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停止、回転、そして再起動


 陸地となった長い蛇の道を歩いてようやくニケアに到着した途端、ミズキは町中を走り回ってブラックジャックに乗っていた道具屋さんの姿を探した。港で買い物していた彼を見つけるなり素早く近寄って腕を掴み、
「ジミーさん今からモブリズに行ってくれない? 行けば事情は分かると思うけど代金は後払いで私が立て替えるからタダで援助してあげてほしいっていうかしろ。あと妊娠中の女の子がいるからいい薬草茶とか持っていってよ。それから体を温めるものと子供ばっかりだから傷薬系もたくさんいると思うし……」
 怒濤のごとくまくしたてるミズキに彼は目を白黒させている。生きていることは予めマッシュに聞かされていたとはいえ、生死も分からなかった知人と久しぶりに再会したとは思えない態度ね。
「再会の挨拶もせずそれか。せめて無事でよかったくらい言ってほしかったな」
「無事でよかった! うれしい! でね、ジドールに戻ったら銀行からお金出してくるんでモブリズでは商売度外視でお願いしたい。ついでにベテランの産婆さんに話を通しておいてよ、いろいろアドバイスもらってくれればなおいいです」
 無茶なお願いだとは思うけれど、それでもミズキの強引に人を丸め込む手腕は商売人にとって好ましいものなのだろう、彼は詳しい事情も話さず捲し立てる彼女に苦笑しつつも頷いた。
「分かった分かった! その代わり手間賃も込みで高めに設定するからな」
「臨むところよ。足りない分はセッツァーに払わせるから大丈夫」
 船長であるセッツァーを始めとするブラックジャックに乗っていた人の共通点として、余計な詮索をせず相手を見て取引に応じてくれるという美点がある。どんなに後ろめたい事情を抱えていても話に乗る価値があると思えば聞かれたくないことは聞かないでくれる。そういうところがとても、居心地のよい船だった。
 ジミーさんはミズキから私、そしてマッシュへと視線を移した。
「仲間が増えたんだね。船長には会えたか?」
「まだ。まあ、どっかで飲んだくれてるんじゃないかな」
「……セッツァーのことを頼むよ。あれでも恩人だからさ」
「任せとけ。ブラックジャックのことは残念だけど、それくらいでへこむ船長じゃないって」
 今頃セッツァーはどうしているだろう。私たちの事情に巻き込まれたせいでブラックジャックを失ってしまった。とても申し訳なく思うのに、彼が生きているかどうかさえ分からない。
「あ、酒場に行くんだったら気をつけなよ。盗賊がたむろしてたから」
「ありがと。ジミーさんも道中ちゃんと気をつけてね」
「はいはい」
 たぶん私よりずっとセッツァーのことを知っている、ミズキが彼の無事を確信している。それが唯一の救いだった。

 ひとまず軽く食事をするべく酒場に向かう。私たちの誰もあまりお金を持っていないので心配していたけれど、ミズキが店主と知り合いだという店に連れていかれた。
「お姉さん、お願いします!」
「……いいわよ。あなたがしぶとく生きていたお祝いに奢ってあげるわ」
「やったー、ありがとうアンジェラ! 早く結婚できるよう祈っとくね」
「余計なお世話よ!」
 というわけで、心苦しくも無料で食事にありつけることになった。ミズキの人脈に感謝する日が来るなんて。彼女、本当に誰とでもすぐ仲良くなれるのね。
 ニケアは少ないながらもサウスフィガロとの間に定期船が出ていることもあり、ツェンの港よりもずっと賑わっていた。酒場で騒いでいるのはジミーの言っていた通り怪しい風体の男たちだったけれど……、今は活気があるというだけでもありがたく思える。
 遠慮なく食べすぎだ、腹が減って死にそうなんだよ、ちょっとは遠慮しろ、飯代分は動くからいいだろ、シャドウみたいなこと言うな、と姦しく言い合うミズキとマッシュを横目に黙々とパスタを食べる。確かにこの先いつまでちゃんとした食事を摂れるか分からない。だからこそ食べられる時に食べておかなければというマッシュの言い分も理解できるわ。
 ミズキの制止を押し切って追加で注文した肉を頬張りながら、マッシュがふと店の奥で騒ぐ盗賊たちに目を向ける。
「なあ、あいつらフィガロがどうとか言ってないか?」
「え?」
 マッシュに言われて耳を向けると喧騒に紛れて途切れ途切れに彼らの声が聞こえてくる。
「……牢屋が……大ミミズの巣……」
 どうして今、ミミズの話なんてするのよ。ここは食事を摂るところで、私はパスタを食べているのに。
「フィガロ城の牢屋がモンスターの巣穴に繋がったんで逃げてきたんだって。で、あいつらのボスが脱走経路から城に戻って宝物を奪いに行こうとしている、と」
 この騒がしさの中でそんなにはっきりと会話を聞き取れるなんてミズキはスパイになれるんじゃないかと感心していたら、盗賊たちはホロ酔いで足をふらつかせながら店を出ていった。きちんと代金を支払っていたので好感が持てる。盗賊とはいえ彼らのボスはまともなようね。
「……どういうことだ。城はモンスターの巣穴と繋がったままなのか? ずっと地下にいるってことかよ?」
 真顔で告げるマッシュの言葉に血の気が引いた。考えてみればそうだわ……、彼らが脱走してきた経路がまだ使えるということは、フィガロ城はまだ砂の中に?
「フィガロに行こう!」
 慌てて盗賊たちの後を追ったマッシュを見送り、ミズキはテーブルの皿をじっと見つめる。
「肉はしっかり食べきってるんだもんなぁ」
 そんなことを言ってる場合じゃないわよ。

