紅に染まる町
帝都ベクタは真っ赤に燃えていた。
皇帝の居城とその膝元に広がっていた町は、封魔壁から……私が開いた扉から飛び立った幻獣たちの魔法によって焼かれたのだろう。今も炎を噴き上げる家の周りで兵士が駆け回り、多くの子供が泣き叫んでいる。
先に到着していたリターナーの人たちは呆然と町の様子を眺めていた。
「バナン様」
「ロック、来たか」
「これは一体……何があったんですか？」
遠くに半狂乱で子供を探す母親の姿があった。一方では倒れたまま動かない男の人をひたすら揺すっている小さな女の子が。それらの光景から痛ましげに目を逸らし、バナンが重たい息を吐いた。
「帝都に到着した時には既にこの有り様じゃった。何が起きたのかは我々にも分からん」
「封魔壁が開いたあと、幻獣たちがこっちへ飛んで行きました。彼らはその後、また東へ引き返したようですが」
「では、この惨状は幻獣が……？」
強大な魔法を放ったあとの魔力の痕跡がそこかしこに残っている。まぎれもなく、幻獣のやったことだった。研究所で痛めつけられていた人たちの断末魔と、私やお父さんの記憶に潜む怒りが彼らを駆り立ててしまった。
だけどミズキがここにいたなら言うだろう。「彼らに帝国への攻撃を望んだのはお前たちだ」と。私が幻獣と話をすると言ったからついてきてくれただけで、彼女は最初から封魔壁へ行くのは反対みたいだった。きっとこうなるのが分かっていたんだと思う。
それでも私は封魔壁を開いたことを後悔してはいない。ただ、その私の決断を受け入れたことをミズキに後悔させないためにも、これからはもっとよく考えなくちゃいけない。
不意に視界が暗くなった。マッシュが何かから庇うように私の背後に立っていた。振り向くと彼の肩越しに見覚えのある老人が近づいてくるのに気づく。
「ガストラ、皇帝……」
途端にざわめき剣を抜こうとしたリターナーの兵士たちをバナンが制すると、ガストラは私たちの前に立った。護衛らしき帝国兵は後ろに控えたまま皇帝ただ一人が敵意のないことを示して歩み出る。
「これ以上の戦いは無用だ。話をしようではないか、リターナーの諸君」
「話だって？」
「皇帝は心を入れ替えたのじゃ」
傍らに立つ老人を指して「研究所のシド博士ってやつだ」とマッシュが耳打ちしてくれた。全然覚えがないけれどシド博士は私を知っているみたいで、目が合うと何かを得心したように深く頷いた。
「幻獣が研究所を攻めて来たんじゃ。しかし彼らは仲間が皆殺しにされたのを知ると、町を荒らして去ってしまった。わしは、この耳でしっかりと聞いた……幻獣達の怒りの声を……」
シドの言葉に頷いてガストラが続ける。
「彼らの力を甘く見ていた。儂は人間の手に余るものを求めてしまったようだ」
リターナーの戦士たちの中から、怒りを滲ませ今さら何をと吐き捨てる声があがる。それでもガストラは冷静だった。
「戦士達よ。今夜、ゆっくりと食事をしながら話したい。是非とも城を訪ねてくれ」
そう告げるとガストラは城へと踵を返し、皇帝が従えていた兵士たちは共に行かず、混乱する人々のもとへ散っていった。
ガストラ……。頭に操りの輪が嵌まっていた頃の記憶は曖昧で、彼の顔を見ても感慨深いものはひとつもなかった。ただゾゾの町で見たお父さんの記憶の方が鮮明に蘇る。幻獣界に攻め寄せ、皆を連れ去って魔導の力を盗み取り、そして……私のお母さんを殺した男。
私たちは帝国を打ち倒すためベクタにやってきた。しかしその彼らが戦いをやめて話をしたいと言っている。どうすべきなのか、私には分からなかった。リターナーの代表者であるバナンを見れば彼も難しい顔をして考え込んでいる。
「バナン様、ガストラの誘いに乗るんですか？」
