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スペースエイジのバラッド


 うちを訪れる客といえば、ごはんを食べにくるカインさん、決闘しにくるエッジさん、あとは遊びにくるリディアくらい。
 基本的にモンスターだらけのバブイルの塔に新しいお客が現れた。……まさかのセシルだ。
「い、いらっしゃい、狭いところですが、ごゆっくり」
「ありがとう。でも充分に広いと思うよ?」
 言ってから自分でも思いました。だってバブイルの塔は地底から雲の上まで続いているし、バロン城の数十倍は広いはずだ。
 セシルと顔を合わせるのは月で別れて以来なのだけれど……すごく緊張する。

 恐縮しきりの私にイケメンスマイルを浮かべたセシルは軽くバロン式のお辞儀をする。
 王様になった人がそう簡単に頭を下げてはいけないと思うのだけれど、あくまでも私的な訪問だということだろうか。
「昨日はケーキをありがとう。他にもいろいろ」
「あ、どういたしまして」
 昨日はバロンで国王陛下の生誕祭が執り行われていた。
 夜にはローザや彼女のお母さんにシド一家など、セシルと個人的に親しい人だけで非公式のお祝いもしたようだ。
 私はささやかながらケーキを焼いてローザ経由で届けた。まさかそのお礼を言うために訪ねて来たんだろうか? 律儀すぎる。
「ローザが君の料理を恋しがっていたよ。ゾットの塔では君が食事の支度をしていたんだってね」
「まあ……他にできる人もいなかったので」
 あの頃はゴルベーザさんの体を保つため食事には力を入れていた。
 監禁中、ふと思い立って甘口のカレーライスを作ってみたらローザにはとても好評だった。従姉を思い出して微笑ましく感じたものだ。
 セシルは「たまにローザが遊びに来てもいいかい?」と微笑む。否という理由もなく私は頷いた。で、何をしに来たのだろう。

 昨日までセシルは自分の生まれた日を知らなかった。ゴルベーザ時代に見た、弟が生まれた日の記憶を私がローザに教えたんだ。
 ずっとそれを祝うことができず、セシルが孤独に生きるのを傍で眺めながら、ローザは歯痒い気持ちに耐えていたようだ。
 彼女には公式でも非公式でもいいからお祝いに参加して、私からも祝福の言葉をかけてほしいと熱心に誘われていた。
 きっと今まで祝えなかった分、より多くの人からの言葉をあげたいのだろうとは思う。でも私が参加するのは無理だ。セシルだって私に祝われたくないはず。
 精々、セシルにも兄弟の絆があったと伝え、彼にも家族がいるのだと教える程度が私の役割。お兄さんが帰ってくるまでのサポートを務めるんだ。
 ようやく本題に入るための心の準備が整ったようで、セシルは意を決して私を見つめた。
「マコトは……兄さんのこと、どれくらい知ってるんだい?」
 やっぱりそれか。誕生日のことを私から聞いたってローザが言ったんだな。そして私がゴルベーザさんの記憶を共有していたのだと改めて実感したのだろう。
「兄さんは僕のことを知っていた。なのに、どうしてずっと……離れていたんだろう」
「それは……」
「君は以前、彼が僕を守るためにゼムスに精神を差し出したと言っていた。……教えてくれないか、彼のことを」

 少し前まで私も“ゴルベーザ”だったので、彼の記憶も葛藤も憎悪も罪悪感も我が身に起きたことのように知っている。
 そしてゴルベーザさんもまた、私が知っていることを承知している。彼は口止めしなかった。言ってもいいってことだろう。
「私は勝手に記憶を覗き見てしまっただけなので、本人が話したくないことは話しません。それでもいいですか?」
 そう尋ねるとセシルは素直に頷いた。さて、どうしようかな。
 ゴルベーザさんは確かに一度、弟を捨てた。セシルを守ろうとしたのと同様にそれもまた一つの事実だ。
 たぶんセシルは知っておくべきなのだろう。それで兄への疑念が芽生えても、許すためには憎しみを認める必要がある。
「まず月の民の話から始めましょう。彼らのことはフースーヤさんから聞いてますよね?」
「ああ。故郷を失い、青き星に辿り着いた。この星が彼らの文明に追いつくまで、月で眠りについて待っている」
「でも全員が眠ってるわけじゃない。現にクルーヤはこの星で子供を作ってるし、世界のあちこちに月の遺産があります」
「……そういえばそうだね。ゼムスのような強硬策は唱えずとも、青き星に降りようと言う者たちが他にもいたのか」
 もちろん、長い時の中で起きていたのがゼムスだけなんてことはない。

