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そして最後の一筆を


 彼が絶望に押し潰される前に見つけ出すか、二度手間にならぬよう先に娘を探し出すか、迷った末にひとまずジドールへやって来た。蛇の道に行ってみたところで未だ狂信集団の塔が建っていない可能性もある。ストラゴスの現在位置はまったくの不明だが、リルムはおそらく早い時期にジドール近辺までやって来るはずだ。そちらから探す方が効率的だろう。
 まずは長期間のチョコボか船か、移動手段が欲しいところだ。ミズキは直接アウザーに面会していたが、俺は仲介を頼まなければならない。おそらく俺の名を知っているのであろう受付の青年は「アウザーさんには取り次げません」と素っ気なく答えた。
「皆ギャンブルどころじゃなくなってどこも景気が悪いんですよ。アウザーさんも、今は人を雇ってる余裕ないですから」
「仕事を探しに来たんじゃない。ミズキの紹介で力を借りにきた」
 あいつのコネはどこまで通用するのかと半信半疑で名前を出すと、青年の表情はがらりと一変した。
「ミズキは生きてるのかい?」
「……ああ。今頃はツェンかモブリズ辺りにいるはずだ」
 さすがにもうセリスは見つけているだろう。今はツェンでマッシュと合流しているか、その先に進んでいる頃だと思われる。そのうちまたジドールに来るだろうと言うと彼は嬉しそうに微笑んだ。アウザー経由ではなく彼自身がミズキと知り合いのようだな。
「あんたはブラックジャックの乗組員か」
「そう。彼女が無事でよかったよ。あんな弱っちいのに魔物の巣窟に突っ込んでったきり会ってないし、心配していたんだ」
 それはそうだろうな。先の展開を知っているくせに魔大陸へ乗り込むなど今にして思えば正気の沙汰じゃない。あいつはオペラ座にでも籠って身を守っているべきだった。そうすることもできたのに、そうはしなかった。
「アウザーさんに会いたいなら腕のいい画家を連れて来なよ。名画には目のない人だからね」
 その腕のいい画家を探すためにアウザーの力を借りたいんだがな、と思っていると、手のひらを返したように親切になった青年は驚くべき情報をくれた。町で絵を売っているリルムを見かけたのだと。俺が来た時には見かけなかったが、もう到着していたのか。
「子供だからって買い叩かれてるけど、アウザーさんならちゃんと相応な報酬をくれる。あの子と一緒なら会えると思うよ。護衛でもやるといいんじゃないかな?」
「……分かった。ありがとう」
 問題なのはチャダルヌークを二人で倒せるのか、だ。悪霊に一撃の刃は効くまい。そういう意味でも、ストラゴスを先に見つける方が楽だったのだが……。

 ルーカスと名乗った青年に教えられた宿に来ると、そこには確かに見覚えのある娘がいた。絵を売ってきた帰りなのか鞄を振り回し機嫌よく鼻唄を歌いながら宿の中へ入ろうとしている。なんと声をかけるべきか迷っている間にインターセプターが彼女のもとへ駆けていった。
「インターセプターちゃん!? 生きてたんだね!」
 よかったと笑いながら抱きつき、黒い毛並みに顔を埋める。一頻り再会を喜び合ったあとリルムは傍らに立つ俺に気づいて顔を上げた。
「あれ? ミズキたちと一緒にいた覆面男じゃん」
 ……何なんだ、この扱いの差は。
「ガキが一人で何をやってる」
「しっけいね! 絵を描いて売って、ジリツした生活をしてるのよ。始めはゾゾにいたんだけど、貧乏人ばっかりなんだもん。やっぱりタカるならお金持ちに限るよねー」
「……」
 まあ、十歳にしては立派に生活しているとは思う。まして世界が引き裂かれるのを目撃し、仲間や祖父ともはぐれてしまったあとに、まだ自力でなんとか生きていこうという気概を持ち続けられるとは。……どう考えても父親似ではないな。
「アウザーは知っているか? 画家を探しているそうだ。売り歩くよりもいい報酬がつくぞ」
 一緒に来いと言うと彼女は素直に宿を引き払い、アウザーの屋敷へとついて来た。俺のような者に易々とついて来られるのは複雑な気分だ。信頼を得ているのはインターセプターか、それともミズキだろうか。

