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悲しみが打ち捨てられた海岸線


 シャドウとはオペラ座で別れ、私はセリスを迎えに行くことにした。行くとは言っても方法が思いつかないのだけれど。
 ちなみにサマサへ向かう前にエドガーに送っておいた手紙の返事は届いていなかった。まだフィガロ城に戻っていないのだろうか。それとも連絡手段が見つからないだけか。ちょっと心配ではあるけれど「機を見てそっちへ行きます」と送り直しておいたので無駄足を踏ませることはない、はずだ。
 ひとまずマランダ南端の岸辺まで戻ってきた。三日に一度くらいの割合で瓦礫の塔が光を放ち、その間隔がだんだんと縮まっているように思う。世界の荒廃が進むにつれアウザーさんの財力ばかりに頼っているわけにもいかなくなってきた。彼に借りた船をいつまでも使うのは気が引ける。どうやって孤島へ行くのか? それが問題だ。
 そもそも、サマサの村に向かう時は旧帝国領の岸辺に沿いながら進むことができたから地形が変化していてもちゃんと辿り着けたのであって。何の目印もなくぽつんと孤立している島に海路で行くのは難しい。海が駄目なら……ああ、飛空艇って本当に便利だったのだなと今更ながら落ち込む。いっそ先にコーリンゲンに行ってセッツァーを仲間にしようかと思いつつ。
 私の目と鼻の先で裁きの光が弾けた。ちょっと前まで無差別に打ちまくっていたけれど最近は秩序だった“攻撃”になっている気がする。ケフカは順調に三闘神の力を支配しているのだろう。
 それにしても今のは何を狙ったのか、まさか私をピンポイントで狙撃したわけじゃないとは思うのだけれど……。

 十分ほど見守り、追撃がないのを確認してから裁きの光が着弾した岩場に向かう。浅瀬の岩影に小さな洞窟があった。そしてそこには、傷ついた幻獣が二体。
「ユラ!」
「君は……」
 と、それにあのド派手な尾羽根が美しい巨鳥はケーツハリーか? ファルコン入手後に魔石が孤島へ流れ着いているはずだけれど、まだ生きていたのか。そしてユラ共々、今にも死にかけている。よりにもよって回復魔法を持たない私の前で!
「オペラ座まで飛べない? 近くに仲間がいる。ケアルを……」
 なんとかシャドウのもとへ戻れればとユラに手を貸そうとしたら、彼は力なく首を振って拒絶を示した。
「所詮、私たちは神の創造物……三闘神から隠れることは、できないらしい。回復しても……意味がない」
 幻獣たちはサマサの村から逃げ出し、帝国の目を逃れて散開していたようだ。しかし裁きの光が次々と仲間たちを消し去っていったのだとユラは言う。
 ……こんなところで死なせるために助けたかったわけじゃない。幻獣界へ戻るなり、こっちでケフカの脅威を気にせず暮らすなり……何かしら救いがあればと思っていたのに。駄目なのか。三闘神のしもべたる幻獣の居場所を、ケフカは察知できるのか。……だから、崩壊後は生きた幻獣に遭遇することがなかったのか。
「ティナは無事か?」
「大丈夫。それよりそっちの方が……」
 視界が霞むのか、ユラは私がどこにいるかも分からないらしく視線をさまよわせた。彼の手を握ってやり身を寄せる。たぶん、ありったけの回復魔法を注いでも助からないだろう。近くに寄って見ると、彼の下半身は焼け焦げてなくなっていた。巨人族の強靭な肉体でギリギリ命を保っているだけなんだ。

「君たちは、ケフカを倒す、のか?」
「倒すよ。あいつに支配された三闘神もブッ飛ばしてやりますよ」
「では……魔法は、消えてなくなるだろうな……」
 その呟きに籠められていたのは怒りでも悲しみでもなく確かな歓喜だった。魔法が消える……幻獣たちも消滅してしまう。
「……マディンが、羨ましかった……私も人間と、共に……」
 でもそれは、魔法の力が消えるということは、彼らがようやく三闘神の支配から解放されるということでもある。神の力に触れて異形となるよりも昔の姿にかえり、死の世界へと旅立って、そのあとはきっと、もう一度ここに。
「幻獣は三闘神が降り立って暴れる前からこの世界にいたんじゃないか。元は同じ世界の生き物。魔法の力が滅びてもあなた達の魂はここにある。……ユラ、きっとまた生まれてきてほしい」
「そうしたら君は、迎えてくれるかい?」
「もちろん」
 ユラはどこぞの女誑しのような笑みを浮かべて私にもたれかかってきた。そういえばマディンも初対面で異種族のマドリーヌをいきなり口説いたのだった。見た目も似ているし、ユラは単なる同種族ではなくマディンの血縁なのではないかと不意に思う。
「ケーツハリー、彼女を助けてくれ」
 ユラは最後の力を振り絞って傍らの巨鳥へと魔法を注いだ。私の腕の中でユラの肉体が光の粒子となって消えていく。見届けなくてはと思うのに目を開けているのも辛い。
「友よ、安らかに眠れ。私もじきにそこへ行く」
「ありがとう……、ティナを、頼む……」
 やがて耐えきれなくなって目を閉じる。瞼さえ貫く光が視界を真っ白に染め上げ、彼の感触が消えた。

