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忘れないグリーフ


 コーリンゲンを発つとミズキはすぐにでもオペラ座へ行こうと言い出した。何を慌てているのかは知らないがどうしてもと言われれば逆らう理由もなく、ファルコン号は南を目指した。そして着陸を待つのももどかしいらしく、スカイアーマーに乗り込んで俺とミズキとティナの三人で劇場に直行する。
 どうやら今日は休館日のようで客の姿は見当たらないが、俺たちが入るとすぐに受付の青年が駆け寄ってきた。
「ああ、あなたたちは! よ、よかった。ダンチョーのところへ行ってあげてください。大変なことになってるんですよ!」
 半ば引きずられるようにして客席の方へと押し込まれると、そこにあったのは衝撃的な光景だった。荘厳な音楽が鳴り響く中、舞台には一人の演者が立っている。……巨大なドラゴンが。
「エドガー……、オペラって、モンスターがやることもあるの?」
「い、いや、あまり聞いたことはないな」
 唖然と立ち尽くす俺とティナをよそにミズキは舞台を見つめるダンチョーのもとに歩み寄った。
「ミズキ……」
「変わった役者を雇ったんですね、ダンチョー」
「冗談言ってる場合じゃないよ! どうしてこう困ったことばかり起きるんだ……せっかくお客を確保して首が繋がったっていうのに……!」
 頭を抱えて勢いよくしゃがみ込んでしまった彼は客席の背凭れに額をぶつけて呻いた。……つけ髭がズレている。
 なんというか、確かに受付の青年が言う通りの大変な事態ではあるのだが、あまり緊張感がない。それもこれもダンチョーが「お客を入れられない」なんて心配をしているせいだろうか。世界崩壊の危機とはまったく無縁のところで生きているのだな。ある意味ではこれこそが人のあるべき姿なのかもしれない。敵を倒すこと、平和を取り戻すこと以上に、明日の生活を心配するという。

 ミズキはこのために急いでいたのだろうか。我が物顔で舞台を歩き回るのはおそらく、フェニックスの洞窟で彼女たちが遭遇したであろうドラゴンと同じ伝説の八竜のうち一体だ。
「ところでダンチョーさん、なんで演奏してんですか? 危ないのでは」
「止めると暴れだすんだよ……」
「お、おお。マジすか」
「頼む、報酬は出すから、あいつをなんとかしてくれ!」
「分かったから泣かないでよ、いい歳して。あとヒゲずれてるから」
 まあ、早く倒さなければならないのは確かだな。世界で唯一、オペラを見れるのはここだけだ。ましてこんな絶望に塗れた世の中で人の心を癒す芝居を続けてもらうためにも、あの美しきマリア嬢に再び舞台へ立ってもらうためにも、ドラゴンには退場していただこう。
 俺とティナだけで倒せるのかという不安はあるが、他に誰も連れてこなかったのはこれで充分な戦力ということなのだろう。ミズキは鞄の中から指輪を取り出し、俺に手渡してきた。
「はい、エドガー」
「ありがとうミズキ! まさか君に指輪をもらうとは」
「ふざけてないで早く装備して。それ、レビテトが常時発動する指輪だから」
 もう少し乗ってくれてもいいのになと思いつつその指輪を嵌める。小指にしか入らなかった。魔法が体を包み込むのを感じ、ふわりと足が宙に浮く。
「あいつ地面を揺らしてくるから、阻止できると思うけど念のためにね。ティナはトランスして、毒とスロウとスリプルを連打して切らさないように。エドガーはウィークメーカーで弱点つけて、寝かせつつ属性魔法で安全に倒せると思う」
「了解」
「分かったわ」
 単に倒すだけではなく、舞台上で暴れさせてもいけないということだな。無論、演奏中のオーケストラもいるのでそのつもりだ。劇場の事情を理解してくれるミズキの言葉にダンチョーは涙目で何度も頷いた。
 遥かなる太古の時代、三闘神のエネルギーを八つに分割して封印したという古のドラゴンのうち一体。強敵ではあるが“倒し方”を知っているミズキがいれば恐れる必要はなかった。ものの数分で片がつく。
 ……今にして思えば、フィガロを出たあの時にミズキとティナを引き離さなくてよかった。もし彼女が敵に回っていたらと思うと甚だ恐ろしい。