 町でのリルムの評判は聞いていたようで、ルーカスの仲介のもとすぐにアウザーと会うことができた。屋敷の地下室にありったけの画材を並べたて、壁面には巨大なキャンパスが掛かっている。これに絵を描いてほしいのだと言い、アウザーは棚から輝く石を取り出してリルムに与えた。
「これ、魔石じゃん」
「マセキ? ミズキに頼まれて買っておいたものなんじゃが、不思議な力を秘めておるらしいのう」
「幻獣の命の結晶だ。こんなものの絵を描くのか?」
「いや、描くのは石ではないんじゃ。古の美神……ラクシュミの絵がどうしても欲しくてな」
 まだ見ぬ幻獣の名を告げられ、リルムは「どんな姿か分かんないんだけど」とぼやいた。
「召喚してみればいいだろう」
「だいじょーぶかな……攻撃されちゃったりしない?」
「ラクシュミの能力は回復系だとミズキが言っていた」
 おそらく俺の持つセラフィムのようなものだろう。召喚したところで攻撃魔法が発動することも屋敷を破壊することもないはずだ。そう聞いてリルムは魔石を掲げて魔力を籠めた。まばゆい光が人の形を作り上げてゆく。現れたのは雲を纏った全裸の女神……彼女は妖艶な微笑を浮かべて抱きついてきた。俺に。
 呆気にとられていたせいで回復効果があったのかどうかも分からない。幻獣が消え去り、感涙に咽ぶアウザーを睨みつけた。
「……おい。ガキに描かせる絵じゃないだろ」
「何を言う! ラクシュミは美と豊穣を司る、まさに今の時世にこそ求められる尊き女神じゃぞ! 芸術を邪な目で見るとは汚れたやつめ!」
 俺が邪な目で見るとか見ないとかではなく……しかし、リルムは平然と「実物は分かったから描けそう!」と早速絵筆を取りキャンパスに向かい始めた。……俺の感覚がおかしいのか? まったく、芸術なんぞ理解できんな。

 絵の製作が始まったが、チャダルヌークが取り憑くまでは暇なものだ。といって俺がストラゴスを探しに行っている間に戦闘が始まっても困るので、その時を待つ間アウザーの屋敷で雇われることにした。
 元ブラックジャックの乗組員であるルーカスは、リルムの前に雇われていた画家と共にコーリンゲンからやってきたらしい。そこにはセッツァー・ギャッビアーニともう一人の乗組員もいるそうだ。カジノがなくなったのだから自分のことは自分でなんとかしろと言われ、アウザーの持つ店に雇われることにしたのだと話してくれた。
 彼はブラックジャックのカジノで働いていた。では、次の飛空艇を手に入れてもおそらく乗り込んでは来ないだろうな。
 黙々とグラスを磨いていたルーカスがふと足元に目を向ける。地下では今もリルムがラクシュミの絵を描いていた。もうじき完成する頃だ。
「シャドウ、最近アウザーさんが痩せてきたと思わないかい?」
「……どこが」
 相変わらず腹は出ているし顎の下もたるんでいる。顔色は良くないが、それも肥満のせいだろう。むしろもっと痩せるべきだ。しかしルーカスの言いたいことは分かっていた。リルムが地下に籠り始めて二週間ほどになる。アウザーは描きかけの絵をしょっちゅう見に降りているが、そこから上がってくるたびに窶れていくのだ。
「時々、地下から変な音がするんだよなぁ」
「……」
 困ったように彼が呟くと同時、床から不気味な笑い声が聞こえた気がした。アウザーのものではなさそうだ。そろそろ頃合いか。

