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愛しきライアー


 ファルコン号はコーリンゲンから南の大陸に降り立ち、最初に見つけたのはマランダの町だった。どうやら三闘神のせいでジドールまで陸続きではなくなったらしい。
 このマランダから西へ行けばオペラ座とジドールがあり、ゾゾ山脈の北で陸地が途切れコーリンゲンとは別たれている。
 つまり……ジドールとの交易において港の発達したサウスフィガロが優位に立てそうだ、などと考えてしまう。尤もそれはケフカを倒して世界に平和を取り戻したあとの話だが。
 マランダの町もやはり活気に満ちているとはいかない。しかし荒廃してゆく大地にあって他の町よりは人々の顔に希望が見られるように思えた。その原因は高台にいる一軒の屋敷にあるらしい。
 前に立ち寄ったのはまだ封魔壁が開かれていない頃だったか。もはや随分と昔のことに思えるが、その時に、恋人が帝国に徴集されて前線へ送られたという女性がいた。
 名前はローラ……彼女の家の花壇にはたくさんの花が咲いていた。近づいてよく見ればそれは造花だった。しかし大地が腐り果てて花の咲かなくなった世界に、その花は確かな希望をもたらしていた。
 花を作り出し、咲かせようとする、そんな心を持った人がまだ存在しているという事実が前に進む力を与えてくれる。

 家を訪ねると彼女はマッシュとミズキのことを覚えていたようで、にこやかに挨拶された。
「ローラさん……」
「見て、手作りの造花……モブリズにいる彼が送ってくれるの。とても嬉しいわ。この花が、美しかったマランダを取り戻せると……、まだ世界には希望が残されていると、教えてくれる」
 ジドールが近いこともあるのだろうが、やはり他の町や大陸と繋がっていれば絶望にも侵されずに済むのだろう。遠く離れたモブリズの村が今も無事で、彼女の恋人が元気に暮らしているのだと、その事実が町全体の空気を明るくしている。
 ……しかし、彼女の話を聞いたマッシュとセリスは表情を暗くした。この二人は元帝国領からニケアに北上してきたのだったな。モブリズにも立ち寄ったのだろうか?

 ミズキはローラから手紙を受け取り、その文面に目を通している。他人の手紙を読むなど……とは思いつつ好奇心に勝てず、俺たちも手紙を覗き込んでしまう。
ーー愛するローラへ。村の再建も一区切りついた。そろそろ国に帰ろうと思っていたところでござる……。
 顔を見合わせ、皆して同じことを考えつつも口には出せなかった。
「……この文章って……」
 ござるなんて言うのはカイエンくらいだ。そういえば彼もマッシュと一緒にモブリズでローラの恋人と会っていたのだったな。

 困惑する我々に不思議そうな顔で首を傾げつつ、ローラは封蝋をした手紙をおずおずと差し出してきた。
「あの、よろしければ彼への手紙、伝書鳥のところへ届けてくださいませんか?」
「もちろん。レディのお願いとあれば」
「ありがとうございます」
 手紙を受け取りローラの家を出る。充分に離れたところでマッシュとセリスは気まずそうに足を止め、俺とセッツァーもつられて立ち止まった。
「モブリズは、裁きの光を受けて……」
「あの兵士さんは亡くなってたんだ。たぶん、手紙は別の場所から届いてる」
 ……それで暗い顔をしていたのか。
 見ればローラの家を彩る造花は一つ一つ丁寧に作られている。伊達や酔狂ではこれほどのものを送り続けることなどできまい。おそらく送り主がローラの心を慰め、救うために丹精籠めて作ったのだろう。

 その送り主がカイエンだとして、どこから手紙を送っているのか? ミズキがローラの手紙を鳥の足にくくりつけると、伝書鳥は北西の方へと飛び立っていった。
「あっちは、ゾゾだね」
 嘘つきだけが住む町……どうもカイエンには似合わないが、そこにいるのだろうか。ミズキはオペラ座に行く予定だったらしいが、どうせ近いからと先にそちらへ行くことになった。

