04
安易に人を試すようなことをすべきではないと思う。まるで相手を信頼してないみたいじゃないか。
それは分かっているけれど、初めてこの身に訪れた恋というものに振り回されて、彼の気持ちを試さずにいられない。
やっぱり私は恋愛に向かなかったみたいだ。
でもカイナッツォ様がもっと素直に心を開いてさえくれたら、私もこんなに不安にならずに済むんだけどな。
「カイナッツォ様なんか大嫌い、です」
「そうか、そりゃ残念だな」
普段は無表情な顔が意地悪く歪んで、囁かれた言葉が私の耳を突き刺した。
「俺はお前を愛してるってのに、なぁ?」
なんでそんな、なんで今に限ってそういうことを、ああもう本当に性格最悪だ、この人。
悲しくなるだけだ、嘘なんかつかない方がいい。もう冗談なんて言うもんか。自分の気持ちにだけは嘘ついちゃいけないんだってよく分かった。
「あのう、」
「何だよ」
まったく、敵わないのを知っていながらどうして挑んでしまうんだろう。
もしかしたら私は彼に打ち負かされたくて同じ愚を繰り返すのかもしれない。
「さっきのは冗談、ですよ?」
「俺のも冗談だから、気にするなよ?」
うっかりときめいてしまったバカな私。慌てて嫌いという言葉を否定しても時既に遅し。
冗談って一体どこからどこまで? カイナッツォ様の本音なんて見たことがないのに。
掴み所のない相手を好きになってしまったから、本当は本気なのか、本当に冗談なのか、ぐるぐるぐるぐるいつまでも考えている。
自意識過剰にもなれない私には、カイナッツォ様がいい。
顔も口も性格も悪くて何を考えてるか分からない、惹きつけるだけ惹きつけておいてしかし女性にモテることのなさそうな彼が。
窮めつけに人間ではないカイナッツォ様こそが。私にピッタリだと思った。
「ひでえ言い分だな、オイ」
だけどそんな、相手を引きずり落として安心するような恋はいけないと思う。顔も口も性格も悪くてもカイナッツォ様は私の理想。
私はそんな最低な彼が大好きなのだから、試すような真似をせず誠実であらねばならないんだ。
だから私はまずカイナッツォ様の、いいところを探した。胸を張ってここが好きだと言えるものを探した。
ところが困ったことに……何一つ見つからなかった。
「喧嘩売ってんのかテメェ」
なにげにちょっと落ち込んでいるカイナッツォ様は可愛い。
「うるせえ黙れ」
いいところが一つも見当たらないにもかかわらず、困ったことに私は、まだまだどんどん好きになっている。現在進行形であなたが好きです。
こんなにストレートな愛の告白にも興味なさそうにそっぽ向いてるあなたに、まだ惚れる余地がある。
「どこがストレートだ。回りくどいんだよ」
「でも、いつも言ってるのに」
「お前って悪食だよなァ」
自分で言うのもどうかと思うよカイナッツォ様。
だって今までろくなものを食べてこなかったから仕方がない。こんな強烈な印象のものをさっと目の前に出されたら、つい受け止めてしまうだろう。誰だって。
「……で、どこが好きなんだ?」
「私を拾ってくれたところ」
「犬か」
拾うというより攫われたんだけど。
カイナッツォ様には私なんて必要ない、なのにそばにいろと言う。それは何より彼の気持ちを伝えている。
犬になって飼われてもいい。存分に尻尾を振ってあなただけについて行く。
「従順さだけ受け取ってやろう」
「ありがたき幸せです」
満たされすぎて怖い。溢れる想いに押し流されそう。って冗談じゃない。流されてたまるか、私はまだここにいたいんだ。
人間の尊厳なんてかなぐり捨ててカイナッツォ様のために生きてやろうと思っている。
「ここまで懐くと思わなかったがな」
「迷惑?」
「そうだと言えば止めるのか」
「……」
私に駆け引きはできない。止めろと言われれば止めるし、言われなければ想い続ける。ただ迷惑だとだけ言われたなら、悲しいな。
「止めたくないから、迷惑だって言われると悲しい」
「へぇ……」
「迷惑、なの?」
読心術の心得もない私には分からなかった。その「へぇ」が感嘆なのか侮蔑なのか、それとも無意味な音なのか。
もっとちゃんと教えてほしい。どこから冗談でどこまで本気なのかを。
「聞かなくても分かるようになるまで、傍に置いといてやるよ」
「……それって」
どういう意味? 本当に迷惑ならとっくに手放しているはずだ。じゃあ本当は。
試すまでもなく、私が今ここにいる、それが既に答えじゃないか。
「私はカイナッツォ様が大好きです」
「そうだろうな」
敵わないと分かっていてもやっぱり挑んでしまうのだろう。打ち負かされたくて挑み続け、あなたの本気を知るまでは必死で生きられるから。
……それを知ってしまえばその先、一体どうなるのか?
「手に入れたいなら死ぬ気で頑張るしかねえよなぁ」
「はい。死ぬ気で頑張ります」
未来よりも今は今。とりあえず次の手を考えよう。彼に素直な気持ちで好きだと言ってもらえるまで。
← | →