 さて、あとは瓦礫の塔へ赴き三闘神を倒すばかりなのだが、ミズキは未だやるべきことが残っているという。仲間は戻ってきたし新たな者も加わった。それでもあの塔へ行くには心許ない。つまりは魔大陸の時と同じだ。瓦礫の塔に突入すればおそらく容易には脱出できないだろう。後戻りできない場所へ行くからこそ、入念すぎるほどの準備が必要なんだ。
 彼女は「機械のメンテナンスをしておこう」とフィガロ城への訪問を求めた。俺の機械も彼女のブラストボイスもまったく不調はないのだけれど、実際はどんな用件でフィガロに来る必要があったのだろうな。
 せっかくなので彼女に新しい武器をプレゼントすることにした。矢のいらないオートボウガンだ。未だ試作段階なので威力は低いが、ミズキにとってはその方がいいだろう。空気の塊を飛ばすため矢を装填する必要がなく、機械そのものもかなり軽くなっている。彼女は目を輝かせて喜んでくれた。記憶にある限り、機械を贈って喜ぶレディは彼女の他にいなかったな。
 そして何事もなくファルコン号に戻ろうとしたところで機関室からの報告を受け、城を一旦コーリンゲン方面に移動させることになった。
「先日から、移動中に砂漠のある地点で何かが引っかかるようになったらしい」
「へー。地形が変わったからどこかの洞窟とでも繋がっちゃったのかな?」
「かもしれない。迂闊に潜行してぶつかっては困るからね。足止めしてすまないが、少し調査をさせてくれ」
 快く頷いてくれたミズキとティナと共に、かつてサンドワームに穴を開けられた牢屋から地中に出る。ミズキの予想通り、地下洞窟に繋がってしまったようだ。しかもその洞窟を抜けた先は地上ではなかった。
 砂に埋もれ、忘れ去られた古代の城だった。

「ここは……?」
 悠久の時を砂中で過ごしたとは思えないほど美しい城だった。それに、驚いたことに城のあちこちで明かりが灯されているのだ。まるで未だ廃城に命が息づいているかのようだった。それとも、己れの死に気づいていない魂が彷徨いているのだろうか。
 何らかの魔法が働いているのかもしれない。その滅びた城の広間に人の気配を感じて振り返る。襲撃を受け、剣を手に駆け回る城の兵士たちの姿があちらこちらに見えた。幻影……彼らが死んだ時間を今もまだ繰り返しているのか?
『幻獣の攻撃だ! こちらも幻獣を出せ!』
『我が方にはもうオーディン殿しかおりませぬ!』
『怪我は治ったのか?』
 問われた兵士は苦々しげに首を振る。……幻獣を交えた戦争……これは1000年前の幻か。
『致し方あるまい。ここが我らの分水嶺……、オーディン殿にすべてを託す』
 魔大戦に滅びて砂の海へと没していったであろう都市。それを守るため、過去の記憶の中で異形の馬に乗った騎士が現れる。あれが……幻獣オーディンか。魔石による召喚ではない、生身の幻獣自身が戦争に加わっていたのだ。
 敵の魔導士が高位魔法を連続で放つが、魔法をも斬り伏せるオーディンが押していた。追いつめられた男は剣を抜き放つ。すれ違い様、男の肉体は両断されたが、その剣はオーディンに触れた。おそらくは魔法の籠められた剣だったのであろう。オーディンの体が足元から石と化していく。
『やるな……、この私を石化するとは……』
 動けなくなる間際に、オーディンの瞳が何かを探すように辺りをさまよった。

