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崩壊の予兆


 ラウンジでミズキが草臥れていたので肩でも揉んでやることにした。ついでにチャクラを開いて気を整える。自分の精神を集中するのはともかく他人の内部を看るのは苦手だったのに、最近は他人にもかけられるようになっていた。
 ミズキに言わせれば「レベル的に使えるようになってるはず」らしいが、元は昔バルガスがやっていたのの見様見真似だから俺が“修得する予定だった”と言われても妙な感じだ。
 ブラックジャックはもうじきナルシェに着く。表向きバナン様たちを避難させるためだが、ミズキには他にもナルシェに行きたい理由があった。なんでもあそこの炭坑に住んでるモグの一族をどこかへ移したいんだそうだ。なぜか詳しく話そうとしないけどたぶん世界が崩壊する時に備えてのことだろう。
 地形が変わってしまうほどの大災害だと言っていたから魔大陸が浮かび上がっていくのを見た時は背筋が凍る思いだった。しかし今のところガストラたちに目立った動きはない。かなり不気味なのはさておき魔大陸は未だ“そこにあるだけ”だった。ミズキの悠長さを見ても、崩壊までに多少なりとも猶予があるんだろうと思う。
 ミズキは事前にやっておくべきことを急いで全部やるつもりらしい。

 ふと気になって、ナルシェに連れていったあとバナン様をどうするのか聞いてみる。戦いの心得はあるといっても彼らは戦士じゃないから、魔大陸に連れていくわけにいかないってのは分かるんだが、地上で動くかもしれない帝国軍の相手でもしてもらうつもりだろうか?
「バナンねー。正直あとのことは知らんわ」
「おいおい……じゃあなんで連れ出したんだよ」
 ジュンも含め、リターナーの面々はかなり危ういところだった。俺たちだけなら魔法もあるんで事が起きてからでも脱出できただろうけど、兄貴が帝国の動きを察知するのがもう少しでも遅かったらバナン様たちは帝都で殺されていたかもしれない。
 人目を引く危険を犯してまで、隠れていた彼らをわざわざ迎えに行ったのは、そこにいてはならない理由があるからだろうに。
 今はガストラが魔大陸にいるとはいえ残った帝国軍の動きへの対処を迅速に行うにはバナン様を南大陸に残しておくべきだった気もする。俺がそう言うとミズキは意外な、いや意外で済ませるには衝撃的なことを言い出した。
「キャラクター的にはバナンとかもう死んでるんだよね」
「え、ええ!?」
「幻獣探しにベクタで別れるところでティナの視点に切り替わるから、エドガーたちが逃げる時にバナンがどうなったのかってプレイヤーには分からないんだよ。エンディングまで誰も何も言わないし、あそこで殺されたんだろって解釈が一般的だった」
 だから私はむしろバナンが生きてブラックジャックに乗ってるのが妙な感じ、と事も無げに言われて顔が引き攣る。
 だったら先に言っといてくれてもよかったのに。俺、別れ際に「注意しとくことはないか?」ってしつこく聞いたじゃないか。それともまさかバナン様が嫌いだからわざと言わなかったのか? ……まさかなあ。
 じゃあつまり、こっから先バナン様はシナリオ上の死に縛られなくていいわけだ。出番がなくなったとも言えるが。リターナーの出る幕は終わったってのはそういう意味でもあったんだな。
「で、まあ生きてるのは結構なんだけど、ベクタ近辺に隠れてるのは、たぶん、それはまずいからナルシェに連れて行こうかと」
「……崩壊に巻き込まれるからか?」
 何の気なしに聞いた俺の言葉にミズキは固まった。死ぬはずのところを生き延びた。バナン様たちが今後のシナリオを変えてしまうのが心配なのかとも思ったが、何を悩んでいるのかどうも分からない。

