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消えない隔たり


 獣ヶ原での修練はおよそ一週間で終わった。カイエンとセッツァー、モグも粗方の魔法を修得し、ガウは“仲間”から戦い方を学び、ティナは幻獣の力を制御できるようになって、ミズキは……。
 生まれてから一度も武器を握ったことさえなかったやつが一週間ばかりの特訓でまともに戦えるようになるはずもない。だが、技術はさておきあいつは殺戮に慣れた。
 獣ヶ原のモンスターは好戦的なものが多く、人と遭遇しても逃げ出すということがほとんどない。何度も殺されそうになってミズキは自分の心と体に“この世界はそういう場所なのだ”と叩き込んだ。
 いつでも誰かに殺され得る、そうならないためには殺さなければならない、元いた世界とは徹底的に違うところなのだと。
 今までミズキの世界について詳しい話を聞いたことはなかった。ただ漠然と平穏な世界で争いに関わらず生きてきたんだろうとだけ考えていた。彼女が獣ヶ原に降りる前にそれを尋ね、返された予想外の答えを思い出す。

 ミズキの世界にはモンスターがいない。これが最たる違いだ。彼女が箱入り娘だったから戦闘の経験がなかったのではなく、そもそも向こうの世界では『命の危険』が日常に存在しないのだった。
 田舎の山奥や林野に行けば野性動物がいて危険もあるが、そんなやつらはモンスターと違って誰彼構わず襲っては来ない。猟師を生業にしているのでもなければ生物に襲われたり殺したりという状況はまず体験することがないそうだ。そして狩猟と殺戮の間に、こっちの世界よりも大きな隔たりがある。
 ミズキのいたところは相当な数の人間が住んでいた。それこそ他のあらゆる生物を席巻するくらいに。家々の隙間を埋めるようにまた家が建ち並び、町から町へ移動するのに街道を介さずとも次の町が隣接している。地図上に境界線が引かれているだけで“町と町の間”ってものがないらしい。ちょっと理解を越えている。想像力が追いつかない。
 ともかくあっちの世界では、人間は強者なんだ。対立した位置に“魔物”がいない。だからミズキは、戦いの経験がないというより……危険の中で孤立したことがないんだ。彼女も自覚しているらしく「向こうでは独力で未来を切り開かなくても既に道は舗装されている」と言っていた。
 他者に害される危険がほとんどなく、それゆえに容易く他人を信じ、味方以外にも同情できるだけの余裕があり、自分の周囲にも常に誰かの目がある。あいつが子供のように頼りなく無防備に思えるのは育った環境のせいだ。
 呼吸だけをしていれば流されるように生きていける。肉体が衰え精神は肥大する。そんな世界から彼女は来た。
 ミズキはオートボウガンの扱いに慣れたから少しは戦力になれそうだとはりきっている。でも俺は、あいつに武器を持たせたことをやはり悔やんでいた。

 封魔壁の近くには帝国が設置した監視所がある。その近くで兄貴とロックが工作を行っていた。俺たちが封魔壁へ行こうとしているという情報を敵に流して、おかげでナルシェを睨んでいた軍の目は南に向き始めた。
 この一週間のうちにバナン様をはじめリターナーの面々は警戒の薄れたニケア付近の港からマランダ方面に少しずつ上陸し、一足先に修行を終えたカイエンが彼らを護衛して兄貴たちと合流した。
 正面から監視所を突破すると見せかけ、騒ぎの隙をついてティナを侵入させるという手筈だ。こっちには俺とガウとミズキが同行する。
 変身して上空から監視所を見てきたティナが手薄な箇所を地図に記した。そろそろ出発するかと腰を上げたところで彼女が俺に尋ねる。
「ねえ、ミズキは寝相が悪いの?」
 ……唐突だな。そういやあいつ、野宿と戦闘訓練で疲れ果てたのか風呂に入ってすぐ「出発まで寝る」とか言ってたな。ちょうどいいので暇を持て余してるガウに起こしに行かせた。ガウのやり方は強烈だからきっちり目が覚めるだろう。
「寝相ね……さあ、俺に聞かれてもちょっと分からんが。何かあったのか?」
 一緒にテントで眠ったはずだし、ブラックジャックでも同室だからミズキの寝相がいいか悪いかはティナの方がよく知っているだろうに。もしかして獣ヶ原で何かあったのか。隣で寝てるミズキに抱きつかれでもして困ったとか? あり得るな。
 なんてことを考えてる俺の頭の上からティナは凄まじい爆弾を落としてきた。
「マッシュ、ミズキと寝たんでしょう」
「…………はい?」