 ケーツハリーが傷だらけの翼を広げ、私に向かって背中に乗るよう促した。ここで無茶をさせなければ目の前の幻獣だけでも救えるのではないかと欲が出る。しかし……、手の中にはユラの魔石がある。束の間その寿命を延ばしたところで私の自己満足にしかならないか。
「南の孤島へ飛んでほしい。そこに仲間がいる」
 海面を揺らしながらケーツハリーが空を駆ける。せっかく生きた幻獣がここにいるというのに、じきに死ぬのを分かっている私が何もしてやれない。歯痒くて堪らなかった。
「ケーツハリー、あなたはずっとユラと一緒に?」
「ああ……、共に封魔壁を飛び出し、サマサの村から去る時も……」
「他の幻獣は、もう誰も残っていないんだろうか」
「分からない……おそらくは……」
 セリスのいるであろう島が見えてくるとケーツハリーの体が傾ぐ。
「もう無理して飛ばなくてもいい。これくらいなら泳いで行ける」
「……人は空を飛べない……あの島から、出る術は……?」
「方法はある。大丈夫、心配しないで」
「よかった……」
 囁くように息を吐いてケーツハリーはがくりと体勢を崩した。それでも羽ばたくのをやめることなく、孤島の海岸へまっすぐに突っ込んでいく。衝撃に備える私を労るかのように、その優雅さを一切失わずそっと浅瀬に降り立った。
 私に回復魔法が使えれば、こんなに無理をさせなくて済んだのに。もしかしたらケフカを殺すまで彼らを生き延びさせることだってできたかもしれないのに。ケーツハリーの体からは眩い光が放たれ、浜辺の濁った水面にその輝きが弾けてゆく。
「……ごめん。あなた達の死には必ず報いる」
「三闘神の力を、受けぬ人よ……。私たちの世界を……お願いします」
「分かってる。今まで生きててくれてありがとう」
 硬質な音を響かせて巨鳥の姿は消え去った。私の手のひらに魔石が転がり落ちる。幻獣を救う力は私にはなかった。それでも、彼らを癒す魔法の代わりに三闘神の力を消し去る力だけは持っている。大破壊から二ヶ月強……繰り上げた分は私がサポートすればいいんだ。さっさと瓦礫の塔へ行き、好き勝手に暴れている馬鹿どもをぶち殺してやるとしよう。

 砂漠を避けつつ海岸線を歩く。しょっちゅう魚を捕りに来るくらいだからシドの小屋はそう遠くないはずだ。三十分ほど歩いたところでまばらに建物の影が見えてくる。まだ人は生きているようだな。とりあえず地面を見ながらとぼとぼ歩いているお姉さんがいたので声をかけてみる。
「あのー、すみません」
「は……えっ!? あ、あなた一体、どこから来たの?」
「マランダの沿岸で海に落ちて、流されたり泳いだりしてなんとか辿り着きました。ここには人がいるんですね」
「……ええ、ほんの十人程度だけれど。マランダの近くだったのね」
 お姉さん曰く、ここの建物は元々ベクタの郊外に位置していたらしい。シドたちは流れ着いたんじゃなく、元々ここに住んでいたのを切り離されたのか。サマサほど元の場所からズレてはいないけれど、こっちも随分と流されてきたものだ。
 今まで生きた人間が流れ着いたのはたった一例、セリスだけ。その彼女も昏睡しているので外の様子がさっぱり分からない。もう世界は滅びたのではないかと絶望していた。そこへ私という来訪者が現れたので心底驚いたとお姉さんは言う。……この人もしや今から紐なしバンジージャンプで崖にダイビングする予定だったんではないだろうな。危ないところだった。
「えーと、私が見たところマランダとジドール、それにツェンやアルブルグもまだ町として機能していましたよ。諦めるには早いかと」
「……そう。でも、ここを出て、私たちが生きていることを知らせる手段がないわ」
「昏睡してる娘さんはどちらに? 彼女を起こせば若さに飽かせて脱出できるかも。ジドールで蒸気船を借りてここへ戻ってくることだってできますよ」
 困惑しつつもお姉さんの瞳には希望の明かりが灯りつつあった。そして私は教えられたシドの小屋に向かって歩き出す。

