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優しく散らしましょう


 ファルコン号はドマ城のある島に停泊している。この国はかつてケフカによって川に毒を流され……城中、皆殺しにされたという。裁きの光によって大陸から引き離されたので生き残った人が戻ってくることも更に絶望的となり、ドマはもう、無人島のようになってしまっている。
 大陸だった頃に城と交流していた他の町や村の安否もよく分かっていない。連絡がとれないということは、この島からは切り離されたのだろう。それでもまだ城が蘇るチャンスはあるとミズキが言った。
「エドガーとロックが見た時は、誰かがお墓を作って死者を弔ったらしい形跡があったって話だし、それでなくてもケフカの脅威さえなくなれば各地に散らばってたドマ人は城に集まってくると思うんだよ」
 ドマの人は特に死者への想いが深いと聞く。故郷に昔の姿を取り戻すために、国を離れていた人々も戻ってくる。人が戻ってくれば再び港ができて町が栄え、城に生気が蘇る。亡くなった人は帰ってこないけれど……せめて国だけは滅びさせたくないのだとミズキは言う。その、いつか帰る日のために、城を綺麗にしておきたいのだと。
 彼女は始めにカイエンと話をした。そして彼が静かに頷き、自分もそうしたいと言ったので、私たちはドマ城へ行ってみることになった。悲劇の起きたその場所へ。
「……悪い夢を見るかもしれないから、気をつけて」
 城に行くのは私とカイエンと、彼に縁の深いマッシュとガウ。他のみんなは城の周辺を巡って、魔法で毒を取り除けないか試してみるらしい。ミズキはなぜか悲しげな顔で私たちを見送ってくれた。
「信じて待ってるから」
「何だよ……変な言い方して」
 戸惑いつつもマッシュは笑ってミズキの頭を撫でた。
 カイエンの故郷……きっと、変わり果てた風景を目にするのはとても辛いこと。モブリズでもディーンとカタリーナが言っていた。ふと目に留まる家々に誰もいないことが悲しくて堪らないのだと。家族の、知り合いの、つい先日まで生きていた人たちの墓を作る……手ずから土を被せていると、もう二度と彼らに会えないのだと実感させられて、辛いのだと。
 きっと悪い夢を見る。だから私たちが、カイエンを起こしてあげなくてはいけないんだわ。

 城の内外を流れる川には未だ毒が残っている。魔力が感じられるということは、この土地に毒を根付かせるために魔導の力が使われているらしかった。必死でエスナを唱えたけれど効果は薄く、カイエンに嗜められてしまう。この城から、この地から、毒を根絶させるにはどうしたらいいか私たちには分からなかった。
 結局、城中を隈無く探したけれどエドガーたちの後に誰かがここを訪れた形跡は見られなかった。せめて何か未来のためになることをと荒れ果てた港を片づける。船さえ着けば、たとえ少しずつでもこの城を蘇らせるのは不可能ではないはず。ただ、毒さえ取り除ければ……。
 なんだかとてつもない徒労感に襲われて私たちは休息をとることした。明日の朝にはファルコン号に戻る。思ったよりも城が綺麗なままでよかったと、笑うカイエンに歯痒い気持ちを感じながら。
「カイエン?」
 夜明け過ぎ、マッシュの声で目を覚ます。寝ぼけ眼でガウが身を起こしてもカイエンは眠っている。まるで息をしていないように見えて血の気が引いた。
「カイエン、どうしたの?」
 どこからかクスクスと嫌な笑い声が聞こえて、驚いたガウがベッドから飛び降りてマッシュにしがみつく。空間が歪み、三人の妖精のようなものが姿を現した。
「私の名前は、レーヴ。この人の心はいただいた」
「私の名前は、ソーニョ。この人の心はいただいた」
「私の名前は、スエーニョ。この人の心はいただいた」
 不快な声を響かせてカイエンの周りを飛び交う三人にマッシュが殴りかかるけれど、彼の拳は妖精に当たることなくすり抜けた。実体がない……?
「てめえらがカイエンを……」
「我ら夢の三兄弟」
「今日は、ごちそうだ!」
 まるで涎を垂らした獣のように、愉悦を浮かべた三兄弟がカイエンの体に吸い込まれるように消えていく。慌てたマッシュが捕まえようとするけれど、やはり奴らに触れることはできなかった。
「追いかけなきゃ」
「だが、どうやって……」
 ……操りの輪と同じ。心を止めて、精神を支配する魔法……あの感じを思い出せば三兄弟を追えるかもしれない。戸惑うマッシュとガウに、私はスリプルを唱えた。追わなくては。カイエンの見ている夢の中へ……!

