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灯影を追いかけて


 ファルコン号はツェンの北西にある星型に並ぶ山脈へとやって来た。中心の盆地には古の霊鳥フェニックスの名を冠した洞窟があり、そこには亡きガストラ皇帝の秘宝が奉られているという。……そして、ロックはここに向かったのだとエドガーが教えてくれた。
 内部はとても複雑な構造になっていて、ロックのように遺跡の攻略に慣れた者でなければとても難儀するとミズキが主張したため、用意していたスカイアーマーに乗り込んで多くの仲間と共に洞窟の入り口へと降り立った。彼女はなぜだかフェニックスの秘宝の在処を知っているらしい。皇帝の極秘情報をなぜ、とは思うけれど尋ねはしなかった。
 仲間を信じる。帝国では決してできず、そしてリターナーに身を投じても難しかったそれが、今はできる。見渡せば様々な顔がある。一国を預かる者、故郷を捨てた者、国をなくした者、……私の故郷である帝国を、憎んでいる人もそうでない人も。みんな自分の大切な何かを守るため……己の生き方を貫くために戦いに身を投じている。
 私は私らしくあっていいのだと思える。仲間がそれを許してくれる。だから私は彼らのために戦うのだ。
 ロックの思惑を知っているらしいエドガーもミズキも何も言わないけれど、それでも今の私は信じられる。彼はきっと、前に進むためにここへ来たのだと。

 洞窟の中に足を踏み入れると、目に入ったのは一面の壁だった。
「行き止まりだぞ?」
 見たところ、どこかへ移動できそうな通路などはない。困惑する私たちをよそに、ミズキは床のある一点を指差した。
「マッシュ、そこのスイッチを踏んで」
「スイッチって、こいつか?」
 少し出っ張った岩にしか見えないそれをマッシュが踏むと、岩壁が動き出してカモフラージュされていた扉が開いた。彼が足を離せばすぐにまた閉じてしまう。おそらく、急いで飛び込んでも間に合わないだろう。誰かがスイッチを押している状態で通らなければいけないということだ。
「ってわけで、ここからは二組に別れて行動します。私の方はマッシュとカイエンとモグとウーマロ、そっちはエドガーとセリスとティナとゴゴでお願い」
 なるほど、それでこんなに大所帯でやって来たのね。そして彼女は鞄から無線機を取り出した。帝国軍で使われていたもののようだけれど。
「スカイアーマーからひっぺがしたトランシーバーです。洞窟内だし、どの程度まで届くかは分からないけどあった方がいいと思う」
 いわく、洞窟内では数多のトラップや連動型の仕掛けが施されていて、この入り口のスイッチのように二人以上で協力しながらでなければ進めなくなっているらしい。では奥にいるはずのロックはどうやって進んだのかしら。やはり、トレジャーハンターの面目躍如といったところかもしれないわね。
「じゃあここは私が押しとくから、エドガーたちが先に……ってウーマロ! あんたはこっちパーティだっての!」
「こら、戻るクポ!」
「ウー……あばれたい!」
「ウーマロ殿、壁を壊しては洞窟が崩れてしまうでござるよ」
「……大丈夫かよ、こっちのチームは」
 早く先へ進みたいらしいウーマロが扉のない方の壁を殴って、モグとカイエンに押さえ込まれている。でも少し壁が浮いているのを見た。あっちにも扉があるのだろう。そして、それを開くためのスイッチを私たちが押さなくてはいけない、ということね。
 納得した私たちは早速、開いた扉の向こうへと進むことにした。
「マッシュ、気をつけてね」
「おう、そっちも兄貴に気をつけろよ」
「どういう意味だ」
 苦笑するエドガーと、まだ意味が分からず首を傾げるティナ、その真似をするゴゴが通りすぎたところで扉が閉じる。あっちの皆を進ませるためにも、早く先へ行かないと。

