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解放空間


 あとのことはラムウに任せてゾゾを出た私だが、相変わらず武器もなければ戦えもしない。というわけで、山を回り込んですぐ南にあるジドールまでのモンスター蔓延る危険な道のりをダダルマーの手下たちが送ってくれた。
 もう……ありがたすぎて涙が出そうだ。プレイ中の印象に反してゾゾのやつらはみんな好意的ないいやつだった。それもこれもラムウの仲介があってこそではあるのだろうけれど。
 とりあえず誰がティナを探しに来ても対応できるようにロックたち全員の外見的特徴を教えておいた。いつものごとく喧嘩を吹っ掛けるのは構わないけれど死ぬ前にさっさと逃げてほしいと伝えておく。
 モンスター扱いではあるが彼らは単なるゾゾの住民だ。できる限り死んでほしくないし、仲間たちに彼らを殺してほしくもない。私の知り合いという誼で戦闘が避けられることを願っておくとしよう。

 心暖まる皆様のご厚意に支えられて到着したジドールの町。青空のもと明るく美しくゴージャスな町並みはスラム街であるゾゾとのギャップが酷い。
 全身ずぶ濡れのままでは私がどこから来たのか丸分かりなので、濡れないよう隠し持っておいた服に着替えておく。でもちょっと湿っぽい。仕方ないか、ビニール袋なんてなかったんだもの。
 さて、ニケアの時は「ここで働かせてください!」で運よく短期アルバイトが見つかったけれど貴族の住まうこの町で飛び込みの職探しは難しそうだ。一にコネ、二にコネ、三四がなくて五にコネ就職という感じに違いない。偏見だが。
 ひとまずは比較的安そうな酒場へ向かうことにした。仮に雇ってもらえても芋の皮剥きで魔石代を稼ぐのは無理だろう。しかし下働きをさせてもらえれば酒場の客から芋づる式に人を手繰り寄せて上客を捕まえることも可能ではないかと、期待して……。
 店を見回してあり得ないものを見つけ、思わず二度見する。そんなまさか。あまりにも都合がよすぎるのでは? いやこの場合は悪いのか。これは不運か幸運か、私にも分からないのだけれども。
 この酒場の店主よりも先に私の視界へ飛び込んできたのは大きなテーブルを一人で占領している明らかに堅気ではない傷だらけの男だった。派手な黒コートと銀髪が異様に目立つ、まさかのセッツァー・ギャッビアーニさん(27歳・賭博師)だ。
 やべえどうしよう思いの外ヤクザ。絶対に話しかけたくないどころか遠巻きに眺めるのも避けたいタイプのやつだ。関わったら死ぬか殺される。
 顔、怖すぎるだろ。あれマジで仲間キャラかよ? 出る作品間違えてるよ。というかレオ将軍の時も思ったがドット絵のかわいさはどこへ消えてしまったんだ! 天野絵成分が濃すぎる! あれをリアル造詣に持ち込んでも魑魅魍魎にしかならんだろうて。
 いやいや落ち着け私、深呼吸だ。顔は怖くても中身はセッツァー。大体アサシンのシャドウとだって平気で話ができていたじゃないか。今さらギャンブラーが何だ。賭博師なんか怖くない。
 見た目は確かに関わっちゃいけないぜオーラを醸し出しているがあれの実態は有名女優の誘拐を目論んだものの予告状に「さすらいのギャンブラー」なんて署名しちゃう至極愉快でお茶目な男なのだから、と自分に言い聞かせる。
 なんかあんまり怖くなくなった。

 勇気を振り絞ってそのテーブルに近づき、漂う濃厚な酒の匂いに辟易としつつ声をかけてみる。
「お兄さん、ちょっといいですか」
「あァ?」
 ヤンキーも裸足で逃げ出すほどドスのきいた声で威圧された。
 うわあ、やっぱり怖い! 帰りたい。ゾゾに帰りたい。キッチン風呂トイレなし三畳一間のゾゾに。いやダメだ、金のため魔石のため豊かな暮らしを送るためにはブラックジャックの様子を見ておかなければならないのだ。
 もしブラックジャックにも生活上必要な設備が揃っていなかったら、早めになんとかしなければいけないのだから。
 セッツァーの眼力に怯えながら、さすらいのギャンブラーさすらいのギャンブラーと心の中で唱えてみる。居酒屋で隣に座ってきたヤクザから夜中のコンビニ駐車場に屯してる若者くらいに恐怖もランクダウンさせたけれど怖いことに変わりはなかった。
 とにかくガラが悪すぎるよ目つきがキツすぎるよ、さすらいのギャンブラー。それでも、もう話しかけてしまったから覚悟を決めなければ仕方がない。
「わたくしミズキと申します。単刀直入に言いますと私に仕事をくれませんか。ちょっと前まで帝国にいたんですが職と家を失いまして、お金も着替えも今晩の食事もなくて困ってるんですよ」
「ふん。ワケ有り、か。どうやって帝国からここまで来たんだか」
 てっきり面倒事は御免だぜとか言って追い払われるのではないかと思っていたのだがセッツァーは意外にも私に椅子を勧めて先を促してきた。聞く気はあるってことか。
 そりゃまあ面倒事が嫌いならギャンブラーにはならないよなと納得しつつおっかなびっくり隣の椅子に座らせて頂く。やはり酒臭い。どんだけ飲みやがったんだコイツ。