「なあ、単なる愚痴でもいいから吐き出しとけ。お前かなり疲れた顔してるぞ。それ以上くよくよするなよ」
「好きでぷよぷよしてるんじゃないですぅー」
 ぷよぷよしてるとは言ってないんだけど。年甲斐もなく頬を膨らませて拗ねるので思わず頬を押さえて空気を抜いてやったらミズキの口からプシューと間抜けな音が出た。
「愚痴るのもバカらしいんだけどなー……。我ながら偽善くせえなと思っただけだよ。バナンだけ逃がすのもそうだし、これからモーグリ族を説得しようとしてるのもだし」
「モーグリを移住させるのがなんで偽善になるんだ」
「世界が崩壊する時に一族が全滅する予定だからだよ」
「……へ?」
「崩壊後、散り散りになった仲間をもっかい探しに行くんだけど、モグは群れのいた場所に一人きりで壁を見つめて佇んでるの。崩落で巣が潰れたのかモンスターに襲われたのかは分かんないけど、生き残るのはモグだけ」
 驚いたな。あのモグの呑気な雰囲気からは想像もつかない過酷な運命だ。そう聞かされるとモグをそんな悲惨な目には遭わせたくないと思う。ミズキ風に言うならあいつは“癒し系”だ、悲劇なんか似合わないし、似合ってほしくもない。
 でも滅びそうなモーグリ族を助けようとするのがなぜいけないのかやっぱりよく分からなかった。仮に群れが助かったとしても、モグは既存のシナリオ通りちゃんと仲間として戻ってきてくれるだろう。モグ自身の運命を変えるのでなければ物語には大して影響を与えないはずだ。ミズキもそう思ったから手を出すことにしたんじゃないのか。
「なんか不都合があるのか?」
「無いけど、世界中で人が死ぬのにモーグリだけは助けるのってどうなのと思うと。バナンのことだってさ。ベクタはもうすぐ町ごとなくなるんだよ。あそこに住んでる人を放っておくのに数人だけ逃がしたって何の救いにもならない」
「……そんなことはないだろ」
「世界が予定通り崩壊しちゃったら少数を救っても意味ないのは分かってるのに」
「おい、意味がないなんて言うなよ。何もしなかったらモーグリたちは死んじまうんだろ? 他の誰もこれから起こることを知らないんだ。お前は“少なくとも”彼らを助けられる。そいつらが生きられるのを無意味だなんて思うのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
 まあ、気持ちは分からないでもないけどな。これから死ぬのを知ってるからどうにかして助けたい、なんて言い出したらそれこそ世界中の人々を守り抜かなきゃならなくなる。
 ベクタが町ごとなくなると聞いて、俺も今すぐ戻って皆に逃げろと言いたくなったが、実際問題そんな戯言をまともに聞いて素直に逃げてくれるやつはほとんどいないだろうしな。

 助けられるものならすべての人を助けたい。だが、自惚れては駄目だ。どんなに必死で頑張ってもこの手で救える命は高が知れている。俺たちは誰でも自分の届く範囲で支え合うのが精一杯で……とてもじゃないが世界まるごと背負うなんて無理だ。
 だからって足掻かない理由にはならないが。できないのならできるところまでは頑張ればいい。単純な話だろう。
「俺たちが魔大陸でガストラを……ケフカを止められれば、そんなこと悩まなくて済むじゃないか」
「あー、えっと、突入する時マッシュはブラックジャックに残ってもらいたいんだけど」
 気まずそうに言われて俺もつい真顔になった。……危ないからミズキを連れて行きたくないとは思ってたが、俺が置いていかれるとは思ってなかったぞ。自分で言うのもなんだが俺は主戦力の一人だ。激戦が予想される魔大陸へ乗り込むのになぜ留守番しなくちゃならないんだ。
「それは俺にケフカを殺させないためか?」
「違う。戦力的にはむしろ来てほしい。でも失敗した時のことを考えるとマッシュには飛空艇に残ってフォローしてほしい。ジミーさんたちは崩壊後の出番がないから生き延びる対策をしておきたいんだ」
 ああ、それは考えてなかったな。
 このゲームには主人公が複数いて、その役割を負っている俺たちは世界が崩壊した後にも登場する……つまり惨劇を生き延びられることが確定しているわけだが、そうじゃないやつらを死なせないためには対策を講じる必要がある。ちょうど今バナン様たちを避難させ、次にモーグリを助けようとしているみたいに。
「魔大陸を脱出したあとブラックジャックは壊れて墜落する。後々もう一度飛空艇を手に入れるんだけど、それには今の乗組員は乗ってないんだ」
「そうか……。でも、正直そんな状況であの三人を守りきれるかどうかは分からないぜ」
「プロテスとシェルとリジェネかけた上からバニシュを重ねとく程度かな。生存率が少しでも上がればそれでいいよ。他の人には事前に頼んどく理由が思いつかないから、その時の状況でうまくやってほしい」
 そこは帝国軍を警戒して戦闘態勢を解かない方がいいとかなんとか言っておけば済むと思うが。けど伝言だけじゃ、乗組員に防御魔法をかけるまでは気が回らないよな。
 終わってからあの三人だけ亡くなっていたってことになると俺もひどく寝覚めが悪い。倉庫番の人はともかくジミーさんやルーカスには世話になってるし。腑に落ちないけど、やっぱり何が起こるか分かってる俺が残るべきなのかもしれない。
 それにしてもやっとの思いで直したブラックジャックが今度は完全に壊れちまうなんて、セッツァーが落ち込むだろうな。いや、落ち込むだけで済めばいいが。この船はあいつにとって命そのものみたいなもんなのに。

