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引きちぎられた黒翼


 フィガロ城を使ってコーリンゲン地方へと渡ることになった。地形が変わってるのになぜ移動できるのか気になったけれどさすがにその秘密は教えてもらえなかった。ただ、ちゃんと座標を把握する方法はあるようで「この辺かなって思って出てみたら海だった!」なんて事故は起こらないそうだ。よかった。
 どうでもいいっちゃいいのだけれど、今のパーティメンバーはせリスとマッシュとエドガーの三人だ。モブリズでティナがすぐに加入しないのはセッツァーをパーティに入れるためだったのだなと気づいた。彼女が芽生えかけた感情に戸惑って村に残る流れが自然だったから、そんなシステム的な事情なんてプレイ中は考えもしなかったよ。

 さて、では早速宿屋に……、と思ったら例の畑の近くにひっぺがしおじさんがいたので先にそちらへ行ってみる。
「ダンさん」
 小走りに駆け寄ると、畑を見下ろしていた彼は顔を上げてこちらに手を振った。ジミーさんはちょっと痩せてたけどダンさんはわりと元気そうな顔をしている。というか、べつに崩壊でへこたれている感じもない。年寄りだけど精神的には一番打たれ強いな。
「ミズキ。生きていたか」
「お陰さまで。ジミーさんがニケアにいましたよ。今は移動してると思いますけど、無事です」
「そうか。ルーカスはジドールに行ったよ。なんとか全員、生き延びたようだな」
 ルーカスさんも大丈夫だったか。これで全員……まだモーグリたちやアイシャちゃんを追っかけてた兵士など安否の気になる人もいるけれど、少なくともブラックジャックの乗組員は守りきることができたんだ。
「船長は?」
「うーん……無事は無事だよ」
 ダンさんはちらりと宿に目を向けつつ言葉を濁した。まあ酒場で飲んだくれてますよとは言いにくいわな。
「種は植えたが芽は出ない。世界はツキに見放されちまったのかねえ」
「風向きを変えればまた陽も射すし雨も降りますよ」
「人に運命が変えられると思うのか?」
 運命が変わるのか否かは問題ではないのだ。重要なのはそれが自分の意思のもと行われているかどうか。立ち直る気力が残っているならまだ勝負は終わっていない。だから絶望も後悔も、まだしない。
「人生は一番勝負なり、指し直すこと能わず。どんな運命であれ全力を尽くします。私はこのゲームにすべてを賭けた。死ぬまで、勝ちを諦める気はありません」
「お前さんもギャンブラーだな」
 ダンさんは渋く笑って宿を顎で示した。
「船長を頼むよ。おっさんに慰められるよりお嬢さん方の話を聞きたいだろう」
 え……“方”ってことは私もお嬢さんの範疇に!? やだ、ダンさん素敵。今まで気にも留めなかったけど急に男前に見えてきたよ。ケフカに言われた時はおぞましさしか感じなかったのだがな。

 今度こそ、我らが船長が草臥れているはずの酒場へ突入する。私が最初に会った時のごとくテーブルを占拠してワイングラスを傾けているセッツァーを見つけ、セリスは嬉しそうに駆け寄って行った。
「セッツァー!」
「よお。お前らも生きてたか」
「ゴキブリ並のしぶとさが取り柄です」
「ミズキ……レディなんだから他にたとえはないのかい?」
 じゃあ地衣類並のしぶとさでも名乗ろうか? 宇宙空間でも一年くらいは生きられるぞ。このゲームでは幸か不幸か宇宙に行かないけどね。入り込んだのが他ナンバリングだったら危なかったかもしれない。そんなどうでもいいことを考えている私をよそに、セリスは笑顔を浮かべてセッツァーの手を取った。
「また一緒に行きましょう。ケフカを倒しに!」
 なんだろう、ティナが大人になっていくのと比例するように、セリスは置き去りにして来た少女の頃を取り戻しているかに思える。近頃の彼女はとっても無邪気だ。
 私やエドガーだったら即堕ちの最強スマイルにも惑わされることなくセッツァーは握られた手を振り払い、倦怠感を振り撒いている。やはりブラックジャックを失った傷は相当に深い。分かっていたことではあるが、胸が痛む。
「もう何をする気力もねえよ。そもそも俺はギャンブルの世界……人の心にゆとりがあった、平和な世界に乗って生きてきた男だ。そんな俺に、この世界は辛すぎる」
「でも……、世界が引き裂かれる前に、あなたは必死に戦ってくれたじゃない」
「それは翼があったからできたのさ。俺はもう夢をなくしちまった。あんただって、船がなきゃ俺に用はねえだろ?」
 命をそっくりそのまま賭けたのだから負ければすべてを失ってしまう。でも私たちは未だすべてを失ったわけじゃない。生きている。それはつまり“まだ負けと決まったわけじゃない”ってことだ。
「負けにしちゃっていいんですか、船長。まだ手札は残ってますよ」
「こんな世界のどこに夢を見出だせってんだ」
「こんな世界だからこそ、もう一度……私たちは夢を追わなければいけないのよ。世界を取り戻すという夢を」
 もう一度。何度でも。勝てるまで挑み続ければいい。負けを認めない限り、何も終わりはしないのだ。
「ふ……、だったら付き合ってくれるか? 俺の夢に」

