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イノセント・ワールド


「いてえ、超いってえー」
 破壊の翼マジで痛い。死ななかったのが奇跡のようだ。いや、奇跡じゃなくてユラが庇ってくれたから痛い程度で済んでいるのだけれども本当に痛い。マッシュがぎっちぎちに縛り上げてくれたお陰で痛いのもあると思う。まあ、確かに血は止まったんだけどね。
 シヴァの放った氷が溶ける頃にはこの場所も崩壊するだろう。動くと死にそうに痛いがなんとかして安全な場所を探さなくてはいけない。避難するとしたらやはり研究所エリアだろうか。見た感じあそこが一番頑丈そうだった。なんといっても幻獣が逃亡・暴走した時のことも考えて作ったであろう建物が元になっているからな。
 瓦礫の塔全体が壊れていく中でも、あの部屋の中にいれば助かるかもしれない。崩壊がおさまってから脱出できるのかは不明だがそれは今考えても仕方ないので置いておくとして。
 足を引き摺りながらどこかへ向かって歩く。もはやケフカ戦の前に入ってきた通路がどっち方向かも分からないほどめちゃくちゃに崩れているし、クリア後のマップなんて知らないし。地面が揺れてうまく進めない。傷はともかく貧血がヤバい。
 瓦礫に蹴躓いて倒れそうになった私を誰かの腕が抱き留めた。ティナか、ロックか、エドガーか、マッシュ……いや、みんな今頃は脱出しているはずだから、この場にいるとしたら一人。
「シャドウ……」
 ずたぼろになったマスク越しに呆れたような目が私を見下ろしていた。
「何をやってるんだ、お前は」
 それはこっちの台詞なんですけどね。

 ティナたちにさっさと行けと言った時、姿が見えないなとは思っていた。もっとも神々の像と戦うために皆あっちこっちへ散らばっていたから、その場にいなくてもきっとティナと一緒に逃げてくれると信じてたんだけどな。
「逃げてくれなかったかぁ」
 やっぱり、選択を変えてはくれなかったのだろうか。それを選ぶ人を前にして他人が生きててくれなんて言う権利はない、けれど、生きてほしいと願うことだけは止められない。シャドウにはすごくお世話になった。一緒にいるのも楽しかった。命まで助けてもらった。そういった記憶も彼を留めるには至らなかったのだろうか。
 この先を、まだ続いてゆく世界を見たいと思ってもらえなかった。無力感にうちひしがれる心を慰めるように、私の手の中で魔石が光り始めた。ユラの……最後の輝きが、瞬いて、砕け散る。足が止まった。
「ああもうくそ歩きたくない」
 でもティナが待っている。彼女は私を嘘つきではないと言った。だから、その言葉を真実にするためにも生き残らなくてはならないんだ。何を失っても、その先にあるもののために、まだ生きていたいんだ。

 ふらつく私をシャドウが支えてくれた。視界が霞む。足を動かしてるつもりだが前に進んでいる気がしない。
「ケフカの攻撃は効かない、と言っていなかったか?」
「あーうんあれ嘘。破壊の翼は物理攻撃ですからね」
「無茶をしたものだな」
 そりゃあ今まで皆に乗っかって生き延びてきたのだから最後くらい私も命を賭けて戦わなければ申し訳が立たないじゃないか。こちらに残るつもりなら特に。
 それに少し、自分の運命ってやつを試してみたかった部分もある。この世界にいなくてもいいはずの私がラストバトルをちゃんと生き残れるのか。真っ向からケフカに挑んで勝って、ティナのもとに帰れたら、私はここにいていいと許されたような気になれる。
 到底、生き延びられるはずのない弱っちい私が死ななければ……死ぬはずの人だって死なないかもしれないだろう。私がここにいることで、もしかしたら……。
「ちょっとくらいは、運命が変わるといいけどな」
 いない予定の異物がそばにある。だから少なくとも、シャドウが一人で留まるあのシーンは再現されない。
 ビリー、もうちょっと待ってよ。仮にクライドを憎んでいるならもっと苦しむところが見たいでしょうよ。憎い相手をさっさと殺しちゃうなんてもったいないんだからさ、まだ迎えに来ない方がいい。そしてもし彼を憎んでいないのなら、どうか……ここから先の新しい世界を……。