 ちょっと時が止まったぞ。一体どっからそんな話が出てきたんだ? ね、寝たってどういう……いやティナのことだから「隣で一緒に寝転がった」程度の意味だろう。それでも充分に人聞きが悪い。兄貴たちが別行動をとっててよかったと心底思う。今のをうっかり聞かれていたらと思うと頭痛がしそうだ。
「ティナ、寝たとかそういう誤解を招く言い方はやめてくれ……」
 そもそもミズキと一緒に寝た覚えはないぞ。俺もあいつと野宿はしたがシャドウやカイエンがいたし、べつに二人で身を寄せ合って眠ったわけじゃないし、宿はちゃんと別室だったし、ってどうしてこんなに焦らなくちゃならないんだ。
「でもミズキが前に言ってたわ。マッシュに足を向けて寝られないって」
「…………」
「ミズキの寝相が悪いからマッシュを蹴っ飛ばしてしまったんでしょう?」
 いろいろな意味で間違ってるよ、ティナ!
「確認するけど、ミズキが言ったのは俺に足を向けて寝られないってことなのか?」
「そうよ」
「あのな、それは恩義のある人に失礼なことはできないって意味の言葉だよ。隣で眠って寝相が悪いから足をぶつけたってわけじゃない。だから俺とミズキが一緒に寝たなんて事実はないし、今後も絶対ない」
「どうしてミズキと寝ないの?」
「えっ!」
 ど、どうしてって言われても……。そりゃあ成人した男と女なんだから一緒に寝るわけないだろう、と答えたとしてまた「どうして成人した男と女は一緒に寝ないの?」と聞かれるのが怖くて言えなかった。俺に何を説明しろっていうんだ。
「お、俺が寝相悪いんだよ! 危ないから打たれ弱いミズキの隣では寝ないようにしてるんだ」
「そうだったの」
 なんとか納得した様子のティナにホッとしたのも束の間、今度は「私は打たれ強いからマッシュと寝ても大丈夫よ」と笑顔で言われて突っ伏すはめになった。
 ティナは近頃とても表情豊かになった。それはいいが、人としての常識が追いついてないからたまに困る。

 というようなことがあったんだと報告したらミズキは腹を抱えて笑いだした。他人事じゃないだろうと怒る気力もない。ティナがあんな発想に到ったのは俺とミズキが親密だと勘違いされているせいだと思うんだが。
 誤解されるのも無理ないとは自覚している。俺はミズキが秘密にしたがっていることを暴いてしまったが、他のやつに漏らすつもりはないし、そうなると秘密の話をするため度々人目を避けて二人きりになるし、ミズキの方でも俺にはもうバレているからと俺への態度が変わる。端からは確かに親しく見えるだろう。
「否定しなくていいのか?」
「好都合ではあるよね」
「まあ、詮索されないのはありがたいけどさ」
「迷惑なら放っとけばそのうちおさまるでしょ」
 兄貴たちも冗談混じりにからかっているだけで、本当に俺たちが恋仲だと信じて言ってるわけではない。でもさっきのティナなんかはどうだろう。
 今回は誤解というより単なる言葉の綾だったが、彼女の目からも俺たちが親しく見えて周りもそう囃し立てるなら、感情の未熟なティナは本気で信じてしまいかねない。そうなったら誤解をとくのは骨が折れるだろうな。
「……正直、俺も都合はいいんだけどさ」
「見合い避けになるから?」
「うん。ミズキが気にしないなら利用させてもらいたいくらいだ」
「べつにいいよー」
 ミズキは元の世界に戻る機会を逃さないために俺たちについて来ている。俺でも他の誰が相手でも、もとより“こっちのヤツ”と恋愛する気なんて更々ないはずだ。だから誤解されて困ることもないし、それを正さずにおけば俺も城に戻った時ばあや達に煩く言われなくて済む。彼女がいなくなった後も結婚しない言い訳として使わせてもらえれば更に助かる。
 ……そう、ミズキはいなくなるんだよな。元の世界に、身の危険に晒されない世界へ帰るんだ。それが分かっているから戦闘に参加させるのは今でも反対だった。彼女の手を血で汚せば何か決定的なものが変わってしまう気がして嫌なんだ。でも帰る日まで彼女が自分の身を守る手段が必要だというのも確かだった。
 きっと例の瞬間が近づいてきてるんだろう。崩壊したあとの世界にも生きていることが確定している俺たちと違って、ミズキは生き延びられるかどうか分からない。だから少しでも強くなっておきたいのだと思う。だとしたら……止めようがない。