 目を覚ますと……いいえ、眠りにつくと、暗闇が広がる空間にいた。真っ黒い景色の中にぼんやりと階段や扉が浮かんでいる。マッシュとガウの姿は見当たらず、目の前にはレーヴと名乗ったあの妖精が私を見つめていた。
「夢の中まで追ってくるとは」
「カイエンはどこにいるの?」
「三人揃わず戦うのは、分が悪い。ここは一旦、おさらばしよう」
 私の問いに答えることなく妖精は姿を消した。どこかでパタンと扉の閉まる音がする。……ここでじっとしていても仕方がない。皆を探すために、私は歩き出した。
 遠くの方は見えないけれど、細い道や階段、扉がぼんやりと光っていくつも交差している。夢の迷宮といったところかしら。最初に見つけた扉を開けて、しばらく進むと途方に暮れた様子のガウがしゃがみ込んでいるのを見つけた。
「がう……ござる、カイエン、いない」
「一緒に行きましょう。きっと二人ともすぐに見つかるわ」
 モブリズの子供たちに教わったように、優しく笑いかけて手を握る。誰かが手を繋いでくれたら安心する……、それはガウも同じだったようで、元気を取り戻した彼と共にまた歩き出した。
 いくつもの扉を越え、階段を昇ったり降りたりをひたすら繰り返す。まだマッシュは見つからない。もしあっちでも私たちを探しているとしたら合流するのはとても大変なことかもしれない。内心で焦りを感じ始めた時、ガウがふと座り込んで床の匂いを嗅いだ。
「ガウ! ここ、とおった。おれのにおいする」
「……同じところをぐるぐる回っているみたいね」
 私たちの方が迷子になってしまったのかしら? マッシュが見つけてくれるのを待ってじっとしているべきか……こんな時にミズキがいてくれたらうまく私を導いてくれるのだけれど。立ち止まってしまった私の手を引いて、ガウが遠くの扉を指差した。
「あっち、ござるのにおい!」
 小さく頷き、ガウについていく。ドアノブに手を触れる直前、向こうから扉が開いてマッシュが顔を出した。
「マッシュ! よかった……」
「あー、やっと見つけた。ずっとさまようはめになるかと思ったよ」
「ござる、まいご。まぬけ」
「だからござるは俺じゃないし、迷子になってるのはお前も同じだっての!」
 小突き合いじゃれつく二人に自然と笑みが溢れてきた。マッシュがいてくれると、なんだかとても安心する……きっと大丈夫だと信じられる。あとはカイエンを助け出すだけね。

 ガウが私たちの残した匂いを探って、まだ通っていない道だけを選んで進み続ける。この迷宮にもちゃんと出口はあったようで、扉を守るように三兄弟が立ちはだかっていた。……ミズキっぽく考えるなら、あの先が次の場所に繋がっているはずだわ。
「我ら夢の三兄弟」
「三人揃ったからには」
「逃がしはしない」
「よく言うぜ。逃げてたのはそっちだろ」
 ここもミズキっぽく考えるなら、たぶん色が属性をあらわしてるんだろう。あの三兄弟からはさほどの脅威を感じない。マッシュも同じように考えたらしく魔法を唱え始めた。
「あの赤いヤツにブリザガだ」
「ガウ!」
 読み通り青いソーニョは氷属性の魔物らしく、ブリザガもあまり効いていない。二人がレーヴとスエーニョを追いつめている間に、私はトランスして得意のファイガを唱えた。
「ううぅ……ま、まずいぞ……」
 ブリザガに打ち砕かれて兄弟が消え去ると、ソーニョは踵を返してまた逃げ出そうとした。魔石を掲げ、オーディンを召喚する。駿足の神馬に跨がったオーディンはあっという間にソーニョを追い越し、抜き様に斬鉄剣の一閃を喰らった妖精は呆気なく事切れた。
「えらくあっさり片づいたな」
「カイエン、ここにはいない!」
「他に黒幕がいるのかしら」
 あの三兄弟は魔物としても格下だった。夢に侵入することはできても、カイエンの精神を支配するほどの力があったとは思えない。悪夢を見せている別のモンスターがいるはずだわ。

