DON'T TRUST OVER THIRTY
マコトのバイト先に電話をかけておいた。ゲームとかやってる場合じゃないよ、なんで先にやっとかなかったんだろう私の馬鹿。
とりあえずインフルエンザにかかりましたってことで一週間ほど休みをもらっておいたけれど、実際問題このまま退職になってしまう気がする。
失敗して死ぬとしたら三日〜一週間くらいで戻ってくる可能性もあるとゴルベーザは言ってたけど、私は従妹がエンディングまで辿り着くと思っているんだ。
セシルがミシディアのクリスタルを奪ってから月の地下渓谷でゼムスを倒すまで、どう考えても一週間で終わるわけがない。
そもそもまだカイナッツォがバロン王に成り代わっていないらしいし。オープニングイベントすら始まらねーよ。
ゲーム内の経過時間と現実で流れる時間が同じだとは限らないけど、それでも私が家に帰るまでにマコトが戻ってくるかどうかさえ怪しかった。
今のバイト先、気に入ってるから正社員になりたいって言ってたのに完全にアウトだよな。
進学も就職もできなかったらうちに来いと言うつもりではあるけれども、せっかく彼女が自分で選んだ道が潰えそうなのは腹立たしい。
それもこれもあの自称ゴルベーザがマコトと入れ替わったりするから!
……と、八つ当たりすべく部屋に戻ったら自称ゴルベーザは神妙な顔で物思いに耽っていた。
今、私の従妹の中に何か別の存在がいるというのは信じられる。ここ数年で明るくなったとはいえ従妹は妙な冗談を言うキャラじゃないもんな。
ただ、その中身がゴルベーザだというのは眉唾だ。ふざけた怨霊や生き霊が取り憑いてるとか考える方がまだしも自然だろう。
でも……、もし本当に、彼がゴルベーザだったら? ゲームの中から、自分の運命から逃れるために助けを求めて来たのだとしたら?
一体どれほどの苦痛を味わってきたのか。そして今それを味わっているかもしれない従妹は無事なのか。
彼女に早く帰ってきて欲しいと思うのと同じくらい、このまま彼を帰すのも気の毒だ、とも思ってしまう。
ゴルベーザは自分の死を受け入れていた。私はそれがどうにも切なくて仕方ない。
もしあっちの世界で、マコトが慣れない体で失敗して死んでしまったら、二人の精神は元に戻る。従妹は戻ってくるけど、ゴルベーザは死ぬのだ。
それでも構わないと言っていた。ゼムスの支配から逃れさえすればいいのだと。
最善策はゼムスを倒してもらうこと。その願いが叶わず死んでも、二度と操られはしないので次善ではあると。
生きて苦しむのは嫌だが自分で死ぬのは怖いから、と。
思えばコイツも可哀想な男だよな。そんな風に私が同情的な気持ちになっていたら、ゴルベーザは徐に自分の、というかマコトの、胸を揉んだ。
「柔らかい……」
「なにさらしとんじゃテメエ」
無意識に足が出て奴の背中を蹴り飛ばしていた。人がしんみりしてるっていうのに何を考えてるんだ、この馬鹿は?
「ちょっとそこに座れ」
「す、座っているだろうが。なぜいきなり蹴り飛ばすんだ」
この可哀想(仮)な男は、そう、男なんだ。セシルが20歳くらいだったはずだからどう若く見積もっても成人した男。
それが今、女子高生の肉体を意のままにできる状況下にあるわけだ。
「あんたまさかマコトの体にイヤらしいことしようとか考えてないよね?」
「馬鹿を言うな。確かに精神は男だが今はこれが私の肉体なのだぞ。自分の体に欲情するわけがないだろう」
「じゃあなんでおっぱい揉んでたのか言ってみ」
「そこに胸があったからだ」
とりあえず脳天に拳骨を落としておいた。
「お、お前は……従妹の体に対して容赦がないな……!」
「だって今、痛みを感じるのはゴルベーザだし」
見張っておかなくてはいけない。休みが終わってまだマコトが戻らなくても……私がコイツを監視しなければ!
従妹が帰ってくる日までこの肉体の主はゴルベーザだということは、よくよく考えれば風呂もトイレも何もかも包み隠さず見られてしまうということで。
成人した野郎が女子高生の肉体に取り憑くなんてそんなことが許されていいのであろうか。
そもそもなんでマコトだったんだ。ゼムスにも操られない強力な魔道士の力を求めてたんじゃなかったんかい?
洗脳される寸前な自分の体なんか捨てたいと思った時に心のどっかで「女の子に触りたい」とか考えちゃったんじゃないのか?