 ふと気づけば目の前には黒装束が。いつの間に気を失ってしまったのか、私はシャドウにもたれかかって眠っていたようだ。崩れゆく壁に囲まれた塔の中ではなくコックピットのような謎の空間にいる。
「ここはど、こぉっ!?」
 いたっ、声出すと傷がイタタタタ!
 悶絶する私を見下ろして、シャドウはのんびりクナイの手入れをしていた。超マイペース。
「ここは、さっき壊したガーディアンの中だ」
 なるほど、その発想はなかったな。サンダガでショートさせただけなら外郭は無事だものね。帝国兵器は魔法には滅法弱いが物理的にはかなりの頑丈さを誇るし、かつては動けない代わりに攻撃を一切通さない無敵の機体だったガーディアン。こいつの中にいれば塔の崩落にも耐えられる可能性が高い。
 というか、帝国がなくなっててよかったな。魔導の力が存在しない世界でこそ最強の武力国家じゃないか。もし今もガストラ帝国が健在ならこの兵器に敵はない。だからこそガストラも、自らに匹敵あるいは凌駕し得る力を求めて執拗に幻獣を狙ったのだろうが。
 瓦礫の塔は今も絶賛崩壊中らしくガーディアンの天井部分にガンガン瓦礫のぶつかる音がする。壊れないと思うけれども振動が結構恐ろしい。シャドウはこの崩壊の只中、私をここまで運んできてくれたのか。
「あれだね……外に出たら雇用料払うよ。犬の餌代、一年分くらい」
 私を運んでくれたってことは、自分も死なないつもりでいてくれるんだろうか。もしそうなら更に生き延びなければいけない理由が増えた。動けるようになってここを脱出して、蘇った世界を見るのだ。シャドウにも見せるんだ。
 再び目を閉じると、眠りに落ちるのはすぐだった。

 目覚めた時には振動も衝撃音もおさまっていた。傷が痛むのは生きているということか。シャドウはどうしているかと姿を探せば、こちらに背を向けて眠っているようだった。微かに呼吸が確認できて安堵する。
 よし、どっちも生きているぞ。とりあえず瓦礫に潰されてガーディアンの中で圧死という事態は避けられたようだ。とはいえ生き埋め状態には違いない。ラスボス戦のエリアに近いし、塔の上部なのでそんなに深く埋まってないといいな。
 痛みに呻きつつも起き上がり、まずは周りの様子を確認しようとハッチを開けてみる。少し離れたところで魔神竜がコンニチハ。
「うっそでしょ!」
 慌ててガーディアン内部に戻った。ビックリしすぎて周りの景色もよく見られなかった。一部天井が落下していたような気がするが、残念ながら空が見えなかったのだけは確かだ。
 しかし魔神竜って、魔神関係のモンスターじゃなかったのか? なぜ消滅していないんだ。まさか獣ヶ原に登場するようなモンスターは魔導の力に関係なく大昔から存在していたとでも……? そもそも、なんでこっちに来てるんだよ。あいつらも生き埋め状態を脱しようと生息エリアから出て彷徨いているのか。
 さて、魔神竜はともかくモンスターに生き残るものが出てくること自体は想定内だ。セッツァーがアルブルグで爆薬を仕入れて戻ってきてくれれば塔から這い出していく奴らもある程度は片づくだろう。問題は、消滅すると思い込んでいた魔神竜が生きていることだ。
 さすがに三闘神とガッツリ繋がっている八竜は消滅したと思いたいが、ゾゾ山くらいは念のために確認しておいた方が良さそうだな。
 魔法生物だからと思って安心していたら余裕で健在でした、なんて奴らもいるかもしれない。デスゲイズとか怪しい。ヒドゥンなんかもこれまで通り定期的に復活するのだろうか。あんなやつらは魔大戦時代に魔導士や幻獣という脅威に合わせて進化してきたモンスターだぞ。魔導の滅びた時代に生きていられちゃ困るんだよな。誰が倒すんだよ。
 この瓦礫の塔に出現するモンスターだって、おそらく今まではケフカや三闘神のエネルギーに引き寄せられてここに集まり留まっていたのだろうが、そいつらが平原に散らばっていったらツェンやアルブルグが危ない。陸続きだから下手したらモブリズやニケアにだって行ってしまうかもしれない。
 魔導の力がなくなったとはいえモンスターの特技が消えていないなら……ラスダンの敵に体術だけで渡り合えるのなんて、マッシュとシャドウとカイエンとガウとモグとウーマロくらいのものじゃないだろうか。いや、結構いたわ。すごいな主人公たち。
 あと考え事をしてたら困ったことに私、トイレに行きたくなってきた。でもアルテマバスターがいるかもしれないと思うと怖くて行けない。最悪の場合、ここで……!