「古い伝説の一幕だな。城の大広間で行われた魔導師と幻獣オーディンの戦い……」
 お伽噺としてならば聞いたことがある。幻影とはいえ、その記憶を自分の目で見ることになろうとは思いもしなかった。正直なところ少し心が躍っている。しかし、1000年前の記憶に魅入る俺たちの傍らミズキはしょんぼりして俯いていた。
「見えなかった……」
「ミズキ、その本は?」
 消沈する彼女を気に留めるでもなくティナが指し示したのは、ミズキが抱えていた本だ。俺たちが幻影を見ている間に物色していたらしい。表紙に美しい宝石が煌めく豪奢な装丁。時代を考えれば相当に貴重な品だろう。そして、普通の書物ではなさそうだ。
「王女様の日記だね。……『私は、やはりオーディン様のことを愛している。それは許されぬことなの……? けれど人の心を縛ることはできぬはず。ましてや、いと気高き心を持つ御方を想うこの心……、誰にも咎めはできぬはず。この戦いが終わった時には、必ず想いを打ち明けよう』」
 では最期にオーディンが探していたのは王女の姿だったのだろうか。ああ、嫌なものだ。悲劇で幕を閉じる恋物語など……。皆が幸せになればいいのに。そういう点で「マリアとドラクゥ」はとてもよかった。
「想う、心……。あなたには伝わったの?」
 ティナが石像と化したオーディンに触れると、ここで永き時を耐えてきた幻獣の体は砕け散った。その欠片は輝きを帯びながら魔石となってティナの手の中に落ちる。
「……ミズキ、王女の日記に続きはないのかい?」
「これで終わってる。たぶん、想いを告げることはできなかったと思う」
 戦いが終わるのを待たずオーディンは石と化した。彼がこのままここに放置されていたということは、王女や城の者たちの行く末も否応なしに窺い知れる。
 王女の日記を手にミズキはオーディンの石像があった場所に歩み寄った。
「石と化したオーディンに触れる。そして王女は立ち上がり……」
 彼女は振り向き、足を進める。するとどこかで仕掛けの作動する音がして、石壁の中に隠されていた扉が開いた。奥には階段が続いているようだ。王族の避難用に備えられた隠し部屋、といったところか。

「ティナ、王女のところへ行ってみる?」
 ミズキの言葉にティナはこくりと頷いた。三人で薄暗い階段を降りていく。隠し部屋には……またドラゴンがいる。
「こんなところにも八竜がいるのか」
「うーん。サンダガ連発で押し切ればいけるとは思うけど、そーっと隣をすり抜けられないかな」
「こっちを見つけたらさすがに襲ってくるのじゃないかね」
「戦ってみる?」
「そうだな……」
 海のように深い青色の鱗からすると水を司るドラゴンだろうか。それが砂漠の下に埋もれた城に座しているとは皮肉なものだ。1000年前にはこの辺りも自然豊かな土地だったのかもしれない。フィガロの広大な砂漠とて、魔大戦で大地が枯れ果ててできたものだというからな。
 気づかれる前に倒してしまおうとティナがサンダガを唱え始めたら、彼女の手の中にあった魔石がなにやら光を放ち始めた。
「オーディン……?」
「あのドラゴンにバニシュを!」
 ミズキの言葉に慌ててバニシュを唱える。魔石からは異形の名馬スレイプニルに乗ったオーディンが出現し、彼はバニシュを受けたブルードラゴンの横を駆け抜ける。巨大な刀を一閃すると伝説の八竜は呆気なく事切れた。……さすが軍神として伝説に名を残した戦士だけはある。呆れるほど見事な一撃だ。
 オーディンはそのまま隠し部屋の奥まで馬を駆り、暗がりでスレイプニルから降りた。そこには祈りを捧げる王女の石像が……おそらく、オーディンの後に石化された王女が、立ち尽くしていた。彼は王女の前に跪く。そしてオーディンの姿は淡い光と共に消えていった。
「石像が……」
 消えた想い人を悼んでか、それとも1000年の時を越えた束の間の逢瀬を喜んでのことか。石像の瞳からは一筋の涙が零れ、オーディンの魔石がそれに応えるように煌めいた。
「人と幻獣の、恋……」
 モブリズの子供たちと出会い、ティナは愛を知り始めている。一方で身を焦がすような恋については無知だ。ミズキは幼い精神を持つ彼女を切なげに見つめていた。
 きっとティナは両親のことを思い出しているのだろう。人の世界に絶望して幻獣であるマディンに救われたマドリーヌ、そして己を守ってくれる世界に背を向けてでもマドリーヌと共にあることを選んだマディン。一人の男の欲望によって引き裂かれた恋物語だ。
「この二人の恋も……結ばれなかったのね……やはり、人と幻獣は……」
「それは違うよ、ティナ。二人は確かに結ばれていた。命を懸けても惜しくないほど大切な人がいるというのは、それだけでとても尊いことなんだ」
「うん。幻獣と人間だからとか、同じ種族同士ならとか、そんなことじゃないんだと思う。王女はオーディンを待っていた。そしてオーディンも、彼女を探してた。二人の心が結ばれていたからこそ、今の再会がある。……それはティナも同じだよ」
「私も……?」
 彼らが恋をして、結ばれ、愛を育んだ過去があるからこそ彼女は今ここにいる。しかし……ティナはその感情を未だ知らなかった。

