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残酷なまでに青く澄んだ空


 西の山を降りて村に向かう。ありがたいことに獣型の幻獣たちが背中に乗せて運んでくれるので帰りは楽ができた。始めは借りてきた猫みたいに大人しくなっていたリルムもすぐ彼らに懐いたようだ。育ての祖父がモンスター好きだから彼女も物怖じしない性格になったんだろうか。
 数十分で村の入口に到着し、ティナとユラは待ち構えていたレオ将軍の元へと向かう。私は一人で村長の家に足を向けた。今のところ帝国兵は礼儀正しくしているが、念のため村人全員がすぐ逃げ出せるよう一ヶ所に集まっている。さすが警戒心が強いな。
「村長、皆を村の外へ避難させてください」
「……軍備を整えた部隊が幻獣を狙ってこちらに来ておると連絡があったんじゃが、その件かの?」
 話が早いな。やっぱりシャドウが情報を提供しているんじゃないだろうか。ただストラゴスは彼の正体にまだ気づいていなかったから、連絡を寄越しているのは“クライド”なのかもしれない。
 始めから、彼は村長と繋がっていたのか。それなら私の目論見にも希望が見える。サマサの村を気にしているなら生きてゆく理由にもなるだろう。

 帝国兵の様子を窺いつつ、村長との密談を続ける。
「レオ将軍はこの村の事情に気づいてませんよね?」
「うむ。迷惑はかけぬので幻獣との謁見に広場を使わせてくれと言われただけじゃ。何も求められてはおらん」
「後発部隊も気づいてないはず。彼らの狙いはあくまでも幻獣だからさっさと逃げて関わらなければ秘密は漏れない。ただ、これから帝国軍を率いてくる男は魔導と無関係な人でも誰彼構わず殺したがる異常者なので、巻き添えを食らわないためにも早くこの場を離れてください」
「あんたはどうするね」
 魔大陸についてはともかく、ユラたちもレオ将軍も死なずに済むならそれに越したことはない。ぶっちゃけ、仲良くしてもいいと思える者同士だけで固まっていればティナの望みは簡単に叶うのだ。人間だけの社会と同じでね。彼女が為し遂げたいのはそんなことではないだろうけれど。
「平和を望んでる者だけは助けたいけど、私に何ができるかは不明です」
「……高望みはせんことじゃ。期待すれば痛い目を見るぞ」
「ええまあ揉めるくらいなら関わりたくないって気持ちは非常によく分かりますよ」
 現代日本の若者なら大抵の人が分かるだろうな。疲れた気持ちで吐き出した私に村長は置き土産を残してくれた。
 村長の家は初代の魔導士たちが建てた小さな魔導要塞。帝国にも幻獣にも破壊することはできないだろう、と。……いざという時はありがたく逃げ込ませてもらおう。

 広場でレオとユラが話しているのを眺めてロックも安堵の息を吐いた。
「これでリターナーの役目も終わりだな」
 そんな彼の横顔を目にして、まだ笑顔は見せられないながらもセリスは向かい合う勇気を振り絞って顔をあげた。
「ええ。きっと今度こそ、本当の平和が訪れるわ」
「セリス……」
「なにも言わないで。一緒に……皆のところへ、戻りましょう」
 感無量なのは分かるけれど、しまらないことにロックは顔を真っ赤にして俯いてしまった。それを見てセリスも恥ずかしくなったのか同様に頬を染める。
「おあついねえ」
「若さじゃの〜」
 不思議そうな顔をしながらティナがリルムを扇いでいた。あついってもそういう意味じゃないんですよ。
 村長の家の裏手から住民の避難は終わっている。兵士に見咎められなかったのが幸いだ。軍の滞在に怯えて隠れているとでも思っているのかもしれない。ここに派遣されてきたのが甘ちゃんのレオ将軍で本当によかった。
 そんな、穏やかな空気にヒビが入る。咄嗟に気づいて反応したセリスが魔封剣を構え、こちらに向かって伸びてきた魔導ビームが吸い寄せられて消えた。
「ひょひょひょ、ぼくちんの魔導アーマー隊の力を見せてやるぞ! 撃て撃てー!」
「ケフカ! 何の真似だ!?」
「皇帝の命令ですよ。見つけた幻獣を魔石化して持って来いってね」
 よい子の軍人様は「皇帝の命令」という言葉に明らかな動揺を見せた。やっぱりこいつはダメだ。個人的にケフカが気に入らないというだけで、セリスのように帝国を捨てる決断はできなさそう。
「ユラ、散開して逃げて! 誰も立ち向かうな!」
 我に返った幻獣たちがあちこちへ散らばって行く。魔導アーマーがその後ろ姿に向かってビームを照射すると、彼らの姿は瞬く間に掻き消えて魔石と化した。……少数なりとも逃げ切れれば……あの兵器の射程はどれくらいだ? どうやらアーマーを歩かせながら撃つことはできないらしいのが幸いだ。

