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ほら、まだそこにある


 三闘神の放った光がブラックジャックを引き裂き、皆とはぐれてから一ヶ月ほど経過した。海に落ちた俺が流れ着いたのはニケアの町で、しばらくは前にミズキのいた店で雇ってもらって暮らしていたんだが、陸でも海でもろくに食糧を確保できないもんで町の存続が危うくなってきている。
 数日後にはサウスフィガロから蒸気船が貸し出されることになっているから、そいつが来れば他の町ともやり取りができるようになる。滅びかけの世界とはいえ孤立しなければ皆で力を合わせてもう少し持ちこたえられるだろう。
 ってわけで俺はとりあえず、町の食い扶持を減らすためにも旅に出ることにした。目指すはナルシェだ。特に目的があるわけじゃないが、ミズキの言葉も気になるしモーグリたちの様子を見に行くつもりだった。が……。
 ニケアを出ておよそ三日。まだレテ川が見えても来ないのはどういうわけだ? これだけ延々と歩いてたらそろそろ山間にさしかかってレテ川の下流に辿り着くはずなんだがな。

 町の外にいるモンスターは、三闘神が復活した影響か以前とは比べ物にならないほど強力になっていた。もしかしたら戦闘のどさくさで歩いてる向きが変わっちまったんだろうか。太陽も月も星も見えないんで、方向感覚がおかしくなっている。あり得ないことじゃないな。
 だがそれにしたって見渡す限りナルシェの山も見当たらないこの景色は異常だろう。一体どうなってるのかと不思議に思いつつ歩き続けていると、上空を一筋の光が飛んでいくのが見えた。
「ティナー!」
 叫んで手を振れば、彼女の方でもこっちに気づいたようだ。俺の目の前に降り立つと、ティナはトランスを解いて安堵の笑みを浮かべた。
「マッシュ! よかった……やっと仲間が見つかって……」
 どうやら彼女も仲間を探してる真っ最中だったらしい。俺は皆の無事を知ってるからいいが、ティナはきっと不安だっただろうな。ずっとトランスして飛び回っていたのか、かなり疲れの色が見える。ここで合流できてよかった。俺が生きてたんだから他の皆についても希望が持てるだろう。それに俺自身、実際に無事な姿を見て気が楽になった。
 ティナは俺より後までブラックジャックにしがみついていたが、裂けた甲板から落ちそうになったところをセッツァーに助けられたらしい。それで二人とも落ちて空中で手を離してしまって、慌ててトランスしたがブラックジャックの破片を避けるのに必死で皆とはぐれたそうだ。
 船の大部分はコーリンゲン方面に墜落したが、ティナが探しても周辺に仲間の姿はなかったという。
 あの時は皆、手持ちの幻獣をとにかく召喚しまくってなんとか無事に地上へ着地しようと無我夢中だったからな。俺みたいに海の上で落っこちた奴もいるし、誰がどこへ流されたかなんて知りようがない。

 俺もニケアに辿り着いてからの経緯を軽く説明し、ナルシェへ向かうつもりだと話すとティナはなぜだか不思議そうに首を傾げた。
「でもマッシュ、南に向かっていたわよ。ナルシェは逆方向だわ」
「えっ……? マジ?」
 なんてこった、出発段階から方向を間違ってたのか。そりゃいつまで経ってもレテ川なんか見えてこないはずだよ。しかし、おかしいな。ニケアの港を背にしてまっすぐ歩いてきたんだから南へ来るはずないんだけど。俺がそう言うと、痛ましげに眉を寄せつつティナは言った。
「三闘神の魔法で地形が変わってしまったみたいなの。空から見ていても、まるで別の世界にいるみたいよ」
「……そうだったのか」
 ティナが上空から見下ろしたところ、俺が歩いてきた道はニケアからベクタの方まで細長い島がずーっと続いているらしい。もしかしてこれ、蛇の道なんだろうか? ってことは徒歩でモブリズの方へも行けるかもしれないな。あの兵士のことも気になるし、ナルシェは後回しにしてそっちへ行くという手もあるか。でなけりゃベクタがどうなったか見届けてもいい。