 扉を開けた先は地面が微かに振動している奇妙な部屋に続いていた。辺りを見回したマッシュには見覚えのある景色だったらしく、ぽつりと呟いた。
「これは……、魔列車か」
「魔列車って?」
「亡くなった人の魂を霊界に運ぶ列車、だとさ。どうやらカイエンの……心に残ってる辛い記憶を使って、迷宮を作ってるみたいだな」
 帝国に攻め込まれたドマ城……、ケフカの流した毒で亡くなった人たちは、カイエンの目の前で魔列車に乗り込んでいったのだという。彼の奥さんと子供も……。そんな記憶を使って何者かがカイエンを支配している。
「カイエンのなわばり、あらしてる。わるいやつ!」
「……そうだな。どっかに隠れてるそいつをぶっ飛ばして、カイエンを助けよう」
 所々で機械に翻弄されるカイエンの幻を見ながら列車内を抜け、ようやく降りた先にはプラットフォームではなく炭坑が広がっていた。ナルシェ……、家族と故郷を失ったばかりだというのにカイエンは、ナルシェと幻獣を守るために仲間として戦ってくれたんだわ。
 坑内でもたびたびカイエンの幻を見かけた。どうやら彼は帝国兵に追われているらしい。彼の姿を探しながら私たちはいつの間にか魔導アーマーに乗っていた。手に馴染んだ感覚に寒気がする。私はこれに乗って、いつも……何を感じることさえなく、いつも……。彼を苦しめているものと私と、何が違うのだろう。
「これも、カイエンの辛い記憶なのね」
「あー、その、こいつは単に機械が苦手なのに乗せられたのが印象に残ってただけだと思うよ。べつに魔導アーマーに乗ってた誰かがどうこうってわけじゃなくてさ」
 不器用ながら気遣ってくれるマッシュの優しさが嬉しかった。でも、理解しておかなければいけないことなの。カイエンの故郷を滅ぼしたのは私だったかもしれない。私も同じことをしていたのだと。
「ありがとう、マッシュ。私は大丈夫よ」
「お、おう……」
 炭坑を出ると再びカイエンの後ろ姿が見えた。幻なのか、彼の心なのか、逃げるように橋の向こう側へと去っていく。
「カイエン!」
 彼を追いかけようとしたところで橋が崩れた。目の前が真っ暗になって、また世界が変わる。

「ここは、ドマ城か?」
 私たちは眠りについたのと同じ部屋にいた。でも、カイエンだけがいないからまだ目を覚ましたわけではないみたい。更に夢の深いところへ進もうとしたら、ガウが何かに驚いて私の手を掴んだ。
「何かいるのか!?」
 武器を構えようとしたマッシュを制止する。ぼんやりと浮かび上がってきた人影に、敵意は感じられなかった。黒髪の、綺麗なひと……その傍らに立つ子供はどこかカイエンと似た顔立ちをしている。
「お願いします……カイエンを助けて……」
「あんたは確か、カイエンの……」
「夫は、自分を責め続けています……ドマを守れなかったこと、世界を救えなかったこと……、そして、私たちのことを」
「アレクソウルっていうモンスターがパパをつかまえてるんだ! パパをたすけてあげて! おねがい!」
「どうか……カイエンを……」
 それだけ言うと、二人の姿は消えてしまった。今のも幻? でも、カイエン自身の記憶が放つ気配とは確かに違っていた。もしかしたら本当に、彼女たちの心がここにあるのかしら……。
 ドマ城の内外には、他にないほど幻が満ち溢れていた。カイエンの思い出のすべてがここにある。フェニックスの洞窟でロックが言っていたように……カイエンもまた、真実を失ってしまったのかもしれないと思う。

