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自然という形


 軋む身体をなんとか起こして空を見上げ、思うのは「あー、やっぱり生きていたな」ということだ。
 飛空艇にしがみついたまま墜落したのならまだしも生身で空から落下したのに無事だなんて、これはもう好運だけでは済まないな。物語に決められた流れがあるのと同じく、私が必ずエンディングに辿り着くようにどこかの誰かが働きかけているのではないかと感じる。たとえば運命ってヤツとかが。
 まあ実際は、ブラックジャックが破壊された瞬間に動くことのできた数人が幻獣を召喚していたのは落ちながらも見えたから、そのどれかに助けられたのだろうとは思う。横っ腹から衝撃を感じた直後に気を失ったので誰が助けてくれたかは分からないけれども、かなり手荒い救助だった。
 目覚めた途端に海で漂流中だったらどうしようかと思っていたら幸いにも陸地で目が覚めた。服も濡れていないので私をキャッチした幻獣がちゃんと運んでくれたようだ。
 まずは自分の位置を把握しなければならないが、見渡す限り何の特徴もない荒野が続いている。魔大陸は崩壊の瞬間ベクタ上空に浮かんでいた。でもブラックジャックは全速力でその場を離れようとしていたので私がどの辺りで落ちたのか想像もつかなかった。
 とりあえず瓦礫の塔はとても遠くにぼんやりと見えているだけだから、今立っているこの場所は元帝国のあった付近ではなさそうだ。適度な距離があり間に山を挟んでいない場所……となるとモブリズかツェン、あるいはオペラ座方面にくっついてしまったマランダの辺りだろうか。
 徒歩でオペラ座に行ければありがたいな。忘れないうちにと覚えてる限り記しておいた崩壊後のざっくり地図、モンスターやらアイテムやらのメモ、フェニックスの洞窟や瓦礫の塔の攻略手順、全部あそこに置いてある。それに伝書鳥がいるから連絡可能な仲間もいるだろう。
 世界中を覆い尽くした雲は真っ赤に染まり、見た目だけは美しい夕暮れの風景。しかし太陽の見えない時間が長く続けば続くほどに世界は荒廃していくはずだ。地面に目を落とせば、ここら辺りは裁きの光が通ったあとらしく焼け焦げた大地ばかりが広がっていて草木の気配もない。
 ふと思いつき、しゃがみ込んで土に手を触れてみた。……なんか熱いな。床暖房が効いている。冬場に寝転がるにはちょうどいいくらいの温かさだと言えるが、地面がそんな熱を帯びているなんて異常だ。ここでは植物など育たないだろう。ケフカを排除するまで世界はゆっくりと枯れ続ける。とにかく先へ進まなければ。

 方角もよく分からないので仕方なく瓦礫の塔を右手に見つつ適当に歩き始めた。まず陸地の端に行ってそこから海岸沿いに歩いていればどこかの漁村に辿り着けるんじゃないかな! という大雑把な計画である。
 体感で三十分ほど歩いただろうか。ありがたいことに海が見えてきた。しかしその時、遠く瓦礫の塔が強烈な光を発したのに驚いて足を止める。
 振り向くと、ブラックジャックがやられた時と同じ三闘神の魔法が大地を割って進んでいくのが見えた。不規則な軌道からしても、明確な標的があって放たれたわけではなく単なる暴走らしい。ケフカは未だ三闘神を完全には支配下に置けていないのだろう。
 しかし、どっちにしろ今の魔法はどこかの誰かを殺した。これが一年続くのだ。一年で終わると知っているからこそ私は平静でいられるけれど、何が起きたのかも分からないままこの絶望に放り出された人たちは……。
 溜め息を振り払って海岸沿いをさらに進む。今は崩壊前から崩壊後への転換期と言える。生態系がねじ曲げられている真っ最中だ。そのせいだろうか、ありがたいことにさっきからモンスターとまったくエンカウントしない。凶悪な魔物が出没し始める前に町へ到着したいものだ。
 また三十分ほど歩いたように思うが、さっきより疲労が濃くなっているので時間の感覚も鈍っている。相変わらず人の気配の感じられない海岸線だが少し離れたところに妙な物を見つけた。近づいてみるとそれは船の残骸……見覚えのある操舵輪と無理矢理ひっぺがされた床板だった。
 真っ二つにされて墜落したブラックジャックの一部だ。船首側がこの近くに落ちたのだとしたらセッツァーに会える可能性が高い。ここはコーリンゲン方面なのか? ああでも船長だってすぐに自暴自棄の飲んだくれ生活を始めたわけじゃないだろうから、しばらくは世界をうろついていたと思う。再会する場所が各々のスタート地点とは限らないのだった。
 何にせよ、誰かが近くにいるかもしれないと思うと足の疲れも緩和された。とりあえず舵輪は拾っていくことにする。セッツァーに渡せば……喜んでもらえるか傷を抉ることになるか微妙なところだが、きっといつの日かは記念になるだろう。
 ブラックジャック号、どうにか守りたかったのにな。

