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悲しいしらせ


 食事を終えてユカリはなにやら小型の機械をセットし始めた。
 今の私はマコトの肉体にいるので、彼女の脳を使うことができる。悪いとは思いつつも日常生活を送るために記憶を覗かせてもらうことにした。
 テレビ、SFC、懐ゲー、ファイナルファンタジー、馴染みのない言葉が並ぶもののマコトの視点を介すればユカリが何をしようとしているかは理解できた。
 彼女は未だ現役のスーファミをテレビに繋いで電源を入れる。画面に現れたものを視界に映しながらマコトの脳は昔のことを思い出していた。
 従姉がそのゲームをプレイしている横に座って、二人であれこれ話しながら画面を眺めていた時のことを。
「……と、ここらへんが導入部。最後までプレイするのは時間かかるから先に口頭でさっくり説明するね」
 曰く、バブイルの巨人が出てくると“ゴルベーザ”は洗脳が解け、ゼムスを倒すためにフースーヤと一緒に月へ向かう。
 だが敵わず、結局はセシルたちがゼロムスを倒すそうだ。エンディングでは和解の兆しを見せつつも私は月で眠りにつくことを選び、セシルは青き星に残る。
 それがこの……FF4のストーリーだとユカリは言った。

 つまり私はビデオゲームから現実に出てきたキャラクターというわけか。荒唐無稽な話だな。ユカリもよく素直に信じてくれたものだ。
「それで、マコトはこのゲームを知っているのか」
「私がやってるの見てたからある程度はね」
「“ゴルベーザ”が最後まで生きていることも?」
「FF4だって気づけば、思い出すんじゃないかな」
 ならば問題はない。彼女はただゲームのキャラクターと同じよう行動するだけでいい。クリスタルを集めていれば自然と物語は動いてゆくだろう。
 そしてすべてが終わり、月の民に事情を打ち明ければ、こちらと連絡がとれるはずだ。
 先の展開に思いを馳せつつユカリは嘆息した。
「ゴルベーザの役をマコトが代わりにやらなきゃいけないってことだよね」
「ゲームだと思ってくれればよい。実際、こういったものが存在しているのだから割り切ることはできるだろう」
 今しがた急いで見せてもらっただけでもミストの炎上やダムシアンの爆撃など様々な悲劇が起こっていた。マコトが気に病まないことを祈りたいものだ。

 物語の登場人物の生死など、悲しみはしても罪悪感まで抱くことはないはずだ。しかしユカリは、どうだろうかと首を傾げる。
「あの娘、RPGとか苦手なんだよね。敵にも味方にも雑魚モンスターとかにも同情して、感情移入しちゃうって」
「ではマコトはあまりゲームをしないのか」
「するけど好きなのは大体ほのぼの系。あとはパズルゲーとか、とにかく戦闘のない、敵とか出てこないやつね」
 なるほど。彼女の記憶を辿ってみると確かに好むのはひたすら畑を作る農場経営ゲームやひたすら建物を増やす街作りシミュレーションばかりだ。
 そして惰性で続けているアプリの建物がそろそろ完成する。だが「もう飽きてきたな〜」とやめる機会を窺っていた気配があるのでアンストしてしまおうか。
 ともかくマコトは、切った張ったの世界を嫌う、穏やかな性格をした少女のようだった。……なぜそんな娘と入れ替わってしまったのだろう。
「異世界転生とかしても俺tueeだの内政チートだのじゃなく普通に農家やっちゃうタイプだよね」
 分からない言葉が頻出したのでマコトの記憶を参照して補完した。要は徹底的に“悪役”など向かぬということだな。
 もう一度言おう。なぜそんな娘と入れ替わってしまったのだろう。彼女にも申し訳ないし、私もおそらくじきに死んでしまう気がする。
 マコトがゴルベーザとして生き抜いてエンディングを迎えられる気がしないのだ。