 監視所内は慌ただしい雰囲気で、塀を乗り越えて忍び込んだ俺たちには未だ気づいていない様子だ。急ぎ封魔壁へ向かう途中で帝国兵に声をかけられて驚いたが変装したロックだった。彼が入り口の見張りを引き付けている間に洞窟へ駆け込み、地下深くに埋もれた封魔壁を目指す。
 ミズキが警戒しろと言っていた通り洞窟内はかなり危険な場所だった。マディンの見せてくれた幻影では幻獣の長老が巨大な魔法の扉を閉じただけだったが、その魔力がモンスターを呼び寄せて帝国に対する防壁となっている。
 ガストラはあれ以降も懲りずに扉を開けようとしたのだろう、監視所から攻め入ったものの任務を果たせずに力尽きた兵士たちは魔力に歪められてアンデッドと化していた。炎に弱いはずのモンスターにはなぜかティナのファイアも効かず、倒しても倒しても起き上がってくる死体をはねのけながら必死で進む。
 帝国が過ちを繰り返すごとに封魔壁への道は難攻不落となってゆく。さしあたっては俺たちが迷惑を被っている。まったく許しがたい。
 奥へ進むと洞窟内に熱気が満ちた。始めこそ汗ばむ程度だったが下層へと降りるにつれて耐え難いほどになってくる。ティナは平気そうな顔をして歩いているが、ミズキとガウは汗だくで疲れきっていた。
「ガウ、暑いのは分かるけど犬じゃないんだから舌を出すのはやめなさい」
「がうう!」
「こら、服を脱ぐな!」
「マッシュってお母さんぽいな」
 誰がお母さんだ、誰が。ミズキに真顔で言われたのも腹立たしいが微笑ましげに見守るティナにも気恥ずかしさが募る。
「ここ、ちょっとすずしい!」
「私も私もー。おーホントだ風の通り道っすねー」
「寄り道するなってば。ほら、行くぞ!」
 岩壁の隙間に頭を突っ込んで僅かな涼を取っていた二人の首根っこを掴んで引きずり出すと、ティナに「飼い主みたいでもあるわね」と言われた。……母親と飼い主ならどっちがマシなんだろう。
 更に進むと熱気の原因が判明した。ところどころ道を塞ぐように熔岩が流れている。これも魔力の影響なのか? 行きしなティナはモグを同行させたがっていたがブラックジャックに置いてきて正解だ。雪国育ちのモーグリには厳しすぎる。
「ここはもう女王様の出番でしょう」
 暑さのせいか目が虚ろなミズキが呟き、何を言ってるのかと俺が戸惑っている間にティナは魔石を掲げた。蒼白い光が吹雪となって舞い上がり氷の女王が顕現する。そうか、シヴァのことか。ティナはあのワケの分からん言動でよく理解できるなぁ。
 女王の息吹は流れる熔岩でさえ凍てつかせた。ついでに周辺のモンスターもだ。これでちょっと楽になるな。