 扉の先は崩れかけた階段になっており、私たちはひたすらそれを登っていく。
「やけに暑いわね」
「なんだか封魔壁の洞窟に似ているわ」
 ティナが言うには、幻獣界へと通じる封魔壁の周辺に作り出された洞窟の奥も熱気に満ちていて、溶岩が流れている場所さえあったという。確かフェニックスは炎を司る不死の霊鳥、その秘宝が置かれているくらいだから、この洞窟にも炎の気配が充満しているのかもしれない。
 階段を登りきると、そこに置かれていた不自然な物体にエドガーが疑いの目を向ける。
「宝箱か? こんなところに……」
『あーあー、聞こえますか〜? 入ってすぐ宝箱があると思うけど、手前に落とし穴があるんで無視しちゃっていいよ』
「今それを見つけたところだ、ありがとう」
 近づいてみる寸前でミズキの声が聞こえてきた。落とし穴か、危ないところだったわね。
『私たちの頭上に出る道を探して、そこのスイッチを踏んでください』
「ミズキたちの頭上ということは、こっちに戻ればいいのかな?」
 階段の脇に、来た方向へ戻る細い通路が続いていたのでそちらへ向かってみる。しばらく行くと開けた場所に出た。ミズキたちの姿は見えないれど、下の方に洞窟の入り口から射し込む光が見える。そして彼女の言う通りスイッチがあったので、エドガーがそれを踏むとまた扉が開く音がした。
『ありがと、今のでこっちのドアが開いた。こんな風に進んでいきます。……全員通ったから足を離していいよ。でもまだその場にいてね』
 扉が閉まる音がして、言われた通りに次の通信を待つ。数分もするとまた無線機からミズキの声がした。
『床からトゲが出るトラップに注意して。こっちで解除してるから、今のうちに元のエリアに戻って次のスイッチを探してください』
「了解」

 通路を抜けて広場に出ると、あちこちからモンスターが飛来してきた。これも三闘神が復活した影響なのか、見たこともない厄介な相手がうじゃうじゃしていて手間取る。そのうえトラップにも注意を払わなければならないとなれば、慎重に行かないと危険だわ。
「レビテトをかけておいた方がいいかしら?」
「いや、敵もかなり強いようだ。魔力は温存しておこう」
「そうね……ミズキたちは大丈夫かしら」
 マッシュとカイエンはともかく、モグやウーマロは戦力としてどの程度期待できるのか分からない。それでもミズキが彼らを連れて来ると決めたのだから、きっと何か意味があるのだろうけれど。
「ミズキ、スイッチを踏んだよ」
『了解ー、そのままちょっと待ってて』
 見たところ私たちの周りには何も変化がないようだけれど、ミズキの方では何かが起きているのかもしれない。スイッチを押してどうなるのかが分からないから、確かに難儀だわ。エドガーもスイッチに乗ったままため息を吐いている。
「厄介な洞窟だな」
「それほど貴重な秘宝が隠されているということでしょうね」
「ミズキはすごいわね。こんな手順を覚えているなんて」
「……確かに」
 こんな場所のことは帝国にいた時だって一度も耳にしなかった。どうやってトラップの仕組みまで知り得たのかは分からないけれど、ミズキが内部の構造を把握していることに感謝しなくては。

 向こうでも次のスイッチを踏んだようで、ミズキから連絡が来る。
『反対側へ行って階段を降りてきて』
 今度はシンプルなのね。スイッチはもうないのかしらと思いながら長い階段を降りて行くと、地下では溶岩の海が広がっていた。なるほど、暑いわけだわ。そして遠くの離れ小島にミズキたちの姿が見える。群がるモンスターをウーマロが吹雪を吐いて追い払っていた。私たちを見つけ、マッシュが手を振っている。
「飛び石を渡って向こうのスイッチを押してくれ!」
 その言葉に従い、溶岩の中から突き出た足場を頼り向こう岸へと渡る。熱気が凄まじいので足場の周囲にブリザラを放ちながらなんとか進むことができた。ゴゴは私の真似をして後に従い、重装備のエドガーが溶岩に落ちるのではないかとハラハラしながら見守って、最後にティナが軽やかに跳んでくる。
 ウーマロが派手に暴れてモンスターの気を引いてくれるので助かったわ。飛び石を渡っている最中に襲われていたら、ちょっと対処する自信がない。
 スイッチを押すと横の壁が動き出し、こちらに迫ってくる。少し驚いたけれど幸いにも私たちの手前で止まってくれた。ミズキたちが遠くから回り込んで橋を渡り、壁の向こうへと消えていく。どうやらこれが動くことで向こう側に通路ができたようね。
 しばらくその場で待機していると、また壁が動き始めて今度はずりずりと下がっていく。私たちのすぐそばに階段が現れた。
『階段を上がったら小島にスイッチが、あーっ! ウーマロ、まだダメだってトゲが出っ』
 途中で切れた無線に私もティナもおろおろしてしまう。あちらの様子が分からないのって、もどかしくて不安だわ。
「だ、大丈夫かしら?」
「とにかく上に行ってみよう」
 平静を装いつつエドガーも階段を駆け足で上がっていく。高低差がありすぎて、階段を登るのがちょっと辛い。私の行動を真似ていたゴゴは疲れまでも真似てしまったようで息を荒げている。たぶん、体力面ではティナかエドガーの真似をした方が楽だと思うと忠告しておいた。