「乗らねばなるまい。戦争の終結は我々が何よりも望むことじゃ」
でも罠の可能性もある。幻獣の攻撃によって帝国はかなりの痛手を受けたようだけれど、だからと言っていきなり懐に飛び込んでゆくのはあまりに危険だった。
「リターナーに属する者たちの多くは祖国を失っておる。ツェンもマランダもアルブルグも、そしてドマも……国主がおらぬ状況じゃ」
故郷へ帰還するための戦いだった。ガストラに戦争を止める意思が本当にあるならリターナーは解散となる。バナンは真っ直ぐにエドガーを見つめて言い放った。
「帝国と対等に話ができるのは貴方だ。占領された国々の解放を求めていただきたい」
平和を勝ち取った暁に、他国が復興を終えるまでそれを守り抜けるのはもうフィガロ王国しかない。リターナーだけではなくそこに加わっていない人たちの分まで背負えるのは貴方だけだと、そう言われてエドガーは瞠目した。
ガストラとの会食は夜。日は既に傾き始めていて、あまり時間がない。エドガーはどこか呆然とした様子で町の向こうを見つめていた。
「ミズキたちは夜までに来るだろうか？」
「どうかしら」
帝都を襲撃した幻獣たちが引き返してきた時にブラックジャックと衝突した。私たちはバニシュのお陰で無事だったけれど、魔法の効かないミズキは不時着の衝撃であちこち痣を作って寝込んでいる。ちょっと休んで良くなったら追いかけると言うのでカイエンたちと一緒に残して来たけれど、いつ合流できるかは分からない。
「なんでミズキを待ちたいんだ？」
「彼女なら国家元首相手にも引かないに違いない」
「あいつに交渉させる気かよ！」
ミズキをガストラに会わせるのはダメだろうと言うロックに私も同意した。リターナーに加わった今や彼女は帝国から見れば反逆者だもの。しかも幻獣と繋がりのある私と違って彼女は“殺されない理由”も持っていない。
いくらミズキが相手を丸め込んで交渉するのが得意といってもバナンやナルシェの長老とは格が違いすぎる。もし彼女が皇帝に睨まれるはめになったらと考えるだけで不安になった。でも、エドガーは尚もミズキの同行を期待している。
「……私は外交が苦手だ」
「国王様が何言ってるんだよ」
「こういうのは大臣たちの役目だぞ。普段なら私が出るのは物事が決まってからだ」
落ち着いて見えるエドガーだけれど内心かなり動揺してるみたいだとマッシュは言う。いきなりフィガロ以外のあらゆる国の命運まで握ってしまったせいだ。でも仮にガストラが罠を仕掛けているとして、バナンたちでは事が起きた時に城から逃げることもできないからやっぱり私たちが行くしかないと思う。
帝国の使者に案内されて宿をとり、着替えを済ませた頃にカイエンたちが合流した。なんとか歩けるようになったらしくミズキもエドガーの願い通り会食には間に合った。でも、やはり彼女は参加しないと言う。
「ガストラと顔合わせたくないし」
「そう言われると連れて行けないが……。私たちが護衛して、バナン様が代表ではいけないんだろうか」
「戦争が終わったらバナンは発言力を持ってちゃいけないでしょ、テロリストなんだから。これは“リターナーの勝利”じゃなくてあくまでも“戦争の終止”ってこと。ああ、ツェンやマランダに連絡してる暇がないからカイエンが代わりに行ってあげて」
渋っていたエドガーだけれどミズキに「正装が格好いい、頑張って、期待してる」と言われてすぐやる気を出し、単純すぎるとロックに呆れられていた。……私も正装なのにミズキは格好いいとは言ってくれなかった。彼女はドレスじゃなくてガッカリしたみたい。いつかドレスを着てミズキに誉めてもらおうと心に決める。
「表向きのことを形式的に話すだけなんだから交渉はないですよ。そういうのは慣れてるでしょ？」