 いい加減に足も棒になりつつあった頃、町に辿り着くより先に見慣れた黒い人影を見つけて思わず歓喜の声をあげた。
「シャドウだー!」
 どさくさに紛れて抱き着こうとしたが覆面の隙間から殺気を帯びた目で睨まれたので思い止まる。インターセプターがスキンシップ嫌いなのはきっと飼い主に似たんだな。
「……ミズキか」
 しかし気のせいでなければ彼も私の顔を見てホッとしたようだ。真っ先に落ちた私はいいが、仲間が次々と宙へ投げ出されていくのを目の当たりにした人ほど不安は大きかったはずだ。弱っちい私が生きてるくらいなら他の皆も無事に違いない、とでも思ってもらえたら幸いである。
「いやはやお互い無事で何より」
「すぐ死にそうに見えてしぶといヤツだな、お前は」
「ホントにねー。半分くらいは死ぬかもしれんと思ってたんだけど」
「軽く言ってくれる」
 シャドウは私の背負った操舵輪を怪訝そうに見つめている。確かに怪しげな出で立ちだが「セッツァーへの土産だ」と言ったら納得してくれた。彼いわく私が挙動不審なのはいつものことらしい。それはそれで嫌だな。
「あのさ、せっかく会えたんだし、できればどっかの町まで一緒に行動してほしいなあと思うのですが。私オペラ座に行きたいんだよね」
 ものは試しとお願いしたらシャドウは遠く荒野の向こうを指して言った。
「マランダはここから西へ向かってすぐだ。送ってやる。そこから船で向かえばいい」
「なんと! いや、じゃあ徒歩でオペラ座まで行けるわ。マランダは旧帝国領から離れて西大陸にくっついてるはずだから」
「何……?」
 向かって左にマランダ、右手に瓦礫の塔があるので大体の現在位置も分かった。急速に安心感がわいてくる。自分がどこにいるのか知っておかないと、いざって時にどっちへ走ればいいのかさえ分からないからな。スマホですぐに地図を出せれば知らない土地でもそんなに怖くないのに。
 ところでマランダから東を目指してきたらしいシャドウはどこへ行くつもりだったのだろう? 話してる限り死を決意した悲壮感はないので、すぐに一撃の刃を探し始めるとも思えないのだけれど。
「ちなみにシャドウのこれからの予定は?」
「船でサマサへ行くつもりだったんだが」
「ああそっか、インターセプターと合流しなきゃだもんね」
 それでアルブルグに向かっていたのか。地形が変わっていなければ幻獣探しの時と同じルートでサマサまで辿り着ける予定だった。しかしシャドウも違和感は抱いていたようだ。なんせアルブルグへ続いていたはずの地面がすぐそこで海に没しているのだから。
「三闘神の魔法で地形が変わっちゃったんだよ。サマサの村もかなり位置がズレてるから、一人じゃ行けないと思うよ? オペラ座まで来てくれたら地図をあげるからさ」
 ここから更に歩くのは辛い。とりあえずマランダでチョコボを借りるとしよう。

 セリスの流れ着いた孤島はここからまっすぐ南に降ったところにある。地図で見れば分かりやすいが、実際そこへ行く方法は思いつかない。船を借りるとしてもマランダの港から出発して陸地を回り込んでる間に位置が分からなくなりそうだ。第一「真南にまっすぐ進んだら島があるはずなのでそこへ連れていってください」なんて怪しげな依頼を引き受けてくれる船乗りがいるだろうか。
 スカイアーマーで飛んで行く……のも厳しいだろう。おそらくは途中で燃料が切れる。どうしたものかな。
 孤島で眠っているはずのセリスに思いを馳せていた私の肩をぐっと掴むものがあり我に返る。シャドウがちょっと怒った様子でこちらを見ていた。目しか確認できないからよく分からないけれども。
「ミズキ……何を知ってる。説明してくれ」
 そうだな。シャドウには話す予定だったし、マランダまで黙って歩くのもなんだし。他の仲間と合流したら言いにくいから今が好機と言える。
「当面、私の保護者になってくれるなら」
「いいだろう」
「報酬はどうする?」
「お前の“秘密”が報酬じゃないのか」
「あー、そっか。そうなるのかな」
 私はただ背負った荷物を押しつけて半分持たせるようなもの。シャドウにとって割に合わない取引だと思うのだが、本人がいいと言うならまあいいか。
「とりあえず私が知ってることを言う。仲間は全員無事、一年後の居場所は分かる、ケフカを倒すまでの道順も知ってる、あとシャドウの見てる悪夢についてと、リルムとの関係とか」
 どれから聞きたい? と問いかければシャドウは無言で考え込み、やがて「細かいことはいい。なぜ知っているのかを教えろ」と答えた。確認はしないのか。ではこれから言うことが私の「推測」や「妄想」じゃなくて紛れもない「事実」だと、もう確信を抱いているわけだ。
 ……シャドウと行動を共にした時間は短かった。そんなに怪しいところは見せていなかったつもりだけど、なぜ“知ってる”ことがバレたんだろう。

