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閉じ込めたもの


 一人きりで目覚めて数日、ひたすら黙って歩き続けた。思えば一人旅なんて初の経験だな。しかしそつなくこなせてしまう辺りは我が身の優秀さが恐ろしくなる。それでも誰かと、できれば美しいレディと道行きを共にできる方がよほど嬉しいのだけれども。
 ミズキがいれば行くべき道を示してくれそうだ。セリスがいれば肩を並べて戦うことができる。ティナがいれば守ってやらねばと奮い起つし、リルムがいれば他愛ない話で和ませてくれるだろう。隣に女性さえいればどんな苦境であっても楽園のごとく花が綻ぶというもの。
 ……暗雲立ち込める世界を一人で延々と歩くのは気が滅入る。
 そうして歩き続けておよそ三日が経過した時、視線の先に陰惨な廃城を見つけた。帝国式には程遠い建築物……実際に訪れたことはないが、確かあれはドマ城ではないか? となると、フィガロに戻るのはかなり難儀しそうだ。あの城は今も無人であろうし、おそらく船とて残ってはいまい。
 だが俺の予想に反して、ドマ城には先客がいた。
「ロック! 生きていたか」
「エドガー……お前、ここに流れ着いてたんだな」
 なんでも彼は数日前に獣ヶ原と思わしき場所で目覚め、東の大陸から筏でこちらに渡ってきたらしい。ならばその筏でサウスフィガロに行ける、と思ったのだが、急拵えの筏は波のない海を越えるのに耐えられず、浜辺に辿り着く前に崩壊してしまったそうだ。期待して損した。
 そして泳いでここまで辿り着き、俺と同じように城を見つけて一息入れにやって来たのだという。皆とはぐれ、今の状況の把握度合いは俺もロックも似たようなものだった。だがとにかく仲間に再会できたのはよい兆候だ。ロックが生きているならば他の皆も無事だと確信が抱けた。

 残念ながら愛らしいレディとは出会えなかったが、こんなロマンティックと程遠い廃城はレディと訪れたい場所ではない。同行者などロックで充分だとも言える。
 ひとまず身を休める場所を探して城内を探索することにした。実際に見ると本当に酷い有り様だ。しかし遺体がほとんど見当たらないのは、誰かが埋葬したということだろうか? ドマの生き残りか、あるいは良心のある帝国兵がいたのか。きちんと弔われたお陰か、非業の死を遂げたにもかかわらず霊界に逝くのを拒んでアンデッドと化した者も見当たらない。何にせよありがたいことだ。
 なるべく荒らされていない部屋を選び、俺とロックは休息をとることにした。
「なあエドガー、気づいたか? バレンの滝とドマの森がまるごとなくなってた。ここは孤島になっちまったようだ」
「では、さっさと脱出しなければいけないな」
「何日か休んでからな。もしかしたら俺たちみたいに、この近くに流れ着いて城を目指してくるやつがいるかもしれない」
 そう願いたいものだが、ブラックジャック号は全速力でベクタを離れながら崩壊したからな。俺たちがここで出会えたのは相当な幸運で、皆バラバラにはぐれてしまっているのではないかと思う。今ごろ世界のどこにいるやら。
 野宿も一人旅も慣れているマッシュは大丈夫だろう。戦闘技術に長けたティナとセリスについてもさほど心配してはいない。不安なのはミズキとリルムのことだった。十歳児と同等に扱ってはミズキに怒られるかもしれないが、彼女はリルム以上に戦う力がないからな。どこかの町で目覚めるか、でなければ頼り甲斐のある仲間と出会えていることを願おう。頼り甲斐のある……。
 改めて考えると、あまりいないな、頼り甲斐のある仲間。ミズキとリルムがすぐにでも俺かマッシュか、でなければティナかあるいはセリスに出会えることを祈っておこう。