 大惨事の引き金となるケフカを殺せばそれで済む。モーグリたちは死なないし、ブラックジャックも壊れない、世界は崩壊しない。もしかしたらミズキが危惧してるようにもっと悪い未来が待ってるかもしれないが、ともかく目の前にある危機は乗り越えられるわけだ。
 でもそれは勇者の仕事だ。そしてミズキは、特別な力を持つ主人公の一人ではない。だから俺がなんとかしようと思っていたが、留守番しろと言うなら念を押しておかなければならないことがある。
「ミズキ、ケフカを殺そうなんて思うなよ」
「……なんで? 隙あらば殺るべきでしょ。サマサでは失敗したけど今度は頑張ろうと」
「もう挑戦してたのか! ちょっと目を離すとどんな無茶するか分かったもんじゃないな、ホント」
 兄貴に武器が欲しいとねだってた時からそんな気はしていたが、ミズキは未来を変えてしまおうかと思い始めているみたいだ。それはまあ好きにすればいいんだけど。
「俺はお前に誰も殺してほしくないんだ」
 こっちの世界と向こうとでは誰かを殺すって行為への忌避感に極端な差があるらしい。もちろん俺たちだってたとえ悪人でも殺して平気なわけではないが、ミズキは大袈裟なほど強く「殺したくない」という気持ちを抱いている。
 仮に正当防衛でも、自分を殺しにかかってきた相手に対してでさえ誰かの命を奪うのは怖いと言っていた。身近に危険が少なくて、生きていくのに余裕があるから倫理観が発達しすぎているのだろうと。
「……たとえ相手がケフカでも、手にかけちまったら向こうに帰った時つらい想いをするんだろう」
 本当はモンスターだって傷つけたくないはずだ。自分の手で誰かを傷つけることに過剰な罪悪感を抱くのはミズキが平和な世界に生まれ育ったからだ。町を出れば魔物に襲われたり、身内が殺されたり、自分の命が狙われたり、逆にそいつを殺さなきゃならなくなったり……血生臭いことと無縁でいられる世界の人間だから。
 ミズキはこっちと比べて自分のいた場所を生ぬるいとか平和ボケしてるとか考えているようだが、その平和はとても稀有で、彼女の故郷こそ俺たちが求めてやまない世界じゃないのかと思う。
「お前はついてくるだけでいい。俺がエンディングまで連れていってやる。だから誰も傷つけたり、殺したりするな」

