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嘘で塗り固めた思い出


 ロックと合流して人数が増えたお陰か、でなければ先程の騒ぎに驚いて遠くへ逃げ去っただけなのかは分からないが、ティナと二人で歩いている時よりモンスターを見かけなくなった気がする。
 灰色の短髪を左右に揺らしながら油断なく周囲を警戒し、安全を確認したのちロックは私に前進を促す。武装したまま気絶しているティナを背負った私の動きは鈍いけれども、エンカウント率が格段に下がったおかげでいつ襲われるかと緊張せずに歩けるのはありがたかった。
 坑道をひた走りつつ前だけ見つめて進むロックはあまり追っ手を気にしていないように見えた。おそらくナルシェはもうガードの動きを追跡から街の防衛に切り替えたのだろう。ティナ一行は尖兵であとから大軍がやって来るという可能性もなくはないのだし、街と幻獣の安全を考える方が重要だ。逃げている私たちとしては追っ手がなくなるのはとても助かる。
 ティナの髪が視界の端にちらちらと揺れている。ロックがまだ名乗ってくれていないことを繰り返し頭に叩き込んでおく。自己紹介はティナが目覚めてから。先に私が名前を呼んでしまうと「なんで知ってる?」なんてややこしいことになる。

 炭坑の出口が近づいていよいよモンスターの気配がなくなったらしく、ロックは先導をやめて私の隣を歩き始めた。ここらが機会だろうか。
「私の素性を話しておくべきですよね?」
「そうしてもらいたいな。俺は彼女が一人で逃げていると聞いてた」
 私がティナと出会ったのは彼女がジュンの家を出た後だった。そしてロックはジュンから情報を得た。だから私は“ここにいないはずの人間”だ。空白を嘘で埋めなければならない。
「私は元々帝国でティナの世話係を勤めていました。この任務にもティナと監視役の兵士二人の世話をするため同行を。戦闘が予想されたため私は別行動で待機していたのですが、予定時刻を過ぎてもティナが戻らないので様子を見に炭坑へ侵入し、ガードに追われていたティナと合流しました」
 非戦闘員である私が襲撃に参加していなかったことは納得してもらえるだろう。ティナたちが現れて厳戒体制のナルシェによく一人で忍び込んで合流できたなと言われると困ってしまうけれど。話しながらついロックの顔色を窺ってしまうものの、そのおどおどした態度が嘘に信憑性を与えてくれることを願う。
「その、監視役の兵士たちはどうしたんだ?」
「私が合流した時、ティナは一人でした。ガードにやられたのでなければ凍り漬けの幻獣との接触中に問題が起きたのではないかと」
 ロックは値踏みするように私を見つめていた。言葉に虚偽がないか、自分の持つ情報と矛盾しないか。ここで彼の警戒を解いておかないと、おそらくもっと難物であろうエドガー相手に騙しきれなくなる。
 それでも彼らは主人公、つまり物語上のヒーロー、根本的に人格者であるはずだから同情心に訴えかければ私への疑念は和らぐと見ている。

「それで……ミズキ? 君の立場はどういったものだ? ティナを連れて帝国に帰還するつもりなら、悪いが阻止させてもらうぜ」
 どうなんでしょう。ティナについてはケフカ直々にフィガロまで迎えに来るくらいだから一度の任務失敗で捨てるほど安い駒ではないだろうから、私が本当に帝国人ならティナを連れて帰るのが正解だ。しかし“ティナの世話係”やビックス&ウェッジみたいな一般兵は、のこのこ帰ればあっさりクビが飛ぶものと思われる。
「……お察しでしょうけど私は帝国にとって捨て駒なので、帰りたいという気持ちはありません。でも、そちらの思惑も分からないままティナを引き渡す気もないので」
「帝国じゃなく、彼女一人に忠誠を誓うってことか」
「ティナは魔導兵器として扱われていました。その待遇を私が快く思っていたとでも?」
 もしも帝国において私の地位がきちんと保証されているものだとすれば、あっさりティナを連れて逃げ帰ってしまうだろう。完璧にティナ寄りの立場であること、帝国へ連れていくつもりなど更々ないことをロックに印象づけておかなければならない。

 言いにくいことを思い切って今から言います的な咳払いと小芝居を挟んで、ツッコミが入らないよう一気に捲し立てた。
「まず今回の幻獣強奪任務における私の役割について説明しますね。そもそも操りの輪を嵌められたティナには強力な兵器として有用な反面、誰の命令でも疑いなく聞いてしまうという欠点がありました。彼女を制御するために監視役の同行が必要になるわけです。でも従順で無抵抗な可愛い女の子を相手にその監視役の男どもがナニをヤりたがるかなんて自ずと分かりますよね? とにかく帝国の大事な秘密兵器なので彼女の人格などこれっぽっちも顧みない皇帝でさえそんな事態は避けたかった。だから私が監視役の監視兼代用品として同行して、」
「分かった! もういいよ……余計なこと聞いて悪かった」
 べつに嘘っぱちだから謝ってもらうことはないんだけれども。むしろ私の方こそ謂れのない不名誉を押しつけてしまったビックスとウェッジに土下座するべきだろう。ティナにビビってたくらいだからあいつらはきっとそんなことしない。そんなエロ同人みたいなこと。
 まあとにかく、気まずそうに頭を掻いてるロックは私の嘘を信じてくれたようだ。私がティナを帝国に連れて帰りたいわけがなく、一人でだって戻ろうとはしないだろうと。

