02
バロンの城にはカイナッツォ様の他にも魔物がたくさんいるらしい。実際にこの目で確かめたわけじゃないから、本当のところは分からない。
そう、私は未だ部屋から一度も出してもらえないのだ。
監禁して独占したくなるほど愛されているのだなと一人納得していたら尻尾でぶん殴られた。
時折カイナッツォ様とやり取りをしている生気のない兵士や、仕事しろって追い立てに来るあの近衛兵もやっぱり魔物なのかな。
この国って一体どうなってるんだろう。王様が魔物ということからして、相当に異常だと思うんだけど。そのうえ魔物だらけとは。
もしやバロンは魔物の国だった? はあ、都会って不思議だなあ。
暗闇が部屋を覆って、窓の外に月がのぼってくるのが見えた。外に出られないから暇だ。
ここにいろって言われたけど、ここって部屋のことなのか、城のことなのか、もっと広くバロンにいろって意味なのか。
それとも他に私の居場所などあるのか?
ガタンと盛大な音がして扉が震えた。一瞬の間を置いて開いたそこから、疲れた顔のバロン王が帰ってくる。
「おいクレア、水」
慰労会から帰ってきた時のお父さんもこんなだったなあ、ってなんだか微笑ましく思いながら水差しを手渡す。
初めて会ったのはこの王様の姿だったはずなのに、今の彼にはなぜか違和感があった。
魔物の格好でいる時の方が馴染んでる。それが彼の真実だからなのかもしれないし、幼い頃に襲われた時の記憶が無意識に焼きついてるのかもしれない。
ごくごくと美味しそうな音を立てて水をがぶ飲みする様はまるっきり人間だ。
カイナッツォ様は魔物だけど、人間に化けてる時は魔法を使わない。だから水も私が用意する。
べつに力が制限されて使えないというわけでもなくて、単に区別しなきゃうっかり人前で使いそうになるから、って理由みたいだけど。
「意外なとこで真面目だよね」
「ほっとけ」
褒めたつもりだったのに喜んでもらえなかった。次は失敗しないように気をつけよう。
空になった水差しが放り投げられて、慌ててそれを受け取る間にカイナッツォ様が元の姿に戻っていく。ふと疑問に思った。
「その、王様の服は変身を解くとどうして消えるの?」
瞬くより早く魔物と化した彼は、更に甲羅も捨てて肩をぐりぐりと回した。剥き出しの肌に、さっきまで着ていた衣服の名残も見当たらない。
「いちいち着替えなんぞしてられるかよ。あれはなぁ……まあ、幻みたいなもんか」
「それってつまり」
普段は裸なんだ。パッと見は服を着てるけどあれは真っ裸で歩いてるんだカイナッツォ様。
王様が魔物なうえに変態ってどんな国なのここ。村を出るなら他のところへ逃げればよかったかな。
「外見が人間に見えりゃどうでもいいんだよ。城の阿呆どもさえ騙せてりゃな」
お互いあまり込み入った話はしてないけれど、カイナッツォ様は自分が魔物だってこと、周りに隠してるらしい。
たまにとはいえこの部屋までやって来る兵士達はたぶん魔物だし、本当の意味で仲間だと言えるのはそれらの人々……魔物々? だけなんだろう。
人間の目を気にせず自分の姿をさらけ出せる、この部屋は憩いの場所ってこと。そんな大切な場所に置かれてる私はもしかすると幸せなのかも。
私は魔物のカイナッツォ様の方が好き。その人間では有り得ない冷ややかさにこそ安らげる。ずっと変身しないでほしい。
そんなことを考えながら一回り以上も大きくなった体の隣に勢いよく座る。
スプリングで跳ねた私の体を押さえつけて、低く掠れた彼の声が不穏な言葉を紡ぎ出した。
「あーもう、あいつら全部殺してえ……」
「あいつら? お城の人と喧嘩でもしたの」
協調性なさそうだから当然だと納得してたら、一層不機嫌そうなカイナッツォ様は「違う」と呟く。
「人間に化けんのが面倒臭い。とっとと皆殺しにして魔物だけの国にしちまえばいいんだ」
そうしたいならそうしてしまえばいいと思うけど、魔物にも魔物なりの不自由があるみたいで、カイナッツォ様は誰かにバロン王であることを義務付けられてる。
私は人間だし、皆殺しはさすがに駄目かなとは思いつつ。
「そうだよね。こんなにカッコイイのに人間に変身しなきゃいけないのはもったいないよ」
ずっとありのままでいられるなら自由って素晴らしいものだ。カイナッツォ様が常時魔物でいられるなら私も嬉しい。
そうなったらいいなあ。何となく未来に希望を見ていたら、カイナッツォ様が口元をひくつかせて半笑いになっていた。
「……お前の親父が聞いたら泣きそうだな」
「なんで?」
「可愛い娘の審美眼が歪んでいる」
歪んでるのは審美眼じゃなくて恋人への理想だと思う。恋をするなら私の言葉をまっすぐ受け止めてくれるあなたがいいです、カイナッツォ様。
わざと口に出さずに強く強く思い浮かべたら、カイナッツォ様はすごい勢いで私から目を逸らした。
悔しげな表情は明らかに照れてて、そんな自分に腹を立ててもいるのが分かる。なんだか可愛かったからつい、赤味がさしたような頬に手を伸ばした、けど。
「なんで冷たいかなぁ」
「うるせえよ、触るんじゃねえ」
きっと熱くなってると思ったのに。今回ばかりはその肌の冷たさが疎ましい。まあ、今回だけなんだろうけど。
冷たくても構わない。だってこの手は私に向かって伸ばされてるから。彼は私を見つけてくれるから。
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