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甘受


 ショックなことがあった。どうやらマディンは魔力で幻影を投射したらしく、私だけ幻獣界での回想シーンを見られなかったのだ。蚊帳の外だった私には一瞬のことだったけれど皆はティナ生誕のエピソードをしっかり見届けたようだった。羨ましい。これで私がマドリーヌの御尊顔を拝見する機会は永久になくなった、と。くそぉ……。
 帝国は研究所の幻獣を失ったので今後どう出てくるか予想がつかない。リターナーとしても頼みの綱であった幻獣が魔石化してしまったので封魔壁に赴いて彼らの協力を仰ぐしかなくなった。
 というわけで、全員揃ってブラックジャックに乗り込みナルシェへと向かうことに。
 今まで移動だけでかなりの時間を使っていたけれど飛空艇があればゾゾからナルシェまで一日もかからない。その分ストーリー展開も早くなってしまうということだ。

 ところで、人間の姿に戻ったティナはちゃんと服を着ていた。御開帳を防ぐためにもシーツを広げて待っているべきかとハラハラしていた私の前に現れたのは、ナルシェでも貸しっぱなしにしていた私のコートだった。変身する前とまったく同じ姿だ。
 自分の服をティナが着ているのってなんだかとてもいいな。暴走前ティナに「寒かったから、勝手に借りてごめんなさい」とか謝られたがむしろありがとうございますと言いたいくらいです。
 そういえば私がレテ川に落ちたあと筏に縛りつけておいた鞄はどうなったんだろう。ティナは今着てる服以外の私の荷物は持ってなかったし、あの時は帝国軍が攻めてきてそれどころじゃなかったから私も荷物のことなんて忘れていた。あるとしたらナルシェ長老の家に置きっぱなしかな。
 あとでエドガーに聞いておこう。フィガロで貸してもらった着替えが入ってるので確保しておかなくては。
 いや、思考が逸れてしまった。それよりも気になるのは幻獣に変身中のティナがしっかり裸だったということだ。ウェアビースト的に全身ふさふさなので外見上は問題なかったけれど間違いなく全裸。でも今はちゃんと着ている。変身シーンを挟むことなく、いつの間に脱いだり着たりしたのか?
 戦闘中にトランスするたび服が破れたりして右往左往しなくて済むのは非常にありがたいんだけれども、この服はどこへ消えてどっから出てきたのかと悩んでしまう。
 向こうの世界でもお馴染みだった“魔法少女が変身中、元々着ていた服はどうなってるのか?”という疑問がふつふつとわいてくるのです。

 たとえばコンパクトやベルトなどアクセサリーを使って変身するヒーローのコスチュームを皮膜のようなものだと考える。敵との戦闘でどんなに傷ついたとしても普通の人間に戻った時には変身前そのままの服に戻っている。むしろ破れていたはずの箇所が直っていたりするくらいだ。
 この世界で言うなら分身やゴーレムのアースウォールが近いだろうか。普段着のうえに変身後の姿を“纏う”ことで中にいる“変身前の自分”にはダメージが通らなくなっているのではないかと思う。
 トランスしたティナは服を着ていなかった。けれどあの獣としての肉体そのものがコスチュームの役割を果たしているとしたら? ヴァリガルマンダに反応して変身した時からティナは服を脱いでなんかいなかった。人間としての姿のうえに“トランスした姿を着た”のだ。
 幻獣といえば、魔石からは既に死んでしまったはずの彼らを一時的とはいえ呼び出すことが可能だ。しかしあれは魔石に残された力を具現化したものに過ぎず、ラムウを呼んでもらっても会話は成り立たなかった。まだ辛うじて意思が残っているのか、魔石を握っていると声が聞こえるような気がする瞬間もあるが夢幻のように曖昧な感覚だ。
 でもマディンはラストダンジョンまで意識を保っているんだよな。幻獣も死後は魔列車に乗って、あるいは自分の力で霊界に行くのだろうか。そしてそこから自分の魔石を通じて語りかけてくるのだろうか。
 “死んでしまった幻獣およびその結晶である魔石”と“魔石から一時的に呼び出される幻獣”を肉体と精神のように区別して考えられたら、ファイガを使えるはずのイフリートの魔石でファイラまでしか修得できないのもなんとなく納得できるのではないだろうか。
 魔石とは幻獣たちの遺物、それをエネルギー源として、遺された仲間のステータスを強化するのが本来の用途なのだろう。召喚や魔法修得の恩恵は付加価値に過ぎない。だって幻獣の生まれた時代には魔法が使えるなんて当たり前のことだったのだから、ステータスアップ効果の方がありがたいはず。
 そういったことを踏まえて考えるならば、ティナのトランスは変身というより“幻獣としての半身を召喚”している、いわば憑依のようなものかもしれない。肉体と入れ替わるように精神が実体化している状態だ。
 ……あれは裸に見えるが裸ではないんだ。だから大丈夫なんだ。そういうことにしておこう!

