×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
始まりを告げる鐘が鳴る


 いろいろと予定外ではあったが無事に三人でナルシェを出ることができた。
 砂漠を越えるための準備は俺とティナの分しか用意していなかったので、ミズキに俺の装備を渡して自分の旅装はそこらで適当に調達することにする。が、その時に少し揉めた。ミズキは「急遽同行することになったのは自分なのだから自分が急拵えの装備で凌ぐのが筋だ」と言い張ったのだ。義理堅いって言うべきなんだろうか? でも、そんなわけにはいかないよな。
 広大なフィガロ砂漠はもとよりナルシェから砂漠へ抜ける草原の旅も想像以上に過酷なものになる。なんせ気温の変化が凄まじい。
 普段ならフィガロ郊外の村や町を経由して体を慣らしながら進むんだが、今は急がなければいけない事情もあるのでまっすぐ城へ向かうことになる。旅慣れてないミズキの装備こそ万全にしておかなければいけない。そう言うと彼女は渋々ながら納得した。

 しかし、いざ歩き始めてみると旅は意外にも順調そのものだった。
 女の子を二人も連れてフィガロまで何日かかるやらと心配していたのが馬鹿馬鹿しくなる。ティナもミズキも、疲れたとか腹が減ったとか足が痛いとかいった文句ひとつこぼさず懸命に歩き続けていた。軍人あがりのティナはまったく疲れを見せずに平気な顔をしているし、ミズキも表情こそ疲労の色が浮かんでいるが態度には出さず弱音も口にすることなく頑張っていた。
 一人旅とほぼ変わらないスピードで草原を突き進み、砂漠へ踏み入る直前に最初の夜が来た。このペースを保てるなら二日程度でフィガロ城に到着できるだろう。なるべく野宿を避けたいから明日の夜までに旅人の休憩所へ行ければ理想的だ。
 簡易テントを組み立てて食事の準備を始める。夕食はイモのスープと干し肉。ティナは黙々とそれを口に運ぶが、ミズキはしばらく皿の中身を睨みつけていた。まあ、口に合うはずがないのは分かってるさ。
「ずっと見ててもそれより豪華な食事は出せないぞ」
「ああ、いや、はい。……その土地の物を食べたら帰れなくなるのはよくあるパターンだよなぁって、思っただけ」
「へ? なんだそりゃ。どういう意味だ?」
「何でもないです、気にしないで」
 と言われても、気になるんだけど。もしかして毒でも入ってるんじゃないかと疑ってるんだろうか。確かにティナとは違ってミズキを連れていく理由はないんだが、邪魔だからって見捨てたりはしないぞ。いくら俺でも帝国籍の人間を手当たり次第に殺すつもりは全くない。
 ミズキについてはいろいろと考えなければいけないが、とにかくフィガロに着いてからエドガーに相談してみるつもりだ。城に置いてもらうか、その時になっても本人がティナと一緒にあることを望むならリターナー本部に連れて行っても、特に問題はないだろう。
 悄気たように俯いて、干し肉をスープでふやかしながらミズキはチマチマと食事を始めた。ちなみに明日のメニューは具なしのスープと干し肉になる。フィガロ城に着くまでは粗食で我慢してもらうしかない。

 翌朝、旅装を砂漠用に変えてからテントを畳んで出発した。防塵マントにゴーグルを着けると目の前にいるのがティナなのかミズキなのか見た目には区別がつかなくて困る。声で分かるからまだいいんだけど。それを察してかミズキは口数が増えた。
 踏み固められた硬い地面が途切れて、風に砂が舞い始めたあたりでミズキが立ち止まった。つられて足を止めたティナも彼女と一緒にしばらく地面を見つめているので、何かと思って俺も立ち止まる。
「わー、砂漠の境目って初めて見た」
「境目?」
「ほら。この辺までは普通の地面だけど、ここから向こうは砂漠。もっとくっきり別れてるのかと思ってたけど意外と境界線はあやふやなんですね」
 まだぽつぽつと木の生えている後方と、見渡す限り砂しかない前方とを交互に見比べてなぜだかやたらとはしゃいでいる。そんなミズキを見ている時は、無表情なティナも心なしか上機嫌のように見えた。
 ……砂漠と草原の境界線。なるほどね。ミズキが箱入りなのは間違いない。こんなことで喜べるなんてよっぽどだ。なんせこれから砂漠を越えなければならないと話した時に「舗装した道以外は未経験なのでご迷惑をおかけしますがよろしく」と真顔で言ってたからな。
 俺なんかには気分が滅入るだけの砂漠の景色が彼女には新鮮で楽しいのかもしれない。その気持ちが砂漠の過酷な環境で消えてなくなってしまわないといいんだけど。