 なにやら危険な気配を感じ取ったのかシャドウが目を覚ましてしまった。トイレ断念。脱出まで持ち堪えられるのか、私!
「……傷はいいのか、ミズキ」
「うん。痛いけど、動けないほどではない」
 傷の一つ一つは掠り傷みたいなものだからな。どっちかというと貧血気味で目眩が酷いのが心配だ。モンスターの蔓延るこのダンジョンを無事に脱出できるのだろうか。食糧がないので、養生して安全が確認できるまで待機なんてこともできない。即出発しなければ。
「残念なお知らせですが、わりと厄介なモンスターたちが崩壊に巻き込まれずに生き延びてるみたいです」
「これが潰れずに済んでいるのだから当然だな」
「そうなんだよねー」
 やはり研究所や工場エリアは壁の耐久性が高く、ある程度の空間を保有したまま塔の中に埋もれているのだと思う。瓦礫に押し潰されて大人しく死んでくれたのは外壁付近にいたモンスターだけだろう。とりあえずガーディアン周辺に何もいなくなった隙を見計らって、無事な兵器を確保するしかなさそうだ。
「プロメテウス、デスマシーン、デュアルアーマー辺りを見つけられるといいんだけど」
 一番便利だと思われるのはディッグアーマーの上位互換兵器であるプロメテウスだ。たぶん瓦礫の山を掻き分けて平地まで強引に進むこともできるはず。魔神竜と同エリアに出没したはずだから、その辺で発見できそうなものだが。
 でなければスカイアーマーの上位互換なデスマシーンも、壁をぶち破って外に出さえすれば一気に安全地帯へ行ける。デュアルアーマーは魔導アーマーの上位機体だ。脱出の役には立たないかもしれないが、魔導の力に関係ない攻撃手段もそれなりに豊富なのでモンスターから身を守るにはいいだろう。

 突入してきた時に倒した兵器が近くにいくつか転がっているはずだ。シャドウは気配を消してそれらの中からまだ動かせる機体を探しに行った。私は足手まといにしかならないのでガーディアン内に隠れてハラハラしながら待っている。
 私から見ると魔法が使えなくなるというのは結構な恐怖なのだけれども、シャドウは全然平気そうだった。
 しばらくしてどこからかモンスターの悲鳴が聞こえ、背筋が凍る。エンカウントしたのだろうか? 今のは断末魔? もちろんシャドウが勝ったんだよな? ばくばくと暴れる心臓を押さえてじっと息を潜める。ハッチの部分を軽くノックする音が聞こえて大慌てで開けると、シャドウが戻ってきた。
 こういう任務得意だよねホント、帝国陣地でも瞬く間に魔導アーマーを見つけてきたし。
「乗って脱出できそうなものあった?」
「ああ。プロメテウスを見つけた。ただしドリルの方は見るな」
「……」
 さっきの悲鳴ってまさか魔神竜を掘削ドリルで……。そ、そ、そうですね。ご忠告に従い、なるべく前方を見ないようにして、乗り込むとしよう。

 プロメテウスに乗って壁をぶっ壊しながら突き進む。足場が不安定なうえに横っ腹からモンスターに襲われたりもするが、元々が岩壁の中を掘り進むような機械なので多少のダメージなどものともしなかった。プロメテウスの名をつけたのはガストラだろうか。神を倒した私たちが、人に火を与えた神の名を冠した乗り物で脱出するなんて、ちょっと皮肉だ。
 モニターを見ながら、シャドウは黙々と操縦している。魔導アーマーもそうだけどこいつの動かし方まで知ってるものなんだろうか。アサシンとしてじゃなく帝国兵として働いたこともあったのかもしれないな。
 シャドウは幻獣やティナ、魔法だってさらっとした説明だけですぐに受け止めてくれたし、単なる傭兵とは思えない。
「あのさ、素朴な疑問なんだけど、魔法なくなったのに魔神竜とか生きてること、怖くないの?」
「……ティナはともかく、俺にとっては自分の能力が消えたわけじゃない。お前らに会う前に戻っただけだ」
「ああ……、それもそうか」
「最初から魔法頼みの戦い方など知らん。相手がどれほどの強敵であろうといつも通りにやる」
 考えてみれば魔法なしで戦うことなんて“普通”の人には慣れっこなんだ。特にシャドウはサマサの村で過ごして魔導士の驚異的な能力を間近に体感しつつ、それでも自分の腕を磨いてきたのだから。棚ぼたで得た魔法を失ったからって今さらモンスターを恐れるはずもない。
 ……それならよかった。ここに溢れてるモンスターの対処もなんとかなりそうだ。