 なぜだか怒ったような顔で俯いてしまったミズキはやがてぽつりとこぼした。
「私、レオとかシドとか、こっちに来る前は嫌いだなんて思いもしなかったんだよね」
 嘘つけよ、と言いたくなったが慌てて飲み込む。確かに嫌っていないとは言ってたけど彼らを見る時のミズキはどう控え目に表現しても親の仇に向けるような目をしてたぞ。
「本とか読んでて『こいつ悪いやつじゃないけど現実にいても関わりたくないな』ってのいるでしょ?」
「うーん。まあ、たまにな」
「そういう感じ。外側から一方的に見るだけだったから何とも思わなかったんだろうね。現実に対面すると無責任さが目についてムカつく。……なのに、他人事のままじゃ腹を立てる権利さえないから、だから私……、私もケフカに立ち向かってみようと思って」
 真っ当に腹を立てる権利がほしいから自分も同じ位置に立とうとしてるってのか? 自分が手を汚さなければシド博士たちに「お前は何もしてない」と言えないから。でもそれは……。
「でもお前はこの世界の人間じゃない」
 いずれ向こうに帰るんだ。こっちの世界に染まるべきじゃない、染まってほしくないと、思っている。だがミズキは俺の思考を斜め上から捉えていた。
「関係ないやつは引っ込んでろってことか」
「い、いや、そんな言い方に聞こえたなら悪かった。ただ俺はお前に戦ってほしくなくてだな、」
 あわてふためく俺をちらっと見上げたミズキは、笑っていた。……くそ、からかってるだけだな、こいつ。
「分かってる。たとえ世界を守るためでも、ケフカを殺してしまったら私は忘れられないと思う。向こうに帰っても自分が殺人者だってことをずっと抱えて、立ち直れないかも。だから殺せないんだ。フィガロ城でも、帝国陣地でも、サマサでも、たぶん魔大陸でも」
 お前には争いと無縁な、汚れのないままでいてほしい……とまではさすがに気恥ずかしくて口に出せないが。
 ずっとミズキは危機意識を持つべきだと考えていた。あっちの世界がどんなに平和だったとしてもこっちはそうじゃない。敵から身を守る術もなく生きていける世界じゃない。今まさに自分に向かって牙を剥いてる相手に「可哀想だから殺せない」なんて言ってられないだろう。でも、近頃になって考えを変えた。
 そうやって“危険”に対処できるようになってしまったら、元の平和な世界には戻れないんじゃないかと。襲いくるモンスターや敵兵を殺した記憶を抱えて向こうの世界で生きていくのだって同じくらい辛いんじゃないのか?

 帰る日のために、お前はなるべく何もすべきじゃないと思うんだ。そう告げたらミズキは「始めは確かにそう考えていた」と言い出した。でも今は違う。ミズキもまた考えが変わっていたんだ。
「何もしなくても、シナリオ通りに話が進むのを見守って、私は世界が滅びるに任せて逃げてきたなって、結局は罪悪感に苛まれるんじゃないかな」
 自分や仲間を守るために敵を殺すのも、手を汚さないために見殺しにするのも、同じ……。そう言われると確かにそんな気もしてしまう。やってもやらなくても後悔するなんてどうすりゃいいんだよ。
「だって、来なくていいとこへ来ちまったのはミズキのせいじゃないだろ。この世界を守るのは俺たちの役目だ。お前が失敗を怖れたり責任を感じなくちゃならないなんて、納得いかない」
 結局、愚痴を吐いてるのは俺の方じゃないかと思わなくもない。ミズキはまた怒ったような顔をして俺を睨んできた。が、怒っているわけではないようだ。
「惚れてまうやろ」
「なんでそうなる」
「そんな親身になられると誤解しそう」
「ば……バカなこと言ってるなよ」
 真顔で惚れそうとか言われたらこっちこそ誤解しそうになるだろうが。親身になるのは当たり前だ。たとえ本来いないはずの人間だとしても今の俺にとってはミズキも大事な仲間の一人なんだから。
「……こっちの流儀に合わせちまって、元の世界に帰って平気でいられるのか?」
 そう尋ねたらミズキは曖昧に笑って「帰ってみないと分かんない」と言った。
「命のやり取りは怖いけど、戦おうと思う気持ちは止められない。大事な人たちが暮らす世界を私も守りたいから。……ダメ?」
「いや、ダメでは……ないんだけど……。ああもう、無理はするなよ? 言っても無駄だろうけど」
「正直、私がケフカに勝てるとは思ってないから無理はしないよ。逃げるのが第一。崩壊の阻止は、あくまでも挑戦してみるだけ。失敗したら私のできる限りを尽くして世界が蘇るのを手伝うことにする」
 だから今こうして動いているんだと言われてしまえばもう引き留める言葉もない。どっちみち後悔するなら戦ってみるとミズキは決めたんだ。失敗した時のことも頭の隅に起きながら。抱え込むなと言っても無理そうだ。まったく……。
「もし失敗しても思い詰めるなよ。お前は運悪く巻き込まれただけだって忘れるな。目を背けて逃げてもいい立場なのに一緒に戦ってくれてる。それを知ってるのが俺だけだから言っとくぞ……ミズキ、ありがとう」
 照れが極まったのかなにやらモゴモゴと口ごもっていたミズキは結局なにも言えず顔を真っ赤にして俺の肩を殴ってきた。まあ、なんだ、もうちょっと筋力をつけた方がいいな。

