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振り返れない影


 この島にもマップ上は表示されていなかった無名の村がいくつかある。幻獣の目撃情報を探してそれらの小さな村をしらみ潰しにあたる予定だ。上陸して最初の漁村は外れだった。初っぱなからサマサに行くわけではなかったようだ。
 ところでシャドウはかつて暮らしたのが魔導士たちの隠れ住む村だと知っているんだろうか。娘もできたくらいだから村の一員として迎えられていたと思うのだけれど、リルムを引き取ったのが他人のストラゴスという点から奥さんには家族がいなかったことが窺えるし、もしかしたら余所者を匿ったせいで孤立していたとも考えられる。
 知らないならそれで構わないが、もし知っているなら幻獣を探すのにまずサマサの近辺を洗ってみるはずだ。どこにでもある田舎の村の一般人よりも魔導士の方がきっと幻獣の行き先に見当をつけられるだろうから。

「ねえシャドウ」
 ティナたちに聞こえないようこっそりと距離をとって腕を引く。
「この大陸には魔導士狩りを逃れて生き延びてる人たちの暮らす村があると聞いたんだけど、知らない?」
 もう直球でぶつけてみることにした。この覆面男を相手に腹の探り合いを試みても私が不利なばかりだろう。
 私の想像に過ぎないがシャドウは分かっていると思うんだ。わざわざこの仕事を引き受けたのはきっと理由がある。……帝国軍にあの村を見つけさせないためではないか?
「レオ将軍が辿り着く前に私たちで聞き込みを終えてしまった方がいいと思う。ガストラの『幻獣と和解する』って宣言が嘘であれ本当であれ、魔導士の村は見つかるべきじゃない」
「お前は、何を……」
 何を知ってるんだ? 何を企んでる? どっちだろう。シャドウは続きを口にすべきか迷っているようだ。だってそれを聞いてしまえば自分がサマサの村の正体も場所も知っていると認めるようなものだからな。
「生き残りがいる可能性くらいはガストラも考えてる。幻獣という目先の欲に眩んで今はそのことを頭の隅にやってるだけだ。もし幻獣から魔導の力が取り出せなくなれば、また魔導士狩りが始まるかもしれない」
「……」
 さすがに「俺はその村の場所を知っている」とは言わなかった。まあ私に打ち明ける必要はまったくないので別にいい。でもやはりシャドウ……クライドは、あそこが魔導士の村だと知っていたようだ。
 秘密を守るために出て行ったのかもしれないな。追われる身である“シャドウ”がいつまでも潜伏していては村の平穏を壊してしまいかねないから。でなければ、奥さんも亡くなったあとに幼いリルムを置いていったりしないだろう……。

 夕暮れ前にシャドウの案内で二つ目の村に着く。そこはまさしくサマサに違いなかった。こちらにはティナもいる。私たちが魔導士の存在を帝国に教えるはずがないと、その点は信用してくれたということだろう。
 物陰で魔法の練習をしていたのをあからさまに取り繕っていた少年に村長の家がどこかを尋ねる。ロックがものすごくいろいろ言いたそうな顔をしていたけれど礼儀としてまずは村長に事情を話すべきだと引っ張っていった。
「旅の御方ですかな。何もない村ですが、ゆっくりしていきなされ」
「ありがとうございます」
 代表として挨拶したのはティナだ。ガストラから依頼を受けたのは彼女なのだから当たり前だが、ロックに代理で話をしてもらわなくても彼女がリーダーとして振る舞っているのを見るとなかなか感無量だった。
「村長さん、私たちは封魔壁から飛び立った幻獣を探しているんです。この辺で魔法を使う不思議な生き物を見た人はいませんか?」
 封魔壁からというところで僅かに表情が動いた気がするけれどもやはり村長はしらばっくれる。幻獣が再びゲートを越えてきたのは世界に住む全員にとっての一大事だが、仮に第二次魔大戦が起きても魔導士たちは隠れたまま出てこないだろうと思う。
 だって世界に平和を取り戻すために戦ったとしてもそのあとにはまた迫害が待っていると彼らはもう知っているんだ。
「幻獣? 魔法? なんですかなそれは。なにぶん田舎なもので、なんのことやらサッパリ」
「さっき子供が魔法の練習をしていたようですが」
「ふぉふぉふぉ。わしも幼い頃は物語の中の英雄のように不思議なぱわーを使える気になったもんですじゃ」
「……そうですね」
 まあ、そこらで子供が「かめはめ波ー」とか叫んでいたからって「もしやあなた方は気功術の使い手では?」とはならないのが普通だ。子供の遊びと言われれば返す言葉もなくロックは肩を落とした。
 こちらが魔法を使えると明かせば信頼を得られるだろうか? あまり意味はないような気がする。むしろ厄介事を招くのではと嫌がられるかもしれない。彼らの方から魔導士である事実を口にしたあとに、それを口外しない証明として打ち明けるのが精々だろう。