 その夜、ミズキはファルコンの甲板でぼんやりと空を眺めていた。これで星空ならばロマンチックなのだが、ケフカのお陰でムードも何もない暗雲が立ち込めている。俺が隣に立つと彼女はちらりとこっちを見て、また空に視線を戻した。何か考え事をしていたというわけでもないらしい。
「次はどこに向かうんだい?」
「うん……ドマ城にでも行こうかな」
 カイエンのため、か。彼をあそこへ連れて行くのがいいことかどうか俺には分からないが、いずれ故郷に戻る日も来るだろう。ならば早めに行って、家族の弔いを済ませてやるべきかもしれないな。
「そういえば、俺が流れ着いたのはドマだったよ。残念ながらまだ毒が抜けきっていないようだった」
「だ、大丈夫だったの?」
「ん? まあ、我々にはエスナもあるからね」
「そういう意味じゃないんだけど……」
 毒以外に心配事でもあったのか、ミズキは眉をひそめてじっと俺を見上げている。しかしそれ以上のことは相変わらず話してくれなかった。

 少し話がしたいと思ったのは、あの地底の城で報われない恋を嘆くティナを見ていたミズキの目が、とても切なかったからだ。
「ミズキ、恋人はいるのかい?」
 俺がそう尋ねた途端に彼女の表情が強張った。
「いなかったら悪いんですか」
「いや、そういう意味ではないんだが」
 どこかに残してきた人がいる可能性もあるのではと考えただけなんだが、少なくともその反応を見る限り特定の相手はいないらしい。
「……君から見て、27歳で跡継ぎのいない国王ってのは、どう思う?」
「まずいんじゃないのって思う」
「やはりそうか」
 ミズキがどこから来たにせよ感覚は同じようなものらしい。ただし彼女は俺に結婚しろとせっつくようなことはしないけれども。
 まったく、憂鬱なことだ。少し立ち寄っただけだというのに神官長はまたしても膨大な量の見合いを用意していた。マッシュが船から降りて来なかったのであいつの分まで俺に来たような気がするほどだ。ファルコンへ帰らせてもらうのに悪戦苦闘する俺の姿を目撃していたらしく、ミズキは苦笑を溢した。
「でも、それは私の感覚でしかないし。私はフィガロの国民じゃないから『結婚相手がいないなら養子縁組すれば?』なんて気軽に言える立場じゃないけどさ。王様が結婚する気配もないのに許されてるのはエドガー自身の努力の賜物じゃないかな。国のために自分の気持ちを犠牲にすることはないよ」
 国のために。そう、国のためには早く優秀な“王妃向き”の女性を娶って子を成し、民を安心させてやらねばならない。

 俺が王であるのは国民のためであり、国民のお陰だ。自分の意思、自分の欲望を優先させてはならない。ましてや愛だの恋だのという感情に……振り回されることは許されない。
 この現実は都合のいい物語ではないんだ。きっと自由は悲劇を生む。だから、俺は……。
「自分よりも国を優先できない国王に何の価値がある?」
「逆に言えば、国王一人さえ幸せになれないのに国が良くなるわけないのかもよ」
 迂闊にも黙り込んでしまった俺を見て、ミズキは慰めるように優しく続けた。
「自分の理想を追えばいいよ。エドガーが好き勝手やれてるのが、フィガロが“いい国”だって証じゃないかな。図に乗って暴君化しそうになったらぶん殴って止めてくれる弟もいるし、安心して自由に……」
 そう途中まで言いかけて、ミズキは何事かに気づいて頷いた。
「……ああそっか、むしろマッシュがいるからこそ、早く結婚しなきゃと思うわけだ」
 まあ、そういうことでもある。もし俺がこのまま結婚しなかったら、では国を出た王弟殿下を呼び戻して彼の御子を……という事態に陥らないとも限らない。現に極一部の貴族の間ではそのような話も出ているのだ。自分の子供を兄貴の養子にすることになっても、マッシュはきっと構わないと言うだろう。だから嫌なんだ。