「マッシュ……」
「ん?」
 言っておくことがありますと急に真剣な声音で言うので思わず姿勢を正した。
「魔大陸に突入して、脱出したらもう話す時間ないから頭に叩き込んでおいて」
「お、おう」
「世界が崩壊してから一年後くらいに、死ぬかもしれないイベントがある。……でもセリスと一緒にすぐ助けに行くから。絶対に行くから、絶対に諦めないで」
 そういう直接的な助言は始めてされたな。どういう状況にせよ俺は諦めたりしないと思うが、わざわざ忠告するってことはよっぽど危ない目に遭うのか。
「崩壊後は仲間がバラバラになってセリス主導で皆を集めることになる。マッシュは普通に進めてれば最初に遭遇する。セリスがそこに到着するタイミングでイベントが起こるんだ。一人ではどうにもならない状況に追い込まれると思うけど、その場に私たちがいなかったとしても、六分以内に駆けつけるから」
「六分?」
「……それを過ぎたらゲームオーバーになる」
 よく分からん。俺が六分間を耐え切れなかったら死ぬってことかな。ミズキが来るのを待てというならもちろんそうするが、いまひとつ何が起きるのか想像がつかなかった。
「もう少し具体的に言ってくれたら対処しやすいんだがな」
「場所や状況を教えたら行動する前に考えてしまうかもしれない。その僅かな時間が隙を作って、マッシュの命を奪うかもしれないから言えない」
 セリスより先に俺と会ったとしても一年間は一緒に行動しないと宣言されてしまった。俺が危ないだけなら洗いざらい教えてくれればそのイベントを避けることもできるはずだ。それができないっていうなら誰かを助けて死にかけるのかもな。俺が危険に遭わなきゃ代わりに死ぬ誰かがいる。
 ということは……ああもう、考えても仕方ないだろう。なるほど、ミズキが余計なことを言いたがらないのは尤もだ。
「バナン様が死ぬかもしれないって言わなかったのも同じ理由か」
 彼らの身に降りかかる危険に対応しようとしたばかりに俺が死ぬ可能性を避けたかったからなのかと問えばミズキは居心地が悪そうに頷いた。
 それにしても物語の主人公は死なないもんだと思ってたからそんなイベントがあるというのは意外だ。
「シナリオでは死なない、けど、戦闘で全滅したりゲームオーバーになる可能性はいつもある。……失敗してもやり直せない。そんな当たり前のことが最近すごく怖い」
 ミズキにとってこっちの世界は“ゲームの中”じゃなくもう一つの現実になりつつある。いざこうなってみると戸惑いを隠せなかった。ひょっとして帰らない決心も固めつつあるんだろうか。もしそうなら……いや、でも、まだ何とも言えないよな。
 俺は正直ミズキがいなくなったら寂しいし、二度と会えなくなるかと思うと悲しくなる。けどそれを口にしていざ帰る時の後悔の種になるのも御免だ。だからエンディングとやらに到達してミズキが帰れるかどうかはっきりするまで、言わないつもりでいる。
「ま、俺だったら裂けた大地に挟まれたって死なないだろうから心配するなよ」
 強いて軽くそう言ったらミズキはやっと安心したように笑った。崩壊した後のことよりこいつの方が危なっかしい。ブラックジャックが壊れる時に無事で済むのか……他人の心配してる場合じゃないのに。
 きっとそれを生き延びられないようではエンディングに辿り着くことなんてできないのだろう。ここは我らが船長に倣って希望に賭けるしかないか。自分の命そっくりそのままチップにして、未来を掴みとるために。




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