 念のために他の村人にも聞き込みだけは続けることになった。魔法の件はともかく幻獣を目撃した人くらいは見つけたいところだ。
 そうして辿り着いたある家の前でインターセプターが何かを訴えるように一声鳴いた。思わずシャドウの顔を見たけれど相変わらずマスクのせいで表情が窺えない。ここはクライドが暮らしていた家ではなくストラゴス宅だろうから、まだ気づかないか。
 扉を開けて出てきたストラゴスは不審な一行を目にして他の村人同様にギョッとした。まあね、私とロックはまだしも、ティナの髪色はかなり特異なようだし黒装束の怪しい男もいるし、無理もない反応だ。
「な、何の用ゾイ?」
「幻獣を見ませんでしたか」
 まったく情報が集まらないので焦れているのかティナが説明を大幅に端折るようになってきた。案の定ストラゴスは目を丸くして困惑している。
「幻獣? うーむ。久しく聞かなかった言葉じゃ」
「知っているんですか!?」
「いっ、いや、知らぬ。知らん、知らん。わしゃ、な〜んも、知らんゾイ! 幻獣なんて見たことも聞いたこともない!」
 ピュヒーと口笛らしきものを吹きつつ横を向いて冷や汗をかくストラゴスだけれど、まだ人を疑うことを知らないティナは「また外れだった」と引き返そうとしてロックに「いやちょっと待てあれ怪しすぎるから」と止められている。
 そんな二人を横目にシャドウを窺う。やはり表情はよく分からない。が、たびたび観察するように向けられる私の視線に嫌気が差したのかいきなり振り向いて思い切りこっちを睨んできた。……こわいよう。

 本当は知ってるんだろう、知らんと言ったら知らん、嘘だ絶対なんか知ってると不毛な押し問答が続く。そんな玄関先での騒ぎを聞きつけて二階から金髪の美少女がそろりそろりと音を立てずに降りてきた。ロックと言い合っているストラゴスはまったく気づいていない。
 悪戯っぽい笑みを浮かべたリルムは無防備な祖父の背中にタックルを決めた。
「おじーちゃーん!」
「ふぎゃ!」
 おいおい腰が折れるぞ。並んでみるとよく分かるが、リルムは10歳にしてすでに身長153cmとストラゴスよりも背が高い。仲間がみんなデカイのでシャドウに対して特に高身長というイメージはなかったけれどそれでも178cmだ。娘の発育ぶりを見る限り、奥さんも背が高かったんだろうな。
 しかしガウもティナより大きいんだよな。この世界の子供は成長が早いのだろうか。私のいた世界の人間と違って、町の周囲にも日常的にモンスターが出没するいわば半野生で育つこちらの人間は、進化の過程で環境に合わせて発育を速められた可能性もある。
 ちなみにギガース族の血を引くティナは私より少し低いくらいの身長だけれど、まだまだ伸びているようだ。幻獣という生物としての優位性があるからヒトよりも成長が遅れているのだとしたら、こっちの子供成長早い説もあながち間違った仮説ではないかもしれない。
 まあ、ともあれ老人は大切にね。ティナと二人で助け起こしたストラゴスは私たちに礼を言ったあと振り向いて「なんてことするんじゃ!」と憤慨している。それをまったく気に留めずリルムは天真爛漫な笑顔を見せた。……将来有望どころか今現在すでに絶世の美少女だなぁ。
 表情に幼さは残るがやはり身長のお陰で幼女というより年頃の少女に見えるのでエドガーが口説きたくなっても無理はないと思う。