 サウスフィガロへの船に乗るべく港に走ると、市を眺めていた銀髪の男性を見てマッシュは目の色を変えた。
「兄貴!」
「えっ……?」
 慌てて追いかけてその人の顔を覗き込む。髪の色は違うし、ちょっと人相が悪いけれど……、確かに似ている。
「エドガーなの?」
 私とマッシュを胡散臭そうに見やり、彼は肩を竦めて背を向けてしまう。
「わけの分からないことを言うな。人違いだろ。……小僧、一つくれ」
「兄貴、なにとぼけてるんだよ?」
「俺はフィガロ行きの船に乗るのに忙しいんだ。邪魔をするんじゃない」
 どういうことなの。瞳も声も、どう考えてもエドガーだった。なのに彼は私たちに目もくれず他人を装って立ち去ろうとする。まさか、崩壊のショックで記憶を失っているのでは?
「エドガー、エドガーなんでしょう? 私たちのことが分からないの?」
「俺は生まれた時から荒くれ者のジェフって名だよ、レディ」
「レディなんて言うのはエドガーさんだけよ」
「レディに優しくってのは世界の常識さ」
 聞く耳を持たないエドガーに、マッシュは混乱している。私もどうしていいか分からなかった。ティナに続いて、エドガーも……? せっかく仲間が見つかったっていうのに、引き裂かれたものは戻らないとでも言われたかのようで……。

 船の方へと歩いていくエドガーの隣に並び、ミズキが声をかける。彼女もまるで他人に話しかけるような態度で、あれはエドガーで間違いないという確信が少し揺らいだ。
「私たちもフィガロ城へ行きたいんですよ。よかったら船代折半しません?」
「おい、ミズキ……」
 困惑した表情のマッシュにミズキは平然と言ってのける。
「エドガーは絶対フィガロにいるでしょ。ちょうどいいからご一緒させてもらおうよ」
「だって兄貴はそこに!」
「別人だって言ってるけど?」
 あまりにも素っ気なく言われて私もマッシュも自信をなくす。……ミズキが気づいていないだけ? それとも本当にエドガーではないというの? 改めてじっと見つめてみる。確かに洒落た衣装を好むエドガーとは思えないガラの悪い格好をしているけれど。
「いやいやいやどう見ても兄貴だろ!?」
 ……そうよね。私だけなら確信は抱けないけれど双子の弟であるマッシュが言うなら絶対に間違いないはずよ。でもミズキは、まるで私たち二人の方がおかしくなったとでも言うようにため息を吐いた。
「じゃあ、マッシュこっち来て並んでみてよ。あーごめんなさいね、私たち彼の兄弟の“エドガー”を探してるんです。ちょっとお付き合いください。ほらセリス、どこが似てるか言ってみて?」
「え、ど、どこがと言われると困るけれど……」
 戸惑いながらマッシュはエドガー……ジェフと言い張る彼の隣に並ぶ。……エドガーだと思って見ればエドガーにしか見えないし、ミズキが当たり前のように違うと言うのを聞くと別人に見えてくる。
「ね? 並んだら一目瞭然。納得した?」
「で、でも……本っっ当に、兄貴じゃないのか?」
「なんでエドガーだと思うのか教えてよ。セリスはともかくマッシュまで。引くわー、ドン引きだわー。双子の弟でしょ、分かんないの?」
 エドガーにしか見えない……、でも、ミズキがこうまで否定する理由も分からない。もしかしたら、ひょっとして、本当にただそっくりなだけの別人なのかという気もしてきた。そんなはずはないと思うのだけれど。
「で、一緒に行っていいですか?」
「厄介事は御免だぜ」
「こっちもあまり注目されたくない事情があるので。迷惑はかけませんよ」
 頭が混乱してきた私とマッシュをよそに、ミズキは船代を折半して互いに首を突っ込まないという約束のもと“ジェフ”と同じ船に乗ることになった。

