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君だけが知っている


 この世界はケフカによって破壊された。ミズキの知る物語の中ではそういうことになっている。しかし実際には三闘神の魔法にいくつかの都市が巻き込まれたという程度だ。確かに甚大な被害ではあるが、ガストラが手当たり次第に戦争を吹っ掛けていた時とあまり変わらない状況だと言えた。
 地形の変化はこれから世界に大混乱をもたらすだろう。町があったはずの場所に海が広がっている。巨大な車輪で轢いたかのように山脈が抉れている。地形に変動のあった周辺は焦げた地面ばかり広がっており、土が熱を持ち草木は死滅している。何より目立つのは元帝国首都であった場所に聳えるあのバカでかい塔だ。
 ミズキによればケフカはあそこに居座って三闘神の力を操り世界の支配を目論んでいるらしい。目に映るものを見るならば“世界が破壊された”なんてのは大袈裟だが、この災害が一年続き、何を直して何を育んでも端からケフカに破壊される日々が続けば、やがて人間が生きる力を失うであろうことは明らかだった。
 世界はこれからゆっくりと死んでいく、というわけだ。
 マランダの町並みを見てミズキの表情は複雑だった。彼女が知っているのは既に絶望で満たされた後の世界だという。魔大陸が落ちてから一年間は彼女も知らぬ空白期間だ。これから少しずつ追い込まれていくことを考えれば、さほど被害の大きくない現状も素直に喜べないと嘆く。……気持ちは分からんでもない。
 どのみち手の施しようがないのなら、じわじわと嬲り殺しにされるよりも一息に止めを刺してもらえる方がどんなにありがたいことか。

 一人でチョコボに乗れないと言うミズキを鞍の後ろに乗せてオペラ座を目指した。必要となりそうなものは予めそこへ隠してあるそうだ。団長とは顔見知りらしいが、なぜそんなことまで頼めるのかと疑問だった。よく考えればミズキたちはブラックジャック号に乗っていた。おそらく例のマリア誘拐騒動に関わっていたのだろう。
 飛空艇が破壊されてしまったのは痛手だな。あれが健在ならば一足跳びに瓦礫の塔へと向かい、更なる魔法が破滅を呼び起こすよりも早くケフカを倒すこともできたはずだ。
 魔大陸が崩壊して以降、この物語を主導するのはセリスだと聞いた。彼女が散り散りになった仲間たちを探し集め、そして全員でケフカを倒しに行くことになる。だが彼女は現在どこかにある孤島で意識不明に陥っているという。
「悠長に待ってないで、セリスを起こしてやれば今すぐにでもケフカと戦えるんじゃないのか?」
 俺の手元には魔大陸で預けられたままの魔石がある。セラフィム……治癒力に優れた幻獣の魔法を借りれば、一年も昏睡させておく必要はないはずだ。そして居場所の見当をつけやすい何人かを集めたらさっさと片をつけてしまえばいい。しかしミズキの表情は渋い。
「ケフカの前にも三闘神との戦いがあるからね。シナリオ通りに進めば神々はケフカに魔力を奪われて弱ってて、だからなんとか倒せるんだけど、早く着いたら万全な状態の神と戦うはめになると思うんだ」
「だが結局はその三闘神の魔力を奪ったケフカを相手にしても倒せるんだろう? なんとかなりそうに思えるがな」
「むしろ奪った力をまだ扱いきれてなかったから、逆に弱かったのかもしれないでしょ。あと皆そこへ行くまでの過程でも成長してるはずだから、それをすっ飛ばしてケフカに勝てるかは分からない」
「……そうそう近道はできんというわけか」
 なるようになってるんだよ、とミズキは呟いた。確かにそのようだ。先の展開を知っていれば単なる回り道のようにしか思えなくとも、その手間こそが正しい道程だというならば仕方がない。道を逸れれば“知っている”ことの強味も消えるのだ。といって一年も手をこまねいて待つのは馬鹿げているが。
「私にできるのは、なるべく仲間と連絡をとれるようにしておいて、セリスが起きてからラスダン突入までを最短距離にしておくことくらいかな」
 面倒な話だ。しかし俺が魔大陸でケフカを取り逃がしたのも事実なら、やれるだけのことはやっておかねばならない。