 リルムは私たちの顔をぐるりと見渡して可愛らしくお辞儀をした。
「こんにちは! お客さんが来るなんて珍しいね。この人たちも魔法を使うの?」
「あわわっ、こら!」
「この人たち“も”?」
 ここぞとばかりストラゴスに詰め寄るロックの横をすり抜けてインターセプターが家に入ってゆく。さすが犬、こっちはもう気づいている。シャドウは……どうなんだろう? ストラゴスのことは覚えてるかもしれないけれど単に彼の孫娘だと思っているのかな。
「まあ、かわいい犬ね!」
「よせ。噛みつかれるぞ……」
 慌てて引き留めようとしたもののインターセプターが見知らぬ少女に尻尾を振って懐いている。シャドウは愕然としていた。顔は見えないけど、たぶん。
「奥で大人しくしとりなさい」
「なんでなのよ〜、この頑固ジジイ」
「いいから行くのじゃ!」
 ムッとして頬を膨らませた(かわいい)リルムは不貞腐れつつも素直に部屋の奥へと引っ込んだ。ただしインターセプターを連れて。
「これ、よそ様の犬を……」
「イ〜ッだ!」
「まったく困ったやつじゃ。……すまんゾイ」
「……構わん」
 愛犬の態度を訝しんで見つめるシャドウ。その声を聞いたことで何かを感じたのかストラゴスは微かに首を傾げた。でも二人とも思い至りはしなかったようだ。

「すまんが何の力にもなれんゾイ。この村は、どこにでもあるごく普通の田舎の村に過ぎん。幻獣だの魔法だのといった話とは、ま〜ったく関係ないのじゃ」
「……」
 胡散臭そうな素振りを隠さないロックを嗜めるようにティナが彼の腕を引く。まあ、ロックもこの不審な態度が幻獣の行方を知っていながら隠しているせいだとは思っていないだろう。そんなことをするメリットはないのだ。
「いきなり押しかけたにもかかわらずお話をありがとうございます。明日には村を出ますので、一晩だけ宿をお借りしたいのですが?」
「おい、ミズキ……いいのかよ?」
「これ以上の迷惑はかけられないでしょ」
 私たちにも彼らの秘密を暴こうとする理由はない。ただ夜を待てばいいだけだ。
「う、うむ。村の南側に旅人を泊める家がある。お役に立てんで、すまんかったの」
「いえいえ、お気になさらずー」
「インターセプター! 行くぞ!」
 ふと思ったけれどインターセプターという名前はシャドウがつけたのか。
「バイバイ! インターセプターちゃん、またリルムと遊ぼうね」
 クライドと一緒に出て行った時と同じ名前ならリルムが気づいてもよさそうなものだ。現にシャドウは、“リルム”という名前を聞いた今ようやく気づいた様子だった。

 宿へ向かって歩きながら、碧眼って色味から濃淡から個性が出るよな、なんてことを考える。エドガーとマッシュは双子だけあってそっくりな色をしているけれど、同じ金髪碧眼のセリスとは目だけでも別人だと分かるほど違うし。そしてリルムの瞳はシャドウにそっくりだった。目鼻立ちも魔列車で見た彼の顔とやはり似ている。
「父親似っすねー」
「ミズキ」
「ん?」
 無意識に心の声が出ていたようで、聞き逃さなかったシャドウが思い切り私の腕を引っ張ってティナたちから距離を置いた。
「お前は、この村の何を知っているんだ」
「シャドウの何を、じゃなくて?」
「……吐け」
「えー、どうしよっかなあ」
 リターナー本部でマッシュに話してしまったのは予定外のことだった。しかしいずれは私の素性を打ち明けようかとも思っていた。そうしようと考えていた相手は、シャドウだったんだ。
 第一の理由は仲間であれど共に行動する期間がそう長くはないから話しても他の皆に隠しやすい。そしてエンディングで死ぬキャラクターだからいろいろぶっちゃけても影響が少ないだろうと。第二の理由は……。
「まだ言いたくない。私が何を知っているのかは私の秘密に関わることなので。そっちだって昔のことを話す気はないでしょ? じゃ、聞かないでね」
 それだけ言って彼の腕を振り払い、ややあって思い直す。
「他言はしないと誓います」
「それを信じろと?」
「実を言うとサウスフィガロで会う前からあなたのことを知ってた。それを今の今まで誰にも話してないんだから信じてほしい。……なぜ知ってるのかは、時期が来たら打ち明けるよ」
 第二の理由。先に彼自身の最期を教えることで考えを変えてくれないかと、淡い期待を抱いているのだ。崩壊後に再会して、仲間になったら話そうと思う。私はシャドウに生きていてほしいんだ。