 そんな真面目だか不真面目だか自分でもよく分からないことを考えてるうちにブラックジャックはナルシェ手前に到着してしまった。
 ガードに加えて今はリターナーとフィガロの兵士も応援に来ているので町はやたら賑やかだ。ちょっと治安が乱れているような気もしなくもないが。念のため一人で町を歩かないようにしよう。長老の館ではバナンが主人のような振る舞いをしており、エドガーとロックがベクタの様子をバナンに伝えている。
「なるほど……ナルシェの資源とフィガロの機械を使って帝国を攻める計画だったが、兵力不足かもしれんな」
 せっかくナルシェに来たんだからついでにモグを仲間にしておくか。あと研究所で取り返した魔石の魔法を覚えてもらって、カイエンとガウとセッツァーにも魔石を持たせなければいけない。そろそろゴーレムとゾーナ・シーカーが売られる頃だしツェンやアルブルグ、マランダにも寄っておきたい。
「封魔壁を開くしかないのか」
「……幻獣界へ?」
 ようやく知り得た故郷の名を聞かされティナが戸惑っている。おっと、他人依存も甚だしいバナン様のありがたーいお話を聞いていなかったな。
 バナンはこちらが魔導の力を使って帝国に立ち向かえば魔大戦の過ちを繰り返すことになると力説していたはずだが。正直、だったら何のために幻獣と接触したいんだよと思う。「これは人間の戦争なので帝国に魔導の力を渡さないでください」とでもお願いするのか? 無理やり囚われて力を奪われた幻獣に?

「幻獣の助けなくして帝国を倒すことはできんじゃろう」
 幻獣の助けを得て帝国を倒すならそれこそ魔大戦の再来じゃないか。互いの正義を競い「こっちに協力しろ、そっちにつくなら敵だ」と幻獣を奪い合い、古代城で見る1000年前のやり取りが目に浮かぶ。
「封魔壁を開き、幻獣たちがそこから帝国に攻撃をしかけると同時に我々が北から攻める」
「挟み撃ちか」
 あー、モロに言っちゃってんじゃん、幻獣を参戦させるってさ。あのジジイの頭はどうなっているんだ。それにサウスフィガロは占領されたままでドマも国家として機能していないのにどうやって北から攻めるつもりなのか。
 いろいろツッコミたくて堪らない私は全身が痒くなっていたのだけれども、離れたところでセッツァーが凄まじく渋い顔をしているのは謎だ。バナンを見る目がすごく冷たい。私もあんな感じなんだろうか。
「共闘を実現するためには幻獣を説得しなければならん。幻獣と人間の間にもう一度、絆をつくる……その役目ができるのは……」
 バナンの目がわざとらしくティナに向けられた。背後に控えるリターナーの兵士たちも縋るように目の前の少女を見つめている。そこの指導者さまが本部で彼女を侮辱したこと、もう忘れてしまったのかな?

 ガストラのやり方では幻獣との共存など不可能だ。それは確かだけれど、リターナーのやり方だって変わらないではないか。幻獣界に行く意思すらなかったマドリーヌの時とはまったく違う。『帝国を倒す』という欲心のために幻獣を利用したがっている。
 絆を作るなんて言葉を飾ってもこれは単なる戦争の支援要請だ。しかも、同盟すら結んでいない相手に一方的にそれを強いるとはな。
「はーい、質問していい?」
「……」
 ねえどうしてティナ以外の全員が目を伏せて顔を背けたのかな。私も毎度ブチキレるわけじゃないし、マッシュに“兄貴の性格と口が悪い版”みたいな扱いされるのが癪なので今回は淑やかにやる予定ですよ。予定、ですが。
 まあいいや、返事がないので勝手に続けるぞ。
「幻獣に帝国を攻撃させて戦争に勝ったとして、その後は彼らをどうするつもりですか? 『協力感謝、それじゃ!』ってお帰りいただくわけ?」
「褒美どころか厄介払いさ。平和になったんであんたらの過ぎた力は争いの種になる、もう二度と封魔壁を開かないでくれよ、ってな」
 言葉を引き継いだのはセッツァーだった。なにやら御立腹の様子だ。思わぬところから私への援軍が現れたのでバナンはちょっぴり緊張を強めた。
「可能ならば幻獣を巻き込みたくはないが、もはや我々だけでは強大になりすぎた帝国に太刀打ちできん」
「爺さんよ、ミズキが言ってんのはテメエで何も賭けないくせに他人をゲームに引っ張り込むなって話さ。魔導を求めて幻獣を連れ去ったかと思えば今度はそれをさせないために力を貸せと。随分と勝手な話だな」
「これはガストラが始めた戦争を終わらせるための戦いじゃ。勝ったところで“元通りの平穏”以外の何も与えられはせん。幻獣にも、わしらにも」
 さすが本職のチンピラじゃなかった賭博師は迫力が違うな。そんな風にカツアゲじゃなかった駆引きされて私がバナンの立ち位置だったら思わずポケットひっくり返してその場でジャンプしてしまうよ。
 だが、バナンも怯まない。ちょっと見直した。
「幻獣を傷つけたのは確かに人間じゃが、そうではない者もおる。それを分かってもらうための対話でもある。ガストラがいなくなれば欲心から幻獣の地を侵す者もいなくなるじゃろう」
「“平和を取り戻すため”と称して侵略しようとしてる人もいらっしゃいますけどね」
「ならば彼らは壁の向こうから出てくればよい。相容れぬ生き物ではなく、同じ世界に生きるものとして、共に平和を守ってゆけばいい。人間も幻獣も、対等になる」
 理想論だ。魔大戦以前には人と幻獣の共存する時代はあった。相容れるも容れないも、一時的には共に暮らしていけるだろう。だがその平和は崩れるものだと既に証明されている。