 何百年も前、月の民はとある一族を青き星へと送り出し、月との連絡手段であるバブイルの塔を建設した。
 彼らはそのまま地上に残り、来るべき日にクリスタルを集めてバブイルの塔を起動する役目を負った。
 それと共に、力ある者を見極めて魔法の封印解除を手伝ったり、デビルロードなどの技術を授けて少しずつ青き星を育んでいった。
 一方で、いずれ塔が起動した暁には館で眠りについている同胞を起こすため、青き星を観測しながら館を守る一族が月にいた。それがゼムスの先祖だ。
「スリープポッドがあるとはいえ種の保存のためには定期的に起きて生殖活動に励まないといけませんからね」
「そ、そうか。確かにそうだね」
「彼の一族は世代交代を繰り返しながら眠る同胞の代わりに青き星を見守っていました」
 守り手として生まれた彼は未だ熟さぬ青き星に怒りを覚えた。彼が一生を終えてもあの星は青いままだと分かっていたから。
 永き時を経ていつかようやく降り立つことが叶ったとして、地上の者たちが月の民を拒絶する可能性もあるのだ。
「大体この星が月の民と対等になるまで待ってたら当然『ただで住ませてやるわけにはいかん』ってなりますよね。月の民の認識の甘さが招いたことです」
「手厳しいな、マコトは」
「行動を起こすなら優位に立っている間に。その点においてゼムスは正しかったと思います。起こした行動は最悪でしたけど」
 そしてゼムスは地上の同胞を支配して殺害し、青き星の生命も滅ぼすことにした。

 その目論みは半ばで挫かれ、ゼムスは同胞の手により渓谷の奥深くに封印される。新たな守り手となったのがフースーヤとクルーヤの兄弟だ。
「父さん……」
 館から見守っているうちに、クルーヤもまた青き星に心惹かれた。
 ゼムスが殺したせいでバブイルの塔を起動する者がいない。クルーヤは自分が青き星に降り立つことを提案した。
 もしクルーヤが地上に降りても月にはフースーヤがいる。兄と弟が天と地に別れて見守っているならばゼムスのような考えも生まれはすまい、と。
「権力が偏りすぎてますけど月の民ってバランス感覚が悪いですよね?」
「……う、うん。本当に手厳しいな、マコト」
 封印の中からゼムスはクルーヤへの干渉を試みた。青き星の生命を破壊することを諦めてはいなかった。バブイルの塔さえ起動できれば……、
 けれども館のクリスタルとフースーヤによって阻まれる。ゼムスの憎しみはまだ根が浅く、封印を突き破れるほどではなかった。
 表向きはとても平穏無事に時間が流れていった。

 やがてクルーヤは青き星で恋に落ち、結婚して息子が生まれた。
「彼の名前はセオドール。神様の贈り物という意味です」
「セオドール……それが、兄さんの名前……」
 一家は幸福の絶頂にあった。もちろんそれを月で見守るフースーヤの心も幸せに満ちていた。ただ、渓谷に封じられたゼムスの精神は荒れ狂う。
 自分や同胞が血を吐くような想いで求め、すぐそこにあるのに手を伸ばすことさえできないものを、クルーヤは易々と手に入れたのだ。
 彼の幸福が許せなかった。彼の歓びがゼムスの心に深い憎悪をもたらした。邪悪な思念は、裏切り者に追い縋るように青き星へと届いた。
 父親は持てる魔力のすべてを懸けて息子を守り抜いた。でもやがて、もう一人の息子が生まれる。
 クルーヤが幸せを噛み締めるほどにゼムスの憎悪の念は増幅された。そして守るべきものが増えるほど、クルーヤの集中力は乱れた。
 防御結界はその対象が増えることで僅かに薄れた。自分と二人の息子、皆をゼムスの思念から守ることはできず、クルーヤと妻は殺された。
「……僕が、生まれたから……」
「違います。お父さんとお母さんと、そして兄であるセオドールさんが望んだからセシルは生まれたんです」
「でも、」
「悪いのはゼムスの憎悪を煽り立てるような真似をした月の民です」
 彼を殺しておくか、せめて以前のようにクルーヤ一家を守るため多くの同胞を青き星に送っておくべきだった。