 ぷらぷらとマランダ目指して歩きながら隣に並んだシャドウに私の経緯を説明する。インターセプターがいないから変な感じだ。なるべく早くサマサに行くとしよう。
「まず始めに、私はこの世界の人間じゃない。魔法か何かの力で迷い込んできてしまった異邦人です」
「幻獣のようなものか」
「いや、もっと遠い。私から見れば幻獣界はこの世界と同じ物語の一部だからね」
「物語?」
 たとえば、本棚だ。そこに詰め込まれた本。誰かが綴った架空の物語。造られた世界に息づく人々。決められた通りに動くストーリー。私はそれを知っているけれど、逆に言えば見えない部分はまったく知らない。
「読んでいた本の世界に取り込まれた。大雑把に言うと私の素性はそんなところだよ。ガストラがティナを見つけた日から始まって主人公がケフカを倒して終わるまでの物語を、私は最初から知ってるんだ。主人公の一人であるシャドウの過去も、語られてる部分はね」
 一人の人間として立ってしまえば“先の展開を知ってる”なんて大した優位性にはならないんだと最近になって痛感している。未来を知っていても、何もできないなら知らないのと同じだった。
「ビリーのこと、クライドがリルムの父親だってこと、リルムとストラゴスは血が繋がってないこと、インターセプターはリルムの母親の飼い犬だったこと、知ってるのは物語で描写がある部分だけ。リルムのお母さんの名前は知らない。“シャドウ”を結成する前のビリーとクライドのことも、サマサでの生活も、村を発ったあとの消息も細かいことは分からない。そんな風に、いろいろと穴がある」
「……なるほどな」
 あっさり頷くシャドウに拍子抜けさせられた。こんな話、もっと根掘り葉掘り聞いてようやく事態が飲み込めるものだろう。「異世界から来たってんな馬鹿な話があるかい」とか「この世界が作り物なんてあるわけないだろ」とか、最初にあるべき疑念をすっ飛ばしている。マッシュに話した時も思ったけど普通に理解されてしまうのが不思議だ。
 元が剣と魔法のファンタジー世界だから“不思議”の感覚も私とは違うのかもしれないな。私には荒唐無稽すぎて自分でも信じられないような話を「そういうこともあるかもね」と受け入れられる。

 私の言動はどこか怪しかったかと尋ねたら、シャドウは事も無げに「最初から全部だ」と教えてくれた。マッシュルートに入ってからじゃなくサウスフィガロで見かけた時からして、好意的な視線に不自然さを感じたらしい。……仲間キャラだと認識して見てたせいで浮いてしまったのか。
「スパイかと疑うような機密を知ってるかと思えば子供にも分かる常識が欠けている。不測の事態が起きても動じないかと思えば自分に火の粉が降りかかった途端にパニックになる。無知な箱入りかと思えば世間慣れしている。背景がまったく見えん。どんな素性と仮定しても違和感がある。何者なのかと思っていた」
「うーん。改めて聞くと確かにめっちゃ怪しいな」
「不審だが、害はない。だから見逃されているんだろうな」
 やっぱり見逃されてたのか。まあ、最初期から仲間にいるエドガーやロックは私の嘘に気づいてたみたいだものね。秘密があると思って注意して見ればおおよその察しをつけるくらいはできるのだろう。ロックは考えないようにしてくれたし、エドガーも追及はしてこなかった。隠し通せているのは彼らの優しさのお陰だ。
 さて、他言無用というのはわざわざ言うまでもないだろう。私としてもクライドの話を勝手に他の誰かに教えるつもりはないし、シャドウもこちらの事情を誰彼構わず話すことはないと信じている。
「で、本題に入るけど、この世界が作り物で筋書きは予め決まってて私がそれを知ってるってこと、誰にも教えたくないんだよ」
「そうだろうな」
「でもシャドウには先の展開を一部、話しておこうと思ってた」
 正直なところ、本当にいい結果をもたらせるのかまったく自信がない。私が話したせいで本来なら思いもつかなかったはずの選択肢がシャドウの中に生まれてしまうかもしれないんだ。でも……。