 オペラ座に着くとミズキは団長を探したが、どうやら留守らしい。ここの常連はジドールやサウスフィガロ、そしてアルブルグやベクタの金持ちばかりだった。これからは客足が途絶えるに違いない。今は必死で繋ぎ止めているところか。
 案内係に連れられてミズキは自分の荷物を取り戻し、ついでに背負いっぱなしだったブラックジャックの操舵輪を預けていた。あのオペラ座をまるで自前の倉庫のように使っている。厚顔なやつだ。
 続いて彼女は劇場付の伝書鳥を借りていた。宛先はフィガロ城だ。
「エドガーとは連絡とれると思うんだよね。どこに流れ着いても一旦は城に帰るだろうし。私たちはサマサに行って、一ヶ月以内にもう一度ここへ来るとして、手紙を寄越してもらうかできたら合流しようかと」
「そうか」
 異論はない。この状況下でフィガロ王の権威がどれほど通用するかは分からんが、同行して損のある人物ではないだろう。
「他のやつらはどこにいるんだ」
「あー、私が知ってるのは一年後に再会する場所だから現在地とは限らないけど。セリスはここから南の孤島、マッシュはツェン、カイエンはゾゾ山、ティナはモブリズで会えるからその辺じゃないかな。ちなみにリルムはジドール、ストラゴスは……これから建造されるであろう狂信者たちの塔にいるよ」
「……狂信者だと?」
 思いがけない言葉に眉をひそめた。この先に待っているのはケフカによる破壊ばかりだと言っていたのに、誰が何を狂信して塔なんか建てるというんだ。
「まさか……ケフカを?」
「うん。あれも一応、神様みたいなものになってるから。信仰が生まれても不思議じゃないかもね」
 だとしてもそこにストラゴスがいる理由はないだろう。サマサのやつらは魔大戦の苦しみを今でも深く記憶に刻んでいる。三闘神の封印を解いたケフカを信仰するはずがない。しかしミズキは、苦々しげに溜め息を吐いた。
「一年間で誰にも再会できないんじゃないかな。それでリルムも死んだと思って、ケフカを崇める魔導士の集まりに加わった……ってことだと思う」
「……」
 何と言えばいいのか。いや、何を言う権利も俺にはない。彼はサマサの村にいると思っていた。フィガロ王が自分の城へ帰るように、村に戻っていると思い込んでいた。……そこにあの娘がいなかったから、どこにもいなかったから、世界に絶望したのか。あの老人が。
「そこまで追いつめられる前に合流したいとは思うけど、ストラゴスがどのタイミングで塔に来るか分からないから難しいかもしれないよ」

 伝書鳥を飛ばすとミズキは鞄から紙束を取り出した。その中の一枚に地形が変わった後の世界地図が描かれている。とはいってもさすがに細部はあやふやなのだろう、単純な丸や歪な三角形で描かれた大陸の中に町の名前が記されているという雑なものだった。モブリズからニケアへ続く細い陸地だけが特徴的な形をしている。ここは記憶に残っていたらしい。
「これは蛇の道か」
「そう。浮き上がって陸の道になってるから歩いて通れる」
 だが元は海中に没していた場所だ。町はおろか小さな村や集落さえ存在しない荒野。身を休める建物も、物資を補給できる店もない。そんな危険極まりない土地を道と呼べるだろうか。いっそ海中に没していた時の方が安全だったかもしれない。
 そして蛇の道の中程に「狂信集団の塔」と書かれていた。なるほどな……彼がここに現れるまで延々と見張っておくのは難しそうだ。第一、塔を訪れるのが一頻り絶望に浸ったあとならばそれから見つけても意味がない。
 サマサに伝言を残しておくのがいいかもしれん。もし彼が道中で故郷に辿り着ければ、孫が生きていると知ることができる。
 ミズキはここから更にチョコボでジドールを目指し、馴染みの金持ちから船を借りて南大陸へ運ばせるつもりのようだ。そしてアルブルグから再び船でサマサへ向かう。この近くにも港はあるが、変わり果てた地図を見る限り顔馴染みに頼むのが正解だろう。今の段階で「大三角島へ向かってくれ」と言って辿り着ける船乗りはおそらく世界に一人も存在しない。
 サマサの位置はミズキの言う通り大きく変わっていた。俺だけでは探すのに難儀しただろう。こいつと再会できたのは思いの外、俺にとって幸運だったのかもしれない。