 何時間もかけて洞窟の最深部と思われる場所まで降りてきた。この辺りは上層に熔岩の流れていたのが嘘のようにひどく寒い。薄着のガウとミズキが今度は歯をガチガチ言わせて凍えていた。イフリートを召喚しても暖かくはならないだろうな。焦げるだけで。
 目の前にはビスマルクが体当たりしても開きそうにないほど巨大な扉が聳え立っている。悠然とした姿は向こう側の気配を感じさせない。扉の先に本当に幻獣たちがいるのだろうかと疑いたくなるほど静かだった。
「この奥に幻獣界が……」
 彼らが人間の仕打ちを許して俺たちを受け入れるのか、あとはティナにかかっている。
 個人的には帝国への攻撃に協力してくれなくても一向に構わない。今はこちらも魔法が使えるし、俺が単身ベクタに乗り込んでも混乱を与えるくらいはできる。命を賭せばガストラを殺すことだって可能かもしれない。帝国を揺るがす勢力が一つあれば人間は再び自分の力で戦争に立ち向かえるだろう。
 ただ、こうして扉を閉ざされたままでは互いに辛い。せめてティナの存在を認め、向き合ってほしいと思う。
 ティナが扉の前に進み出て魔力を解放する。ナルシェで氷漬けの幻獣と反応した時のような光が漏れ出したが今度は衝撃を受けなかった。力がきちんと制御されているお陰だろう。
「幻獣たち……私を受け入れて……」
 彼女の体が淡い光に包まれ、幻獣としての姿が重なる。次第に人間の姿が掻き消され獣の本性が表に出てきた。暴走せず変身するところを見るのは初めてだが、改めて綺麗な姿だと状況も忘れて見惚れてしまう。

「マッシュ……なにかくるぞ」
「ん?」
 不安そうなガウに手を引かれてハッと我に返った。気づけば隣では険しい顔つきでミズキが背後を睨みつけている。どうしたと尋ねようとして、振り返ったところに目障りなものがいた。
「ティナという餌を投げてやれば、窮地に立ったリターナーは必ず封魔壁を開く。ヒョッヒョッヒョッヒョッ! 皇帝の仰った通りだ!」
「ケフカ……俺たちをつけていたのか」
「ヒッヒッヒッ! さあ、何をしているのです? 私の栄光へと続く道を、」
「うるせえハゲ死ね」
 道化のように飛び跳ねながら近寄ってくるケフカにミズキは問答無用でオートボウガンを射ちまくった。残念ながらマントで払いのけられたが道化は甲高い悲鳴をあげて立ち止まった。ティナが封魔壁を開けるまであいつを近づかせるわけにはいかない。
「そこで大人しくしてろよ。扉が開かなきゃあんたも困るでしょう」
 凍りつくようなミズキの声音にケフカの顔が歪む。こいつが来るのは予定通りか。しかし、それなら幻獣は……?

 封魔壁の向こうに集中しているせいかティナは後ろの騒ぎに気づいていない。彼女の体がゆっくりと宙に浮かび上がり、輝きが増してゆくと同時に扉が轟音をあげて開き始めた。
 あの時、ティナとマドリーヌが吸い出された時のような凄まじい風が吹き荒れる。飛ばされそうになったガウの手を必死で掴んで床に張りついた。ミズキは戸惑いながら俺とティナを見比べている。あいつが平気で立ってるってことは魔力の風か。なら助かった。俺ですら飛ばされそうで二人も掴まえてる余裕はない。
「むむ胸騒ぎがががっ、何か来るっ!」
「くそっ、手を離すなよガウ!」
 地面ごと引き剥がす勢いで猛烈な風が吹き、封魔壁が、開いた。そこから無数の幻獣が飛び出してくる。だが彼らはティナにも俺たちにもケフカにも目をくれず、洞窟の天井をぶち破りながら嵐を纏って飛び去ってゆく。
「すごいエネルギー! ぬわー」
 なんか、向こうでケフカが吹き飛ばされたような気もするが目を開けていられなかったのでよく分からない。勝手にどこへでも消えてくれって感じだ。
 永遠に続くかと思われた風がようやっと収まって、よろよろと立ち上がってみれば景色が一変していた。封魔壁の真上から空が見えている。幻獣たちは洞窟を完璧に破壊して外へ出たようだ。
 膨大なエネルギーにあてられて頭がズキズキと痛む。ガウが呆然と見上げているのにつられて封魔壁を見た。……扉は閉ざされていた。しかも鉄扉の上から幻獣たちが破壊した洞窟の岩が崩れ落ち、内からも外からも開けられなくなっている。
 変身の解けたティナを支え、ミズキがこっちへ歩いてくる。
「一旦、飛空艇に戻ろうか」
「あ、ああ」
 幻獣はどうなったのか。対話が叶わなかったことだけは間違いなかった。