 俺が地下へ降りて行くと、憔悴しきったアウザーが床に這いつくばっていた。
「た、頼む……あの絵を助けてくれ……」
『グフフフ……』
「わしの……わしの大事な女神の絵に、魔物がとりつきおったんじゃ!」
 リルムは魔法のスケッチでモンスターの絵を描き、悪霊と戦わせている。俺も聖水をかけた刀を構え、笛を吹いてインターセプターを呼んだ。駆け降りてきたインターセプターを見てアウザーが目に涙を浮かべつつ叫ぶ。
「女神の絵には攻撃せんでくれ! あの悪霊だけを、あいつだけを、頼む!」
「……」
 命より絵が大事か、酔狂なことだ。どちらにせよ手痛い反撃を食らってまで女神と戦うつもりはない。
 雲を纏ったラクシュミの絵がゆらりとキャンパスから這い出てくる。しかしその麗しい唇から紡がれるのは醜くしゃがれた老人のような声だ。
『久しぶりに極上の絵だわい……誰にも邪魔はさせんぞぉ! この絵の女は、わしのもんじゃあ!』
「せっかくキレイに描いてるのに、きったない声でしゃべんなよバケモノめ!」
 汚い声という罵倒に傷ついたのかは知らないが、チャダルヌークは悪霊としての本性をあらわにした。すぐさま刀で斬りつけ、切り裂いたところに火遁を叩き込む。痛みに喘ぐチャダルヌークにインターセプターが噛みつくと、辺りに雷の気配が満ち始めた。リルムがまた新たな絵を生み出す。
「これでどーだっ!」
 影に潜むかのような漆黒の髪……ミズキの絵はニヤリと不敵な笑みを見せ、チャダルヌークの放ったサンダガを握り潰した。本人と同じく魔法を消滅させることができるようだ。というか、本人よりも役に立つかもしれん。
「あいつには火が有効だ。ファイガを唱えろ」
「まっかせなさい。あ、そうだ!」

 なにやら思いついたらしいリルムが絵を描く間、俺とインターセプターが敵の攻撃を撹乱する。「描けた!」の声を合図にその場から飛び退くと、巨大な炎が悪霊の体を焼き払った。振り返るとリルムが二人いる。……魔法を唱える自分の絵を描き、それに合わせて同じ魔法を唱えたわけか。この柔軟な思考はまるで……、……いや、やめておこう。
『お、おのれええ……こんなはずでは……』
 断末魔の声をあげてチャダルヌークは消え去った。キャンパスがやや焦げているが、これくらいなら修正できるとリルムが胸を張る。
「おーい! 魔物はくたばったから安心しろよ」
「あ、ありがとう! 助かったよ……。なんせ、命より大事な絵じゃからの」
 リルムの絵は命を持って動き出す。その魔力を以て女神の絵など描いたから悪霊に魅入られたのだろう。町で売り歩いた絵は大丈夫なのかと尋ねると、風景画しか描いてないから平気だと彼女は答えた。そんなものか。
「礼をせねばならんのう。あんたは確か、ミズキの仲間だったな? 魔石は渡しておくぞ。もう魔物に取り憑かれるのは懲り懲りじゃ」
「蛇の道に行きたいのだが。船を出してもらえるか」
「分かった。一番速い蒸気船を用意しよう」
 あとは彼を探すだけだ。もし塔がまだ建っていなければ……コーリンゲンに行ってセッツァーを探すか。あれこれしている間にミズキも追いついて来るだろう。俺が踵を返してインターセプターを呼ぶと、当たり前のようにリルムも後を追ってきた。
「リルム行くね。でも心配しないで! この絵を完成させるために戻ってくるから!」
「ああ、リルムや……。いつまででも待っておるよ」