 家や木を楯にしつつ幻獣たちは一心に村の外を目指す。自らの暴走を恐れて山に隠れていた温厚な幻獣ばかりだから、逃げた先でサマサの住民と鉢合わせしても見境なく攻撃したりはしないはず。とにかく帝国兵の射程から逃げてさえくれれば後でティナの魔力を頼りに合流できるだろう。
 レオ将軍の部下らしき帝国兵たちはあっさりとケフカ側についた。彼らが将軍子飼いの部下ではなく最初から言い含められていた者たちなら、皇帝はとっくにレオを見限っているということだ。しかしそれをあっさり認めるわけにもいかないレオは兵に指示を飛ばすケフカのもとへ剣を抜き様に駆け寄った。
「ケフカ! 貴様の行い、もはや見過ごせん!」
「うるさい!」
 魔法で応戦するあのケフカは、幻影だったか。あいつの性格からして本体が遠くで兵に守られているということはないはずだ。自分にバニシュでもかけて高みの見物といったところか。
 襲ってくる帝国兵はティナたちが対処してくれる。私はボウガンを構えて本物のケフカが現れるタイミングを待っていた。これで殺すのは無理でも隙を作れればレオがトドメを刺すだろう。
 やがてレオ将軍の剣がケフカを追いつめる。満身創痍の演技までして健気な幻影は、体勢を崩したところを袈裟懸けに斬られて地に伏した。が、その体が消滅すると同時に辺りで異変が起きた。
「どこだ……ケフカ……姿を見せろ!」
「くそ、何なんだ、この霧……」
「リルム、リルム!」
「おじいちゃん、リルムはこっちよ!」
 レオ将軍も、ティナもロックもセリスも、皆を攻撃していた帝国兵でさえ急に目が見えなくなったかのようにキョロキョロと周囲を見回している。普通に見えてる私には何が起きたのか一瞬分からなかった。
「ミズキ、どこにいるの!?」
「あー、大丈夫だよ。魔力の霧かなんか出てるっぽいから下手に動かないようにね」
 私の返事を聞いて安堵の表情を浮かべはしたものの、ティナは急に膝から崩れ落ちた。どうやらこの霧、ただの目眩ましではなさそうだ。皆の体から力が抜けていく。構えたオートボウガンをどうすることもできずに呆然とする。
 ……ここで気絶されたら幻獣が攻撃をしかけてきた時にティナたちが巻き添えを食らうのではないでしょうか。

 先にティナたちを避難させたかったが思い止まる。ケフカを殺せるかもしれないんだ。チャンスを逃すわけにはいかない。
「馬鹿め! お前が倒した私は幻影なのだ! それくらいの術を見抜けないヤツが将軍だなんて、それも、いつも、いつも……」
 案の定、ケフカは無防備なレオの背後に現れて至近距離から容赦なく魔法をブッ放した。レオもさすがというか全身に炎を纏いながらもなんとか体勢を立て直してケフカに斬りかかる。でもあのちょっと、肉の焦げる匂いとかしてるんですが。お腹減るわ。
「いつもいつも、いいこぶりやがって!」
 剣を握るのもやっとに見えるがレオは果敢に攻撃を加える。その真正面からケフカは容赦なくガ系魔法を連発していた。形勢不利どころではなくこのままではレオが死ぬ。
「ケ、ケフカ……お前は……」
「ヒッヒッヒ。皇帝にはレオが裏切ったと報告しておくよ! 死ね死ね、死ねー!」
 お楽しみのところを申し訳ないがケフカの胸部をめがけてありったけの矢をぶちまけた。私の腕力に合わせたボウガンはケフカの体を貫くほどの威力を持たず、またしてもすべての矢が払い落とされる。しかし気を引くことには成功した。
 ケフカが怒りの形相をこちらに向けると同時にレオが体当たりで突き飛ばす。無様に転んだケフカの腹に彼が、剣を突き立てようとした、まさにその瞬間、地面が揺れてレオ将軍は崩れ落ちた。幻獣が来たのか。

