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星は君の元に降ってきた


 長い夢を見ていた気がした。どこまでも続く暗闇をたった一人きりで歩いている。汗をかき、息が切れ、苦しげな自分の呼吸だけが耳を打つ。それもやがて聞こえなくなった。目を開くと鈍色の空が視界を占める。窓の外には暗雲が立ち込めていた。まるで世界から希望が失われてしまったかのような空……。
「セリスよ……、目が覚めたか」
 聞き慣れた声が聞こえて身を起こす。体の節々が軋むように痛い。回復魔法を唱えて顔を上げると、そこにいたのはシドだった。引き摺られるように何が起こったのかを思い出す。魔大陸……、皇帝陛下は殺され、ケフカが三闘神の封印を解き、私たちはブラックジャック号で逃げようとして……、世界が引き裂かれるのを見た。そしてブラックジャックもあの光に晒され、私は……ロックの手を離してしまった。
 それからどうなったのか。
「ここは……? 私……どれくらい眠っていたの?」
「大破壊が起きてから二ヶ月と少し……じゃな。助かって本当によかった」
 シドは随分と痩せ衰えていた。時々激しく咳き込む。病も患っているようだ。窓から見える色のない景色とも相俟って、世界の破滅を予感させた。三闘神が放ったあの光、あれはまさか、本当に世界を壊してしまったのだろうか。
 他の皆がどうなったのか、怖くて尋ねることができない。
「あなたが私を介抱してくれたのね?」
「お前さんを救ったのは幻獣の力じゃよ。ミズキが連れてきてくれたんじゃ」
「ミズキがいるの!?」
 突然聞かされた仲間の名に思わずベッドから飛び起きる。そしてシドは彼女のことを語ってくれた。
 島の外の様子を知るすべもなく、世界はこの島を残して全て海に没してしまったのではないかと思っていた。日に日に破滅へと歩みを進める世界を見るのに耐え兼ねて、生き残った島の人々は絶望に身を委ねる寸前だった。そこにミズキが現れたのだと。
「何があっても望みを捨ててはいかん。セリスよ、彼女と共に外の世界に出ろ。きっと仲間は生きているはずだ」
 ミズキは筏を作り、食糧を蓄えて旅の支度をしているという。弱り果てたシドの姿に後ろ髪を引かれながらも外への扉を開ける。広がっていたのは荒廃した世界、でも、この向こうにはまだ皆が生きている。

 彼女は岩場にいた。タンクトップで肌を晒してまるでマッシュのような格好をして海の向こうを睨んでいる。心細いような景色の中で彼女の姿は生命力に満ちていた。
「ミズキ!」
 思わず名前を叫んで駆け寄り、驚いて振り向いた彼女に抱きつく。あたたかな体温とミズキの鼓動を感じて、感極まって泣き出しそうになった。そんな私を彼女は優しく抱き留めてくれた。
「おおっ? 役得! おはようセリス」
 相変わらずの調子に笑みがこぼれる。目覚めた時の陰鬱な気分なんてどこかへ消えてしまった。
「セリス……思ったより元気でよかった。これならすぐに行けるかな」
「ええ。でも……」
 シドを置いていっても大丈夫なのだろうか。彼はかなり弱っているようだった。島には他にも人がいるようだけれど、モンスターに対抗できるのかも気にかかる。見渡す限り大地は枯れ果てていて食糧を得るのだって難しそうで。ぐるぐると暗い思考が渦巻く私に微笑み、ミズキは告げた。
「モンスターについては改造ブラストボイスで集落に近づけないから大丈夫。ここの魔物肉は食べられそうにないけどモンスターの血を撒いて魚を集められるし、シドの魔法で無毒化すれば食べられそうな植物もある。私たちがここから脱出できたら、船を寄越してもらうこともできる」
 せっかく芽生えた希望を摘み取らせはしないと彼女は笑った。私が眠り続けている間にも、彼女はずっと前を見据えていたのね。決して希望を捨てることなく……。
「ありがとう、ミズキ」
「まだ礼を言うのは早いよ。ケフカをブッ飛ばして世界が平和になるまではね」
「……ええ。行きましょう!」