 海上から見ると蛇の道の中程には小さな塔が建っていた。とはいえ目下建設中というところか。瓦礫の塔を模倣したかの如く歪な姿は確かに不気味だが……それだけではない。船が陸に近づくにつれ意識のどこかがあの塔に吸い取られていくような気がする。
 甲板にへたり込んだリルムがインターセプターの首にしがみついて呟いた。
「なんなの、あの塔……魔力を吸い上げてるみたい」
 気持ち悪いと吐き捨てる娘から目を逸らし、じっと狂信集団の塔を見つめた。魔導の力を持つ者を誘い、集めているのか。そしてその魔力で以て新たな瓦礫の塔を形成しようとしている。神となったケフカを模倣するために。……付き合ってられんな。
 孫娘を探してさまよう内に、彼はここに辿り着いたのだろう。そして魔力と共に生きる気力も希望も何もかもを塔に吸い上げられ正気を失ったのだ。しかし、それはミズキの知るゲームにおいての話だった。
「あっ、くそじじー!」
 ぼんやりと立ち尽くしたまま塔を見上げている集団の中に見慣れた老人の姿を見つけ、リルムが駆け出した。探し求めた孫娘が間近にいることにも気づかず、呆けているストラゴスに向かって彼女は容赦なく体当たりを食らわせた。
「こらあ! しゃきっとせんかあ!!」
「のわっ!?」
 地面に突き飛ばされた衝撃で我に返り、顔を上げたストラゴスは彼女の姿を見留める。絶望に触れてはいるが、まだ染まってはいない。周りにいる魔導士たちのように正気を失う前に見つかったのは幸いだった。
「リル……ム……? リルムなのか? 生きておったか!」
「バカね、おじいちゃん。おじいちゃんより先にいくわけないでしょ。このおいぼれ!! ふふっ!」
「相変わらず口の悪い子じゃ。……嬉しいゾイ」
 元気で素直なのは同意するが、口の悪さだけは誰に似たのか分からんな。サマサにはこんな……いや、ストラゴスとガンホーの影響じゃないのか? いずれにせよ俺に文句を言う権利はないが。
「こんなとこにいないで、また一緒に行こうよ。みんなを探してあのうひょひょ野郎をやっつけなきゃ!」
「そうじゃ……そうじゃな! 元気が出てきたぞ! よ〜し、わしも頑張るゾイ!!」
 ふと横を見るとインターセプターが怪訝そうに俺を見上げていた。なにやら相棒に見透かされたような心地になり慌てて口許のマスクを引き上げる。べつに笑っていたわけでは、ないはずだ。

 思いの外、楽に二人を見つけることができたな。もう少し何かできそうな気もするが欲をかいても危険だろうか。
 今も塔に魔力を捧げながらケフカに祈る魔導士たちを胡散臭そうに見やり、リルムが傍らのストラゴスに尋ねる。
「おじいちゃん、この塔って何なの?」
「うむ……。帝国の人造魔導士たちと、研究所のやつらが建てとるようじゃな。皆、何かに取り憑かれたようにここへ集まってくる」
「あいつの仲間ってこと? やっつけちゃう?」
 ケフカの信奉者どもを倒し、塔を破壊しておけば……しかしそれが何の役に立つのかはよく分からない。ここに集うのは元ケフカの部下や帝国の崩壊で行き場を失った者たちだ。瓦礫の塔に行って合流されるよりはここで大人しく神を奉っていてもらう方がありがたいかもしれん。
「……放っておけ。わざわざ危険に首を突っ込む必要はない」
 どうせ三闘神を倒せば魔導の力は消えてなくなるという話だ。その時にはこいつらも塔も無力化されるだろう。必要があるならば、メンツが揃ってから飛空艇でまたここに来ればいい。その判断はミズキがする。
「ねえ覆面男、ミズキに会ったんでしょ? 今どこにいるの?」
「……オペラ座に行くぞ」
 俺が浜辺に向かって歩き出せば、二人も特に疑問を差し挟むことなくついて来た。ミズキとの合流地点は決めていないが、どうせそのうちジドールなりオペラ座なりにやって来るだろう。マッシュと合流したなら早めに獣ヶ原で手に入れた爪を渡したいはずだ。
 どの程度の猶予を稼ぎ出すことができたのかは分からない。だが、あいつのお陰で少しは運命を出し抜けている気がした。




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