 気にしても仕方がない、とは分かっていてもいろんなことが気になってしまう。まったく、先を“知ってる”ってのはいいことばかりじゃないよなぁ。
「ミズキが無事だといいんだが」
 真っ先にブラックジャックから落ちたあいつに向かって幻獣を召喚して救ったのは、セリスだったかシャドウだったか。生きているはずだ。そう信じている、というか信じたいとは思う。しかし他の仲間たちほどには確信が持てないのも事実だった。
 俺が死にかけるらしいイベントが起こるまでの一年間は行動を共にしないと宣言されてしまったが、無事を確認するくらいは許してくれるだろうか? できればミズキを探したい。呑気そうな顔を見て安心したい。
 らしくもなく不安に駆られた俺を見上げ、ティナはそっと手を伸ばした。……えっと、なんで俺、頭を撫でられてるのかな?
「大丈夫よ、マッシュ。ミズキは生きているから」
「ティナがそう言ってくれると心強いな」
 でも撫でるのはやめてくれ。つま先立ちでプルプルしてすごく危なっかしいぞ。
 ひょっとしてティナはもうミズキを見つけたんだろうかとも思ったが、さっき俺を見て「やっと仲間が見つかった」と言ってたのを思い出してその考えを打ち消した。飛空艇がなくても空を飛び回れるティナだが、その彼女でさえまだ誰とも再会できていない。にもかかわらず、ミズキの無事だけは絶対に信じられるのだとティナは言う。
「ミズキと出会ったことには意味があると思うの。だからきっと途中でいなくなったりしないわ」
「……途中って、何の?」
 思わず突っ込んでしまったが、ティナは自分で言ったことの意味もよく分かっていないらしかった。
 ケフカはなぜだかミズキの正体を知ってるみたいだったし、幻獣ラムウも気づいたとミズキから聞いた。もしかしたらティナも、異世界の……“物語”のことを本能で気づきかけているのかもしれないな。

 ミズキはティナに嘘をついていることをひたすら心苦しく感じている。もしティナに真実がバレたら、それはそれで気が楽になるんじゃないかとも思う。さすがにあいつのいないところで「世話係なんてのは嘘だぜ」と言ってしまうつもりはないけど。
「なあ、ミズキって帝国ではどんな感じだったんだ?」
 マディンの魔石に触れて記憶を取り戻した時、ティナはミズキの嘘に気づくはずだった。しかしティナは、今までと変わりなくミズキと接している。帝国にいた頃のことをどう思ってるんだろう?
「研究所で実験台になっている時くらいしか操りの輪を外すことがなかったから……、帝国での生活はほとんど覚えていないの」
「……ミズキに世話されてた間のことは覚えてないのか」
「ナルシェで操りの輪を外してロックたちと逃げ出した時、生活の知識をまったくといっていいほど持っていなかったことに気づいたわ。きっと、それこそ自分では何もできない人形のように、すべてミズキの手を借りていたのね」
 帝国にいた時分、誰かがティナの面倒を見ていたとしてもそれはミズキじゃなかったんだ。ガストラなりケフカなりに与えられた本当の世話係がティナをどう扱っていたのかは分からない。そしてその人はたぶん、もう……。考えれば考えるほど、ティナは騙されたままでいた方がいいんじゃないかという気もしてきてどうすればいいか混乱する。
「ミズキの記憶で一番古いものは、ナルシェの炭坑で私を探しに来てくれた時のことよ。ずっと見守っていてくれたのに、私は彼女と出会った時のことさえ覚えていない……」
「それは、」
 ティナの抱く一番古い記憶こそがミズキとの出会いだからだ。君はちゃんと覚えているんだ。そう言ってやりたいが、それは俺の口にしていいことではなかった。

 ちょっとばかり話し込んでしまったが、空はずっと暗いからどれくらいの時間が経ったのか分からない。
「俺はベクタの方に行ってみるよ。あのでかい塔も気になるしな」
「一緒に行ってもいい?」
 それは心惹かれる提案だな。道連れがいたら気分も安らぐし、何よりティナと一緒なら心強い。だが駄目だ。ミズキの言う死亡イベントとやらを乗り越えるまでは、一人でいるつもりだから。
「できたら、手分けして皆を探したいんだ」
「……そうね。早く皆を見つけて、ケフカを倒さないと」
 淋しそうなティナの顔を見るとめちゃくちゃ心が揺れたが、ぐっと堪える。俺の身に何が起こるにせよティナを巻き込むわけにはいかない。
「なんかあったらトランスしてフィガロに飛んでくれ。どこにいるとしても兄貴は城へ帰るはずだし、俺も伝書鳥を探して連絡するつもりだから」
「分かった。気をつけてね、マッシュ」
「ありがとう。ティナもな。あ、そうだ! こっから東にモブリズって村がある。そこに行ってみてくれないか?」
 あそこなら郵便屋があるから、オペラ座にでも鳥を飛ばせばミズキと連絡がとれるかもしれない。そう言うとティナは期待に目を輝かせて頷いた。……それに、彼女のケアルやレイズがあればあの兵士さんも治るかもしれないしな。