 中庭では、さっきの子供がカイエンに剣の稽古をつけてもらっている。
『なかなかよい筋をしておる。もっと修行を積めば、ドマで一番の剣士になれるでござる』
『わ〜い、ほめられた〜! ママにじまんしてこよ〜っと!』
 飛び跳ねるように駆けていく子供を見送り、微笑むカイエンの後ろから若い男の人が顔を出した。
『親馬鹿だな、カイエン』
『へ、陛下! なぜこのようなところに!』
『堅いことを言うな。……シュンはいい子だ。きっと、なれるだろう。おぬしのように立派な、ドマで一番の剣士に』
『陛下……、ありがたき御言葉!』
 城壁近くの川辺では、親子で釣りをしている。どちらの釣竿にも魚はかからず、子供は退屈しているようだった。
『パパ、さかなつりなんて、つまんないよ〜』
『これも修行の一つ。待つことを知るのも、侍の道には大切でござる』
 あの子はカイエンのような剣士になりたいのだと私にも理解できた。侍になるためと言われ、慌てて動かない釣竿に意識を向ける。
『ぼく、さかなつりだいすき!』
 城の中、カイエンの部屋だったと思われる場所には先程の女性と語らう彼がいた。
『ねえ、あなた……私のこと、愛してる?』
『まったく、何を言うかと思えば……武士たるものは、そのような言葉を口にするものではない!』
 どうして……どうして、こんなに胸が痛むのだろう。二人はあんなに幸せそうな顔をしているのに。
『あ……いして……る……。愛しているでござるよ』
『あなた……私も……』
 顔を真っ赤にしながらも寄り添う二人に、こっそり部屋の外から様子を窺っていた子供が嬉しそうにはしゃぎ始めた。
『わ〜い、きいちゃった、きいちゃった! アイシテル、アイシテル〜、パパはママをアイシテル!』
『これっ! シュン!』
『きいちゃったもんね〜〜』
 パパはママを、愛してる……。
 視界が赤く染まり、戻らない。消え去った幻の後には倒れ伏した二人の姿が残される。カイエンの腕に抱かれた彼女が言葉を紡ぐことはなく、その瞳が開かれることもなく、そこにあるのはただ悲しみと怒りと……拭われることのない憎しみだけ。
ーーこんなことが許されていいのか。
 許されていいのか。許されて……私は……。

 血の色に染まったドマ城を駆け抜け、私たちは玉座に辿り着いた。カイエンの心が傷つき倒れている。冷たい骨の魔物がそれを見下ろしていた。
「貴様がアレクソウルか。カイエンを返してもらうぜ」
 怒りに震えたマッシュの言葉に動じるでもなくアレクソウルは嘲笑する。
「もう遅いわ。己が無力に絶望し、己が無力を責め続けるこやつは我の力に逆らうことなどできぬ」
ーー悲しみが、怒りが、憎しみこそが力の源。
「なっ……どこに消えやがった!?」
 カイエンは……無力なんかじゃないわ。悲しみ、怒り、憎しみ……そして愛する心を、彼は知っている。帝国の兵士だった私やセリスを受け入れ、まだ世界を守るために私たちの仲間に加わり、いつだって共に戦ってくれた。
ーー本当に?
 償いのために愛を知ったふりをしているだけではないの。今まで殺し、壊し、奪い、苦しめた分だけ、あの子たちを守れば許されるとでも思っているのね。私のことを許してくれるひとなんて、もうどこにもいないのに。私が殺してしまったのだから……!
 こんなことが許されていいはずがない。私が許されていいわけがないのよ!
「それでも私は、あなたに生きてほしいわ」
 絶望し、膝をついた私の前には一人の女性が立っていた。私は……この人を知っている。
「おか、あ……さん……」
 静かな笑みを湛えた彼女は決して私に触れてくれない。遠い、どこか遠いところにいる。でも……私は、彼女がくれたぬくもりを……知ってる。
「消えてしまいたいと思っていた。世界も自分も憎くて、死んでしまうつもりだった。でも……絶望と虚無の果てにマディンと、そしてあなたに出逢えたわ」
「おかあさん、わたし……」
「自分で自分が許せなくても、誰かがあなたを許してくれる。誰かがあなたを憎んでも、あなたが生きることを願う者がいる」
 私は知っている。私が生きていることが、お父さんとお母さんの愛の証。それを絶やさないためならどんな悲しみにも怒りにも、憎しみにだって耐えられる。
「あなたが幸せになることを、ずっと願っているから……ティナ……」
 この心の中に芽生えたものを守り、育むためならば!
「……ティナ! 大丈夫か!?」
「マッシュ……?」
「驚いたぜ。いきなり意識を失っちまうから」
 気づけばマドリーヌはいなくなっていて、そしてアレクソウルも姿を消している。