 正直に言って、ミズキのことをどう判断したものか迷っている。帝国でティナの世話係をしていたと言っていたが、そのまま信じる気にはなれない。彼女は嘘をついている。俺の勘がそう告げているんだ。
 ただ、何が嘘なのかがまったく分からなかった。単純に帝国のスパイだと考えるにはあまりにも不自然だ。ミズキは……なんていうか、隙がありすぎる。スパイなら俺に嘘を気取られたりはしないはずだからな。
 敵意がないことは分かる。帝国に戻るつもりがないのも本当だろう。そして家族がいないと言った時の悲痛な表情も、作り物には思えなかった。だってミズキは自分がどんな顔をしているか自覚してなかったようなんだ。
 他のことについては、嘘をつく意味がまったくない。だから“何のための嘘なのか”不思議で仕方がなかった。
 もしかしてドマの人間なんじゃないだろうかとも考えた。艶やかな黒髪を流したミズキの外見はそれらしい雰囲気がある。
 あの国はもうすぐ対帝国の最前線になる。友好国のマランダは既に陥落しているし、追いつめられたドマ王がナルシェに同盟を求めるというのもあり得なくはない。それが失敗してリターナーに鞍替えするつもりでティナを利用し、俺とコンタクトをとったのか。
 ……なんて、ありそうな話だがミズキの言動を見ているとドマの人間には見えなかった。こんなに旅慣れてない世間知らずなやつを難攻不落のナルシェに宛てた使者に選ぶわけがない。
 ミズキは嘘をついている。その点に関しては不審人物であり、共に連れて行きたくはない。だが彼女の話した真実と思われる部分、こちらに敵意がないということと、帰る家がないということが気になって、置いて行こうなんて思えなかった。

 砂漠に入ってからはさすがに歩調が遅くなるかと思っていたが、幸いにも二人の頑張りはまだまだ続いていた。
 射殺すような日差しを避けるためには日が暮れてから歩きたいところだが、夜はモンスターが活発になる。むやみに戦闘を繰り返して疲労が溜まり方向を見失うことを恐れるなら、モンスターがだらけている日中に進んだ方が安全なのだ。そんなわけで俺たちは殺人的な日光に耐えつつ歩き続けている。
 フィガロの人間なら砂漠の中でも感覚で自分の位置が分かるというが、生憎と俺はそこまで砂漠を熟知していない。モンスターの気配を警戒し、なおかつ道なき道を把握しながらの旅は精神を磨り減らすものだ。だが今日は同行者がいるので助かっている。
 ティナは想像していた以上に強かった。剣の腕もさることながら、宙に炎を生み出したり傷を癒したりという不思議な能力がとても役に立っている。彼女の力を殺戮兵器としか利用できない帝国は馬鹿だと改めて思う。
 一方で武器の扱い方を知らないミズキは戦力として全く期待できないが、その詫びとばかりに荷物持ちを引き受けてくれた。女の子に荷物を押しつけるのはちょっとばかり気が引けたけれど、俺とティナが身軽でいられれば全員の安全性が高くなるのも事実だから甘えることにした。
 また、彼女はサポーターとしても奮闘している。コンパスと時計、歩数計を睨みながらフィガロ近辺の地図と見比べて位置関係を計算する。おかげで戦闘に気をとられて道を見失う心配はなかった。
 俺とティナはモンスター退治に専念し、ミズキは安全に守られながら道を探す。一人であれもこれもと気を配る必要はなくお互いの領分に集中できている。フィガロへの旅がこんなにも気楽に感じたのは初めてだ。……これもミズキを受け入れたいと思う理由のひとつだな。

 日が傾く頃に旅人の休憩所が見えてきた。コンパスから目を離したミズキが安堵の息をつく。
「あそこで一泊するんですよね?」
「ああ。明日からはもう地図とにらめっこしなくても城に着けるから安心しろよ」
「よかった。はぁー、なんで砂漠なんかに城建てたんだろ。当時のフィガロ王は人間不信なの? それとも単なるバカなの?」
 そういえば、これが初めて聞いた愚痴だと気づいて苦笑した。まあ、彼女の言う通りフィガロ城の位置は他国の人間や出入りの商人には大層不評だ。自然と招かれざる客を避けられるから有用ではあるんだろうけどな。
「休憩所の屋上から監視塔が見える。その監視搭に着いたらそこから城が見えるはずだ」
「見える“はず”って?」
 俺の妙な物言いにティナが首を傾げたので慌てて誤魔化した。
「あー、ほら、砂嵐だったら見えないからさ」
 なんていったらいいかな、本当はタイミング次第で砂嵐でなくても監視塔から城が見えない時もあるんだ。でもその理由を説明してしまうと俺があとでエドガーに怒られる。国王陛下は初めて会う人にそれを教えるのが大好きだからな。相手がレディとなればなおのこと。
 世間知らずのティナなんかいい標的だろう。世間知らず過ぎて、何が凄いのかも分かってもらえない気もするけど。めんどくさそうに溜め息を吐くミズキはフィガロ城の仕掛けを知っているのかもしれない。

 なんにせよ、もうすぐだ。ティナがリターナーに加わってくれればきっと事態は動き始める。フィガロやナルシェも重い腰を上げるだろう。
 ミズキは嘘をついているかもしれない、彼女が帝国の被害者だなんて事実はないのかもしれない、でも帝国がそこかしこで同様の悪事を働いているのは確かだ。他の誰かがそんな目に遭っている、そういう意味ではミズキの言葉も真実だった。
 だが……それもじきに終わるだろう。俺たちが終わらせてやるんだ。城に着けばすべてが動き始める。




|

back|menu|index