「慣れてるが、苦手だね。不利な条件を飲まされなければいいが」
「まあ、その場では何も決定しないことですね」
「分かった。とにかく展開してる軍を撤退させて、これ以上の侵略行為をしないと約束を取りつける。細かいことは後で、だな」
ガストラのやりくちを予め教えておこうかというので会食に参加する四人でミズキの話を聞いておく。
まずポイントは『責任を追及しないこと』だった。それを決めてしまうと後から賠償を請求する時に困るらしい。たとえばガストラはおそらく戦争の責任をケフカに押しつける。それを認めてしまうと後からガストラ自身に罪を問えなくなる。といって最初から「戦争を仕掛けたのはガストラだ」と責めれば「リターナーも参加した」と言い返されるだろう。
勝者のいないまま終わる戦争だからお互い慎重にならなければいけない。誰も責めず、帝国にもリターナーにも媚びず、エドガーを両者の“仲裁者”として前面に出して第三者の立場を強調するのがいい。
そして相手の言葉は決して聞き逃さないこと。自分が何を尋ねたかも忘れてはならない。記憶力や注意力の不足を露呈すれば侮られる。私たちを出し抜くのが容易だと思ったらガストラは占領した土地の扱いを変えるだろう。
ただ食事をして話をするだけ、と思っていたのにミズキの忠告を聞いていざその時になると緊張してきた。代表となるのを嫌がったエドガーの気持ちが今さら分かる。私はやらなければいけないという義務で頭がいっぱいだったけれど、彼は背負った責任の重さをちゃんと理解していたから渋っていたのね。
席について待つガストラは支配者の貫禄に満ちていた。呑まれそうになる自分を叱咤する。ここは戦場……そう理解しなければ。
「さて、ようやく同じテーブルにつく時がきたことを嬉しく思う。まずは乾杯だ。何に乾杯すべきかな？」
エドガーは少し考えてから「故郷に」と答えた。
「では、故郷に乾杯！」
ないとは思いつつ毒が気になって飲み干す時に少し顔をしかめてしまった。同じことを考えたのか、カイエンも躊躇いを見せる。ガストラが横目で彼を窺いながら「そういえば」と切り出した。
「ケフカのことだが……許可もなくドマに毒を流した罪で牢に入れてある。彼の処遇をどうしたものか？」
勝者のいない戦争だとミズキは言った。私たちは一方的に帝国の罪を責められない。ケフカの処刑を求めるとしたら、こちらも帝国に与えた損害についての話し合いである程度の条件を飲まされる。この問いかけに答えたのはカイエンだった。
「ケフカの行いは許されざること。しかし、やつ一人の問題ではござらぬ。幻獣の件が片づくまで結論は出せますまい」
「そうだな。ひとまずは牢に留め置き、後でじっくり考えるとしよう。もちろん厳しく罰を与えると誓う」
少し声が震えつつもカイエンが口にした言葉を聞いてロックが安堵の息を吐く。皇帝は次にそちらへ目を向けた。
「ではセリス将軍のことだが……」
皇帝に見据えられたロックだけじゃなくて、エドガーとカイエンまで肩を強張らせてしまった。
ナルシェで私が力を暴走させたあと、ロックたちは私を正気に戻す術を探して幻獣の協力を求めに魔導研究所へと忍び込んだ。そこでケフカの罠にかかり、皆を逃がすためにセリスがテレポを発動させたのだと聞いた。
転移術、帝国随一の魔導師であるケフカだけが使える高位の魔法。ただ完成させるだけでも自身の限界を超えなければならなかったはず、そう遠くへは移動していないと思う。だから転移を終えたセリスはきっと、ひどく消耗した状態で一人帝国の中に取り残されたんだわ。
「彼女はどこにいるの？」
「“客人”として招いておる」
表情も変えないガストラにロックが息を飲む。戦争が終わればリターナーは解散して故郷へ戻る。そしてセリスの故郷は、帝国だ。言葉を間違えれば彼女の命が危うくなる。