 どうやら彼が酒場にいた盗賊たちのボスだったらしい。本当に、本当にエドガーじゃないのだろうか。船に乗ってからマッシュは黙り込んでしまっている。もうミズキに「兄貴じゃないのか」と尋ねもしなかった。
 蒸気船は三日かけてサウスフィガロの町へ到着した。その間ミズキはずっと平然としていて、たまに盗賊の一部と打ち解けたりもしていたけれど、ジェフがエドガーなのではと思わせる素振りなど一切見せなかった。……もし彼が本当にエドガーではないなら、エドガーは今頃フィガロ城に閉じ込められているということになる。
 腑に落ちないものを抱えたまま、私たちは盗賊たちに気づかれないよう後を追ってサウスフィガロの洞窟までやってきた。
「行き止まりだな……」
 岩陰に隠れて先を行く盗賊たちの様子を窺う。洞窟内に亀裂が走り、池のようになっている。あの青さからしてかなり深そうね。ジェフに促され、盗賊の一人が水面に向かって何かを撒き始めた。
「よ〜しよしよし、カメちゃんエサだよ」
「やるじゃないか」
「俺、昔カメ飼ってたんっす!」
 現れた巨大な亀が水面を泳ぎ、盗賊たちを向こう岸へと運んでいった。……困ったわ。
「どうする、餌なんか持ってないぞ」
 後を追えないとフィガロ城に入れない。彼らを捕らえて無理矢理にでも案内させればよかったと歯噛みしていたら、ミズキが不意に水辺に近づき、手で軽く水面を叩きながら囁いた。
「よーしよしよし」
 これは……条件反射ね。水面の揺らぎと音、そして声で餌があると勘違いしたらしい亀が現れる。私たちが甲羅に乗ると、いつもの癖で対岸へと泳ぎ始めた。
「まんまと騙されてくれたな。お前に作戦を依頼したのは、この私さ。そうとも知らずに……おめでたい野郎だ」
「何なんだよ、その演技」
 でもミズキの機転のお陰で助かったわ。

 洞窟は確かにフィガロ城の牢屋へと続いていた。まるで高い山の頂きか洞窟の奥底のように空気が薄い。城の住民たちは弱って倒れている。昏睡している者はいないけれど、このままでは明らかに危険だった。もちろん私たちも。
 大急ぎで機関室へ向かう。整備士も倒れていたけれど、換気のスイッチはオンになっていた。ジェフたちが入れたのだろうか。マッシュが城を浮上させるレバーを引こうとしたら、なぜかそれはびくともしなかった。
「動力源が壊れてるのかもしれない」
「地下へ急ぎましょう」
 階段を降りる途中、下からジェフと盗賊たちの言い争うような声が聞こえてくる。彼らのお目当てである宝物庫はエンジンルームの奥にあるようね。でも、隠れて待っている暇はない。
 駆け降りるとそこにはジェフが一人で立っていて……フィガロ城のエンジンに、巨大なワームのようなものが絡みついていた。
「何をボーッとしてるんだ? 手伝ってくれよ!」
「兄貴……やっぱり兄貴じゃねえか!」
 銀髪のかつらを取り払いエドガーが機械を構える。あの盗賊たちを騙すためにボスのふりをしていたのね。それならそうと言ってくれればよかったのに。ミズキもあんなに平然と嘘をつくなんて、と振り向いたら、彼女は顔を真っ青にして踞っていた。
「みみみみみみず……む、むり……」
「ミズキ?」
「あ、あの、素早いやつはストップが効く……あとは毒と真空波で……ううっ……」
 両手で顔を覆い、彼女の腕には鳥肌が立っていた。もしかしてミミズが苦手なのかしら。私も好きではないけれど、あまり多くのモンスターを見慣れていない彼女には厳しい相手かもしれない。
「ミズキ! レバーのところにいて。倒したらすぐに城の浮上を」
「ごめん、そうさせてもらう」
 ミズキがいなくなったことでエドガーはバイオブラスターを使える。彼女の助言通りに毒の魔法とマッシュの真空波で排除していく。途中、マッシュが二匹に纏いつかれて血を吸われたりもしたけれど……ミズキを逃がしておいてよかったわ。グロテスクなモンスターなど見慣れている私でも怖気が走ったもの。彼女があれを見たら卒倒したかもしれない。

