょっと悲しそうだった。
「人間が、人間だって事実をそう簡単に捨てられるわけがねえ」
「なんで?」
「なんで、ってなぁ……」
 私にとって自分が人間かどうかなんてどうでもいいことだ。むしろカイナッツォ様が魔物なんだから私もそうなりたいとさえ考える。
 だってこのまま別れを待つより、その方がどんなにいいだろう。
「んな適当なこと考えてたら本気でモンスターにしちまうぞ」
「できるの!?」
 驚きすぎて飛びついたら勢い余ってカイナッツォ様を押し倒してしまった。珍しい、油断してたのかな。
「なろうと思えば私も魔物になれるの?」
「あ、ああ……ってそこは嫌がるところだろ普通」
 どこに嫌がる要素があるんだろう。なんだ、こんなことなら早くお願いしとけばよかったんだ。同じ生き物になればもっと長く一緒に生きられるじゃないか!
「おい待て、もうちょっとよく考えろ」
「分かった。……考えた、やっぱり魔物になる」
「早ええよ阿呆!」
 ああでも魔物になるって、見た目はどうなるんだろう? カイナッツォ様そっくりになるのかな。鱗に覆われた青い肌にムキムキの筋肉を纏う私。
 ……いや別にいいけど、カイナッツォ様としては大丈夫なの?
「俺としちゃそれは無理だな」
 だよね。

 甲羅の鎧に惑わされるけれどカイナッツォ様の本性はいわゆるリザードマンって奴だよね。
 村の近くには見かけなかったから、女性体がどんなものか私には分からない。でもカイナッツォ様がげんなりしてるから想像はつく。
 似たような姿になれれば私は嬉しい。でもそういう姿になった私を彼が嫌うなら、魔物になる意味がなくなってしまう。
 人間だろうと魔物だろうと、カイナッツォ様が求めてくれるかどうかだけが問題なんだ。
「じゃあどんな魔物になりてえんだよ、お前は」
「私がなりたい姿……?」
 それは考えてなかった。自分の好みで考えるなら、やっぱり見た目はちょっと気になるかな。
 性質が変わることに抵抗感はないけど、あんまりいかにもな「モンスター!」って外見だと……暮らしにくそうだものね。

 カイナッツォ様は水の魔物だそうだから、配下にもそれが揃ってる。私は行ったことがないけどお城の地下水路にはそういうのがうじゃうじゃ。
 ……そこに混じるのは嫌だな。あくまでも、そばにいるために魔物になりたい。その他大勢になるのは嫌だ。
「あの近衛兵長さんみたいなのは?」
「はあぁ!? どういう趣味だクレア。俺はあんな女お断りだぜ」
 いや、彼は人型だけど魔物なんでしょ、じゃあ私もこの姿のまま魔物になれるんじゃないのかなって、そういう意味だったんだけど。
 それともあの近衛兵長さん、魔物としての本性は別の姿なのかな?
「見た目が人型のままだと暮らしぶりが変わらなくて楽そう」
「人型で、か……あの野郎に任せんのは気に入らねえしな。まあいい、考えておく」
 あの野郎って誰。でもなんだか、私の未来についてカイナッツォ様があれこれ考えてくれてるのって、すごく気分がいい。
 一方通行じゃないって自信を持てる。
「カイナッツォ様、大好きだよ」
「やれやれ、幸せそうで何よりだ」
 本当に? 私の幸せを喜んでくれるの? でもからかう色が強すぎてどこまで本気なのか分からない。

 未だ彼から「好き」の一言は得られない。そこに不満を抱きつつ、ふと見下ろせば彼を押し倒しっぱなしだったことに気づいてしまった。
「あわわわ!」
「何逃げてんだよ、てめえ」
 恋愛のやり方なんて分からないから、心を近付けるので精一杯だから、あんまり近すぎても、ちょっと恥ずかしくなってしまう。
「自分から押し倒しといてそりゃねえだろうが、なぁ?」
 だから、尻尾巻きつけるのは、嬉しいのでやめてください。




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