「セリスもここにいる我々と同じ、平和を願う仲間だ。彼女は“誰も裏切ってはいない”」
心臓の音が聞こえそうなくらい緊張した面持ちでロックが言い切った。……そう、彼女をリターナーの一員と断じることで反逆者として処刑されるわけにはいかない。
ガストラは僅かに表情を変えた。笑ったようにも見えたけれど髭に隠れてよく分からない。あれは相手に心を読ませないために生やしているのかもしれない。
「……将軍が、我が国のスパイとしてリターナーに潜伏していたとはケフカの卑劣な嘘であった。彼女は誰よりも早くこの戦争の愚かさに気づいたのだ。じきに平和を実現すれば、望む場所へ帰るだろう」
その彼女自身の望む場所が私たちのもとであればいいのだけれど。何かに耐えるように唇を噛むロックの横顔を見ながら、そんなことを考えていた。
ほとんど味も分からないまま食事をする。見た目は豪華で美味しそうなのになんて味気ないのかと不思議だわ。交渉はしなくていい、この席では何も決まらないというのは本当だった。きっと“ガストラと私たちが同じテーブルについている事実”だけが重要な意味を持つんだろう。
「さて、何か聞きたいことがあれば答えるが」
責任を追及してはならないとミズキは言っていた。でも、その在処は明らかにしておかなければならない。
「あなたは、なぜ戦争を始めたの？」
「すべては儂の支配欲のさせたこと。今では後悔しているよ。この手には余るものまで得ようとしていた。きっと届くと思い込んでいたのだ」
では戦争の発端が自分だとは認めるのね。世界を元に戻すために、彼が侵略を始める前の地図を取り戻すことはできるかもしれない。
「和平を考えた理由は？」
「幻獣を説得するためには人間同士が手を取り合わねばならぬと理解したからだ」
その言い方には引っかかりを感じた。戦争をやめる気になったのは幻獣の攻撃があったからだというなら、その脅威がなくなったあとは？
「封魔壁から飛び出してきた幻獣によって帝国は深刻な傷を負った。あれは……強大すぎる力だ。世界を滅ぼしかねないほどの、な」
一見して真っ当に聞こえる言葉に口を挟んだのはエドガーだった。
「確かに幻獣の力は強すぎると思う。しかし帝国には彼らを無力化する兵器があったはずでは？ 和平を結んだあとにそちらが手のひらを返さないとも限らない」
幻獣の力を恐れて手を引くならそれもいい。もしそうではなく、私たちと和平を結んでおいて周囲に敵のない状態で改めて幻獣と相対するつもりだとしたら。けれどエドガーの問いかけに皇帝はまるで誠実そうな顔をして首を振った。
「町が破壊された時、支配欲も消えたのだ。儂は世界を破壊するために戦争を始めたのではない。この国をより強く、大きく、ひいては民の暮らしを豊かにするための行いであった。罪を帳消しにしようとは思わぬが、同じ罪を繰り返しはしない。幻獣との対話が相成れば兵器は彼らの眼前で処分しよう。他を害するために幻獣の力を求めることは二度とない」
……本当かしら。千年も昔の書物を読み解いてまで求めた魔導の力、幻獣界を侵略し、封魔壁が閉ざされて十数年が過ぎても諦めなかった執着を本当に捨てられるのかしら。
和平を結んだからといって帝国が急に弱くなるわけじゃない。やっぱり、急に停戦を持ち出してきたのは先に幻獣の脅威を取り除きたいだけだと思っておくべきだわ。
緊張をゆるめない私たちをゆっくりと見回して、ガストラは尋ねた。
「ところで……さっきの質問だが、いちばん最初に聞かれたのはなんだったかな？」
これが相手のペースを乱すための質問ね。こちらが思考に没頭している隙をついて掻き乱し、どこまで目が行き届いているのかを確かめる。ちゃんと答えられなかったら今までの会話も適当にはぐらかされてしまうのでしょう。