 こんな紙切れ一枚を眺めているだけで世界が破壊された実感が沸き上がってくる。元の形は失われ、永遠に戻らない。虚しい気分だ。
「……俺はどこで見つかるんだ?」
 自分の居場所を他人に尋ねるというのも妙な話だが、他にどう尋ねたものか思いつかなかった。マランダの近くで偶然ミズキと出会っていなければ俺はサマサを探して彷徨い歩いていただろう。インターセプターを迎えに行ったあと、自分が何をしようと思ったのかまったく想像がつかない。
「シャドウは最初、獣ヶ原の洞窟で傷を負って倒れてるのを見つけてサマサの村に運んで治療してもらうことになる。仲間になるのはコロシアムで再会した時だね」
 コロシアム、と聞いて視線を落とせばコーリンゲン北部にその名を見つけた。竜の首コロシアム。これも狂信集団の搭と同じく新たに築かれる建物だ。だが、こっちは噂に聞いたことがあった。北の外れに住む偏屈な爺さんが地道に造っていた闘技場だ。まさか本当に完成させるとは思わなかったな。
「どういう経緯でコロシアムに?」
「ん、んー。なんか、一撃の刃を探してたんだって。プレイヤーがそれを賭けるとシャドウが出てくる」
「意味が分からん。持ち主が分かっていたなら最初からお前たちを探した方が早いだろう」
「そこら辺はゲームだからあまり突っ込まれても困ります」
 腑に落ちないが、物語の中の俺が一撃の刃を求めた気持ちは分からないでもなかった。
 どうせ俺のような者は廃業だ。日に日に死へと這い進む世界で誰が金を払ってまで人を殺したがる。だが、一度でも手を汚した人間は光差す道へ戻ることなどできない。戦い、殺し、強くなる他に願いも望みもないのだ。
 その一撃の刃だが、どこで手に入るかは分かっているので経緯は省いてもいいかとミズキに聞かれ、黙って頷いた。楽に見つかるならそれに越したことはあるまい。わざわざ無駄な傷を負う趣味はないからな。

 荷物を預かってもらった礼にとミズキはオペラ座に置き土産を残していた。よく分からんが、金儲けの種らしい。客が来なくなるであろうオペラ座を僅かなりとも支援する心積もりか。
 生活力も戦闘力も赤子並みの貧弱な女に見えるが、強かに異世界の知識を利用して生き足掻いている。頼る相手さえいれば強いな、ミズキは。思えば俺に素性を打ち明けたのもマッシュの代わりに保護者役を押しつけるためだったのかもしれん。
 ジドールに向かってチョコボを走らせながらそんなことを考えていた。……それはそれとして、チョコボくらいは一人で乗れるようになってもらいたいものだ。
「そういえば、マッシュがツェンにいると言っていたが、サマサへ行く前に探してみるか?」
 あいつだけはミズキの素性を知っているらしい。あの悪意のない男なら仮に未来を知り得てもそれを利用しようとは思わないだろう。筋書きを変えず円満に結末を迎えたいミズキにとってはこのうえない保護者役だ。しかしミズキは彼を探すことを拒否した。
「マッシュにはセリスが起きるまで合流しないって言ってあるから、もし会っても別行動をとる」
「……理由はあるのか」
「え、あるに決まってるでしょ。意味もなく避けたりしませんよ」
 まあそうなんだが、考えなしに無意味なことをしている可能性もある気がしただけだ。ミズキだからな。