 こうなってはもう最後に人生を楽しむべくマコトの体を借りたと思うほかないな。そして彼女がなるべく痛みや恐怖を感じずに退場できることを願おう。
「……あのさ、従妹の顔でそんな諦めの表情やめてくんない」
「ああ、すまない。自分がもうすぐ死ぬのだと思うとなにやら虚しくなってな」
「はあ? なにそれ。クリアすれば戻ってこれるんでしょ?」
「マコトは戻ってくる。ゲームをクリアしなくてもな。だが、彼女が負けて死ねば私は戻る肉体をなくす」
 本当に彼女がエンディングを迎えられると思うかと問えばユカリは言葉を詰まらせた。誠実で戦いを好まない優しい少女が“ゴルベーザ”になれるわけもない。
 どちらにせよゼムスのお陰でろくに自由もない人生だった。虚しいが、憤るほどの未練もない。己の存在の無意味さを悲しく思うくらいか。
 だが最後にこうして穏やかな時間を得ることができた。この生活をせめて一週間……二日や三日でも、味わえたなら他に後悔など何も……。
 ……後悔、など……ある。いや、あるぞ。思い出したらむくむくと未練がわいてきた。
 もしマコトが男だったら私は自暴自棄になってユカリを襲っていたかもしれない。そう考えると、入れ替わったのが少女の肉体で本当によかった。

 ろくでもないことを考える私をよそにユカリはなにやら真剣な表情で考え込んでいた。
「マコトはゲーム内容知ってるんだし、“ゴルベーザ”の事情を打ち明けてセシルに助けを求めるとかは?」
「仮にセシルが信じてくれてもゼムスに勝つのは厳しいだろう」
「う……」
 セシルは紆余曲折を経てパラディンとなり、仲間と過ごす時間を通じて成長してゆく。過程があったからこそゼムスにも勝てるのだ。
 現時点での私が素性を打ち明けて、信じてもらえたとしてもセシルは暗黒騎士のまま。ゼムスに勝つどころか月へ行くのも難しい。
 次元エレベーターを起動させるには、やはりクリスタルを集めなければいけないだろう。そして各国がそう容易くクリスタルを渡すはずもない。
 もし彼女がエンディングを目指すなら、私の代わりに暗黒の道を歩むこととなる。ユカリはそれを案じているのだろう。
「マコトの精神と接触できれば、死ぬ前に記憶を消してやることもできる」
 こちらの世界へ戻ってきてから“ゴルベーザ”の所業について思い悩ませはしない。そう言ったのだが、信用できないらしくユカリは不満そうだった。

「四天王とかって、もう部下なの?」
「ああ。スカルミリョーネとバルバリシアは私を帰還させるためにマコトに協力してくれるはずだ」
「カイナッツォとルビカンテは?」
「微妙だな。彼女が先の展開を打ち明けたらゼムスにつこうとするかもしれない」
 個人的に忠誠を誓ってくれているスカルミリョーネとバルバリシアはいいとして、カイナッツォは性格的にゼムスの支配下に加わることを厭わないだろう。
 そしてルビカンテもまた、私が膨大な魔力を有しているから敬意を表して従ってくれているだけだ。ゼムスがより強者だと分かればそちらに靡きかねない。
「だが、彼女が“ゴルベーザ”の役割を果たそうとするなら、すぐに離反したりはしない……と思う」
 思いたい。そう言うとユカリは重くため息を吐いた。
「正直エンディングいくのは大丈夫だと思うよ? なんだかんだ言ってもマコトもゲーム慣れしてるから。でもさ四天王ってセシルに倒されるじゃん」
「……」
 そうなのだ。彼らがマコトに従おうと従うまいと、セシルと戦って敗北するのはシナリオで定められている。
 こんなことなら仲間になどしなければよかった。皆もうゼムスに目をつけられている。私が死ねば、彼らも奴の憎悪に取り込まれるだろう。