「ねえもしかしてゴルベーザって、童貞?」
「ばっ、馬鹿者! 若い娘が妄りにそのようなことを口にするな!」
「童貞かー」
顔を真っ赤にして怒るゴルベーザをサクッと無視して納得する。やっぱりな、と。
まあそれも仕方ないことなのかもしれない。彼は物心ついた頃か、それとも生まれた直後から、ゼムスの邪悪なせいしんはを受けて育ったのだ。
ぶっちゃけ恋愛するどころではないし、女の子にちょっかいかけてる隙に精神が乗っ取られでもしたら目も当てられないし。
童貞捨てるどころじゃないわな。
「……可哀想」
「沁々と言わないでくれ!」
なんと枯れきった青春時代よ。哀れな。
でも、考えようによってはマコトが無事にエンディングを迎えてくれたらまだまだイケるんじゃないのか?
エンディングのあとゴルベーザは月の民と一緒に眠りにつくことになっているけれど、その当人は今ここにいるわけだし。
事が終わればマコトはこっちに戻ってくるんだから、“ゴルベーザ”は死んだってことで何食わぬ顔して青き星で生きていけばいいじゃん。
「ちなみに歳はいくつなの?」
まだ青春やり直すチャンスはあるぜ、やったね、とゴルベーザを見れば、なぜか死んだ魚のような目をしていた。
「……」
「何? 聞こえないんですけど」
「三十……」
そうかー、三十路かー。青春というには少々、厳しいかも分かりませんな。こりゃゼムスを憎むのも無理ないわ、うん?
「それで魔法使いなんだねー」
「どういう意味だ」
「ググれ」
私がそう言うとゴルベーザは早速マコトのスマホを取り出してググり始めた。使いこなすの早すぎでしょ。
そういやFF4を見せた時もオープニングをプレイしてみせただけでさらっと自分でやり始めたんだよな。
他にもゴルベーザがいた世界にはなさそうな言葉をすんなり使ってるし、もし相手がマコトじゃなかったら「異世界から来たとか嘘じゃん」とぶん殴ってるところ。
「なんで普通に使えてんの?」
私がそう聞いたらゴルベーザはスマホを弄りながら答えた。
「この体も脳もマコトのものだからな。彼女の記憶を見れば、こちらの世界のことも大体は理解できる」
驚きの事実だった。なんと我が従妹殿の覚えていることなら何でも自分の記憶のように思い出せるというのだ。
だからスマホも使えるし、スーファミの使い方も知ってるし、FF4の内容もすんなり理解して、自分がゲームのキャラクターだということも受け入れたのだ。
というか記憶を見るって、プライバシーもくそもあったもんじゃないな。
そりゃ不可抗力な部分もあるのかもしれないけど、本人が見られたくないかもしれない思い出まで簡単に知られてしまうなんて。
……まあ、いろいろと説明しなくて済むのはありがたいといえばありがたいんだけれども。
ええいモヤモヤする! 腹いせにマコトもきっとゴルベーザの秘密を覗き見まくってるだろうねと言ってやったら、奴はすごく微妙な顔をしていた。
よっぽど恥ずかしい記憶があるのだろうな。ざまーみろだわ。
てなこと言ってる間に「三十歳 魔法使い 元ネタ」で検索したゴルベーザは真相を知り、そっとスマホを伏せて、突っ伏した。
「……」
「ちょっと泣かないでよ、ごめんって」
まあ、あれだよね。4はそうでもないけどFFってエロい女性モンスターいっぱいいるし、4にもバルバリシアとかいるし。
どうせ自分は悪役だってことをもっと早く知っていたら、いろいろヤりようはあったよな。
それが気づけば異世界で女の子の体に入っちゃって、下手したらこのまま為す術もなく死ぬかもしれない、となると。
「ご愁傷さま」
「慰める気はないのか……」
「慰めようがないし。まあいいじゃん、マコトが無事にゲームクリアすんのを願おうよ」
もし従妹もゴルベーザの記憶を覗けるなら、きっとコイツに同情して助けようとするはずだ。
生きて帰れるとは思うよ。そしてその先にはゼムスに支配されない自由な世界が待っているのだ。
……と思ったけど、よく考えたらFF4には続編があるのだった。しかもゴルベーザは死亡ルートあり。
ああ、とりあえずFF4をクリアさせたらジ・アフターもプレイさせとこうかな。甥っ子とか見たら実物に会うまで死ねんと元気が出るかもしれんし。
俺がモタモタしてる間に弟は結婚して子供まで作ってるよ! って余計に落ち込む可能性もあるけどね。
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