 数日の野宿を挟んでジドールに着いた。多少の混乱は見られるが、この辺りは世界に何が起きたのか未だよく分かっていない様子だ。とはいえ金持ち連中の耳は早い。帝国がなくなったことも瓦礫の塔にいるケフカのことも、じきに伝わってくるだろう。
「リルムいないなー」
「フィガロの方に流れ着いたんじゃないのか。一年あれば船を探すこともできる」
「あー、そうかも。アウザーさんがコーリンゲンまで画家を探しに行ってたし、イベント直前までその範囲には来てなかった可能性はあるね」
 ミズキが頼る予定の金持ちとはジドール随一の大富豪アウザーのことだった。これもブラックジャックの船長と同じくマリア誘拐騒動をきっかけにして懇意になったそうだ。フィガロ王と親しくジドールにコネがありオペラ座に貸しを持っている。よくよく考えれば末恐ろしいやつだった。
 そんな様子を微塵も感じさせず、ミズキはなにやら一人でニヤついている。
「リルムがフィガロにいたらそれってなかなかのアレだなー」
「それとアレでは分からんぞ」
「はっきり恋人関係になるわけじゃないけど、エドガーとリルムってちょっといい感じなんだよね」
「なんだと?」
 それは確かフィガロ王の名だったな。マッシュの双子の兄で、もうじき28歳になるというのに跡継ぎどころか特定の恋人もいないと噂の……。
「どういうことだ」
「うぉっ! わ、私に凄まれましても。ってか怖!」
「フィガロ王には幼児趣味でもあるのか」
「いやいやいや、ないよ。いい感じっても本当にちょっとだけのことで、本人同士ってよりこの物語のファンが盛り上がってるだけっていうか、リルムがエドガーのミドルネームを知ってる程度で」
 フィガロの王族は家族しか明かされない秘密の名を持っている。それを教える意図など一目瞭然だ。王は一体なにを考えている? あいつは未だ10歳のガキだぞ。変態か?

 腹の底から沸き上がってくる不快感を必死で押さえ込んでいたらミズキが呆気にとられた顔で俺を見ていた。
「やっぱムカつくんだ? 娘の彼氏候補」
「関係ない。良識の問題だ」
 言ってから後悔した。俺が良識を説ける立場か。だが、17歳差だぞ。いくらなんでもあり得ん。いずれ誰かを愛するにしても、もっと真っ当な相手がいるはずだ。
「……」
「……」
「その生ぬるい笑顔をやめろ」
 ミズキは勘違いをしている。愚かしいほど素直に、俺が父親として娘の心配をしているのだと思い込んでいる。……すぐには顔も思い出せないほど昔に棄てた子供のことを今さら心配する親がいるはずもない。少し考えてみれば分かることだ。
「インターセプター迎えに行ったあとリルムを探さない?」
「そうしたければ好きにしろ。俺には関係ない」
「めちゃくちゃ関係あるでしょ、父親なんだから」
「お前が言わなければそんな事実は無いも同然だ」
 そしてミズキは誰にも言わないだろう。暴かれたくない秘密を俺に預けているのだからな。

 ミズキは奇特にも、物語の結末に俺が死ぬのを止めたいらしい。そしてその理由にサマサでの出来事を持ち出そうとしている。娘のために生きろなどと、馬鹿なことを。
「ケフカを倒した後にも悪夢が続くなら、俺の選択は変わらんだろう」
 俺がそう言うとミズキは傷ついた顔をする。そのゲームとやらでの“シャドウ”の死に様を語った時のように、目に涙を溜めて俺を睨む。
「置いてかれるリルムが可哀想だと思わない? せめて親子だって名乗りをあげれば……」
「生きていると知って何になる。今日から普通の父親になって温かな家庭を築けとでもいうのか? 自分の親父が人殺しのクズだと知らされるより、死んだと思ってる方が幸せだろうよ」
「それってリルムはクズの血を引いてるってこと?」
「あの娘の唯一の不幸だな」
 ミズキは殴りかかってきたが、軽く往なして無視をした。父親がクズであろうとあいつを育てているのは村の人間だ。たかが血の繋がりに引きずられて、娘までクズになる心配はない。
「……自分のことクズとか言わないでよ」
「少なくともお前よりは、俺は俺のことを知っている」
 たかが物語の中で一部を垣間見たくらいですべてを知ったような気になるなと吐き捨てれば、思いのほか強い視線が返ってきた。
「じゃあクズでもいいよ。クズならクズらしく、ちゃんと罪の意識に苛まれながら生きてみたらどうかと思いますけどね」
「何?」
「私だったら、死に逃げたりしない……自分が何を見捨てたのか、分かってるつもりだもの」
「……」
 死ぬのは逃げか。そうだな。それについては反論もできまい。俺はきっと疲れて死を選んだに過ぎない。ケフカを倒し、これで帳尻を合わせたはずだと、もう眠らせてくれと、懇願しながら逝ったに違いない。
 もしもビリーがいたなら、あいつはきっと唾を吐きかけるだろう。どれほど苦しんだと思っているのか。たかが10年の悪夢ごときで許されると思っているのかと。俺は……生き足掻いてでも、もっと長く苦しむべきなのではないか。あいつの味わった地獄に追いつくまで。




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