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- ナノ -
03


 思えば最初から「誘拐されて閉じ込められる」なんて散々な出会いだった。それ以前に、私自身覚えてはいないものの食べられかけたこともあるらしい。
 でも、だからどうだと考えるまでもなく私はカイナッツォ様が好きだった。
 人間でないのがよかったのかもしれない。
 私はきっと芯のない人間だ。恋なんかしたら自分の感情に振り回されて、疲れてフラフラしてしまうような貧弱な人間だ。
 だから恋愛なんてものは本能で避けているのだと思ってた。そうしながら死ぬまで生きると思ってた。
 単に今までは理想に叶う相手がいなかっただけなのだ。
 私や両親も含めてろくでもない奴らしかいない村にいたから。人間は信用ならないものだと染みついているから。
 だからやっぱり、相手が人間でないのがよかったのかもしれない。
 恋愛なんてせずに大人しく生きよう。そう決意するってことはつまり、私はそれが欲しかったんだ。自制しなければならないほど恋を求めていたんだ。
 カイナッツォ様のせいで自覚してしまった。

 ただでさえ他の何者かとの接点がないから、自然と私はカイナッツォ様のことばかり考える。
 好きな相手のことを四六時中考えていれば思考が桃色がかるのも仕方ない。
 口に出しても出さなくてもずっと好きだと伝え続け、言葉にならない想いまで受け止めてしまうその人はその度「うるせえやめろ馬鹿」と私を小突く。
 なんだかそれが日課と化してきた今日この頃。余計なことに気付くと、もっと余計なことまでやりたくなってしまうものだ。
 そして私は実行に移し、あえなく失敗に終わった。
「言い訳はあるか」
 ひんやり冷たくざらついた石床は誰かさんの肌に似て気持ちいい。私は俯せに倒されて、背中にカイナッツォ様が座っている。
 私からは顔が見えないけど声音の低さからどれだけ怒っているのかは丸分かり。それさえ嬉しいなんてもう救いようがないと自分でも思う。
「聞いてんのかクレア。なぜ脱走しようとした」
 ちょっと意地を張りたくて黙ってたら、背中に乗ったカイナッツォ様が丁度お腹の辺りに体重をかけてきた。やめてほしい、いろいろと出そう。
「ぐ、痛い痛い重い痛い重い!!」
「返事しねえと内臓が出ても知らねえぜぇ」
 冗談抜きで有り得そうで怖い。ぐいぐい体重かけてくるその遠慮のなさが怖くて嬉しい。
 なんで脱走を試みたのか? そんなの、とんでもなく簡単な理由だ。

「うぅ……カイナッツォ様が悪いんだ」
 途端に後頭部に衝撃が走り、殴られた反動で床にぶつけた顎も痛い。
 どうやら私は尻尾で殴られたようだ。あれは意外な重さがあってダメージは外見で想像する以上に大きい。
 でもね大体、人を監禁しといてなんで逃げるも何もあったもんじゃないでしょ。むしろどうして今まで大人しくしてたのかを気にするべきだ。
 カイナッツォ様も、最初はそれを考えてたみたいだけど。
「もう一度聞くぞ。なんで逃げた?」
 私の頭に乗っかってた尻尾が去り、カイナッツォ様が私の上で体勢を変えた。耳元から声がする。
 ……人の背中に寝っ転がるのはやめてほしいな。重いし何より恥ずかしいし。
「探してくれるかな、って思ったから」
「ああ? なんだそりゃ」
 いつもカイナッツォ様は私のいる部屋に帰って来るけど、そこに私がいなかったらどうするだろう。ここにいろって言うなら、いなくなれば探してくれるだろうか。
 もし探してくれるならつまり、私にいて欲しいと思ってくれてる……っていうこと?
「逃げたら追いかけてくれるかなって、だから」
「てめえ、俺を試しやがったのか」
「いつもの仕返しですー」
「ほお〜。覚悟はできてんだろうな?」

 自分の気持ちに気付いた途端、相手の気持ちも欲しくなった。
 こちらが好きだと連発しても返ってくる言葉はない。態度でも何でもいいからカイナッツォ様の本音が知りたい。
 だって私の心の内ばっかりバレてるのは、なんだかずるいじゃないか。
「たまには好きの一言くらい言ってくれてもいいと思う」
「なんで俺がそんなくだらんこと言わなきゃならねえんだ」
「だって私のこと好きでしょ?」
「自意識過剰なんじゃねえの」
「じゃあどうして怒ってるのかなー」
「…………」
 そこで押し黙るのは肯定したのと同じだ。見えなくたってその顔に図星と書いてあるのが分かる。
 嬉しくて体を反転させたら背中の上に乗ってたカイナッツォ様は転がり落ちた。
「いきなりひっくり返るな!」
 意図せず隣に並んだ巨体に擦り寄る。やっぱり、すぐ近くにいるっていいな。一緒に生きていられるのはすごく幸せ。
 脱走なんて本気で考えるわけがない。だってそばにいたいと思ってるのは私の方なんだから。
 そんな私の思考を読んで、カイナッツォ様はため息を吐いた。
「……お前は俺が食う。だからそれまでちゃんと、そばにいろ」
「はい!」
 明確とは言えない答えだけど、それでも私は嬉しかったから、その気持ちを隠さずに抱き着いてみた。お城の床よりずっと冷たい体が小さく揺れる。
「俺が言うことでもないが、お前間違ってんぞ、クレア」
 何を今さら。世界なんてどうせ間違いだらけなんだから、自分の好きなように生きればいいんだと思うよ、きっと。




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