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恣意


 不時着の間際にセッツァーが呼び出したファントムのバニシングボディーのおかげで、船内にいた皆はなんとか無事だった。ただしバニシュの効かなかった私は別だ。
 必死で操舵輪にしがみついたもののやはり激しい打撲と軽い擦り傷は避けられなかった。肩も外れたけど、それはマッシュが治してくれたのでもう平気だ。一番ひどいのは打撲だった。ちょっとしばらく歩けそうになく部屋まで運んでもらってそのままベッドで唸っているのが現状。
 むしろその程度で済んだことをありがたく思うべきなのだろうけれども、魔法が効く体ならダメージを回避できたのにと思うと非常に悔しかった。
 船の方は、セッツァーが見て回ったところ幻獣の体当たりと不時着の衝撃によって船体がかなり傷ついた他、過熱でエンジンがイカれたようだ。心配していた魔導力部分は無事だったのがありがたい。古代人の叡智の結晶たるその辺りが壊れてしまうと誰にも直せないので本当に無事でよかった。
 さすがのバニシュもブラックジャックにまではかからなかった。ということは魔大陸脱出の時にも使えないな。尤もバニシュが飛空艇にも効果を発揮するとしたら魔法で攻撃された際に大ダメージを食らってしまうため良し悪しではある。
 全員にプロテスをかけられたら最良なのだが、残念ながらそんな幻獣はいない。ゴーレムのアースウォールは防御結界を張るのではなく眼前の攻撃から味方を庇うものなので、飛空艇が破壊され空から落ちた時の役には立たないだろうと思われる。どうすっかな。
 帝国との和平会食が終わればサマサの村に行ってすぐに魔大陸浮上。イベントの内容で言えばまだそれなりに先は長いが、それでも数日のうちに世界は崩壊する。
 せめて今のうちにやれるだけのことをやっておかなければならない。

 ベクタの様子はひとまずリターナー代表格であるティナとロックとエドガーとマッシュが確認しに行くことになった。残りのメンバーはしっちゃかめっちゃかになった船内をある程度きれいにしてから追いかける予定だ。
 修理はセッツァーがやってくれているけれど、他の部分も片づけてすぐ飛べるようにしておかなくては帝都で何かあった時に脱出できなくなってしまう。……実際“何か”あるのは分かりきっているのだし。
 私がカイエンたち後発組と一緒に行けるかはこの腰の痛みにかかっていた。とりあえず今は起き上がることもできないので泣く泣くティナたちを見送るだけだ。
 もしそのまま会食イベントが始まってしまってもエドガーとロックがいれば問題はないだろう。そして幻獣を探しに行く前にはティナが一旦ここへ戻ってきてくれるはず。それまでに動けるようになっておくため、今はひたすら寝転がって体を労るのが私の勤めだ。
 出発の直前にマッシュが「気をつけておくべきことはあるか」と聞きにきてくれて、バナンのことを忠告しようかと悩んだ挙げ句、私は「今のところはない」と答えて見送った。
 サマサの村でのイベントのあと帝国が和平の約束を反故にした時、帝都にいたはずのバナンとジュンは無言で姿を消したまま行方不明となる。逃げたのか殺されたのか判断できる描写はなくエンディングに到るまで一切話題にものぼらない。
 おそらくはリターナーの指導者として城内の貴賓室に招かれていたはずだ。その瞬間にもガストラの近くにいたのならエドガーたちが助け出す間もなく殺されるのだろうと思う。
 予め危険だと注意しておけば助けられるのかもしれない。だが、私は言わなかった。
 彼らに危険が迫っていると教えたらマッシュは助けようとするだろう。一刻を争って逃げなければならない時、バナンを連れ出すために、もしマッシュが逃げ遅れたら? あるいは周囲を警戒するためにバナンの護衛をしていて、巻き込まれて殺されでもしたら。
 ……だから私は、言わなかった。助かるかもしれない者と引き換えに、死なないはずの人が死ぬのを避けるために。余計なことは言わないのだ。それで誰かを見殺しにするはめになったとしても。

