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何も聞かずに隣に座る


 マリア誘拐計画は順調、だと思う。とりあえずダンチョーにはセッツァーが近々おたくのマリア嬢を誘拐させていただきますよという旨伝えてあるし、あとは私が裏切り者のふりでもして彼らの味方ってことでオペラ座に潜り込めば逃走経路の確保も容易いだろう。
 今はそれよりも日常業務の方が忙しい。物騒な御時世なのでカジノを訪れる客はほとんどなく、主たる私の役目はギャンブルの相手をしてくれる顧客確保とブラックジャック号の売り込みだった。金持ちを口八丁で言いくるめて賭けに引きずり込むのはまるでタチの悪いキャッチセールスのようだが、正直そんな仕事がちょっと楽しかったりもする。
 ジドールや帝国の貴族連中は元の世界のなんちゃってセレブよりもよほど鷹揚で人生を謳歌するために努力を惜しまず、娯楽にかける金を思い切りよく使ってくれるのでこちらとしても気持ちがいい。動く金額が大きすぎて恐ろしくはあるのだが、なんだろう、巨額のやり取りを行っても思っていたほど陰湿な雰囲気が感じられないんだよね。私自身がこの世界にしがらみを持たないお陰でもあると思うけれど。
 通貨が統一されているにもかかわらず世界経済という概念が発達していない。国と国の繋がりが薄く、ガストラのような共通の敵でも現れない限り普段は各国ともビジネスライクなお付き合いを貫いている。良い意味で皆「他人のことなんぞ知るか」と好き勝手やっているから居心地がいい。きっと生まれた時から町の外にモンスターの蔓延るこんな世界だからこそ、自立心が育つのだろう。自分の楽しみに突っ走ることに罪悪感を抱かなくてもいいんだ。
 ブラックジャック号に乗っている間は文字通り立場が宙に浮いている状態で、神経を磨り減らすような人間関係からは解放されるのだ。飛び交う大金とカジノで起こる悲喜こもごもを見ていると、私にはありもしないMPが回復されていくような心地だった。

 現在ブラックジャック号はアルブルグからジドールに向かって飛んでいる。浮かれた帝国兵の多いアルブルグには常連客が何人かいるようで久々に思う存分ギャンブルに講じた船長はとてもご機嫌な様子で操舵輪を握っている。甲板に立って船縁から地上を見下ろしていると、たまに背後で鼻歌が聞こえるほどだ。
 ……鼻歌、聞こえるんだよな。確かブラックジャック号の最大速度は時速150kmほどだったか。今そこまでのスピードは出てないし空を眺めてても景色に大した変化はない、けど本来ならこの甲板には凄まじい風が吹き荒れているはずだ。話し声だって聞こえるはずがない。
「どうして風を感じないんだろうなぁ……」
 エンディングでもファルコン号が飛んでいるわけだから、飛空艇の動力に魔導の力は使われていないはず。風も音も防ぐこの技術は、魔法ではない。ついでに言うなら巨大な船を操舵輪ひとつで制御しているのも謎だし、着陸の際にセッツァーが一人で地上を見もせずにフワッと降下させて船内に振動すら響かないのも意味不明だし、係留しなくても飛んでいかないのも摩可不思議だ。ようやく蒸気機関に辿り着いた時代には不釣り合いな代物だと思う。
 やっぱり、オーバーテクノロジーだよな。でもこの世界の古代文明がどの程度進んでいたのか実はよく知らない。魔大戦以前にもゴーレムやアレクサンダーのようなハイテク兵器はあったのだ。あれは後々に魔導の力を注がれて幻獣となったけれども、巨大な機械兵器を製造する技術と設備が魔法全盛の時代にもあったということは、三闘神の時代から魔大戦が勃発する以前に某ロンカ文明的なものが存在していたのかもしれない。
 居心地がいいに越したことはないのだが、ファンタジー仕様ですとしか言い様のない不思議な技術に身を任せるのは現代っ子としてちょっと恐ろしくもあった。

