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 魔法訓練を終えて休息中、「聞きそびれていたんですけど」と前置いてマコトが私に尋ねてきた。
「聖騎士……じゃなくて、パラディンになる試練を受ける場所ってどこなんですか?」
 思わず顔が強張った。炎のマントがバチバチと音を立て激しく燃え上がる。マコトは顔を引き攣らせて仰け反った。
「なぜそれをわざわざ私に聞くのかな?」
「バルバリシアさんが、ルビカンテさんなら知ってるはずだと言ってたんで……な、なんで怒ってるんですか」
「バルバリシアだと……?」
 てっきりカイナッツォかスカルミリョーネが余計なことを教えたのかと思ったのだが、意外な名前が出たものだ。
 バルバリシアはそういった陰湿な嫌がらせはしない。あいつは私が気に入らなければ直接的な暴力で訴えてくるだろう。となれば別の理由があって尋ねているのか。
 ひとまず炎を抑えることに成功し、マコトが安堵の息を吐いた。

「ミシディアの近くにある試練の山。その祠で己の過去に打ち勝てばパラディンとして認められる」
「試練を受けるから試練の山って、すごいそのまんまなネーミングですね」
 そういえば暗黒騎士の自分と戦うイベントがあった気がすると呟くマコトは何も知らないようだ。……杞憂だったか。しかし迂闊に掘り起こされるには不快な記憶だ。
「お前はこの“物語”を知っていると言うが、それはどこからどこまでを指すんだ?」
 もしも世界のすべてを把握しているというなら神にも等しき存在となる。だがマコトはまったくそうではない。おそらくあまり多くのことは知らないのだろうと思っている。
 不思議そうに首を傾げつつ彼女は言った。
「えっと、オープニングからエンディングまでなので、クリスタル絡みでセシルが国を追われてからゼムスを倒すまでの間、ですね」
「それ以前のことは知らないんだな?」
「裏設定とかですか。ゲームで見れない話まではちょっと……自分でプレイしてたわけじゃないのでゲーム内容だってかなり曖昧ですし」
「そうか」
 よく分からないが、知らないのならべつにそれで構わない。マコトは嫌味ったらしくつつき回してくるような性格ではなさそうだが、カイナッツォたちが要らぬ話を吹き込まないよう注意しておかなければいけないな。

 なぜいきなりパラディンの話など始めたのかと思ったが、なんでもマコトの知るシナリオではスカルミリョーネが試練の山で殺されることになっているらしい。
「その試練の山の場所さえ分かってれば、セシルが来たタイミングで見張りをつけられるので。私もこっそり尾行していざとなったらスカルミリョーネさんを連れて逃げようかと」
 何の因果か誰ぞの皮肉か、このゲームとやらの主人公であるセシルはゴルベーザ様の弟だという。そして彼は試練に打ち勝ち、パラディンとなって我々の前に立ちはだかるのだ。
 私がなり損ねたパラディンに。
「ルビカンテさん?」
「……ああ、聞いているよ」
 一体どうすれば試練を乗り越えられたのか。興味がないと言えば嘘になる。
「どうせ逃がすつもりなら、最初からスカルミリョーネを向かわせなければいいんじゃないのか」
 でなければスカルミリョーネの代わりに私が行っても構わない。私の提案に、しかしマコトは承諾しかねると首を振った。

 本来ならば“ゴルベーザ様”はセシルがパラディンになるのを阻むためにスカルミリョーネを送り込む。しかしセシルにクリスタルを集めさせるつもりのマコトは、むしろ彼にパラディンとなってもらいたいらしい。
「ならば無闇に手を出さず、放っておけばいいのではないか?」
「でも、ある程度は敵対しておくべきなんだと思います」
「ゴルベーザ様の弟なのに、か」
「いろいろシミュレーションしてみたけど、シナリオ通りに競い合いながらクリスタルを集めるのが一番効率的かなと」
 聞き慣れない言葉だがシミュレーションとは何かと尋ねると、マコトは簡潔に「模擬実験のことだ」と答えた。考え得る状況を仮定として積み重ね、その結果を予測するものらしい。
 スカルミリョーネもカイナッツォもバルバリシアも主人公たちとは戦わせないとする。そうすればセシルは我らを脅威と認識しなくなる。
 敵対意識が薄れればどうなるか。我々がクリスタルを集めても彼らは立ち向かって来なくなるかもしれない。追う理由がなくなるのだ。そしてセシルはゼムス様との対決にまで辿り着けない。
「なるほどな」
 我々はセシルたちにとって倒すべき悪であらねばならないようだ。その義憤をいずれゼムス様へと向けさせるためにも。

 ゴルベーザ様がなぜ弟であるセシルと離れていたのかは分からない。まだ精神の未熟な幼少時にゼムス様の支配を受けて弟から引き離されたのかもしれない。
 兄弟で相争うのは、人間にとっては辛いことだろう。このままいけばゴルベーザ様は実の弟に強く憎まれることになるのだ。
 だから、バランスが大事なのだとマコトは言う。
「少なくとも払拭できないほどの禍根は残さないつもりです」
「しかし彼らが危機感を覚える程度には悪行に励まねばならんというわけだな」
「難しいですね」
「困難な道ほど燃えるというものだ」
 弱敵に勝っても嬉しくはない。つまりマコトが命ずるのは「敵をうまく鍛えてやれ」ということだ。それは私の主義に反しない。むしろ望むところだった。
「ルビカンテさんがやる気を出してくれて嬉しいです」
 そう言って笑うのは確かにゴルベーザ様の顔だが、あの方はこんな表情を見せなかった。
 妙な具合だ。外見はゴルベーザ様にしか見えないのに、あの方ではあり得ない言動をする。
 精神魔法の心得があるカイナッツォやスカルミリョーネにはマコトの本質に近いものが見えているようだ。これを期に私も精神魔法を鍛えるべきだろうか。

 新たな魔法が必要だ……そんな私の思考に寄り添うかのように、マコトもまた同じような言葉を吐いた。
「攻撃魔法はだいぶ覚えてきたので、他の魔法を覚えたいです」
「それもいいだろう。ゴルベーザ様の魔力があれば些末な補助魔法などあまり必要ではないが」
 強力無比の魔法で敵を翻弄し、相手の攻撃は転移で避けて撹乱してしまえばいい。プロテスやシェルをかけてまでわざわざ喰らってやる意味はないのだ。しかし覚えておいて損もない。
 マコトはしばし思案げに俯き、ふとした思いつきを口にした。
「透明化とか分身とかの魔法ってありますか?」
「そのような術は発見されていない……が、新たな魔法を開発してみるのもいいかもしれないな」
 あまり気は進まないがルゲイエと引き合わせてみよう。マコトの世界に魔法はないが、様々な物語に描かれるこの世界には存在しない術を知っている。二人で未知の魔法を開発することもできるだろう。
 私も、ゴルベーザ様の外見に引きずられることなくマコトの精神を見るよう心がけることにする。
 ……あの外見で小動物じみた言動をされると混乱するんだ。本当のマコトがどんな存在なのかを知れば、多少は違和感も和らぐかもしれない。




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