 あいつの気持ちがどうあれ、俺は『自分が結婚しないばかりに弟の家族を奪ってしまった』と一生後悔するのは嫌だ。せっかく王宮から逃れたマッシュをまた呼び戻すことだってあまり考えたくはない。
 弟には、望まぬ責任など負わず、自由のもとで生きてほしい。
「王宮でしかめ面して政治に煩わされている姿よりも、一軒家で奥さんと子供とのんびり暮らしているマッシュの方が容易に想像つくだろう?」
「んー、確かに。マッシュはいいおか、お父さんになりそうだもんね」
 今、お母さんと言いそうにならなかったかい。ティナやガウやリルムに接する態度を見ていると分からないではないが、本人には言わない方がいいぞ。
 ……どちらかがそれを負わなければいけないならばマッシュではなく俺が。ずっとそのつもりで生きてきた。血筋に縛られるのは俺で、マッシュは自由な空のもと明るく生きてほしいんだ。
 愛する弟を解き放つために選んだ道……しかし、時々は自分が被害者面をしたかっただけなのではと思えて嫌になることもある。必死になってマッシュを守ろうとすることで、あいつを縛っているのはフィガロの血ではなく俺自身なのかもしれない。
 自由であれというのも、それはそれで酷く難しいんだ。弟が俺のために犠牲になっても構わないと思うならばその想いを抱くのも彼の自由であるはずだ。しかし俺自身は、あいつにそんなことをさせたくない。
 ……俺はマッシュに“自由”という義務を押しつけたっていうのにな。

 レディの前でため息を吐くのは嫌いだ。胸につかえた重苦しいものを無理やり呑み込んで、俺は妙な顔をしていたと思う。だがミズキは、強いてそのことに触れはしなかった。
「エドガーはさ、女好きなのになんで相手が見つからないの?」
「俺はすべてのレディを愛しているからさ」
「はあ、一人に絞れないってわけか」
 王は結婚して世継ぎを作らなければならない。だから結婚したくない。俺の……エドガー・フィガロの妻になるのは、共に義務と責任を背負わねばならないということだ。恋をして、結ばれ、愛を育むために一緒になるわけでは決してない。そんなやり方で愛する女性に幸せを与えられるものか。
 ミズキはその辺りの事情に通じていそうだが、俺の結婚しない理由を知っていつつも気に留めてはいないようだった。
「リルムとか、どうよ? エドガーの好みでしょ」
「確かに好みではあるが、リルム相手じゃまた何年も待たなきゃいけなくなるからね」
「そりゃまあそうだけど。……じゃあ、やっぱ早く世継ぎを作らなきゃってのが問題なのか」
 年齢、身分、教養、能力。見合い話は王妃候補として認められない理由をなんとか見つけ出しては白紙にしている。
 国民も大臣や神官長たちも、俺が好きな女性を連れてくれば、その人が何者であっても喜んでくれるとは分かっているのに。母上だって、結婚するまでは身分を持たない少女だった。

 俺は感情を知らないティナと違って自分の存在に両親の愛を感じられる。彼らが結ばれたからこそ俺はここにいるのだと、この血脈で理解している。しかし……その素敵な恋物語は、俺とマッシュが生まれて幕を閉じてしまったんだ。
 好きになった女性とは結婚したくない。その人を不幸にしたくないからだ。そして俺はすべての女性を等しく愛している。つまり、八方塞がりというわけだな。ミズキはしかし、めげずにまた別の名を挙げた。
「年齢が問題ならセリスはクリアでしょ」
「いや、セリスは……駄目だろう」
「なんで? ロックと結婚してるってわけじゃないし、恋人未満なんだから今のうちはエドガーが手を出しても問題ないでしょ」
 あのロックがようやくレイチェルのことを乗り越える兆しが見えてきたっていうのに、一体なにを言い出すんだ。ミズキは彼の事情を知ってるんじゃなかったのか?
「セリスは花盛りの18歳で、たぶんあれが初恋。ロックだって昔の恋に傷ついたまま時間が止まってたようなもの。二人で幸せになれるならもちろん最高だろうけど、そのために別の道を閉ざす必要もないんじゃないかな」
 他の誰かと結ばれる可能性がゼロになったわけじゃない。恐ろしいほどはっきりと、ミズキは言い切った。