 コーリンゲンの南の森にダリルの墓の入り口が隠されていた。ナルシェの洞窟にも隠し扉があったはずだが、ここも同じだろうか。単なる崖に見えたところをセッツァーが探るとカモフラージュされていた扉が開く。その存在を知っていなければ見落としてしまうだろうな。
「大したヤツだぜ。世界がひっくり返っちまったってのにビクともしちゃいねえ」
「ここは……?」
「俺の、悪友が眠る場所さ」
 ん? ん? 待てよ。何だこれはどういうことだ。一人で混乱する私にマッシュが「問題発生か?」という顔を向けてきたので慌てて首を振る。問題はない。むしろなさすぎるのが問題というか。……ダリルの墓、ダンジョンじゃない。モンスターがいないのだ。見る限りこれはセッツァーが作ったダリルの墓ではなくて……造船所、に見える。
 予想外の展開に反応できないまま黙々とセッツァーのあとをついていく。やがて大きな扉に辿り着いた。静謐さを保たれた部屋の中には棺があり、セッツァーがその表面に彫られた文字をなぞると隠し扉が開いて階段が現れた。彼女の遺体がファルコンを守っている、ということか。
ーーダリル、ここに眠る。
 その文言が私に更なる混乱をもたらす。死者の魂が霊界へ行くならここで眠る彼女は誰なんだろう。……元の世界に私の肉体が存在しているとしたら、今ここにある私は何なのか。
「ダリルさんは、どうして……?」
「……命よりも夢をとったんだ。雲を抜け、世界の誰よりも、一番近くで星空を見るために」
 尋ねるせリスの声も答えるセッツァーの声も、自分の足音さえ遠く聞こえた。

 ファルコンが眠る場所へ、長い階段を降りながらセッツァーはダリルとの思い出を振り返っている。
「俺はファルコンを整備し、大地の下に眠らせた。だが、もう目覚める時なのかもな。あいつの夢を叶えるためにも」
 世界最速の鳥の名を冠した飛空艇に乗り込み、操舵輪を握る。セッツァーの目が輝いた。たぶん、ブラックジャックを失ったからといってファルコンを代わりにすることはできなくて、一度も勝てなかった相手の船で空を駈ることには計り知れない葛藤があるのだろうと思う。
 それでも、再び空へと飛び立つセッツァーの瞳には歓喜が溢れていた。それはきっと、大地で眠りについているよりも素晴らしいことだ。
「また夢を見せてもらうぜ……、ファルコンよ」
 船の限界に挑み、夢に命を賭して、誰よりも近くで星空を見たダリルは果たして賭けに負けたのだろうか。少なくとも彼女は夢を叶えたんだ。何が敗北かなんて、どこで世界が終わるのかなんて、その人にしか知り得ない。死ですら終わりではないのかもしれない。
「俺たちにもまだ夢はある。いや……夢を作り出せる」
「そうだな。この世界で、まだ生きてるんだ。何だってできるぜ」
 ドックが開かれファルコンは空へと飛び立った。未だ厚い雲が覆い尽くす暗い空を、白い鳥が飛んでいくのが見えた。
「セッツァー、追って!」
「どうした?」
「分からない……けど、あの鳥の行く先に仲間が待っていそうで……」
 あれはロックが助けた鳥だろうか。カイエンの手紙を運ぶ鳥なのだろうか。それとも、肉体の束縛を離れて自由になった、亡き人の魂か。私にはあれが墓を出て解き放たれたダリルに見えた。
「……友よ、安らかに」
 私もじきにそこへ行くだろう。こっちに残るなら……そう、元の世界に帰らないのなら、喪い、守りきれなかった人たちと同じところへ行けるのだ。いつかは私も……この世界で死を迎える。