 サマサの宿は正確にいうと宿屋ではなく寄合所のようなものだった。村人が魔導士であることを除けば旅人が立ち寄る機会もない小さな村だから客を迎える施設というものは存在しない。普段はお年寄り連中が集まって今後の相談をするらしい大部屋を借りて、皆で適当に雑魚寝する。
 嬉しいのは浴槽がついていたこと。じっくり浸かって堪能するが、このあと煤で汚れると分かっているので微妙な気持ちではある。
 表面上は明日サマサを発つと言ってあるので次にどこを目指すか相談していた時、ストラゴスがやってきた。あー、思ったより早いな。寝入ってからじゃなくてよかった。
「大変じゃ! リルムが! リルムが火事になって、近所の家が巻き込まれて……あややや、あべこべじゃゾイ!」
「落ち着けよ、爺さん。火事か?」
「と、とにかく手を貸してくれ!」
 そういえばリルムが巻き込まれてるんだから夜中ってことはないよな、確かに。
 ティナとロックは武器を手にストラゴスの後を追うが、シャドウだけは素知らぬ顔で寝転がっている。
「助けに行かないの?」
「俺の仕事じゃない」
「インターセプターはもう行ったけど」
 言うや否や慌てて飛び起きるのが少し面白い。これまでにも単なる親切で助けてくれたことは度々あった。だからロックたちと一緒に駆けつけたって怪しくはないのに、なぜ今回は無視しようとしたんだろう。
「まあいいや。待ってるよ」
 無言のシャドウを置いて私も皆のあとを追う。
 リルムを助けに行くところを見られたくなかったんだろうか? 自分との繋がりを誰にも知られたくないから、強いて関わらないようにしているのだろうか。

 炎のロッドが積んであったというだけあって火の勢いは凄まじい。村人総出で水をかけているけれど家全体が燃え盛っているのだから文字通りの焼け石に水って感じだ。
 焦れたストラゴスが呪文を唱え、アクアブレスが家を覆う。それでもまだ足りない。蒸発する前に魔法が消えてしまうから冷却作用が追いついていないのかもしれない。
「ストラゴス、魔法は禁じたはずじゃ!」
「そんなこと……! リルムが中におるのじゃゾイ!」
「村長!」
 皆の視線が集まり、村長の決断は早かった。もう見られてしまったのだしリルムの命には替えられないだろう。秘密を守るために村人を亡くしては本末転倒だ。
「うむむ……仕方あるまい。御客人、離れていなされ」
 村人が一斉に魔法を放つが、やはり水の量がまったく足りていない。全員が魔法を使えるとはいっても魔大戦時代から魔導士の血は薄れ続けているのだ。水のかかったところだけ一瞬消火されても、すぐ周りの火に飲まれて燃え始める。
「私たちもシヴァかビスマルクを呼んで……」
「駄目だ。中にいる子供まで危ない」
 魔石を手に召喚しようとしていたティナをロックが引き留めた。連続して呼び出せないことを考えるといっそのことイフリートを呼んで爆風で消火した方がいいかもしれないな。
「とにかく先にリルムを助けないと」
「わしが行くゾイ!」
「水臭いぜ、爺さん。俺たちも行くよ」
「何を! わしは爺さんと呼ばれるほど老いぼれてはおらんゾイ!」
「ミズキはここで待っていてね」
 うんうん。……えっ? すっかり一緒に行く気で水を被ろうとしていた私を置いてティナたちはさっさと燃え盛る家へと駆け込んで行ってしまった。そ、そうですよね。どう考えても足手まといになりますもんね。いいよ私は救出後の段取りをしておくよ。べつに悲しくなんかないさ。