 シドと島の人たちに見送られて海に出る。やはり体力が持たないようで、数時間でミズキは息があがった。よく見れば彼女の手は傷だらけで包帯にも血が滲んでいる。回復魔法をかけてあげられないことがもどかしい。私はいいとしても彼女に無理はさせられない。
「ミズキ、櫂は私に任せて。あなたは方角に注意してくれればいいわ」
 その方が絶対に効率がいいからと強引に押し通すと、疲れたら無理せず交代することを約束させられたけれど彼女は櫂を預けてくれた。私ならリジェネをかけながらほとんど休まず漕ぎ続けることができる。ミズキの負担を減らせるなら疲れなんて感じないわ。
 島の人たちには漂流したと言っていたみたいだけれど、実際のところミズキは私のいた孤島と他の大陸との位置関係を把握しているようだった。もうあとにしてきた島影も見えなくなって、私たちは大海原にぽつりと浮かんでいる。空は厚い雲に覆われて、今が昼なのか夜なのかさえ分からない。それでもミズキは磁石を片手に迷わず筏を進めていく。
「あなたはどうやってあの島を見つけたの?」
「……」
 少し消沈した様子を見せながら、彼女は鞄を探って二つの魔石を私に差し出した。見たことのないものだわ。それに彼女は、どうせ恩恵が受けられないからと魔石を持っていなかったはず。
「マランダの近くで、裁きの光を受けて死にかけてたユラとケーツハリーを見つけた」
 どちらも覚えのない名だった。ケフカがサマサの村を襲った時の生き残りだろうか? そしてふと思い出す。ユラという名前は、どこかで聞いたような気もする。確かあれは幻獣とレオ将軍が和解の会合を開いた時に……。
「ユラは西の山で会った幻獣たちのリーダー格。ケーツハリーも彼と一緒に逃亡してた幻獣で、巨大な鳥の姿をしている」
 その幻獣ケーツハリーの力を借りて、彼女は私の眠る島に辿り着いたらしい。……でも、今は二体とも魔石と化している。何があったのかは問わずとも分かってしまう。幻獣はその身に宿る莫大なエネルギーを常に発している。だから三闘神の目を逃れられなかったのかもしれない。せっかく生き延びたのに……。

 ミズキの指す方向へ一心不乱に漕ぎ続け、陸地が見えてからは二人で一気に筏を進めた。途中で二度ほど食事をしたので、約一日かかっただろうか。岸に降り立ち、ミズキは大きく伸びをする。これから先はどこへ向かえばいいのか分からなかったけれど、ミズキは宛があるようだった。
「セリス。ここから北に向かうとツェンの町がある。そこにマッシュがいるはずなんだけど……」
「彼に会ったの?」
「……うん」
 なぜか迷うような素振りを見せ、ミズキは続けた。
「姿を見たらすぐにケアルとリジェネとプロテスをかけてやって。他のことは私がやるからセリスはそれだけに集中してほしい」
「ど、どういうこと?」
「詳しくは説明できない。とにかくお願い。町に着いたら何も考えず、躊躇わずに今言ったことをして。お願いします」
 どんな事情があるのかは分からないけれど、彼女に頭まで下げられて断る理由は何もない。もしかしたらマッシュは怪我をしているのだろうか。それでミズキは急いで仲間を探していたのかもしれない。何にせよ、彼女が頼むと言うならそれは間違いなく必要なことなのだろうから。
「マッシュを見たら、何も考えずにケアルとリジェネとプロテスね。任せて」
「……話せなくてごめんね」
「いいの。誰だって……いろんなことを抱えているものよ。私はミズキを信じているから」
 よほど意外な言葉だったのか、ミズキは瞠目して私を見つめた。その視線にやがて安堵の色が見え、私もホッとする。もしかしたら私は、今ようやく彼女の信頼を得られたのかもしれない。