 ゾゾの町は世界の崩壊も瓦礫の塔のことも素知らぬ顔で、以前とまったく変わらぬ姿でそこにあった。雨が降り頻る陰惨な景色、足を重たくする濡れた地面。何もかも同じだ。
 この景色を見て安心感を得られるとは思いもしなかったとセリスが苦笑する。ちなみに、ファルコンの微調整を建前として雨に濡れるのが嫌なセッツァーは船に残っている。
 まあ、カイエンを迎えに行くだけなので来なくても構わないんだが、相変わらず協調性のない男だな。悪友とやらの墓ではさすがに神妙な顔をしていて心打たれたのだが、いつも通りの船長に戻って何よりではある。

「おいミズキ、風邪引くなよ? ちゃんとフード被れ」
「分かってるよ。お母さんかよ。心配するなら私よりセリスでしょ」
「セリスはお前と違ってちゃんとしてるからいいんだって」
「ぐぬぬ!」
 呆れるほど微笑ましいやり取りにセリスがまた笑っている。
 出会った当初と比べるとよく笑うようになった。彼女は南にある孤島で目を覚ましたらしいが、そこにミズキがやって来たのだとか。彼女が目覚めてすぐに仲間と出会えたことを嬉しく思う。一人で絶望せずに済んだからこそ、今こうして笑っていてくれるのだろうから。

 ファルコンの甲板で見たあの伝書鳥は町の北にある山へと向かったようだ。雨に冷え切る体を時々は建物内で休ませつつ山を目指す。カイエンの姿はもちろん、ゾゾに住んでいた盗賊たちの姿も見当たらないことにミズキが憂えた顔を見せていた。
 彼女はティナと共にここへ来た時、幻獣ラムウを始め町の住民と関わりを持っていたのだ。無人のゾゾに不安を感じているだろう。
「こういう世の中では彼らのような強かでしぶとい者の方が生きやすい。どこかに移住したか、出かけているんだろう」
「うん……そうだね。ジドールとの力関係も変わってきたし、タカりに行ってるのかも」
 きっと無事さと俺が言えばミズキは「ありがとう」と笑ってくれた。他人を励ましているばかりではなく彼女も弱音を吐いてくれればいいのだが。最近は、マッシュにもあまり愚痴を言っていないような気がする。

 ゾゾ山の麓は地滑りで断崖と化しており、登ることができない。どうやらビルのバルコニーから崖上の登山道に飛び移れるようなのだが、その部屋に入るためのドアが錆びついて動かなくなっていた。
 蹴破れない頑丈なドアを開けるため、マッシュとセリスが町に錆取りでもないかと探しに行ってくれた。
 ……いや、俺とミズキも分担して探す予定だったのだが、彼女がドアの前から動かないので俺も倣ってこの場で待っている。こういう地道な作業は真面目な二人に任せておけばいいだろう。
 それよりも、セリスのいない今がミズキに話を聞くチャンスだった。
「ミズキ、ちょっといいかな」
「はい?」
 以前の彼女は自分の秘密を探られることを恐れて俺と二人きりになりたがらなかったものだが、ニケアで再会してから彼女に壁を感じることはなくなっていた。
「君はガストラの秘宝の在処を知っているかい?」
「秘宝って? そういう機密事項はあんまり教えられてないんだけど」
「失われた魂を肉体に呼び戻すという……、フェニックスの洞窟なる場所に隠されているらしいんだが」
 途端にミズキの顔つきが変わる。やはり知っているようだ。俺もロックの目当てがそれだとは知っているが、詳しいことは分からない。……もちろん、セリスに聞くわけにもいかないしな。