 セッツァーに遭遇するとは予想外だったがブラックジャックで働くことが許されれば非常に助かる。ある程度は魔石を買う金を稼げるだろうし、そこへ加えて陰ながらオペラ座イベントのサポートもできるかもしれない。
 優雅にワイングラスを傾けながらセッツァーは不躾に私を観察している。
「なんで俺に話を?」
「はい。いろいろ詮索されたくないので相手は慎重に選ぶ必要がありました。まともに職を探すのが難しかったのと、この店の中ではあなたが一番お金を持っていそうだったので。その洒落たコートはどう見ても特注品だし、とても質がいいですよね」
「ほう、分かってるじゃねーか!」
 やはりオーダーメイドの服を褒められるのは嬉しいらしく一気にセッツァーの機嫌が良くなった。笑うと子供っぽいというかガキ臭くなるので顔の傷と眼力の恐怖も薄れた。よし、もう一押しだ。
「それから、やっぱり私もどうせなら男前の下で働きたいと思いますので。そういう点でも、あなたに声をかけさせていただきました」
 これは本音である。物騒な傷痕に目を瞑ればセッツァーはかなりの美形だった。フィガロ兄弟ほど整ってる容姿ではないけれど自信に満ちた強い目元には野性的な魅力がある。すごくモテそうだ。それだけに顔の傷がなぜできたのかもなんとなく察せられる。
 十中八九、女絡みだろうよ。

 あからさまな煽てにあっさり乗ったセッツァーは上機嫌でワインを飲み干した。どうやら好感触の模様。このまま雇ってもらえればいいのだが。
「で、何ができるんだ?」
「以前は要人のお世話をしていたので……炊事洗濯掃除と、そちらの職業によって細々とした雑用なら何でもやります」
「俺が誰か知らねえのか?」
「あ、はい。すみません。こちらのことには疎いので」
「ふぅん……」
 ちょっと機嫌を損ねてしまったかと焦ったものの、セッツァーはむしろ私が彼を知らないということに安堵している様子だった。
 ……大量の酒。不機嫌な表情を浮かべて安酒場で一人飲んでいる。私がセッツァー・ギャッビアーニを知らなくて安堵するのは不名誉な事情があるからか? 賭けに負けてやけ酒っも飲んでいたのか。だとすると少し困ったことになる。
 セッツァーがカッコ悪くても私は気にしないけれど彼には金をたっぷり稼いでもらわなくてはいけないのだ。私のために仲間のためにそして期間限定販売の魔石を買うために。
 世界で唯一の飛空艇にして空飛ぶカジノ船でもあるブラックジャック号が現実にどういう管理・経営体制をとっているのかは定かでないが、ゲーム画面上では道具屋とリフレッシュ係とひっぺがしちゃうおじさんしかいないのだった。
 もしカジノ経営をセッツァーが一人で行っているとしたら場合によっては私も経理業務くらいこなせるだろう。利益が上がれば後の助けになる。やはりなんとしてもブラックジャックに乗りたい気持ちになってきた。
 というか、この反応を見る限り人手不足なのは間違いないと思う。マリア誘拐も間近に控えているというのに無計画でございますこと。

 契約成立の可能性が高くなってきてほくそ笑む私をよそに、セッツァーはここへきてようやく自分の名を名乗った。
「俺はセッツァー・ギャッビアーニだ。ある船のオーナー兼船長をやってる。お前、名はなんてぇんだ? 実名は名乗れるのか?」
 さっき名乗っただろうが聞いてなかったのかよ、という罵声は飲み込んでなるべく人当たりのいい笑みで答える。
「ミズキとお呼びくださいませ」
 ファミリーネームを言わないのはまずいだろうかと思ったが、セッツァーは気にしていないようでホッとした。
 どこの国の名前だよと突っ込まれても困るのだ。髪や目の色も相俟ってドマ出身者と誤解されるのか名については今まで誰にも突っ込まれたことはないけれど、姓はちょっと危険な感じがしている。
 ミナやシュンを例に挙げるならドマの人は日本風の名前のようだが彼らのファミリーネームはカイエンの“ガラモンド”だろうから、私の姓はおそらく「ドマ出身です」では誤魔化せないと思われる。
 どう見てもドマっぽいのに帝国から来たという私。セッツァーは別段、引っ掛かりを覚えなかったようだ。寛容というか大雑把というか、最初に彼を見つけたのはやっぱり幸運だったようだ。たぶん他を当たっても職は見つからなかったに違いない。
「……いいぜ、ミズキ。雇ってやるよ。ちょうど使用人が必要だと思ってたところだしな」
 やった。そうなってほしいとは思っていたけれどこうもすんなり話が通るとは思っていなかったのだ。セッツァーの雑な性格……もとい懐の広さに感謝しておくとしよう。

 使用人ということなら後々誘拐するマリアの世話でもさせるつもりなのかもしれないな。実際、攫ったあとでずっと飛空艇に乗せておきたいなら男所帯ではまずいだろうから。
 セリスそっくりの美人女優であろうマリアのお世話をしてみたい気持ちはあったけれど、ここはオペラ座イベントが滞りなく進行するように根回しに専念させていただこう。セッツァーが、ちゃんと偽マリアを誘拐してくれるように。
 お金を稼げて仲間を迎える準備もしておけるなんて、これほどありがたいことはないですね。
 もしかするとシナリオを円滑に進めるために便利なフリーキャラとなった私を利用するべく、世界に何らかの力が働いているのかもしれない。たとえば運命ってヤツとかが。
 そうであればいいと思う。願わくば、すべてがうまくいきますように……。




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