 ユカリは従妹が世界に争いを振り撒く役目を負わされたので怒っているのだと思っていたが、どうやら心配しているのは別のことらしい。
「私の従妹さんはね、家族に餓えてるんですよ。向こうの世界でゴルベーザとして暮らして、四天王が周りにいたらね、絶対あいつらを見捨てられないよ」
「だが……魔物だぞ?」
「たぶん関係ないと思う。そばにいてくれる人のことは絶対に大切に想っちゃうから」
 それはつまり、マコトが四天王を助けようとするかもしれないということか。私にとっては希望が持てる話だがゲームクリアの難易度は更に上がるな。
 そういえば、彼女の家族はユカリだけなのだろうか。両親や兄弟がいるならばその者たちにも事情を説明しておく必要がある。
 そう思ってマコトの記憶を遡るが、いけどもいけども“家族”の記憶に行き当たらなかった。
 どうやら一緒に暮らしてはいないようだ。そしてここ数年ろくに思い出してもいないことに不自然さを感じる。
 ならばと幼い頃の記憶を探ってみた。そこに広がっていたのは……広くて深い闇だった。
「両親がいないのか」
「うん。マコトが生まれた時に亡くなったんだ」
 その瞬間、救いを求めた私の精神が行き着いた先がなぜ“マコト”だったのか、理解してしまった。

ーー疫病神……、親殺し。
 難産だった。母親はマコトを産んで亡くなった。父親は、病院に向かう道中で事故に遭って亡くなった。彼女が生まれたその日に。
 幼い頃は親戚の家を転々として過ごす。あからさまに嫌悪の目を向けられることもあれば、腫れ物に触るような扱いを受けることもあった。
 だが、それも些事に過ぎなかった。マコトの心は閉じており、周囲の悪意も同情も一切受け入れてはいなかった。
 マコトの幼い頃の記憶は「なぜ両親が死に、自分は生きているのか」という自問自答で埋め尽くされていた。
 そして答えが出ぬまま彼女は「自分が生まれたせいでヒトが二人も死んだ」とだけ結論した。私に家族がいないのは私が悪いからなのだと。
 中学に上がると同時に、実家となるはずであったこの家へ戻って一人暮らしを始めた。誰にも迷惑をかけないように。
 マコトは自分の生に何の価値も見出だしていなかった。親の命を奪ってまで生まれてきたのだから精一杯生きなければならないという義務感だけで生きていた。

 だが、幸いにも彼女の暗闇はすぐに晴れた。年の頃も近い従姉が、成長してマコトの置かれている状況を理解できるようになり、彼女のもとへとやってきたのだ。
 家が遠いため毎日ではないが、休みの日にはしょっちゅう遊びに来たし、長期休暇になると泊まり込みでほとんど同居人のように過ごした。
 ユカリは他人との深い関わりを苦手とするマコトのために、様々な娯楽を教え込んだ。ゲームも漫画も映画も音楽も片っ端から二人で楽しんだ。
 そばにいて、共に過ごし、一緒に笑う。楽しんでもいいのだとユカリは言った。幸せを感じても許されるのだと。
 両親の死は次第に忘れ去られていった。その死に囚われることは二人の人生を自分が支配していたと言うようなものだ。
 誰しも自分に与えられた生を全うして死ぬのだ。マコトはマコトの人生を全うしなければいけない。自分のせいで両親が死んだなどと考えるのは、傲慢だ。
 さらりと吐かれた言葉は確かにマコトの心を救い上げた。彼女は自分の生を見つめられるようになった。

 マコトの記憶を、その絶望と救済を覗き見ることで、私は彼女に対して深い親愛を感じていた。
 同時に思うのは異世界にある己の肉体のことだ。
 私はゼムスの思念に抗うため、昔の記憶を封じていた。幼い頃の記憶、ゴルベーザになる前の思い出を、誰にも触れられぬように封じていた。
 精神を他者に乗っ取られた“自分自身”にさえ覗けぬようにと。
 なぜ解放しておけなかったのだろうか。それはきっとマコトの助けになったに違いないのに。もう、後悔しても遅い。




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