 過去から学べば過ちを繰り返さないはず? 残念ながらそれは無理だ。不可能だ。人間の生は真理を学び本質を変えようとするにはあまりに短い。たとえ誰かが答えに辿り着いても後の世では同じことが起こる。
 1000年が経ち魔大戦が単なる御伽話に成り果てたように、ガストラの後にもまた魔導を支配したくなる者は生まれてくる。
「……人と幻獣……相容れぬものならば私は生まれなかった……」
 幻獣と人が結ばれても別の人間は幻獣を傷つける。マディンがマドリーヌを愛しても別の幻獣は彼女を疑う。それは、相争う神々から与えられた宿命の力。対象を特別視し、個として見た時、愛情が芽生えることもあれば憎悪となることもある。
 奪うためでも守るためでも戦いを避けられはしないんだ。……この世界から魔導の力が消える日まで。
「ミズキ。私は行くわ。皆と話をしに……」
 ティナは不安そうに私の目を見つめた。ここで幻獣を味方につけることを否定するのは幻獣と人間の絆を信じる彼女をも傷つける。でも……封魔壁を開かなければ、幻獣を出さなければ……いや、どちらにせよガストラとケフカは諦めないだろう。
 リターナーがそれをしなければ、セリスや他の人造魔導士を利用するか、あるいはどうにかしてティナを連れ去るか、どんな状況になったとしても執念で封魔壁を開くだろう。
「分かった。私も行くよ」
 やっぱり、簡単に変えることなんかできない。ここで止めたって無駄なんだ。

 封魔壁は帝国の東にある。監視所を抜けるのも困難なうえに扉へと続く洞窟もなかなかの難所となるだろう。聖水を大量に購入するのは金銭的に厳しいからね。
 行くのは早い方がいいけれどそれ以上にしっかりと準備しておかなければ危険だ、ということで。
「私用のオートボウガンを用意してほしいんだけど、できる?」
 もらった小型のブラストボイスは取り外し不可能なので余分にもう一台もらう必要がある。エドガーは用意すること自体は快諾してくれたけれどその用途を訝っているようだ。
「もちろんできるが、使うつもりなのかい?」
 私には戦闘の経験がない。目の前で生物……モンスターが死ぬ光景すら未だに見慣れない。本気の殺意、殺傷行為とは縁のない生活を送ってきた。だからこそエドガーは護身用にも攻撃力のないブラストボイスをくれたのだ。私がショックを受けないように。
 今から剣の修行を始めるのは無理がある。他の武器も同様だ。ボウガンでは生物を殺めた実感も湧かないまま慣れてしまうのではないかと少し怖くもあるけれど、もう悠長なことを言っていられない。
「カイエンたちにも魔法を覚えてもらわないといけないし、ティナも幻獣の能力に慣れる必要がある。封魔壁へ向かう前に何日か獣ヶ原に泊まって鍛えよう」
「ああ、あそこにはいろんな魔物がいるからね」
「私も修行します。付け焼き刃に過ぎなくても、せめて足手纏いにはならないように。オートボウガンなら牽制程度でも役に立つし」
「……大丈夫なのか?」
「うん、まあ、たぶんね」
 大丈夫にしなければならないんだ。
 生き物を殺したり、自分が殺されそうになるって状況に慣れておくべき時期だった。この先きっと必ず“そうしなければいけない”状況に出会うから。ここが分水嶺……もしかしたら、後戻りはできないかもしれない。
 ナルシェを出たら東大陸沿いに南下して、一旦獣ヶ原に降りる。ティナとカイエンとガウとセッツァー、場合によってはモグと、そして私はそこで修行に励む。戦力が安定したらベクタ以外の三都市をまわることにしよう。
 帝国はこちらの動きを把握しているはずだ。私たちが自ら赴くまで、何もせず待っていてくれるだろう。




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