 再びトランスして東へ飛び去っていくティナを見送り、俺もまた南へ向かって歩き出す。野宿をしながら更に四日ほど経っただろうか。そろそろ食糧が尽きそうだ。ベクタはたぶんなくなっているし、ツェンかアルブルグまで持ちこたえられるだろうか。いやそもそも、町についても食い物を売ってもらえるのか? あの得体の知れないモンスターどもを調理することも考えておいた方がいいかもしれないな。
 そんなことを考えつつぶらぶら歩いていた時だった。前方に不審な人影が踞っている。草をちぎってる……のか? というかあの人、すごく見覚えがあるぞ。確かブラックジャックの乗組員……。
「ジミーさん?」
 道具屋さんだ。三闘神の魔法が来るまでにプロテスやら何やらかけまくっておいた甲斐あって、生きててくれたみたいだ。彼が無事なら他の二人も無事だと思っていいよな?
 なにやら草を採集していたらしい彼は、それを鞄に仕舞い込んでから立ち上がって俺に手を振った。
「やあマッシュ君! まったく心配してなかったけどやっぱり無事だったか」
「お、お陰さまで」
 そりゃ頑丈さには自信があるけど、改まって心配してなかったなんて言われるのも複雑な気分だな。
「ジミーさんこそ、無事でよかったよ」
「君が防御魔法をかけてくれたからな。というか、ミズキのお陰なのかな? 彼女の企みだったんだろう」
「ええ、まあ」
 お見通しか。ミズキは本当にブラックジャックに馴染んでたんだな。旅続きだったからあの船を家のように感じていたのかもしれない。……助けられて本当によかった。

 俺とは反対に南から歩いてきたらしいジミーさんは、蛇の道を辿ってニケアに向かうつもりらしい。彼に戦闘力があるとは思いもしなかったが、モンスターだらけの道を一人で来たのに無傷なんだから侮れない。道具屋だけあってモンスターを遠ざけるアイテムもたくさん持ってるのかもしれないな。
 それにしても、彼はいつ道具を買いに行ってもわりと事務的な対応で落ち着いた性格の人だと思っていたんだが、今日はやたらと生き生きしてるなぁ。ニケアにだってこんなに元気な人はいなかったぞ。
「君もここまで歩いてきたなら知ってるだろう? 海底に沈んでいたのが浮かび上がってきて、未知の植物がいっぱい生えているんだ。危険なモンスターもいるし、足を休める集落もないから誰も来ない。今ならここの薬草類を私が独り占めできるぞ!」
「は、はあ……」
 おいミズキよ、この人なんだか思ってた以上に逞しいぞ。べつに俺たちが心配する必要なんてなかったみたいだ。……まあ、世界がこんな時に元気でいられるってのはいいことだ。お陰で俺も未来に希望が持てるよ。
「ところで、セッツァーたちには会わなかったか?」
 どうやら今までセッツァーのことは頭の隅にものぼらなかったらしく、彼は今初めて思い出したというように「そういえば見てないな」と答えた。……飛空艇はまた手に入るって話だけど、彼がそれに乗ってくれるのか微妙に不安だな。
「船長に会ったらよろしく言っといてくれ。ブラックジャックは残念だが、私はやっぱり行商の方が性に合ってる。カジノの客は好きになれないんだ!」
「べつに構わないけど、客商売が苦手だから船に乗ったんじゃなかったのか?」
「……そ、それは……」
 物作りは好きだし薬草の知識も豊富で調合が得意、しかし人付き合いが極端に苦手なのだとミズキが言っていた。そんな彼をセッツァーが拾ってブラックジャックで大して儲からないがあまり人と接しなくてもいい商売をさせてたんだ。
「俺たちはまた飛空艇を手に入れてケフカと戦うつもりだ。そこで商売を再開してくれればありがたい」
「……そうだな。確かに私は腰を落ち着ける店があった方がいいのかもしれない。ミズキに会ったら船長以上によろしく言っといてくれ」
 って、あいつに売らせる気かよ。ぴったりの人選だとは思うけどさ。

 荷を背負い直し、ジミーさんはこのままニケアを目指すようだ。モブリズの様子を見に行ってほしい気もしたが、あの村にはそんなに金もないし高い薬を売りつけられても困るよな。まあ、陸続きでニケアと往来できるんだからなんとかなるだろう。ミズキとセリスを待つ一年の間に俺が行ってもいいし。
「変な草に気をとられてモンスターにやられないでくれよ?」
「分かってるとも。君も気をつけてな。ケフカを倒しに行くまでに便利な道具をたくさん仕入れておくから」
「ああ、助かる。仲間を探したらきっとニケアに行くよ」
「これからもご贔屓に!」
 愛想のいい笑顔を浮かべて手を振り、彼は俺が来た方向に歩き去っていく。基本的には商魂逞しいんだよな。ただ知らない人への接客が苦手なだけで。
 船長が破天荒なこともあってブラックジャック号の乗組員は個性派揃いだ。絶望が空を覆ったようなこんな世界でも強く自由に生きている。俺も見習わなくちゃいけないな。




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