 正直、ユラとケーツハリーの死で感情が高ぶっている今シドを相手に紳士的な態度をとれるか心配だった。しかし、ボロボロの扉をノックして出てきたシドの顔を見た途端、私の中から敵意が消え失せた。魔導研究所で会った時とは人相が変わっていた。彼はすっかり窶れ、痩せ細って骨と皮だけみたいになっていた。まるでデスペナルティだ。これを見て責める言葉など出てくるはずもない。
「お、お前さんは……確か研究所で……」
「ミズキと申します、シド博士。その節はいろいろと失礼を。ここにセリスがいますよね?」
「ああ。ずっと眠り続けておる……じゃが、仲間が迎えに来てくれたなら、きっと……!」
 連れて行くなとでも言うかなと思っていたのだが、外の世界が無事ならば彼女を閉じ込めておかないだけの分別はあるらしい。病を患っているのか時折激しく咳き込みながら、シドは私を小屋の奥にある一室に案内してくれた。
 シドの家がそのまま分離されたのは幸いだったのだろう。そこにはなんだかよく分からない魔道具がたくさん置かれていて、セリスにケアルだかリジェネだかをかけ続けている。
「周辺の魔力を吸い上げておる……お陰でモンスターも、この集落には近寄らんのじゃ……」
 そういや孤島のモンスターって常時スリップダメージ状態じゃなかったか? あれはこの魔道具にHPを吸われていたのだな。そしてそれが一年もの間、セリスを昏睡状態のままでも生かしていた。……ってちょっと待てい。
「ユラ……!」
 魔力を吸うと聞いて慌てて魔石を確認した。ひび割れたり光が失せたりはしてないようだけれど、大丈夫だろうか? 膨大なエネルギーを秘めているというし、人間一人を回復したくらいで力を使い尽くしたりはしないよな。と思ったら、シドが言うには魔石の力は吸わないように設定しているらしい。
「セリスが持っていた魔石を……ゴホッ、……失うわけには、いかんと……」
「ああもう分かったから、あんたちょっと寝なさい!」
 くず折れるように何度も咳き込むシドを見ていられなかった。

 二ヶ月しか経っていないのにシドが弱っているのはこの装置のせいでもあるのだろう。早くセリスを起こして止めた方がいい。モンスターを遠ざけるには他の手段もあるはずだ。
「……私は魔法を使えない。あなたの力でセリスを癒せないかな?」
 祈るようにユラの魔石を握り込む。まだ彼の精神に届くと信じる。彼はあまり回復に長けていないだろうが、目を覚ましさえすればセリスは自分でケアルを唱えられるはず。
「彼女からは……マディンの気配が感じられる……、目覚めに手を貸すことができるはずだ……」
 どこか遠くからユラの声が響いてきた。セリスの中に気配があるということは、彼女に注入された魔導の力はマディンのものだったのだろうか。皮肉とも思えるが今はその運命的な繋がりに感謝しよう。
 かつてゾゾでティナを照らしたのと同じ、ラムウやマディンのようなあたたかで優しい光が、眠るセリスの体を包み込んだ。
「う……、……ん……」
「セリス!」
「じじい寝てろ!」
 慌てて起き上がろうとしたシドをベッドに蹴り込む。やがて魔石の光が消えた。まだ目覚めてこそいないが、瞼の下でセリスの眼球は忙しなく動き起床寸前のような様子を見せている。とはいえ二ヶ月以上昏睡していたのだ。すぐには動けないだろう。
「シド、装置を止めて、あとは休んでててください。その体じゃ目覚めたセリスの看病もできないでしょう」
「お、お前さんはどこへ……?」
「脱出の準備をする。三日くらい養生したら、セリスを連れて行きますから」
 まだ筏を作り始める時期でもないだろう。長くて形の揃った丸太とか流木とかロープとか浮力のありそうなものとか探さなければいけないものはたくさんある。コンパスもあった方がいいな。シドの家に磁石くらいはあるだろう。
 それと二人分の食糧も用意しなきゃいけないし、ここらに住んでる人たちに希望を与えるために孤島近海の状況も説明しておきたい。筏で行ける距離に、まだ世界は生きているのだと。とはいえ次から次へ海に出て無駄死にされても困るので、必ず助けを連れてくるからなんとかして生き延びろと言っておくのが無難だろうな。ファルコンを手に入れたら彼らはジドールにでも運んでやればいい。
 そう、悲しみも絶望も後悔もここへ置き捨てて行く。これからは生きるために戦うんだ。




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