 今のは何だったのかと困惑する私の横で、今度はガウがふらりと体を傾けた。
「おや……じ……?」
「おい、今度はお前かよ!?」
 しっかりしろと呼びかけるマッシュの声に反応を示すこともなく、ガウは虚空を見つめている。私もこうなっていたの……、もしかしたら、アレクソウルが取り憑いている? 記憶を掘り返し、絶望を植えつけ、虚無で塗り潰そうとしているのか。
「どうなってんだ、あの野郎が何かしてるのか?」
 ガウは自分の意思をなくしてしまい、どうすればアレクソウルを引き剥がせるのか私もマッシュも分からない。困惑し、途方に暮れる私の手の中で魔石が輝いた。お父さんの魔石……、解放された魔導の力を制御できずに暴走していた私を、優しく宥めてくれたあの暖かな光。私にお父さんとお母さんの記憶を教えてくれた……。
 なにかもやもやしたものが光に焼かれるようにガウの体から這い出してきた。目覚めに瞼を擦るようにガウが目元を拭い、頭を振る。
「ガウ、大丈夫か!?」
「ウーッ! あたま、ボーッとする!」
「はは、元気そう、だ……」
 安堵の笑みを浮かべるマッシュを見上げ、ガウは怪訝な顔をする。マッシュは動かない。今度は彼が……! 私やガウのように支配されてはいないみたいだけれど、心の深くに入り込もうとするアレクソウルになんとか抗っているらしく、彼の拳が固く握り締められる。
 お父さんの力で救えないかと魔石に手をかけた時、玉座の方から凄まじい光が放たれた。見たことのない幻獣が召喚される。ゴーレム? いいえ違う……魔導機械? 大広間を埋め尽くす巨体が断罪の光を放つとマッシュは意識を取り戻した。
「なるほど……この……野郎に、取り憑かれてたってわけかよ。ティナ! 俺ごと斬れ!」
「そ、そんなことできないわ」
「俺の中から追い出さなきゃ倒せねえ!」
 これは殺戮ではなくマッシュを守るために……でも……、剣に手をかけるけれど、その切っ先を仲間に向けることがどうしてもできない。マッシュの中にいるアレクソウルだけを斬る……そんな“剣”を私は持っていない。その時、彼の声が聞こえた。
「ティナ殿、退きなされ!」
「……カイエン、」
 居合い……カイエンが刀を抜いた様子は見えなかった。けれど確かに、何かがマッシュを斬ったのだ。彼を縛っていたものを。

 膝をついたマッシュの額から汗が噴き出す。私とガウも緊張が切れてへたり込んでしまった。マッシュが強靭な精神を持っていなければ、カイエンの研ぎ澄まされた剣技がなければ一体どうなっていただろう。
「カイエン……あ、ありがとう……!」
 アレクソウルの支配を断ち切った彼は、切なげに目を伏せつつも頷いた。
「拙者の妻と息子が呼んでいるような気がしてな。その声に励まされ、諦めずにいられたでござる……」
 ここはカイエンの夢の奥深く。きっと霊界にだって想いは届くわ。ほんの少しの間、魂を呼び戻すことも。私はフェニックスの魔石を手繰り寄せて祈りを捧げた。どうか……彼に許しと絶えることのない愛を。あなたの幸せを願う人が、あなたの心の中にもいると教えてあげて。
「あなた……」
「ミ、ミナ!?」
「やっぱり、パパはつよいや!」
「シュン……お前たち……」
 伸ばされたカイエンの手は彼女たちの体をすり抜けた。最後に抱いたのは悲しい記憶。それでもあたたかな思い出は胸の奥に残されている。家族のぬくもりはこの腕が覚えている。
「……拙者は、お前たちに何もしてやれなかった。あの時も……そして、今も……拙者は、不甲斐ない男でござる」
「いいえ。あなたに頂いたものは、私たちには充分すぎるほどでしたわ」
「パパ……だいすきだよ。ずっと、ずっと!」
 フェニックスの力が途切れ、夢の城が崩れると共に彼女たちの姿も消えていく。
「待ってくれ! 拙者も……」
「カイエン!」
 取り縋ろうとしたカイエンの腕をマッシュが掴み、ガウが彼の腰にしがみついた。
「マッシュ殿……、ガウ殿……」
 目が眩む。じきに夢が覚めようとしている。彼女たちは消える間際、カイエンに微笑みかけた。いとおしさが、彼の悲しみを包み込んでいくのを感じる。悪夢が愛の記憶に塗り替えられていく。
ーー私たちはいつだって、あなたのそばに……。
 私が生きている。そのことを覚えている。心に記憶がある限り、失ってしまうものなどないの。大切な人は、いつだって私のそばにいてくれる。
「……そうだな。ミナとシュンは、拙者の心の中に生き続けている。もう、過去に縛られはせぬ。己の信ずる道をただ行くのみでござる」
「カイエン……、一緒に、帰ろう」
「うむ……。我々の世界へ……」
 静かに目を閉じて、カイエンが刀を抜いた。城の風景が音もなく断ち切られる。夢が醒める……。ミズキ、私は信頼に応えられたかな?




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