 白い鳥を追うようにファルコンは南を目指して飛んでいる。シャドウはリルムたちを見つけただろうか。あとでダンさんを迎えに行かなきゃいけないし、ルーカスさんの顔も見たい、ニケアとモブリズにも行かないと。先の予定を組み立てながら、隣に立って落ち着かなそうにしているマッシュを振り向いた。
「なんか言いたいことある?」
 ダリルの墓……というかコーリンゲンに着いた辺りから物言いたげな視線をしょっちゅう向けてくる。あまり迷いを抱かないマッシュは私が水を向けるとあっさりそれを尋ねてきた。
「ミズキ……、お前もしかして、元の世界に帰ること諦めたりしてないよな?」
 おー、鋭いねー。頭で考えないくせに人の思考に敏感なんだものな。下手に肯定してしまうと私が武器を持つようになったせいだとか、世界が崩壊したことへの罪悪感だとか思われかねないので困ってしまう。もちろんそれだって一つの理由ではあるのだけれど。
「……マッシュってさ、ある意味エドガーに城を追い出されたようなもんじゃん? あの時に『コインなんかで人生決められるか!』って反抗しようとは思わなかったの?」
 関係ない話を始める私を責めもせず、マッシュは素直にその問いに答えてくれる。
「ないなぁ。俺は、とにかく兄貴と継承権を巡って争うなんてのだけはまっぴらだったから、一緒に行けないなら一人で出て行くしかないのは分かってたよ。兄貴と二度と会えないのは悲しくて堪らなかったけどさ」
「……二度と会えないって、思ってたんだ」
「そりゃあそうだろう。あの頃のフィガロは今じゃ考えられないくらい不安定だったんだ」
 二人とも国を捨てるか、どっちかがいなくなるか。これが絶対の条件だった。だから行く末をコインに賭けるのもいいかと思ったらしい。
「エドガーはコインの仕組みを知ってたけど、マッシュは知らなかったのに。考えてみりゃギャンブラーな思考だよね」
「そうかな。まあ、自分で決められないことなら運命ってやつに任せてみるのもいいかと思ったんだ。だって、それに従うかどうかは自分の意思だろ?」
 たとえ決められた運命の中でも自分の意思で生きることはできる。私はそこへ辿り着くまで随分と長い時間をかけてしまったけれど、マッシュは子供の頃からそれを知っていたのだ。

 財布から一枚の硬貨を取り出してみる。運命のコインなんかじゃなく、何の変哲もない普通の1ギル硬貨。
「表が出たら私は帰らない、ってのはどう?」
「え……ちょ、ちょっと待っ……!」
 あわてふためくマッシュを無視してそれを宙に放り投げ、キャッチ。手のひらを返してみると。
「あらま、裏だわ」
 幸運と捉えるか不運と捉えるか、それは私次第だ。絶句しているマッシュは表が出ることを望んだのだろうか?
「まあ裏が出たら帰るとは言ってないんだけどね」
「おい、からかってんのかよ?」
 最初はもちろん帰ることを望んでいた。あちらの人間に戻るために、こちらの世界で生きていくことを拒んでいた。けれど向こうに帰る価値などないのかもしれないと思った時、こっちでならまだ“生きていたい”と思えたんだ。
 だから、どんな目が出ようと私は自分の意思に従って行動する。
「私が帰ったらちょっとは淋しい? なんてね……」
「当たり前だろ」
 ひねくれた物言いしかできない私にマッシュはあくまでも素直で、からかったはずのこっちの方が面食らってしまった。……そうか、当たり前に淋しいのか。離れたくないと思っているのは私だけではなかったようだ。
「その……こんなこと言われても困るだろうと思って黙ってたけど、お前が本当に“こっち”に残る気なら……、俺はミズキに帰ってほしくないと、思ってるよ。いなくなったら淋しい」
 それもまた、帰る気がなくなった理由の一つだ。こっちの世界に来てそこそこの月日が経過したけれど私はなんとか生きている。家族や友人知人のことは心配だし、会えないことが悲しくもあるけれど、もう別れは済んでいるというのが正直なところだ。
 でも向こうに帰って、こっちで出会った人々、今はもういない者たちも含めて……二度と会えなくなるのは、きっと死ぬよりも淋しいと思う。よく分からないまま異世界に転移したならまだしも、自覚しながら永遠の別れを選ぶのは難しい。
「ところでさぁ」
「ん?」
「帰らないんだったら、私たちがデキてるって誤解をとかなきゃまずいですね」
「それは……もう、否定すればするほど逆効果みたいだけどな」
 それは言えてる。まあ、私なりマッシュなりに本当の恋人ができれば終息するだろうか。なんせ時間はたっぷりとあるのだから。もう何も、焦ることなどないのだ。




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