 さすがに工場エリアの壁にはドリルが通らない箇所もあり、時に回り道をしつつ時に操縦を交代して休みつつ私たちはひたすら地上を目指した。やがて、ガクンと機体が大きく揺れる。何か分厚い壁を抜けた感覚だ。
「あ……」
 高度ばかりを確認していたが、プロメテウスの中に光が射して視線を上げると、モニターに空が広がっている。数ヵ月ぶりの青い空が。
 ハッチを開けて外の空気を吸い込んだ。世界に立ち込めていた暗雲は晴れ、太陽が緑なす大地を照らしていた。なんというか、とても陳腐なのだけれど、その光景を見てようやく……救われたのだと実感できた。魔大陸で見殺しにして引き裂かれた世界が息を吹き返したんだと、肌で感じられた。
 隣で同じく半身を乗り出し空を見ていたシャドウが肘で私をつついてくる。
「ミズキ、ファルコンだ」
「おお?」
 本当だ。南にゆったりと浮かぶ白い雲のようなもの。夕映えに飛ぶ姿もそれはそれで切なくて魅力的だったが、こうして青空のもとで見るとファルコン号ってすごく綺麗だな。速度を落としてるのは私たちを探してくれているのか。
 あ、ちょっと待てよ……果たして空から私たちの姿を見つけられるだろうか。私は薄汚れた服に目立たない黒髪で、シャドウなんて完全に隠密行動用の黒装束だ。瓦礫の中ではとってもインビジブル。
「やばい、シャドウ脱いで」
「……何?」
「金髪の方がまだしも見つけやすいかも」
 覆面を取れという意味だったのだが服を脱げと勘違いしたらしくシャドウは一瞬固まった。そしてファルコンと私と瓦礫の山を見て言わんとしていることを察したらしい。
「だったらお前が脱げ。肌色なら一層見つけやすいだろう」
「構わんけど裸の私と一緒に発見されてもいいの?」
「……」
 おそらくアルブルグで兵器を回収してモンスター退治のために引き返してきたのだと思う。もしかしたらマッシュとティナ辺りはいるかもしれないが、あの船からストラゴスやリルムが降りてくることはないだろう。
「セッツァーなら余計なこと詮索しないから顔を見られても平気だって」
 渋々ながらシャドウは覆面を外した。陽の下に晒された金髪が光を弾く。とはいえまだ何か葛藤があるらしく俯いて顔をしかめているシャドウは無視して、ファルコンに向かっておーいおーいと両手を振り続けた。

 ファルコンは私たちの頭上で小さく円を描いて飛び合図をすると、瓦礫の山を抜けたところに降り立った。私たちもプロメテウスでそちらの方へ向かう。ちなみにシャドウの覆面は隙を見てぶんどっておいた。
「よおミズキ、しぶとく生きてたか」
「お陰さまでー。船長、迎えに来てくれてありがとう」
「どういたしまして。そっちは……シャドウ……か?」
 意外そうなセッツァーの視線にものすごく仏頂面のシャドウは返事をしない。不貞腐れたって、いずれは覆面を外さなきゃならんでしょうに。これからの御時世でアサシンを続けるのは無理だ。新しい人生を歩まないと。
「ところで、ティナたちは乗ってるの?」
「全員一旦アルブルグで降ろした。兵器を目一杯積んできたんで重くてな」
「よかった。じゃあとりあえず、私たちが出てきた穴を塞いでおこう」
 プロメテウスでぶち抜いてきた脱出経路を通ってモンスターがぽこぽこ出てきても困る。というわけでファルコン号に戻り、祝砲のごとく派手にぶっぱなす。あとは外壁にいて生き延びたらしき奴らが辺りを彷徨いていたので、アルブルグやツェンに近づきそうなのを片っ端から倒しておいた。
 やはりこの辺りはしばらく危険地帯になるな。塔跡地に一番近いアルブルグはジドールと繋がっている金持ちも多いうえに、帝国から流れた兵器も揃っているから多少は自衛の手段もある。とすると危ないのはツェンだろうか。なるべく人手が必要だ。