 一眠りして、歩きづめで棒のようになった足も少しはほぐれた。俺たちは何か使えるものを求めて城内の探索を再開した。
 まず確認したのは港だ。ドマは城内に抱え込むようにして港を持っている。が、やはりここは戦時に砲撃を受けたようで無事な船どころか船着き場ごと破壊されていた。続いて訪れたのは天守閣の最上階だ。
「こっから狼煙でもあげてれば誰かが見つけてくれないかな?」
 そう言うなりロックは空に向かってファイアを放った。なるほどな。定期的に打ち上げてやれば、仲間たちでなくともこの大陸に生きている者がいたなら気づいてくれるだろう。モンスターが寄ってくる可能性もちらりと頭を過ったが、城に到着して以来やつらが侵入した形跡さえ見ていないので平気だろう。
 ドマは今もケフカの放った毒に苛まれていた。モンスターも近寄るのを拒むほどの瘴気が堀として利用されている川から立ち上っているのだ。帝国軍のドマ侵略からはそれなりの月日が経っているが、城を囲むように流れている川には未だ生命の気配がない。これほど長く大地を蝕む毒……魔導の力を取り入れていたのかもしれないな。
 毒に冒されているのではないかとも思ったが、幸いにもドマ城の食糧庫だけは無事だった。申し訳ないとは思いつつそこから食べ物を失敬する。
「改めて、ケフカを倒さなくてはという気持ちが沸き起こってくるよ」
「……」
 命を奪うに飽き足らずドマが蘇ることさえ許さぬかのごとき所業。自分と同じ人間がやったとは思えなかった。帝国のあった方角には瓦礫を無理やり積み上げたかのように歪な塔が聳え立っている。それが時々、不気味な光を放っていた。きっとあそこにケフカがいる。世界を蝕む毒が。

 それから一週間ほど過ぎただろうか。相変わらず狼煙をあげ続けてはいるのだが、残念ながらドマ城を訪ねてくる者はなかった。ここには他に人がいないのかもしれない。俺とロックは諦めてこの島を出る準備を始めた。
 まずは筏作りだ。俺の回転のこぎりが猛威をふるい、頑丈なドマの樹木を次々と伐り倒していく。
「……たまに、なぜ自分がこんなことをしているのか、分からなくなるな」
「そう言うなよ。エドガーがいてくれて助かったぜ」
 結構な重労働だが斧で手ずから伐採していくよりはずっとマシだ。分かっている。分かっているが、虚しくなる。何が悲しくてレディの声援も受けずに汗水垂らして労働しなければいけないのか。こういうことを生業とする者は、愛する女性が見守っていてくれるからこそ気力が沸いてくるのじゃないか。誉めたり労ったり感謝したりしてくれるのがロックだけなどと、もはや単なる拷問だ。
 伐り倒した丸太を繋げて筏に仕立てる作業はロックに丸投げした。なんだか無性に疲れた。……ミズキを抱き締めて癒されたい……。
 さて、旅の食糧も確保した。筏も完成した。あとは船出するだけ……なのだが。伐採場で作業を行っていたため海岸が遠い。
「これを海岸まで運ぶのは辛いものがあるんじゃないか?」
「そうだな……」
 しばし考えに耽っていたロックだが不意に手持ちの魔石を取り出した。召喚されたのは美しき氷の女王だ。ああ、目が癒される。
「シヴァ、頼む」
 彼女のダイヤモンドダストを受けて浜辺は凍りつき、海まで一直線に“氷の道”ができあがる。なるほど、魔法にはそんな使い方もあるか。俺が荷物を持って筏に乗り込むと、ロックは筏に足をかけて地面を蹴り、急いで自分も飛び乗った。氷の上を滑り出した筏はそのまま海に着水する。
「よし、対岸に向かうぞ!」
 張り切っているところ申し訳ないのだが、ひとつだけ言っておきたいことがある。
「筏を作らなくても海水を凍らせてその上を歩いた方が早かったんじゃないか?」
「……あっ……」