「村長さん、イフリート……炎の幻獣の魔石を預けます。リルムが救出されたら建物ごと破壊してしまいましょう。爆風で火も消せるはず」
「ま、魔石じゃと?」
「幻獣の召喚にはかなりの魔力を使うので気をつけて。あと一人、ゴーレムを預けるので周りに飛び火しないよう防壁を作ってください。もう一人はこっちの魔石でマジックシールドを。念のためプロテスとシェルが使える人は皆にかけておいてください」
 村長に限らずその場にいる全員が目を丸くしていた。明日ストラゴスと話したあとに改めて説明するというのもなんだし、彼らにはもう話してしまおう。住民が集まっているからちょうどいい。
「これらの魔石はガストラが幻獣界から連れ去った者の命尽きた姿です」
「……帝国のことは聞いておる。皇帝に対抗するため反乱軍が幻獣との接触を求めたとも。あんたらは、そのどちらかじゃろう」
「名目上はリターナーの一員ですね。その組織は既に無いも同然ですが。一応、ガストラが和平を申し出てきましたので。……あなた方の存在を他言するつもりはありません」
 村長の背後で人々がざわめく。明らかに「信用できない」という目を向けてくる者も多かった。
 それにしても田舎というわりに帝国とリターナーの動向がリアルタイムで伝わっているのは大したものだ。スパイを潜り込ませてでもいるのだろうかと考えて不意に思い至る。もしかして、シャドウか……?
 余計なことに気を取られて考え込んだせいで不審な空気が強まった。慌てて顔を上げる。
「ガストラが幻獣への謝罪と和解を求めたので彼らの行方を追っています。しかしあなた方はおそらく、和平や共存よりも相容れない関係を貫くことをお望みでしょう」
「……力のバランスが乱れれば争いの元となる。この血から魔導の才が消えるまで、わしらは息を潜めておりたいんじゃ。先祖のように恐れられ、狩られたくはない」
「今そこに入っていった少女は幻獣と人間の血を引く子供で、魔導の力を持って生まれました。赤ん坊の時ガストラに母を殺され、父親ともども攫われて研究所で実験台として18年を生き、その父親も先日、魔導の力を吸い尽くされて魔石と化しました」
 村長が瞠目して振り返る。炎は更に勢いを強めていた。そろそろシャドウと一緒に脱出してくるだろうか。リルムは気絶していたから煙もあまり吸っていないはず。大きな怪我がないといいのだけれど。
「……彼女は、あなた方が世間に存在を知られたらどうなるか、その予想される最悪の結果を実際に体験してきた。だから私たちは、この村の秘密を外部に話さない。帝国にも、リターナーにも、他の誰にも」
 その後、燃え落ち始めた家からリルムを抱えてロックとインターセプターが飛び出し、そのあとにティナとシャドウが続いてくる。
 アースウォールで周囲を覆った建物のド真ん中に地獄の火炎をぶっ放す。村民全員にティナとロックも加わってありったけのファイラをお見舞いしてやれば、爆風と酸素の欠如によって火は無事に消し止められた。

 普通ならモンスターは町中まで入って来ないのだけれどフレイムイーターは炎のロッドに惹かれてふらふらと現れたようだ。面倒がってまとめて倉庫に積んでしまった人が村長にこってりと絞られていた。ちなみに氷のロッド等と混ぜておけば魔物の襲来は避けられるらしい。これは覚えておくとよさそうだ。
 そしてリルムはお絵描きの道具を取りに来て巻き込まれたという。絵筆を村で管理しているのは彼女の能力を制御するためだろうが、今回は絵筆の魔力が作用してモンスターの数を更に増やす結果となってしまった。なんていうか、いろいろ重なって不運だ。
 ティナとロックが交互に休憩をとりつつケアルをかけ続けた甲斐もあり、翌朝にはリルムも元気になっていた。とにかく無事に済んでよかった。
「リルム、起きてよいのかの?」
「うん。もう大丈夫よ、おじいちゃん」
「この人たちが助けてくれたんじゃ。ちゃんとお礼を言いなさい」
「ありがとう!」
 うーん、100万ギルの笑顔。私は何もしてないけど素晴らしいお礼をもらってしまった。
 さて、彼女が目覚めて一段落したのでロックは改めてストラゴスに向き直る。微妙に目的を忘れていたっぽいティナもそれに倣った。村長から話がいっているのでストラゴスも包み隠さず話してくれるはずだ。
「もう分かっとると思うが、ここは魔導士の村……魔導士狩りを逃れた者の子孫が隠れ住んでおるところじゃ」
「魔導士狩り? 前にミズキたちが話していたような気もするけれど……それは何なの?」
「魔大戦については知っておるじゃろう。幻獣が封魔壁の向こうに去ったあと、残された人間が最も恐れたのは魔導士の力。大戦の悲惨さが身に染みておるからの。そこで行われたのが魔導士狩り。不当な裁判により魔導士たちは次々と殺されたのじゃ」
「……生まれながらに、魔導の力を……そのために迫害された……?」
 魔法を使える以外は普通の人間と何も変わらない。確かにそうだ。でも実はそれこそが問題なんだ。根本的には人間同士と変わらないのに、力のバランスだけが大きく崩れている。ティナの望む通りに幻獣と人間とは愛し合えるが、それは同時に憎み合うこともできると証明している。
 自らの身を守るために、大切なものを傷つけられた怒りで、あるいは意に反した手違いで。……相手の気持ちが理解できるからこそ、どのような状況であれば彼らの強大な力が行使されるのかも分かってしまう。その理解が恐怖を呼ぶのだ。
 愚かなこととは知りつつも魔導士を恐れて攻撃した人たちの気持ちも私には分かる。たぶん、とうの魔導士たちだって理解しているだろう。自分では太刀打ちできない力を持つものは、ただそれだけで怖いんだ。
 隣人が家に爆弾を隠し持っていると知って誰もが平静でいられるだろうか? その人が爆弾を厳重に封じ込めていて、信頼に足る人物であったとしても、いつか持ち主の意思に関わらず爆発を起こして周囲に危害を加えるかもしれない。
 関わらない以外に争いを避ける術はない。幻獣であれ魔導士であれ人間同士であれ同じことだ。そして互いに争いを乗り越える確信を持てた者だけが共に生きようと試みることができる。