 やっと階段を登りきると、目の前にはちょっとした湖ほどもある巨大な水溜まりが広がっていた。対岸では正座したウーマロをモグが叱っているのが見える。カイエンがケアルを唱えているから、怪我をしたのだろうか。水溜まりの真ん中にあった小島でスイッチを踏むと、ミズキたちがこちらに手を振りつつ対岸の通路を進んでいく。
 どうやらこれもトゲを出さないようにするスイッチだったみたいね。そして私たちが踏む前に突っ込んでしまったウーマロがトゲの洗礼を受けたのだろう。彼女たちが階段を降りて行ってしばらくすると、今度は周りの水が吸い込まれるように消えていった。
『戻って右の方に次のスイッチがあります』
「了解。そっちは大丈夫だったかい?」
『うーん。ウーマロもトゲにやられて学習したからもう大丈夫だと思うけど。説教するモグがコワかわいい』
 先ほど見たのはウーマロの親分だというモグがその無謀な行動を諫めていたところ。確かに、真剣な顔で怒ってるモーグリってちょっと微笑ましく思ってしまうかもしれない。ミズキの雑談を聞いていたティナが甚だ羨ましそうに「ミズキずるい……」と呟いた。
 次のスイッチを押すと崖下に並んでいた大岩が動いて通路が塞がった。これで正しく作動したのかと悩んでいるとミズキたちがやって来て、大岩の向こうを通り抜けていく。こちらが塞がる代わりに彼女たちの道が繋がったのね。
 この場を離れれば私たちも先へ行けるのだろうけれど、ミズキたちが引き返してくるかもしれないので一応は待つことにした。すると無線越しではなくミズキの叫び声が遠くから聞こえてきた。
「げえっ! はちりゅ、うあああ!!」
「ど、どうした?」
 エドガーが無線で呼びかけるけれど反応がなく、私たちは思わず顔を見合わせる。ティナがトランスで大岩を飛び越えて様子を見に行こうかと言い出した時、無線からマッシュの声がした。
『あー、ちょっとでかいドラゴンに遭遇した。なんとか倒したんで大丈夫だ』
「そ、そう、よかったわ。ミズキも無事?」
『気分的に焦げてるけど体は無事だよ。魔法を消しに行くのに無線を俺に預けただけだから、心配しなくていい』
 マッシュの言葉にティナが安堵の表情を浮かべた。それにしても、ドラゴンまで解き放つなんて皇帝は余程ここに人を寄せ付けたくなかったのね。……はちりゅ、う……八竜……? まさか……。 後でミズキに確かめる必要があるかもしれない。

 しばらく待っていると、少し離れた足場にミズキたちが登ってきた。ミズキが魔法を封じたお陰か皆ちゃんと無事でホッとする。
「兄貴! 地下を通ってこっちに合流してくれ!」
「分かった!」
 エドガーがスイッチから離れると大岩の位置が元に戻り、通路が現れる。そこを通って階段を登って降りたところ、地下にはモンスターが溢れかえっていた。エドガーの機械で足留めをして、トランスしたティナと私の氷魔法で一掃してゆく。
「ゴゴ、私の真似をして」
「分かった、お前の真似をする」
 魔石を持っているわけでもないのに、人造魔導士でもないのに、もちろん生粋の魔導士でもないのにどうして易々と真似できるのかは分からないけれど、ゴゴのお陰で単純に魔法の威力が二倍になるので助かっている。モンスターの能力を身につけてしまうガウの特性や、応用性の高いストラゴスやリルムの特技も優れているけれど、一番恐ろしいのはゴゴの物真似なのかもしれない。
 再び階段を登って地上階に戻り、長い洞窟を抜けるとミズキたちのいる場所のすぐ近くに出た。飛び石を渡って合流する。
「これが最後」
 二つのスイッチを同時に踏むと眼前に立ちはだかっていた壁が崩れ去った。この先にフェニックスの秘宝がある。そして、彼もそこにいるはず……。

「ロック!」
 豪華に飾りつけられた祭壇は守護の力が働いているのか塵一つ積もっていない。その前で祈りを捧げるようにしてしゃがみこんでいたロックが私たちを振り返る。
「皆……来てくれたのか」
「無事でよかった……!」
「探していた秘宝は見つかったのか?」
「ああ」
 頷いた彼の手にあるのは、魔石……? もしや霊鳥フェニックスは幻獣だったの?
「魂を甦らせる秘宝……。遥か昔、繰り返される闘争と死に飽いたフェニックスは自らを石に変えたという。伝説は本当だったんだ」
 でも、石にはヒビが入り輝きも失せている。伝説に語られる力が今でも発揮されるのかは分からなかった。
「ロック……、レイチェルを……?」
「俺はレイチェルを守ってやれなかった。真実をなくしてしまったんだ。それを取り戻すまで俺にとって本当のことは何もない……」
 自分の信じてきたもの。大切な人。守りたかった心。戦う理由も……。すべてをなくして、前を向く力を失い、それでも彼は私を助けてくれた。私だけではない。リターナーの人を救い、ティナに手を差し伸べ、仲間のために戦ってくれた。
「コーリンゲンに……一緒に来てくれるか。決着をつけたいんだ」
 ロックが仕掛けを解除したり近道を作ってくれるので帰り道はとても楽だった。カイエンとミズキが頻りに感動していて心が和む。そして私たちはファルコン号に乗り込み、コーリンゲンへと向かった。彼の恋人、レイチェルが眠る地へ。