「私が最初に聞いたのは『なぜ戦争を始めたのか』よ」
「おお、そうだった。とにかく、今は和平を望んでいる。それは真実だ。もはや戦争を続ける理由はないと分かってくれ。では、儂に望む言葉があるかね？」
「戦いの終わりを誓う、と。占領しているすべての町や村から兵を退かせ、皆を故郷に帰してください」
「分かった。戦いの終わりをここに誓おう。既に全軍に撤退の命を降してある。賠償については皆が国に戻り、元首が定められてから話し合ってゆくとしよう」
ツェンやマランダもこれで帝国から離れられる。失ったものは還らないけれど……戦争を始めたのも停戦を求めたのもガストラの方なのだから、町の復興を支援させることくらいはできるかもしれない。それも私たちとの取引次第だった。
ガストラが姿勢と表情を改め、私たちの緊張感も増した。今までの会話は単なる意思の確認、会食の目的はここにある。
「諸君に頼みがあるのだ。幻獣はベクタを去り大三角島へ向かった。アルブルグからアーマー運搬船で向かい、彼らを探し出して和解をはかろうと思うのだが、我々だけでは話を聞いてくれまい。そこで……ティナの力を借りたい」
幻獣と人間の絆をもう一度結べるとしたら両者の間に生まれた私だけ。……本当にバナンとガストラは同じことを言うのだと思うとなんだか呆れて笑ってしまった。それを余裕と感じたのか、ガストラが少し動揺しているのが分かる。
封魔壁で私が扉の前に立った時、向こう側から感じたのは怒りではなかった。ただ深い悲しみと人間が何をしに来たのかという疑念、そして微かだけれどこちらに触れようとする心の気配。
対話は叶うはずだった。それなのに封魔壁を越えた途端、火がついたように憤怒と憎悪が燃え上がってしまった。あとは為す術もなく、幻獣たち自身も沸き起こるエネルギーの暴走をコントロールできないようで、人間界に足を踏み入れたその一歩があらゆる感情を破壊への欲求に変えていった。
この世界には誤った魔導の行使によってつけられた傷痕があまりにもたくさん残っている。その痛みが幻獣を刺激する。力を抑えられる幻獣界とは違って、こちらでは理性を保つことが難しいから、今のままでは幻獣と人間が共に生きるなど叶わない。何よりもまず愚かな争いをやめることが先決だった。
「分かりました。私も同行します」
「……ありがたい。帝国からも優秀な将軍と兵士を同行させる」
皇帝の呼び出しに応じて部屋に入ってきたのは帝国の将軍だった。彼の顔には見覚えがある。訓練場でよく見かけた……それに、何度か同じ戦場に立った。私はケフカの操る兵器で、魔導の力に疑念を抱く彼は私に見向きもしなかったけれど。
「レオ・クリストフにございます。よろしく」
レオ将軍は私たち一人一人に礼をして、カイエンのもとで動きを止めた。
「ドマの戦士カイエン殿！ 御目にかかれてよかった。ケフカが毒を使うのを止められなかったこと、許してほしい」
「……おぬしのせいではござらんよ」
誠意を尽くすレオ将軍を見つめ返すことができずにカイエンは目を伏せた。なぜだか胸が締めつけられる。ドマで起きたことについてはミズキから聞いた。カイエンがそこで、奥さんと子供を……愛する人たちを喪ったのだと。ケフカに殺されたのだと。
許してほしいって、何？ 確かにカイエンの言う通り、惨劇はレオ将軍のせいではない。彼はその時もう戦場を去っていたのだから。でも、だからこそ。
「あなたに何の責任があるの？」
自分でもビックリするほど強張った声が出た。レオは私が口をきいたことに驚いているようだった。
「毒を流したのはあなたじゃない。ケフカへの処罰を決めるのもあなたではない。カイエンに許しを請う権利は、あなたにはないわ」