 洞窟の入り口にはカイエンたちが待っていた。監視所は無人になっており、ケフカもいなくなったようだ。
「マッシュ殿、無事でござったか!」
「なんとかな」
「何が起きたんだ? 幻獣たちが群れをなして飛んでいったが……」
「その直後に帝国軍も全員が撤退したんだ」
「全員だって?」
 ガストラは俺たちを利用して封魔壁を開こうとしていた。マディンや研究所に捕らえていた幻獣を攫った時のように出てきた幻獣たちを捕獲する目論見だったのだろうが、いざそれが叶ったのに監視所を空にしてどこへ消えたんだ。ただ幻獣の暴走を怖れて逃げたのか、彼らを追って行ったのか。
「幻獣はどこに?」
「帝国首都へ向かったようだ。バナン様たちが先行している。俺たちも行こう」
 兄貴の言葉に、青褪めた顔でティナが頷いた。……幻獣はベクタに向かった。嫌な予感がする。
 封魔壁のこちらからでもティナの声は幻獣界に届いた。ということは、扉が閉ざされていても完全に隔たれていたわけではないのだろう。
 彼らはこちらの様子を知っていたのかもしれない。人間の世界に取り残されていた幻獣たちが、どんな仕打ちを受けていたのかを。

 飛空艇に乗り込みベクタへ向かう。ティナは浮かない顔のまま甲板に立って空を眺めていた。その目がハッと見開かれる。
「どうした?」
「感じるの……近づいてくる……」
 彼女が見据えた先の空に光が瞬く。それはどんどん大きくなって……いや違う、ブラックジャックめがけて猛スピードで飛んできている?
「ぶつかるぞ!」
 寸前にセッツァーが思い切り舵をきって直撃は免れた。だが、避けた先にも無数の幻獣が待ち構えていた。
「セッツァー、伏せろ!」
 暴走する幻獣たちが船体のあちこちにぶつかりながら飛んでいく。もう舵をとって避けられる数じゃない。全員甲板に伏せて嵐が通りすぎるのを為す術もなく待つしかなかった。
 礫が降り注ぐような衝撃が収まってみるとブラックジャックはボロボロだった。それでもなんとか飛び続けている。へたり込んだまま立ち上がれないのか、ティナは幻獣の去った空を悲痛な目で見つめた。
 やはり、幻獣は怒っている……? ベクタに向かったはずが戻ってきた。これが何を意味するのか、察しはつくが誰も口に出せない。彼らがどんな“用事”を済ませてきたのか。
 一人、沈みつつも冷静さを失っていないミズキがセッツァーを抱えて立ち上がらせた。
「船長、舵が壊れた」
「くそっ、今すぐ全員船内に戻れ!」
 言うや否や船体が傾き始めた。慌ててガウを捕まえ船内に駆け込む。まだ呆けていたティナはロックが引っ張っていった。ミズキとセッツァーだけが操舵輪のもとに留まっている。
 ミズキが何かを言って、セッツァーが慌てて魔石を取り出したのは見た。その瞬間に立っていられないほどの揺れが起こり、ブラックジャックは帝都から大きく逸れたところへ不時着した。




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