 南端のオペラ座を過ぎてゾゾ山脈が見えてくる。操舵輪のもとへ向かい、セッツァーに声をかけた。
「船長、ちょっとゾゾに行ってきたいのですが」
「ああ、行きたきゃ行けよ」
「いや一人じゃ行けないから町の近くまで飛んでほしいのですよ」
 ブラックジャックのキッチンでならまともな食事を用意することもできる。できればゾゾに寄って、ラムウやダダルマーたちに差し入れをしたいと思っていたのだ。たまには生焼けや丸焦げの肉以外の物も食わせてやりたい。しかしセッツァーは、ゾゾの名を聞いてから一転して不機嫌になってしまった。
「あんなとこに何の用があるんだよ?」
「船長に会う前にお世話になった人たちがいるので、お礼をしたいなと」
「奴らが善意で世話なんかするか。放っとけ」
「……」
 もしやセッツァーはゾゾが嫌い? そりゃあそこにギャンブルを嗜む余裕のある人なんて一人たりともいないとは思うけれど、なんとなくアウトローな奴は好きなんじゃないかと思っていたので意外だ。でも方角的には目的地から大して逸れないのだし、町の手前に降ろしてくれればそれでいいんだけどな。
「ジドールまでなら送ってやる。そっから徒歩で行け」
「えっとー、礼金を出すのでついてきてくれません?」
「なんで俺がお前の護衛なんぞしなきゃならないんだ。モンスター相手に戦えないなら外出なんぞ望まないことだな」
「……むう」
 そう言われると困ってしまう。いくら働いているとはいえ私はブラックジャックの居候に過ぎない。あまり我儘は言えないのだ。ジドールから徒歩でゾゾまで数時間ってところだろうか。ここで作った料理を持ってモンスターに遭遇せず往復するのは、たぶん無理だろうな。チョコボを借りるという手もあるけど私は未だに一人であの鳥に乗ることができない。どっちにしろ、セッツァーについてきてもらわないと町まで行けそうになかった。
「……ゾゾでなんかあったの?」
「お前に言う必要があるのか?」
「ないですね」
「そうだ。だから聞くなよ」
 セッツァーは私の素性をまったく詮索しなかった。どういう人生を送ってきたのかも知らないし、なぜここへ来たかなんて尋ねるつもりはない、そう言って大事な船に乗せてくれた。だから彼の意向に逆らう気はないんだ。何かしらゾゾに行きたくない理由があるのなら、ついてきてくれとは言えない。
 ……次に会う時、ラムウはもう魔石と化しているんだろうかと思うと、胸が痛くなるけれど。

 ジドールもアルブルグ以上にお客様の多い町なので、金持ち連中にブラックジャックの到着を知らせるため町の周囲を何度か旋回してから着陸することになっている。今回は食糧や燃料を仕入れるためセッツァーが船内に残って他の乗組員は三人とも町に降りる予定だ。諦め悪く誰かゾゾについてきてくれないかなと思うが望み薄だろう。ダンさんもジミーさんもルーカスさんも、戦闘能力があるとは思えない。
 そういえば、ジミーさんの外見はサウスフィガロの商人風だ。頭にターバンを巻いていてシャドウほどではないにせよ素顔を隠している。確か画面上でのブラックジャックの道具屋さんはリターナー兵とお揃いだった気がするのだが。実際には本部で見かけたリターナーの奴らも一貫性のない服装だったくらいなので、ゲームのグラフィックとはあまり関係がないのかもしれない。
 どうもブラックジャック号に乗っているのは一度人生を捨てたような後ろ暗いところのある人間ばかりらしく、言いたくないならその辺りについて不躾に突っ込むつもりはないのだ。……ないの、だが。
「私なんかジミーさんに避けられてる気がするんですけど」
「だろうな」
 私の抱いた疑問をセッツァーは呆気なく肯定した。だ、だろうな、って。もしかすると私は他人の秘密を暴き立てては面倒を起こすタイプの人だとでも思われているのだろうか。どうでもいいことならともかく、こちらだって怪しい身の上なのだから余計な詮索はしませんよ。警戒されて避けられているのだとしたらちょっとばかり傷つく。
 眉をひそめた私に気づくとセッツァーは何も言ってないのに「そういうんじゃねえよ」と苦笑した。
「あいつは人見知りが激しいだけだ。そのうち慣れるから気にするな」
「人見知りっすか……」
 帝国から来た、っていう設定が余計なプレッシャーを与えてしまったのだろうか。しかも要人のお世話をしていたということにしてあるので、帝国人も乗り込んでくるブラックジャックで商売をしているジミーさんには対応しにくい相手と言えるかもしれないな。
 でも彼が道具屋業に励んでいるところってあまり見かけない。カジノにお客さんが来ていても商品を売り込みに来ないので、ブラックジャックに道具屋があるということさえ知らない常連もいるほどだ。ちゃんと儲かっているのか心配になる。それも人見知りのせいなのだとしたらなぜ道具屋なんかになったのか頗る謎だ。