 しばらく歩いているとミズキの言う通りに町並みが見えてきた。隣を歩く彼女の気配に緊張が見られる。その時、空が光って、耳をつんざく轟音が響いた。
「な、何……!?」
「走って!!」
 雷でも落ちたのか、ミズキに言われるまま走り出せば町の真ん中から火の手があがったのが見えた。あれが裁きの光か! 今のはケフカがやったというの?
 町に駆け込んだ私たちが目にしたのは炎を噴き上げて崩れ落ちようとしている家と、そして。
「マッシュ!」
「お……ミズキ、セリス!」
 考えるよりも先にケアルを唱えていた。続いてプロテスと、リジェネ。マッシュは崩れかけた大きな柱を支えているようだ。彼が動けばバランスを失った家は崩れてしまうだろう。ミズキが迷わずその家の中へと駆け込んでいく。回復魔法を唱え続ける私の背後で女性の悲鳴が聞こえた。
「ミズキ……ッ、行ってくれ、中に、子供がいるんだ……!」
「何ですって!?」
 急いでミズキを追おうとして立ち止まる。私が行ってもテレポで脱出はできない。マッシュが助けに行く方が力になれる。足元にマッシュのものらしき鞄が落ちていた。無意識にそれを取り上げて魔石を掲げる。
「ゴーレム!」
 現れた巨体が家を支える。柱の下から脱したマッシュは凄まじい素早さでミズキの後を追い、一分と経たずに子供を抱きかかえたミズキごと肩に担いで飛び出してきた。ゴーレムが消え、間一髪のところで家が崩れ落ちる。
「あ、危ねえ……」
「中のモンスターが這い出て来るかも。セリス、ブリザドをお願い」
「分かったわ」
 私が瓦礫に向かって攻撃魔法を放つと、ボムの炎のようなものがそこかしこで弾けた。あの光は……破壊するだけでなく、モンスターまで生み出すのだろうか。こんなことが世界中で起こり得るなら尚のこと、早くケフカを倒さなければいけない。

 家の残骸からモンスターの気配は感じられなくなり、やっと平穏を取り戻した。泣き縋る子供を必死で抱き締めながら、母親らしき女性に何度も御礼を言われてなんだか後ろめたく思ってしまう。家を完膚なきまでに破壊してしまったし……、私はほとんど何もできていない。ミズキが事前に言ってくれていなければおろおろしていただけかもしれない。
 それにしても、ミズキはなぜケフカの攻撃を予測できたのだろう。マッシュとのコンビネーションも示し合わせたかのように見事だった。彼女は時々、予知能力でもあるみたいに手際よく動いてくれる。
「マッシュ、無事でよかったわ」
「たとえ裂けた大地に挟まれようとも、俺の力でこじあける! ってな。こっちこそ助かったぜ、二人とも」
「私は何も。ミズキのお陰よ」
「いや片づけたのはセリスだから。私は子供を拾ってマッシュに運ばれただけだし」
 快活な笑みを見せるマッシュがミズキに視線を移すと、はにかんだような、妙な間があいた。……あら、もしかしてお邪魔かしら。
「えー、その、ミズキ……思ったより早かったな」
「うん……。ちょっと予定を変更した。だから一緒に来てくれる?」
「お、おう。……よかった。お前って目を離すと無茶するからなぁ」
「私の見張りをよろしく」
 悪びれもせずに頷くミズキをマッシュが小突く。まるでいつも通りの光景を見ていると、やはりあれは悪い夢だったのだという気がしてくる。
 そうだわ。悪い夢として終わらせてしまおう。ここに、まだ私たちの守るべき世界があるのだから。愛しき私たちの家を破壊なんてさせない。ケフカや三闘神の好きにはさせない。皆を探し出して、きっと平和を取り戻してみせる。




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