 思いがけない言葉に絶句してしまった。それは確かに、俺もセリスのことを好ましく思っている。本気で口説いたって構わないくらい彼女は素晴らしい女性だ。だがそれは、ロックより先に俺と彼女が出会っていたらというもしもの話で……。
 いや、あり得ないな。帝国を抜け出したセリスと出会ったのが、もしもロックではなく俺だったら。……おそらく、俺は彼女に手を差し伸べたりしなかっただろう。ロックだからこそ彼女の苦しみに気づき、手を差し伸べることができたんだ。
 彼らは互いの存在のお陰で、ようやく前へ踏み出す力を得たところだ。二人とも相手を大切に想っているのがよく分かるから、たとえまだ恋として成就していないのが分かっていても、横から奪い去りたいとは思わない。
 にもかかわらず、ミズキは至極真面目な顔でとんでもない話を続けた。
「物語の恋人同士なら勝手に結ばれる運命を決めつけられちゃうけどさ。生きた感情を持つ人間なんだから、心が揺れ動いてもべつにいいんだよね」
「君は、その、もしかするとロックのことが……?」
「はあ? ……いやいや、べつにあの二人に別れてほしいわけじゃないって。ただもしエドガーや他の誰かがセリスやロックを好きになっても構わないと思うし、あの二人がお互い以外の相手と結ばれてもそれはそれでいいと思うだけ」
 単なる可能性の話であり他意はないという彼女にホッとした。ミズキがロックに惚れていて、だからあの二人に別れてほしがっているのだとしたらどうしようかと思ったぞ。誤解で本当によかった。

 ミズキの考え方は時に奇妙なほど冷酷で、人を心持たぬ道具のように見ているのではと感じることがある。普段の彼女と違いすぎてヒヤリとさせられるんだ。
「でもさ、フィガロ国王の相手としては最適に近くない? 元将軍なら教養ばっちり、政治的な考え方もできるだろうし、エドガーも国政に巻き込むなんて……って負い目を感じなくて済む」
「そのうえ彼女は元帝国兵だ」
「最高じゃん?」
「……かもしれないね」
 ケフカが世界を引き裂き帝国も滅びた今はともかく、かつて多くのフィガロ国民は帝国との同盟を歓迎していた。反対派との間に生じた軋轢も少なくない。多少の混乱はあるとしても、セリスが受け入れられる土壌はある。
 そして大破壊から今日まで行き場をなくしてしまった元帝国人は大勢いるのだ。どこかで妥協点を作り出すとしたら、フィガロの王と元帝国の将軍との結婚は世界にとって象徴的かつ重大な意味を持つだろう。
 もし俺が彼女と結婚したら? その夢想は心が躍る。……あくまでも、夢想であればの話だが。やはり、実行に移したいとは思わない。

 ミズキは真顔で俺を見つめていたが、やがてその表情を和らげた。
「ま、リルムでもセリスでも、ティナでも、一例でしかないんだよ。要は、王妃に相応しいと言える理由なんて後からいくらでも作れるってこと。だったらもう大事なのはエドガー自身の気持ちだけじゃん?」
「確かに。妻となる人に負わずともいいはずの重圧を与えたくない、なんてのは、少し言い訳染みていたかもしれない」
「っていうかさ、エドガーにも好きな人と一緒になる権利があるんだよ。国のため相手のためばっかじゃなく自分の気持ちを優先してもいいんじゃない? じゃなきゃフィガロは気遣い屋ばっかの窮屈な国になっちゃいますよ」
「……耳が痛いな」
 権力に媚びず、しかしその重さを理解して、共に重責を担うことを承知のうえで……なおかつ俺の心を認めて愛してくれる人。言うは易いがそんな人材を探し出すのはなかなかに難しい。どれか一つでも欠けたばかりに、愛した人を不幸にしてしまうのは嫌なんだ。

「あ、あとね、さっきのマッシュの話だけど。私はエドガーも容易に想像つくよ? 子煩悩な父親としての姿」
 またそんな、一歩間違えば口説かれているのかと勘違いしてしまいそうなことを言う。
 正直に言ってこのファルコンに集った女性たちは皆とても魅力的で、自覚さえすれば恋に落ちることは容易い。だから、気軽にそんなことを言わないでくれないか。
「じゃあ、その“一例”に君を加えても構わないのかな?」
 かつてのミズキならば俺は恋愛対象になり得ないと言い切ったであろう。しかし彼女は、悪戯っぽく笑うだけだった。
「生きて瓦礫の塔から帰れたら、私もまた誰かに恋をするかもね」
 誰を好きになっても、好きになった人に手を伸ばしても、いいのかもしれない。振りかかる災いなど払いのけてしまえば済む。今こうして、皆で戦っているように。
 結末を悲劇にはしないと自信を持てる相手ならば、きっといつか結ばれることもあるだろう。今日は珍しくそんな風に信じられた。




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