ケフカも、彼も、私たちの罪は、言葉ひとつで許されるようなものではない。謝って許してそれでおしまいなんて、認めるわけにはいかなかった。
「……もちろん。言葉を誤ったこと、重ねて謝罪しよう。許しを請うたのは一人の帝国軍人として、部下の管理を怠った責任を明らかにしたまでだ。私にも罰を受ける意思がある。この謝罪で何かを帳消しにするつもりはない」
レオの言葉に、今度はカイエンも黙したまま強く頷いた。
城を出ると、もう夜中なのにミズキたちが待っていてくれた。
「おかえりティナ、お疲れさん！」
満面の笑みを浮かべた彼女が両手を広げていたのでなんとなく近づいたらぎゅっと抱きしめてくれた。……ふかふかだった。モグを抱きしめるのもあたたかくて気持ちがいいけれど、ミズキの胸に抱かれるのもやわらかくて癒される。
会食での重たい気分が吹き飛んで私が離れると、手の空いたミズキにエドガーが真顔で告げる。
「ミズキ、私も疲れたんだが」
「えー、まあいいか。今回だけね」
きっとケアル以上に効果の高そうな抱擁を皆も受けるべきだと思う。エドガーはミズキよりも背が高いから彼の方が抱きしめる形になってしまったけれどものすごく幸せそうな顔をしていた。
「じゃあせっかくだからロックとカイエンもー」
「えっ！？ いや、俺はいいよ！」
「せ、拙者も遠慮しておくでござる！」
素早く逃げ出したロックに対してカイエンはなぜかマッシュに捕まってミズキの方へと押し出された。マッシュがこういう時に参加してくるのはなんだか珍しい。
「固いこと言うなよ、疚しくないなら平気だろ」
「マママママッシュ殿！？ な、な、な、なにを」
「なにマッシュ、もしかして前に怒られたのを根に持ってんの？」
「これでお前も同罪だ、カイエン！」
羽交い締めにされたままカイエンはミズキのふかふかしたところに抱きしめられてもがいている。嫌がるのは疚しい気持ちがあるから、だとしたら、疚しい気持ちって何かしら。
そそくさと渦中から脱してきたロックに聞いてみたら「マッシュにはなくてエドガーが持ってるものだ」と教えてくれた。……疚しさって、回転のこぎりやドリルのこと？
同行の帝国兵はアルブルグで待っているらしい。ちょっと遠回りになるけれど飛空艇の様子を見てから向かおうという話になった。何かあった時にすぐ逃げられないと困るもの。やっぱり皆、ガストラの言うことは信用してないみたい。
幻獣を探して怒りを静めなければいけないから、大人数で向かうわけにはいかなかった。とはいっても帝国と共に行動することになるのでロックとミズキが私と一緒に来てくれる。
「皆はここに残ってくれ」
「分かった。ガストラが何か企んでいるかもしれないからな」
「我々がここに残って帝国を監視するでござる」
別れ際、マッシュは皆から少し離れてミズキに「注意事項は？」と聞いていた。二人の仲の良さに時々、羨ましいだけじゃない不思議な感情が沸き起こる。もしかしたらこれが疚しい気持ちというもの？
ミズキは皮肉っぽい笑みでマッシュに答えた。
「私はとことん卑怯で残酷になることにしました」
「そりゃいいけどさ、何かあるのか？」
「まだ大丈夫だよ」
幻獣たちを探しに行くだけだもの。彼らもこちらの世界の空気に慣れて、今度は話をする余裕があるだろう。でも……ミズキはそのあとに何かが起こると知っている。
宵闇のもとでベクタは未だ炎が明々と燃えていて、町が夕暮れの色に染まっている。まだ、大丈夫。じゃあその先は？ この火が消える頃には何が終わってしまうの……？
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