 両親がいなくなり、幼い兄弟を守る者は月で封印を強めるべく祈り続ける伯父だけになってしまった。
 セオドールは、ゼムスの憎悪がセシルを蝕むのを恐れて弟から離れることを決意した。
「……」
「まだ自我の確立していない赤ん坊だったセシルに思念が届けば、あなたは為す術もなくゼムスの操り人形となってしまう」
「だから、兄さんは自分を……?」
「彼自身まだ幼く、我が身と弟を守る力はなかった。だから彼は自分を差し出したんです」
 心を蝕む憎悪に弱々しくも抗って、セオドールは一人で生きた。両親を亡くした悲しみと弟を捨てた罪悪感に苛まれながら。
 青き星を滅ぼしてしまうのを恐れ、人間と共に過ごすことはできなかった。
 やがて四天王と出会い、力を得てゼムスを倒したいと願い始める。月へ行き、あの男を殺したいと。
 ゼムスはセオドールの中に芽生えた自分への憎悪を増幅させた。バブイルの塔さえ起動できればそれでよかったのだ。
 一見するとゼムスとセオドールは目的を一つにしていた。でも明確に違ったのは、セオドール……ゴルベーザはいつも弟を守るために戦っていたことだ。
「彼が私を呼ぶまでゼムスに抗い続けることができたのは、セシルがいたからです。お兄さんを助けたのはあなたなんです」

 セシルには兄に対する小さな憎悪が垣間見えた。捨てられた赤ん坊、必要とされていないのに生まれてきてしまったと、自分を蔑みながら生きた二十年。
 真実を告げず離れていくくらいなら、いっそ殺してくれればよかったのにとも思っただろう。でなければ、連れていってほしかったと。
 孤独に苛まれ一人で生きるよりも共に暗黒の道を歩む方がよかった。そう思う気持ちが、どこかにある。
「でも……兄さんが、この道を選んでくれたお陰で、僕は今ここにいる」
「できれば“ゴルベーザ”を受け入れてあげてください。暗黒騎士としての自分を許したように」
「ああ。できると思うよ。だって僕は……」
 自分に兄がいたことが、本当は、本当に、とても嬉しかったのだから。
 複雑な気持ちを抱えながらもやはり兄を許したいと決意を新たにして、セシルはバロンへと帰っていった。その背中を見送りつつ私にも苦悩が残された。

 セシルに言ってないことがある。なぜ私が、あるいはゴルベーザさんが、月の民の歴史まで知っているのかという話だ。
 セシルを産み落とすと同時に母が亡くなり、兄はほんの一瞬、弟を憎んだ。その隙をついてゼムスの記憶が、青き星と同胞への憎悪がセオドールを支配した。
 彼は一度“ゼムス”になった。だからその記憶を持っている。クルーヤを殺したのは……セオドールだ。
 父を手にかけた衝撃で呪縛から逃れ、弟だけは殺さずに済んだけれど。セシルのために最後の一線が守られたのは真実だ。でも彼の心には確かに憎悪もあった。
 なぜ自分がこんな苦痛を味わうのか。いっそ弟が死ねば自分も心安らかに狂ってしまえるのに。
 セオドールは心に“ゴルベーザ”という鎧を纏った。そしてそれをゼムスに差し出した。憎しみに染まった黒い甲冑に身を任せ、その中では抗い続けた。
 愛しい弟を殺せないセオドールと、憎い弟を殺したいゴルベーザと。自分を捨てた兄を憎み、自分を守った兄を愛するセシル。
 彼らの心には闇がある。でも、だからこそ光を手にすることができた。その憎しみは捨ててはならないものだろう。受容し、抱えていくべきものだ。
 憎しみの果てにこそ今があったのだから。




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