 封魔壁が開かれたと知って、幻獣との和解云々はともかく放置はできないとストラゴスは言う。
「孫の命を救ってくれた恩も返さなくてはならんしの。その幻獣探し、わしも手伝うゾイ」
 それを聞いてリルムはピョンとベッドから飛び起きた。ものすごくはりきって手を挙げている。
「リルムもやる!」
「駄目じゃ」
 が、ストラゴスはにべもなく切って捨てた。反論しようと口を開いたリルムが何をか言う前に念押しで「だ・め・じゃ!」と繰り返す。
「リルムつまんない……」
 ぷくっと頬を膨らませてインターセプターと遊ぶリルムをティナが微笑ましげに見つめている。ちょっと前ならこんな表情を浮かべることも、それ以前にリルムの様子を気にかけることもなかっただろう。魔石を通じてマディンの記憶をダイレクトに受け取ったのが、かなり感情を育むのに役立ったようだ。
 ティナの変化を私同様に感慨深く見つめていたロックは、ハッと我に返ると咳払いをしてストラゴスに向き直る。
「幻獣の行き先に心当たりは?」
「む〜〜。この島に逃げ込んだのなら、村の西にある山かもしれんゾイ。強い魔力を帯びておって、伝説では幻獣の聖地と言われとる」
「暴走した幻獣はその魔力に引き寄せられたのかもしれないな。行ってみよう」
「うむ。リルム、留守番を頼んだゾイ!」
 返事をせずプイッとそっぽを向いてしまった孫娘にやれやれと首を振り、ストラゴスは離れたところにいたシャドウの方へ行って何事か話しかける。……顔見知り……って雰囲気ではないな。気づいているのか、いないのか。
 シャドウの方は間違いなく分かっている。しかし想っているはずなのに何もしない。いや、何もしないことを愛情だと考えているのか。

 リルムを慰めていたインターセプターを呼び寄せ、シャドウは「レオに報告してくる」と言って出て行った。
 次に会うのは魔大陸。……ちょっと待てよ。ここで離脱するのは予定通りだけれど、だったら彼が帝国に見限られるタイミングはいつなんだ?
 シャドウがレオ将軍の率いる帝国兵をサマサに連れてくるとは思えないから、西の山で合流させるつもりだったのだと思う。もしかしたら将軍に会うより先にケフカ辺りと遭遇するのか? そしてそのまま裏切られ、魔大陸の浮上に巻き込まれた……としたら、一緒に行動した方がよかったのでは。
「……しくじった」
 もう影も形もない。今から追いかけるのは不可能だった。
 肩を落とす私の横で、置き去りにされインターセプターもいなくなったリルムが拗ねて地面を蹴っている。……罪滅ぼしというわけでもないけれど、ロックたちが見ていないのを確認して彼女の肩をちょいちょいとつつく。
「なあに?」
「いいものをあげようと思って」
 首を傾げるリルムにファントムの魔石を渡した。潜在能力のやたら高い彼女なら、すぐに魔法を修得できるだろう。
「これを使うと幻獣が呼び出せるんだ。あと、慣れたらバニシュって魔法が使えるようになる」
 モンスターにもストラゴスたちにも見つからずに後を追ってこられると言うと、彼女は父親似の瞳をキラキラさせて私を見上げた。
「追っかけてもいいの!?」
「力になれない辛さは身に染みているので。でも、危なくなったらすぐ出てきてね。追い返したりしないからさ」
「うん! ありがとう! えっと……」
「あ、ミズキと申します。以後お見知りおきを」
「ミズキ、ありがとう!」
 どういたしまして、だが仲間の誼なのだから気にしないでくれたまえ。それに……まだ礼を言われるに足ることができるのかは分からないんだ。何度試しても絶対に救えないと定められていた人を、心を捨てて過去を振り向かないあの影を、果たして私に引き留められるのか。




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