「もしかして、どっかでロックに会った?」
「ああ。ニケアで“ジェフ”になる前にね。蛇の道で別れたんだが、あいつはフェニックスの洞窟へ向かうと言っていた」
 宝を手に入れて心に決着がつけば合流する、とは言っていたが、強欲なガストラが隠した財宝をそう容易く奪えるとも思えない。今はファルコンもあることだし、できれば手伝ってやりたいと思っている。
 しかしミズキは難しい顔で考え込み、「まだ無理だ」と首を振った。
「場所は分かるけど、このメンバーじゃロックのところへ行くのは難しいと思う。もう少し仲間を集めてからにしよう」
「そうか……」
 彼が生きていてそこにいることも、その行動にどんな理由があるのかも知り尽くしているような言い様だな。……しかし、もうそのことに触れるつもりはない。問い質したいわけではなく、彼女自身の意思で話してほしいだけなんだ。
 ミズキがまだ行かないと言うくらいだから、ロックも無事なのだろうと信じられる。ならば早く他の仲間たちを探すことだな。

 ゾゾ山に入ると雨雲も途切れ、足元は幾分か歩きやすくなった。モンスターを避けつつ登っていくと、なにやら洞窟に人の住んでいる形跡を発見する。
「カイエンかな?」
「書きかけの手紙がある」
 ミズキはそれを無遠慮に開き、俺たちに読み聞かせた。
「これまで嘘を書き続けてきた。しかし真実から目を逸らすのは終らせねばならぬと思い、筆をとっている。あの若者はもう、この世にいない。拙者が代わりに手紙を書いていたのだ。すまない……。過ぎ去ったことに縛られ、未来を無駄にするのは容易い。だが、それは何も生み出さぬ。前に進むことができぬ。もう一度、前を見ることを思い出してほしい。愛するということを、思い出してほしい……」
 亡き恋人からの手紙に縋っていたローラと同じく、カイエンもまた彼女に誰かを重ねていたのだろうか。

 山頂につくとカイエンがいた。その向こうでは“あの日”から世界を覆っている雲を抜け、見渡す限りに青空が広がっている。ただ隠されていただけで、光は今もここにあったのか。
「カイエン!」
「マッシュ殿! 皆、無事であったか……」
 こちらを振り返った彼の表情は、苦いものを湛えつつも深い決意があらわれていた。
「拙者も行こう。世界に光を取り戻さねば」
 ああ、そうだ。立ち込めた暗雲を晴らし、また皆でこの美しい空を見上げるためにも。

 洞窟内と山頂のそこかしこに咲く造花を一輪、手に取ってマッシュが尋ねる。
「気になってたんだけど、この花もカイエンが作ってたのか?」
「こ、これは……いや、その……ちょっとした、趣味の一つでござる」
「うまいもんじゃないか。意外にも器用だな」
「むむっ! マッシュ殿! ……本当でござるか?」
 からかわれて怒ったものの、若干の嬉しさもあるようだ。しかしどちらかといえば不器用に思えるカイエンにこんな特技があったとは確かに意外だ。特技であったならば、の話だが。
 ドマの侍は非番の日に内職でもせねば食い扶持を稼げない、と聞いたことがある。妻帯者であったカイエンもそうして妻子を養っていたのだろうか。趣味ではなく仕事だとしたら。いろいろな意味で、なにやら物悲しくなってくるな。

 彼は先ほど俺たちが盗み見てしまった手紙を手に、伝書鳥の足へとくくりつけた。
「いつぞやの手紙の娘が気になってマランダへ行ってみたのだ。娘は、返事など来ないことを知っていながら、それでも毎日手紙を書いていた。……拙者は、見るに見かねて……」
 そうか。ローラも知っていたのだな。
 考えてみれば当たり前のことだ。マランダを飛び立った鳥はモブリズではなくゾゾに向かっていた。彼女は鳥の行く先を見るのが怖くて俺たちに手紙を預けたのだろうか。あるいは、他人にその事実を見せることで自らの嘘に向き合おうとしていたのか。
「手紙を書きながら、あの娘と同じように拙者も自分を騙しているのに気づいた。本当は、前を向いていないことに……」
 もう、目を逸らすまい。カイエンの決意を抱えて、伝書鳥が最後の手紙を運んでゆく。ローラの待つマランダの町へと。