 村を訪れたのはロックと私だけだった。ミズキは元ブラックジャックの整備士さんを迎えに宿へ行っている。迷いなく足を進める彼の後について、かつて訪れた家の地下にやって来た。フェニックスの力が本当にレイチェルを甦らせることができたら。あるいは、できなかったら……、不安が胸を占めていた。
 眠るレイチェルも床に散らばる花も、以前ここへ来た時とまったく変わらずそこにある。彼女のそばに立ち、ロックは魔石を掲げた。でも何も起こらない。やはり、ヒビが入っているせいなの?
 お願い……フェニックス、レイチェル。彼の祈りを聞いて。どうか彼の心に応えてほしい。自分で自分を許せない時、誰かに許してもらわなければ前に進むことができないの。
 ロックは故郷を裏切った私に手を差し伸べ、居場所をくれた。それでも帝国を憎みきれない心を、迷い続ける私自身を許してくれた。痛みも悲しみも乗り越えて、彼のお陰で私は今ここにいる。そして彼の過去を許してあげられるのはレイチェルだけ……。だからどうか、お願い……!
 知らず私も祈っていた。ロックの手の中でフェニックスの魔石が息を吹き返す。やがて自身の光に耐えられなくなったかのように、魔石は砕け散った。そして彼女の瞼が開かれる。
「……ロック……、会いたかった……あなたと、お話がしたかった……」
「レイチェル!」
 青みがかった灰色の髪が艶やかに色めき、薔薇色の唇が彼の名を呼ぶ。レイチェルは美しかった。眠っている時よりもずっと。……まるで、もはや届かぬ遠い世界の住人であるかのように、人が味わうすべての苦難から解き放たれた美しさを湛えている。
「フェニックスが、少しだけ時間をくれたの。でもすぐに行かなくちゃ……だから、あなたに言い忘れていたことを……」
「お……俺は、君を……守れなかった。どうしてあの時、手を離してしまったのか。どうして……ずっとそばにいてやれなかったのか……って……」
 胸を掻きむしりたくなるような後悔の念が溢れてくる。けれどロックの言葉をレイチェルは優しく受け入れる。行き場のないまま押し込められていた懺悔がやわらかく包まれて、彼女の深い慈愛が罪悪感を溶かしていく。
「私、幸せだったよ。最後にあなたと過ごした日々を思い出したわ。そしてあなたが来てくれたこと、あなたが生きていること、ちゃんと思い出せた。ロックのお陰で……とても、幸せな気持ちで眠りについたの」
「レイチェル……」
「生きていてね、ロック。私、あなたに会えてよかった」
「レイチェル……俺、生きていくよ。君の得られなかった未来を見届ける。お前が好きだって言ってくれた俺で居続けるから」

 レイチェルの体が、まるで最期を迎える幻獣のように悲しい光を放ち始める。
「ありがとう、ロック。私は大丈夫。あなたがくれた宝物があるもの……。この感謝の気持ちで、あなたの心を縛る鎖を断ち切って……、あなたの心にいる、その人を愛してあげて……」
 やがて光は目も開けていられないほどに強くなり、真っ白に染まった視界のどこかであの硬質な音が響く。
「フェニックスよ。蘇り、どうか彼に、力を……」
 ようやく目を開けた時、ロックのそばにレイチェルはいなかった。彼女が眠っていたはずの場所には優しい光を湛えたフェニックスの魔石だけがある。彼はそれを手に取り、じっと見つめた。
「ロック……」
 振り向いた彼の瞳には希望がある。胸の奥が熱くなる。彼の中にあった絶望に、ようやく光が射すのを見た気がした。これがレイチェルの愛した人。そして彼女を心から愛した人。世界を憎む前の、彼の真実……。
「もう大丈夫。行こう。ケフカを倒し、世界に光を取り戻すんだ」
「ええ……」
 強く確かな彼の言葉に頷いて、二人でその家を出る。彼女の残してくれた光を絶やさないためにも、新たな光を紡いでゆくためにも。あの暗い空の向こうへ、行かなくては。




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