 エンジンに絡んでいたモンスターをすべて倒したところで城が揺れ始めた。ミズキがレバーを引いてくれたのだろう。これで城の人たちも助かるわ。念のため、あとで皆に回復魔法をかけた方がいいかしら。
「水臭いぜ、兄貴」
 どうして黙ってたんだと拗ねるマッシュに笑って、エドガーはいつもの彼らしい笑顔で答えた。
「ニケアで城が故障したという噂を聞いたんだ。助けに行きたいけど砂の中だろ? そんな時にあいつらが牢屋から逃げ出してきたって話を聞いてね」
「利用したわけね」
「秘密の通路に案内してもらうまで正体を知られるわけにはいかなかったのさ」
 かつては自分達を牢に入れていた王様だもの、そりゃあ案内なんてしてくれないわよ。でも、私たちにくらい明かしてくれてもよかったと思うわ。
 そんなことを話している間に、奥の宝物庫を漁っていたらしい盗賊たちが戻ってきてしまった。
「ボス! 宝を持ってきやし、……?」
「げえっ、エドガー!?」
「お、俺たちのボスをどうした!」
 驚いたことに盗賊たちはジェフがエドガーだったとは気づいていない。……服装も同じだし、ただ髪の色が変わっただけなのに。彼らの様子を見て、エドガーは悪戯を思いついたらしい。
「ジェフは責任をとって牢に入るそうだ。その代わり、お前たちは見逃してやる。地上に出たら城門を潜ることを許可しよう」
「そ、そんな……」
「その宝を置いていくなら彼も数年後には釈放してやるぞ?」
 盗賊たちは互いに顔を見合わせ、持っていた宝物を一斉に投げ捨てる。
「ええい、持ってけドロボー!」
「短い間だったけど、いいボスだったんだ!」
「宝なんかどこでも見つからあ!」
 持ってけドロボーって、あなた達が言うことではないでしょうに。マッシュは呆れているけれど、エドガーはどこか楽しそうだった。
「ジェフからの伝言だ。お前たちのボスでいるのは、なかなか楽しかったとさ」
「うおおー! ボス! また俺たちのとこに帰ってきてくれよー!」
「娑婆で待ってるぜ、ボス!」
 ……ジェフ……懐かれていたのね。とはいえ泥棒は泥棒、さっさと階段を駆け上がっていった彼らを見送りながら、元々フィガロの牢に入っていたのに見逃していいのかと尋ねたら「皆の命を救ってもらった礼さ」とエドガーは笑う。寛容なのね。まるで王様じゃなくて生まれながらの盗賊のボスみたいよ?

 城が地上に戻り、私たちも階段を上がってエンジンルームを後にする。巨大ワームの衝撃から立ち直ったらしいミズキが迎えてくれた。
「おいミズキ、騙したな」
「落ち着きたまえマッシュ君。私は『ジェフはエドガーじゃない』なんて一言も口にしていないですよ」
「……確かに、そうは言わなかったわね。どこが似てる? って聞いただけで」
 思い返せば彼女は嘘を言っていない。ジェフを名乗った彼に対して否定も肯定もしなかった。そしてしつこく問い詰める私たちにも「彼はエドガーじゃない」とは言わなかったのだ。マッシュと並ばせて一目瞭然だと言った時だって……。
「双子の弟のくせに分からないのか、とか言っただろ!」
「双子の弟なのに“これが誰か分からないのか”、って意味ですが何か?」
 そうなのよね。ミズキの言葉は巧妙で、始めからジェフがエドガーだと示唆していたと言われればそうも受け取れるように話している。屁理屈だし、とても詐欺っぽいけれど。
「お、お前ってやつは……!!」
 言いくるめられるのに慣れているはずのマッシュもさすがに怒り、だけど見ていたエドガーが「もう尻に敷かれてるのか」と笑うといよいよ言葉を失ってしまった。
 少しずつ日常が戻ってくる。エドガーが帰ってきて、フィガロ城を動かせるようになり、守るべき世界が広がっていく。確実に前へ進んでいるのだと感じられた。




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