 洞窟を引き払って支度を整えながらカイエンが話してくれたところによると、彼は一ヶ月ほど前にマランダの町でガウと会ったそうだ。
「ガウ殿は『ケフカを倒すために強くなる』と言って……、おそらく獣ヶ原に向かったのでござろう」
 あれもまた野生児らしく強い心を持っているな。しかしここでミズキが首を傾げた。
「ここから獣ヶ原までかなり遠いけど、どうやって行ったんだろう」
「拙者が見た時は海の上を走っていったでござるよ」
「に、忍者!?」
 想像を越えた野生児っぷりだ。元々ガウはマッシュとカイエンが舌を巻くほどの戦闘力を有していたのだから、それが人間らしい心の在り方を学んで修行しているとなれば、ケフカと戦うにあたってかなり心強い味方となるだろう。早く迎えに行ってやらねば。

 カイエンの荷造りを手伝っていたセリスが、なにやら不審な箱を見つけた。中には本が詰まっている。ゾゾを抜けて持ち帰る時に濡れないよう、箱に入れておいたのだろうか。
「これは……」
「そ、その本は置いていくでござるよ!」
 慌てるカイエンに何かを察したらしいマッシュが近寄ってきて本を次々と取り出した。
「なになに、『誰にでも分かる機械』『マンガで学ぶ機械』に……『これで機械音痴が治る!』と『機械のすべてが分かる本』……カイエン、気にしてたのか」
「う、うう……」
 箱の中にはまだ数冊残されている。ミズキが更にもう一冊を手に取って眺めているのを俺も後ろから覗いてみた。これはまた、肌色の多い“参考書”だな。
 感心の声をあげる俺たちを不審に思ったのか、マッシュもそれを覗き込んでくる。そして中を見るなり慌てて箱の中に戻した。ミズキは平然としているのだが、なかなかの良書だと思う。
「ねえマッシュ、ちょっとエッチな本が想像ほどエッチじゃなかった場合、どうしたらいい?」
「知るかよ!」
 ……彼女は一体どんな本を想像していたんだ?

 カイエンと共に山を降りてゾゾを抜ける。やはり真相を知ったローラの様子が心配なので、ファルコンに戻る前にマランダを訪ねてみることにした。
 彼女は手紙を胸に抱いて空を眺めていた。厚い雲に阻まれ、未だ光の見えぬ暗い空を。
「……このお花や手紙が彼からのものではないこと、本当は分かっていたんです。彼は春に帰ると言っていた……、鳥は私の手紙を持って帰ってきたのだもの……」
 それでも彼女は手紙を送り続けたのだ。いつか……いつか、待ち望んだ返事が来ることを信じて。その日が永遠に来ないことを認められずに。だが今、真実を知った彼女の瞳に絶望の色はない。
「認めるのが怖くて、自分に嘘を吐いていました。……でも、この人が手紙を送ってくれるようになり、それを読み続けるうちに心の傷が癒えてきて……。きっと、この人も私と同じ傷を抱えた人。できれば、お会いしたい……」
 きっとカイエンがいなければ彼女は今もモブリズに手紙を送り続けていたのではないか。静かに、ゆっくりと、だがまっすぐに真実を受け入れられたのは、同じ痛みを抱えた者が彼女の嘘を受け止めてくれたからだ。
 縛られることを望むほどに大切だった過去を悼み、束の間、光から目を背ける時間があったからこそ眼前にある真実にも耐える強さを得られた。

 マッシュが手紙の主の名を教えようとするのを制し、カイエンはそっと彼女に告げた。
「前を向いて生きなされ。光は前からやってくる……」
「前を向いて……、光のくる方へ……。……私、頑張ります」
 いとおしく優しい嘘のお陰で、二人とも前を向く力を取り戻せたんだ。




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