 一息つくと、セッツァーが改まって私たちに向き直る。
「で、これからどうするよ?」
 これから。これから先は未知の世界だ。私は……。
「私は、できればファルコンの乗組員になりたいな、と」
「意外だな。お前はティナにくっついてモブリズに行くのかと思ってたぜ」
「ファルコンに乗ってるのが一番稼げるんですよね。その方がティナを助けられるし」
 モブリズもドマもフィガロもナルシェもできる限り支援するつもりだ。しかしそのためにも金がいる。人を動かすにも足がいる。幸いにもセッツァーは快く承諾してくれた。食事当番と洗濯を押しつけたいのだと思う。そして船長は私の隣で未だ仏頂面を晒している男に振り向いた。
「ならシャドウ、お前も来いよ。二人もいっぺんに減ったんで人手が足りないんだ。どうせアサシンじゃ食っていけないだろ」
 ん? 待ってよ。シャドウがファルコンにってそれはそれでありな気もするけどせっかくならサマサの村にでも居着いてほしいという私の目論見が潰えてしまう。でもこの場で迂闊なことを言ったらセッツァーに素性を悟られかねないしとシャドウの様子を窺ったら、なにやら向こうも剣呑な目で私を見つめていた。
 これは、サマサに行かせたがっているのがバレてるな。そして行く気はないということらしい。
「あー、アサシンじゃ食っていけないってのは同感ですよ?」
「……だろうな。今この情勢下で金を払ってまで人を殺したい者などそういない」
 まず生きること。それだけに必死にならなければいけない時だ。そしてまた黒装束のアサシン“シャドウ”が存在し続けると余計なことを考える馬鹿も出てくるだろうから……ファルコンに乗るのは名案かもなぁ。
「揉め事が嫌ならお前もジミーたちみたいに偽名を使えよ」
「いいね偽名。クライドとかどう?」
 調子づいて言ったらシャドウに足を踏まれた。しかし意外なのはセッツァーだ。なんとクライドの名前に反応したのだ。
「クライド……シャドウにクライド? なんか聞き覚えがあるな」
 訝しげに眉をひそめたセッツァーの呟きに、私とシャドウの顔は引き攣った。列車強盗団“シャドウ”のビリーとクライドを知っている? でもよく考えたら船長も充分に“裏社会”の人ですよね。ははは、やべえ。
「おいミズキ、ちょっと顔を貸せ」
「うっクライドさん首締まってます、締まってます」

 ともかくセッツァー自身わりと後ろ暗いところのある人なので、今さらシャドウの過去なんぞ興味はないらしくクライドのことは思い出せないままスルーしてくれた。その様子を見てシャドウもファルコンに乗ることを考え始めたようだ。
「ていうかルーカスさんはともかくジミーさんはモブリズの件が片づいたらファルコンに戻ってくれるのでは?」
「カジノが無いんじゃここで店を開いても仕方ねえだろ。あいつは……故郷に帰す。もう離れてる意味もないしな」
 そうなのか。船長命令では仕方ない。でもあの人どこの出身なのだろう。というかさっき何気に「ジミーみたいに偽名を」とか言ってたが彼は偽名だったのか。もしかしてダンさんも? 本当に元ブラックジャックの乗組員って……まあ、訳ありだったのは私も同じか。セッツァーの深くて広い懐に感謝だな。
「それじゃあ、ひとまずアルブルグに行こう。ティナに無事を伝えたいし」
 そしてそのあとは、みんな帰るべきところに帰るだろう。エドガーはフィガロ、ティナはモブリズ、モグはナルシェに。マッシュやカイエンやセリスたちが今すぐにどうするつもりかは分からないけれど、これからはどこへだって行くことができる。そして私は、彼らのこれからを見ていられるんだ。




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