 これで、どうしてティナと一緒にいるのかという問いに私が黙っても怪しくない理由ができた。はぐらかすのは辛い目にあったからだと勘違いしてもらえれば敢えて追及しようとは思わないだろう。女性に優しいエドガーもそうしてくれるといいなぁ。
 戦闘経験がなく、世間知らずで、ティナと親しく、なおかつ帝国内部の人間にも存在が知られていない、私はそんなキャラクターでなければいけない。ロックに怪しまれないように。そして後々セリスたち関係者に突っ込まれないように。
 帝国でティナの世話係をしていた。操りの輪をつけている間は特に、彼女は自分の意思では何もできなくなるから身の回りのことを受け持つ人間が必要になる。これが私だ。
 ティナは魔導兵器だった。兵器に人間らしさなんていらないから、無駄な感情が育たないように接触できる人間を必要最低限に絞っていた。彼女の私生活、世話をしていた私の存在を知ってるのは、皇帝陛下と魔導師ケフカくらいだ。……この世界での、ミズキという存在。
「……」
 ロックは眉間にシワを寄せてこの情報を吟味していた。矛盾を見つけられ、追及されはしないかと心臓が激しく脈打っている。
 真実味のある嘘にはなっていると思うんだ。セリスだってティナの顔は知ってるという程度の関係だったようだし、魔法研究の重要人物であるシドでさえ、セリスに対しての罪悪感は描かれつつティナとは会話する機会もない。
 帝国でのティナの私生活は謎に包まれている。ケフカが彼女に関する権利を独占していたはずだ。それはおそらく事実。そうして私の存在が彼の公認であることを匂わせておけば、仮にレオ将軍あたりに出会った時に私の存在を訝しまれても「あんたには知らされてなかっただけ」と言い逃れができる。

 不意に立ち止まったロックが真正面から私を見据えた。嘘をついている疚しさに良心が悲鳴をあげて思わず目を逸らした。……小細工を弄しても根本的に胆が据わっていないのが欠点だ。
 これが見抜かれて、本当は異世界から来ましたなんてヘラッと喋って、怪しいやつだと見捨てられ、ここに放って行かれたら、きっと私なんてすぐに死んでしまう。ティナの一閃で呆気なく散っていったウェアラットみたいに。
 死にたくない。少なくとも、誰も私を知るもののない世界では。だってこんなところで死んでしまったら、私という存在が本当に生きていたってことさえ誰にも証明してもらえない。
「ベクタに戻るつもりがないのは分かった。……ティナについて来たいか?」
「はい」
 他に道はない。私はこのゲームをクリアしなければならないんだ。
 しかし私の嘘の弱点は「リターナーに必要なのはティナだけ、命は見逃してやるからお前は帝国にでもどこにでも勝手に行け」と言われたらどうしようもないところにあった。
 兵士ではないから殺されはしないだろう。一応、帝国におけるティナの扱いの悪さを仄めかし、この任務上で私が負っていた役割を非道なものに仕立てあげて同情を誘ってみたつもりだが……。あとはロックの優しさに賭けるしかない。そして、彼が出した答えは。
「ティナを連れ帰らせるわけにはいかない。一人で帝国に戻っても、きっと罰を受けるだろう。でも君の家族は帝国領にいるんじゃないのか?」
「え……」
 一緒に来たら家族には会えなくなる。それどころか大切な人たちと敵対する可能性もある。ロックはそう言って、気遣わしげに私を見た。
 そんなこと考えもしなかった。だって私の家族は帝国にいない。大切な人どころか見知った者は一人もいない。なぜなら私が帝国の人間だなんて大嘘だからだ。
「家、は……ないんです……、どこにも……家族はいない。だから帝国に帰る必要はありません」
 身を守るために吐いた嘘が真実を切り裂いてゆくようだった。私を気遣ってくれるロックの、過ぎた優しさが痛い。

 出会った時とは打って変わって警戒心のない視線を寄越すロックはたぶん誤解している。嘘であり真実でもある私の言葉を。
 考えてみれば、話の流れからしても私に身寄りがないのは自然なことだ。帝国が孤児を拾って使い捨て同然の扱いをしているのだと、ティナに余計なものを与えないために天涯孤独の女を世話係に選んだのだと……そんな風に考えたのだろう。確かにそれっぽい設定だ。
 私に家がないのは本当だった。家族がいないのも。ただし、この世界に存在しないだけなのだ。エンディングを迎えてあちらの世界に帰れた瞬間それらはすべて嘘になる。だけどもし帰れなければ真実にもなってしまう。
 どんなに心苦しくても私は嘘を押し通さなければならない。
「今までの話、ティナには言わないでほしい。できれば他の誰にも」
「なぜだ? もちろん吹聴したりはしないが、ティナは君のことを知ってるんじゃないのかい?」
「それは……」
 記憶喪失の彼女は自分の世話係のことなど知らない。だからこそ通る嘘でもある。どうせ覚えてないのだからわざわざ嘘を吹き込む必要はないだろう。ロックが私の素性を“知っていながら黙っててくれる”ことが重要なんだ。
 私が何かを言う前に、背中のティナが小さく唸って身動ぎした。
 意識を取り戻した彼女に状況を説明し、記憶喪失のことを知ったロックが衝撃を受けている間、私はただ自分の身勝手な嘘から目を背けるのに必死だった。




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