 在庫補充のためジミーさんはジドールで取引先をまわる予定だ。顔見知り相手ならそれほどでもないらしいが、朝から憂鬱そうな顔をしていたのは営業が嫌だったからなのかもしれない。
「なんだったら私が代わりに営業しようかな」
 私もセッツァーの客と話をしに行くし、その時ついでに商品を持ち込んで売りつけてくるくらいはできると思う。そう言うと船長はなにやら少しだけ表情を和らげて頷いた。
「いいんじゃないか。あいつは知らないやつと知り合いになるのが苦手だからな。商売を手伝ってやれば、すぐ懐くだろうよ」
「そうなれれば嬉しいねー」
 それは経験談なのかもしれない。そもそも明らかに商売向きでない性格の彼を船に乗せて、ろくにお客さんの来ない店を善意で続けさせてあげているのはセッツァーなのだから。たまに船長がカジノですっからかんになった時には道具屋の仕入れ先を頼って臨時の運送業を営むこともあるけれど、基本的には赤字続きのジミーさんをセッツァーが養っているような形だ。
 セッツァーはたぶん、彼の秘密を知っているんだろうなと思う。そして他の二人についても同様だ。
 装備ひっぺがしおじさんことダンさんもまたジミーさんと同じく素性がまったく知れない。特に聞き出そうとしたことはないけど、なんとなしに聞かれないようはぐらかしている気配も感じる。
 カジノに顔こそ出さないもののギャンブルは好きそうだし、年功序列なんか頭の隅にもなさそうなセッツァーがダンさんにはちょっとだけ礼儀正しい態度をとる。整備もしてるので飛空艇関係の人かと思ってたが、若干のヤクザ臭も感じてしまう。たぶんセッツァーと同じ渡世人ってやつなのだろうな。こっちこそ深く突っ込むと恐ろしいのでジミーさん以上に何も尋ねないようにはしている。
 彼らに比べるとリフレッシュ係ことルーカスさんはとても明け透けだ。人懐こい彼は私がカジノに客を呼んでくるとあっさり打ち解けてあれこれ勝手に話してくれた。
 見た目からして上品で高い教育を受けた様子が見て取れるのだが、やはりルーカスさんはジドールの上流階級出身だった。ただしギャンブルで身を持ち崩しかけて実家からは勘当されているという。意外にも駄目人間だった。
 セッツァーに拾われてからは、ギャンブルは見るに留めて自分では参加しないと決めているらしい。チップに乗せた他人の人生が鮮やかに咲いたり呆気なく散ったりする様をのんびり眺めているだけでも快感なのだとか。意外にも危ない人だった。……それを面白く感じる気持ちは正直とてもよく分かるけどね。

 そういうわけで、ブラックジャックの乗組員はわりと詳細不明の曲者揃いである。そしてその筆頭こそがセッツァーだったりするのだ。
 考えてみれば我らが船長も、出身地から身分から悉く謎に包まれている。元列車強盗のシャドウに比べれば正規のプロフィールも公開されていて身元がはっきりしているように感じていたけれど、よくよく思い返せば生まれも育ちも飛空艇に乗るまでの経緯も乗組員三人との関係も、ほとんど何もかも不明だった。
 いきなり現れた怪しい私をすんなり雇ってくれるのなんて絶対にセッツァーしかいなかっただろうなと今にして思う、本当に。
 ブラックジャックがジドール近くに着陸すると、セッツァーは船内へ戻り際に私の肩を軽く叩いた。
「おいミズキ。道具屋を手伝うのはいいが、あんまり仕事をしすぎるなよ。気楽にやるのがうちのルールだ」
「アイ・サー。でも、楽しい仕事なら忙しいのは苦にならないんで」
「ならいいけどな。ジミーは最近へこみ気味だ。あいつの息抜きついでにお前も適当にやっとけ」
「ありがとう」
「礼を言うんじゃねえよ。まるで俺が親切なやつみたいだろ?」
「親切かどうかはともかく、優しくていい人だと思いますよ」
「……」
 おっ、珍しく照れたな。
 私生活に雑すぎるところもあるものの、元の世界でのことを思えば涙が出るほどいい上司だと本気で思う。チンピラもどきな面もあるけど結構な大人物だよな。少なくともこのブラックジャックの居心地のよさは、セッツァーの度量の広さが作り上げているものだと言える。他人には打ち明けられない素性を持つ人々を何も言わずにまるごと受け入れてくれるのだから。




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