 向かい風が吹いていないだけありがたく思うべきなのだろうが、完全に凪いだ海を手漕ぎで進むのは凄まじく消耗するということがよく分かった。ケアルをかけつつ休憩しつつ、少しずつ対岸が近づいてくるのだがもどかしくて堪らない。今とてもブラックジャック号が恋しいぞ。
「でも、獣ヶ原から来た時よりは近いぜ。あと三時間くらい漕げば着くんじゃないかな?」
「……それはよかった、と言う気力はないな」
 あと三時間も漕がねばならないのか。考えただけで腕が痛くなってくる。しかしこの状況にあって行動を共にするのが冒険慣れしたロックだったのは幸いかもしれない。俺だけでは筏を作るのにも四苦八苦していただろう。レディにこんなことをさせるわけにはいかないが、彼ならなんだかんだいって体力があるから漕ぐのも協力できるしな。
 小休止を終えて再び櫂を手に取ったところで、一羽の鳥が筏に降り立った。野生のくせに人が乗る筏に乗船するとは、警戒心がないのかと思ったが……。
「お前、怪我してるのか?」
「それに雌だな」
「いやそこはどうでもいいだろ!」
 どうやらこの鳥も海を渡るところだったようだ。力尽きる寸前に止まり木代わりの筏を見つけて已むなく降りてきたというわけか。海のド真ん中で俺たちに出会えたのは幸運だな。きっとこの鳥は生き延びるだろう。
 ロックは妙な方へと曲がった足にバンダナを巻いてやり、ケアルを唱えた。傷が癒えて気力を取り戻した鳥はまた空へ舞い上がり、礼でも言うかのごとく俺たちの頭上で輪を描くと西の方へと飛び去っていった。
「いいのかね、トレードマークのバンダナを」
「問題ない。予備があるからな」
 キリリと真顔のロックは懐から新たなバンダナを取り出して頭に巻き直した。なんでそこまでバンダナに拘るんだ、昔バンダナに命を救われでもしたのか?

 体感的には二日くらいかかった気がするのだが、ロックの言葉を信じるならば予想通り三時間ほどだったようだ。岸に到着した。振り返ればドマ城のあった島は思っていたよりも遠くに見える。疲れきっているせいだろうか。
 ここから先は行く宛もないが、海上から見た限りかなり広い大陸のようだったのでどこかの町に辿り着けるだろう。手元の武器と魔石を確認し、ロックは俺に尋ねてきた。
「お前はフィガロに戻るんだろ?」
「ああ。誰か辿り着いているかもしれないしな」
 そこに誰もいなくてもフィガロ城を動かせばもっと身軽に仲間を探すことができる。俺がそこから動くとしても、城に伝言を残しておけば皆の合流地点にできるはずだ。とにかく散り散りになった仲間たちを見つけないことにはケフカに立ち向かいようがない。なんといっても敵は神の力を手にしたのだ。
「そっちはどうするつもりだ?」
 何なら一緒にフィガロへ行くかと尋ねると、ロックは沈んだ表情でそっと告げた。
「俺……、フェニックスの洞窟に行くよ……」
「……ロック」
 セリスを探さないのか、と尋ねることはできなかった。おそらく彼にとっては、仲間を探す前に……いや、仲間を探すためにも、先にやっておかなければいけないことがそれなのだ。帝国に殺された恋人、彼女を甦らせるための秘宝、フェニックス。自ら打ち込んだ過去の楔が今もロックの心を縛っている。
「ブラックジャックが引き裂かれた時、俺はセリスの手を離してしまった。きっと俺の中に迷いがあるせいだ。未来のために何もかも懸ける覚悟ができてない」
 ……命尽き果てようとも離しはしない。ミズキは暴走したティナを決して離さなかった。すべてを擲ってでも彼女を守ろうとしていた。背負うもののある人間には、なかなかできないことだ。
「忘れたふりをしてても駄目なんだ。ちゃんと向き合わないと……レイチェルが甦っても、もし駄目でも、それを見届けないと俺は前に進めないんだよ」
 しかしロックの目に昔のような暗いものはない。思い出に引き摺られているのではなく、希望を持って過去と向き合おうとしているのが分かる。
「ガストラがいない今、監視の目もないだろう。だが気をつけろよ」
「ああ。これを終わらせたら、必ず皆のもとへ行くよ」
 覚悟か。俺もそれを決めなければいけないな。フィガロだけのためではなく、共に崩壊の危機にある世界のために戦うことを。まずは城へ行き、皆の無事を確かめなければならない。そして我が家のことは大臣たちに任せ、振り返ることなく進み続ける覚悟を。




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