 ベッドに横たわっている間どうせ暇なので、崩壊した後のために魔石の分配についても考えておくことにした。プレイヤーとしてはゲームを主導するセリスにすべての魔石を渡しておきたいところだが、他の皆も再集結までの一年を自力で生き延びなければならないのだからそうはいかない。
 マディンはティナ、ラムウはモグが持っているとして、他をバランス良く持たせておかなければ。
 まず、魔石を持っていなくても良さそうなのはセッツァーとエドガーだろう。セッツァーはコーリンゲンに着いたら飲んだくれ期間に入るし、エドガーも盗賊と行動を共にし始めたら魔石を使えなくなるから持っていても無駄だ。彼らがどこで目覚めるにせよ、修得済の魔法でなんとかなるはず。
 おそらく一番危険なのは、情報収集のあと一人でフェニックスの洞窟を探索するという無茶に走るロックだ。バニシュがあれば戦闘回数を減らせるのでファントムは彼に持ってもらおう。場所柄シヴァも預けておくべきだろう。
 マッシュにはゴーレムを持っておいてほしい。もしかしたらアースウォールがツェンで役立つかもしれない。魔石装備によるレベルアップボーナスがどの程度の効果を与えているのか不明だが、少しでも筋力が高められるならビスマルクも渡しておこう。
 狂信者の塔にいる限りある意味では安全といえるが、ストラゴスはどこで目覚めるのだろう。しばらくリルムを探して旅するならゾーナ・シーカーでも持っていてもらおうか。
 そのリルムもスタート地点がジドール付近でなければアウザーさんに会うまで一人旅になる可能性があるので、道行きの安全を確保しておかなくてはいけない。カトブレパスかセイレーンが打倒なところだと思う。
 ガウは獣ヶ原で打倒ケフカの修行をする予定だからリジェネのあるキリン辺りがいいか。確か一度カイエンと顔を合わせたようなことを示唆する台詞があったと記憶している。この二人は相談して手持ちを分配してくれるだろうからいくつか余分に渡すとして。
 別れ際も再会時も弱っているシャドウには回復のためにセラフィムを。残った魔石はすべてセリスに預けることにする。

 ティナたちが発って二時間ほど。ジミーさんが持ってきてくれた鎮痛剤のお陰でかなり楽になってきた。ひっぺがしおじさん以外の二人はファルコン号に乗っていないので、彼らを生き残らせたければ魔大陸前後の予定をきっちり決めておかなければいけない。
 装備をひっぺがしてくれる人もブラックジャックとファルコンでグラフィックが違っていて別人の可能性があったのだが、グラフィック的にダンさんはファルコンに乗っている人っぽいので同じ人なのだと思うことにした。
 念のため親子関係や兄弟や親戚、弟子の有無についても尋ねてみたが嘘か本当か天涯孤独だそうなので、彼が亡くなって代わりに親類縁者が乗ってくる、ということはなさそうだ。
 そもそもセッツァーがあまり新規の乗組員を増やしたがらないのと、崩壊後のコーリンゲンでもうセッツァーのそばに控えていることからしても、ファルコン号のひっぺがしおじさんはダンさんで確定と見ていいだろう。
 残る二人、カジノ担当であるルーカスさんは生き延びてもファルコンに乗っていなかったのは理解できる。たぶんジドールかどこかで新たな仕事を見つけていたんじゃないだろうか。ではジミーさんは? 道具屋さんはファルコンにも必要だ。むしろ崩壊後こそ必要だった。しかし彼は、崩壊後の船内にいない。
 ファルコン号に乗ってくれるかどうかは彼ら次第ではあるけれど、とにかく魔大陸脱出で死なせるのだけは避けたかった。
 先程の不時着の際バニシングボディーは三人にも効果があったようだ。ちょうどカジノにいたルーカスさんは椅子の背もたれに激突したが痛くなかったと言っていた。ただカウンター内であらゆる酒類が割れて混ざって駄目になったので今も泣き濡れながら掃除しているけれど。
 万が一ケフカが魔法を打ってきた時のことを考えてファントムは避け、魔大陸に乗り込まず船内に残るメンバーに、プロテスとシェルとリジェネを切らさないよう注意してもらって……。
 ……本当は、これが偽善にさえならないことなんて重々理解している。引き裂かれた大地に沈み溢れ出した海に飲まれて死んでいく人々を無視しているくせに、仲間だけは助けようなんて都合のいい話だ。
 でも私の手は精々ブラックジャックの中までしか届かない。何もかもを救う覚悟なんて決められそうにない。だから、大切な人だけが助かればそれでいい。そう、それでいい、ことにしたんだ。




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