 隣から注意深げな視線を感じつつ、深呼吸して遂にそれを口にする。
「ガレキの塔にケフカがいる。一年後に皆であいつを倒して、そしたら塔が崩れ始めて、必死で飛空艇に向かって逃げてる時、シャドウは一人でその場に残ろうとするんだ。誰にも、何も言わずに」
「……」
「教えてほしい。……今すでに、死にたいと思ってる?」
 シャドウは黙ったまま、足を止めて考え込んだ。即答はされなかった。それだけで少し安堵する。
「……悪夢のことも知ってるんだったな」
「うん。ごく一部だとは思うけど、知ってる。それについてはごめんなさいとしか言いようがない。人の夢を覗き見してるって意識はなかったんだ」
「物語を見ているだけのつもりだったんだろう。別に口封じをする気はない。安心しろ」
 お、おう。嫌われるか避けられるかというのは心配してたけどそこまでは考えてなかった。逆に不安になるわ。
 でもシャドウのことだけじゃなく、他人には知る由もないはずの思い出を一方的に見知っているなんてのは悪趣味だと思う、本当に。本を読んだりゲームをしたりするのにいちいちそんなこと慮っていられないけれど、現実に人間同士として接してしまうと距離感が変わってしまうのだ。
 包み隠さず気持ちを話してもらうのは無理だろう。なぜ死のうと思うのか、なんてデリケートにも程がある問題だ。その場に立ち尽くしながらシャドウは口を開いた。
「ケフカを倒す戦いに、なぜ俺が加わっている? あいつらに雇われるのか?」
「違う、と思うよ。心境までは分からないけど、シャドウなりに戦う理由があったんじゃないかな」
 コロシアムで再会した時、シャドウは「俺に残されたのは戦いだけの修羅の道」と言って、その道を極めるために再び仲間になる。だけど一撃の刃は自分に振るうために求めたわけではないはずだ。戦うのは生きる意思があるということ。
「今、何のために生きるのか、何を作り出すことができたのか、守るべきものは何なのか……。絶望に満ちた世界でそんなものが見つかったのかとケフカは尋ね、仲間たちが答える。シャドウの答えは『友と、家族と……』だったよ。そして最後に崩れ落ちるガレキの塔でインターセプターを逃がして、『ビリーよ。もう逃げずに済みそうだ。あたたかく迎えてくれよ』……って……」
「……おい。なぜ泣く」
「ううぅ、お、思い出したら涙腺がゆるんで」
 ビリーを殺せずに逃げ出してしまったから、死と向き合うことこそがシャドウにとっての戦いなのか。それとも単に詫びのために友と妻のいる地へ向かおうとしたのか。だけどそれは、最後まで生きてもできることじゃないか。
 何度プレイしても彼は行動を変えてはくれなかった。

 風が冷たくなってきた。雲が空を覆っているので時間の感覚がないけれど、どうも日が暮れつつあるようだ。シャドウが再びマランダに向かって歩き始めたので慌てて後をついて行く。
「魔大陸でケフカを止められなかったことは悔いている。後始末はするつもりだ。だが、戦いを終えた後の心境は、今の俺には分からん」
「……うん」
 とにかく現時点では死のうなんて考えていないわけだ。できればそのまま、ビリーとの再会は年老いてからにしてほしいのだが。
「作ったものはいつか壊れる。どうせ必ず人は死ぬ。ケフカは『だから生きる必要などない』って言うけど、だったらわざわざ死ぬ必要もないよね。死ぬまで生きればいいと私は思う」
「お前らしい屁理屈だな」
「あー、ありがとう?」
 その行いを裁きはしない。善いも悪いも許すも許さないもない。自分の人生をどうしようと彼の勝手だ。ただ私が生きるために、そして守るべき人たちが生きてゆくために、やりたいと思うことをやる。さしあたってはシャドウの説得だ。
「私はシャドウに生きててほしいよ。ずっとそう思ってた。ここじゃない遠い世界で、この物語を知るたくさんの人が、シャドウを死なせない方法を探したんだ」
「だが見つからなかった」
「……だって、本人が意思を変えなきゃどうしようもないからね」
 仲間たちは、そしてプレイヤーは、シャドウがそんな覚悟を決めていたことなんて知る由もないから、別れを惜しむ時間さえ与えられない。
「列車強盗でも友達を見捨てたやつでもアサシンでも、そんなの承知の上でシャドウに絶対生きててほしい人がいるのは知っておいて」
 魔大陸脱出の時みたいに待っていれば帰ってきてくれるとか、可能性を探してみることもできずに喪うのは嫌なんだ。聞き入れてもらえなくてもいい、意思を覆せなくてもいい、それが彼自身の望みならどうにかして受け入れよう。
 だけどその前にたった一言「死なないでほしい」と、そう願っている人がいる事実を伝えたかったのだ。




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