 ああくそ。くそっ。もう少しだったのに。いや、まだ間に合う、間に合わせられる。倒れたレオに駆け寄り転がった剣を拾い上げて振りかざした。ケフカが私を見上げてくる。動揺するな。心を静かに。
「帰れなくなってもいいのか?」
「うるさい」
「お前に私を殺す権利などない!」
 そんなことは分かってんだよボケナスが。散々モンスターを殺してしまったんだ、どうせ後戻りなんかできやしない。今さらコイツを殺したって何も、何も変わらない。
 剣の柄を握り締めた手が震える。狙いなんか定まらなくてもいい。このまま突き刺せばケフカを殺せるんだよ。レオを治療してベクタに帰ればガストラを脅して退かせることも不可能ではない。ケフカを殺せば。この男の命を奪えば。変えることができれば。
 しかし誰かを犠牲にしてまで叶えたい望みが私にあるのだろうか。
 ヒトを殺してまで何を救おうとしているのか。
「くっ……」
 この期に及んでまだ悩むのか馬鹿野郎。自分を叱咤して振り下ろした剣はしかし狙いが逸れて奴の横腹に傷をつけただけだった。私に攻撃されたのがよほど気に入らなかったのだろうか、憤怒で顔を真っ赤にしたケフカは飛び起きて私に蹴りを食らわせてきた。いってえ、肉弾戦なんか冗談じゃないわ。
「どうせ死ぬから、生きてても無駄なんでしょ。だったら世界を巻き込んだりしないで一人で今すぐ死ねっつーんだよ」
「うるさいうるさいうるさい! 黙れ! クズがああっ!」
「うるせえのはあんただろピエロ野郎」
 後退りながら剣を握り直すがレオの剣は異様に重くてまともに扱えそうにない。筋肉馬鹿め。ロックのナイフでも借りておけばよかった。

 霧が晴れてゆく。平和そのものの青い空から殺気を纏った幻獣たちが舞い降りてきた。私の足元には瀕死のレオ将軍が倒れているが、もはや彼も私もケフカの眼中にはない。一瞬前まで私をぶち殺そうと燃え盛っていたのが嘘のように狂気の瞳は幻獣へと注がれていた。
「これはこれは幻獣の方々。突然のお越しで驚きましたが歓迎しますよ。ぼくちんに、もっと魔石プレゼントしてくれるというのですから!」
 立ち上がったケフカは私の存在を気に留めていない。こちらも彼に背を向けて、気絶しているレオの足を掴んで焼け落ちた倉庫の陰に引きずり込む。重いんだよ83kgのド畜生が! ここは壁が丈夫だし、運が良ければ生き延びやがれ。
 サマサの広場には魔法が飛び交う地獄絵図が描かれている。この状況で剣を手に私を殺そうとするものはいない。速やかにティナたちを村長の家へ運び込まなければ彼女らが巻き添えを食ってしまう。
 引き際だ。すでに帝国兵に狙いをつけられている幻獣は諦めるしかないだろう。それでもユラたちが方々に逃げたお陰で援軍の幻獣も散らばっている様子だ。いくらかは逃げられるだろうか。レオは騒ぎがおさまるまで死ななければ後々には助かるかもしれない。
 ……ケフカは殺せなかった。でもほんの少しくらいは筋道を変えられたはずだ。そうとでも思わなければやってられないじゃないか。




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